死に戻り令嬢は、歪愛ルートは遠慮したい

王冠

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「ふ…はは……俺は…まんまと騙されたってわけか…」


涙に濡れた頬を手の甲で拭ったジュエルがふと顔を上げる。
綺麗な緑の瞳に光はもう無くなっていて仄暗く、焦点が合っていないように見えた。
もう、全てがどうでも良いと諦めたような瞳。
このままではいけない、と思うけれどそうさせたのは自分なわけで。
私が何かを言えた義理では無いと言葉を紡ぐ事が出来ない。


「…ジュエル、ミランダ王女がここにいるな?」


先ほどよりも幾分落ち着いた声色でジャスティンが確認をする。
そうだ、まずは彼女の身を保護しなければ。
天京様にちらりと視線を移せば魔道具のスイッチが人形の手では押せないようだった。


「あぁ…いるよ。さっきまで狂ったみたいに泣き喚いてたけど、俺の知った事じゃない」
「カタギリ嬢、天京殿、頼めるか」


ジャスティンがそう言うなり、ベッドの下からマナカ様が出てきて天京様の元に行く。
天京様が手を振るとぼふんと術が解けて美男美女が姿を現した。


「なっ…」


ジュエルの目が見開かれて、驚きを隠せない様子が目の端に映る。
天京様とマナカ様は部屋を出て行き、残されたのは三人だけとなった。


「リオ、いつの間にこんなに仲間を呼んでたの?しかも、兄上の浮気相手と仲良くなったの?あの女、男いるみたいだけど、複数プレイ?」
「バカな事言わないで。ジャスティンは浮気はしてないわ」


ふふ、と無垢な笑みを浮かべながら下衆な言葉を吐くジュエルの本心はどっちなんだろう?と疑問が湧く。


今の彼か、必死に好きだと言っていた彼か。


「あの方達はミランダ王女の姉と義兄だ。ミランダ王女が行方不明になった事で、国際問題に発展しそうなんだ。そこにお前が絡んでるなら尚更な」
「あの女が勝手に棲みついてるだけじゃん。ここは本来、リオのためだけの家だったのに」
「お前がミリオネアの家を用意する必要はない。このまま大人しくミリオネアから手を引け」


ジャスティンが抑揚のない声で淡々と告げる。王太子として、ジュエルを裁こうとしているのだろう。
他国の王女を傷物にして、兄の婚約者を攫う…もう無かった事には出来ない。
であれば、少しでも罪が軽くなるように大人しくして欲しい。


「ははっ…!リオを大切にしてない兄上に何でそんな事言われなきゃなんないの。それにさ、兄上は生まれた時から何でも持ってるじゃん。立場も、魔力も、周りにいる人達だって」
「それは…」
「ねぇ、リオを俺にちょうだいよ。一つくらい俺に渡してくれても良いでしょ?俺は何もない、『可哀想な王子』だからさ」
「ミリオネアだけは絶対に譲らない」


ジャスティンの迷いのない返答にぐしゃりと歪んだジュエルの顔。
それが全てを物語っている。
王宮の中では、日々沢山の噂が囁かれている。
ジュエルは魔力がごく僅かしか無かった…加えて第二王子で、勉学も剣術も規格外のジャスティンと比べられる毎日。
今世で私がジュエルと仲良くなったのは、落ち込んで泣いているジュエルを慰めていたからだ。
物陰で声も出せずに静かに泣くジュエルを放ってはおけなかった。
自分が選ばれないという事がどれほど辛く、苦しい気持ちになるのかを知っていたから。
そんなジュエルを陰で可哀想な王子と揶揄する人がいたのは事実だ。
私はその度にその人達に苦言を呈して来た。


「ジュエルは可哀想なんかじゃないわ…」


悔しくて口から漏れた言葉を、以前のジュエルは喜んでくれたけれど。


「でも…リオも兄上を選ぶんだろう…?」


今にも消えてしまいそうな細い声が胸に刺さる。私はジュエルを大事にしたい。
でも、愛を誓うのはジャスティンただ一人だ。


「そうね…私はジュエルを義弟としか見れないわ…」
「俺が欲しいものは、手に入らないんだ…。いつも」


ふ、と凪いだ波のようにジュエルが無になった。
直後、ジュエルの周りに広がる黒いモヤが彼を包み込む。


「はは…も…いーや…。どーでも…い…。全部…無くなっちゃえば……」


ぷつりと途切れたジュエルの言葉に反応するように、黒いモヤはどんどん膨れ上がっていく。
私は浄化魔法をかけようとして、魔力を手に集めるがしゅうっと飛散してしまった。


「魔道具!!」


そうだった。魔法無効の魔道具が起動されたままだったと慌ててそれを取りに向かうがジュエルの黒いモヤが一足先にそれを取り込んだ。


「ミリオネア、近付くな!!あれは危険だ!!」
「でもっ…!!浄化しないとジュエルが!!」
「俺が…っ!!」


ジャスティンが手を伸ばしても、やはり魔力は飛散してしまって何も出来ない。
さっきのジャスティンは怒り狂ってたからコントロール出来ない魔力が溢れていたんだ、と理解した。
…が、あの状態にはもう戻せない。
私では暴走したジャスティンの魔力は止められないからだ。
最悪の場合、全員死んでしまう。


「ミリオネア!!近寄るな!!」
「えっ…」


ジャスティンの切羽詰まった声に振り向くと、すでに目の前に黒いモヤが迫っていて。
声を出す暇もなくそれは私を取り込もうとしていた。


「ミリオネア!!!!」
「ジャスティ…」


とぷり、と目の前が真っ黒になった。
ジャスティンは真っ青な顔で私に手を伸ばしていたが間に合わず、彼の声も遮断されてしまった。
ぞわりぞわりと重苦しい何かが身体を這うような不快さに吐き気を催すが、そんな場合ではない。
どうにかしてここから出なくては…と思えど、手足は重く呼吸もままならない。


「はっ…はぁっ…げほっ…」


このモヤは呪いだろうか…ジュエルは大丈夫なのか…手を伸ばしたくても伸ばせない。
この先にジュエルがいるのなら、どうにか引き摺り出したい…。


「ジュ…エル…」


脳に酸素が回らない事で、思考力が奪われる。
呪いなんかに……そんな物に負けたくない。
ジュエルも、私も必ず助かってみせる!!
それに…。


愛しいジャスティンにまた絶望を見せるわけにいかないのよ!!!


「絶対……死ね…ない…ん…だから…!」


無意識に私はある物を握っていた。
もう癖になっている、いつもの行動。
手のひらに感じるそれがじわじわと熱くなっていって…。


目が眩むくらいの黄金の光を放つ。


「なっ…な、に…?」


さっきまでの暗い闇色が、黄金の光にひれ伏した瞬間、微かに目の前に見えた物を必死で掴み取った。
震える指先でボタンを押すと、しゅううんとそれは動きを止める。


「じ、浄化!!」


もう上がらない手に魔力を込める。
体内の魔力を全部そこに集めたように強く銀色に光出す手を無理矢理前に出した。
じゅううぅっと派手な音を立てて、モヤが内部から消滅していく。


「はぁっ…」


呼吸が楽になり、ほっとした途端に聞こえる悲痛な声。


「ミリオネア!!また俺を置いて行くのか!!ミリオネア!!」


心臓に悪いわ、この声…と苦笑しながら、私はすぐ側で倒れているジュエルの手を取り息を確認した。どうやら気を失っているだけのようで、ほうっと安堵の息を吐く。


「ジャスティン!!私とジュエルは無事よ!!」
「ミリオネア!!あぁ…良かった…」


キラキラと銀色の光が舞い、消えて行くモヤの向こうで膝をついて泣いているジャスティンと目が合った。


「………」
「………」


お互いに言葉が出てこない。
ジャスティンはぐっと拳を握った後、私を凄い力で抱き締める。


「痛っ…ジャスティン!!痛いからっ!!」
「この…この馬鹿が!!!」
「ごめんなさ…」


私はそれ以上口を動かせなかった。
ぽたり、ぽたりと私の頬に落ちてくる雫がとても温かかったから。


「側に……いてくれ…頼むから……」


絞り出すように呟いてぎゅうぎゅうと骨が軋む位の力が込められたが、ふっとそれが緩み彼の震えが伝わる。
ジャスティンの端正な顔は涙に濡れてより一層綺麗に見えた。


「うん…ごめん」


私はジャスティンにそっと手を回し、ゆっくりと背中をさする。
ほっとしたように息を吐いたジャスティンは、袖で目元を拭っていつもの顔に戻ってしまった。


「どうやってあのモヤを消したんだ?」
「あ、それが…」


私は自分の首元からあのネックレスを出した。
シャランと小気味良い音を立てて、それは存在を主張する。


「これが、突然黄金色に光ったの」
「これが…?あ…母上の…まじないか?」
「呪い?」
「母上が、これには俺を守る呪いが掛けてあるんだと言っていた」
「…守って…くれたのかしら…?」
「母上……ありがとう……」


ふ、と優しい微笑みを浮かべたジャスティンがネックレスに触れた。
ネックレスはキラキラと輝き、次第に光が強くなる。


「なっ…これは!?」
「さっきもこんな感じで光ったの。でも…優しい光で癒されるわね…」


ぽわぽわと温かい気持ちになる。
羽根でふわりと包まれたみたいに。
光は強さを増しながら、私達を包んでいく。


『…ジャスティン…私の愛しい子…』


その時、柔らかな声が耳に届いた。
慈愛に満ちたその声に、ジャスティンがぴくりと反応する。


「は…母…上?」


目を見開いてネックレスを凝視したジャスティンが、ぽつりと呟く。
これは、ジャスティンのお母様…アネシャ様の声なんだろうか。
私はその声の穏やかさにゆっくりと目を閉じた。
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