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19 ジャスティン視点
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「くそっ…どうしてこんな事に…!」
リチャード殿が悔しげに表情を歪ませている。
俺は、目の前で起きている事を整理出来ないまま呆然としていた。
渡されたローブ、外されたネックレス。
彼女の悲しげな背中をただ見送ることしか出来なかった。
触れてはいけない…そんな気がして。
「…聖女殿と…話をして来ます…」
微動だにしないリチャード殿は、彼女を心から溺愛している。
そんな彼女に今さっき拒絶されてしまった。
その心痛はいかほどだろうか、と考えると自分の胸もジクジクと痛くなる。
「…殿下…ミリオネアは、明日一人でも行くつもりだと思う。だったらまだ…近くにいた方が安心かも知れない…」
「でも…キングスネークはかなり厄介ですよ…」
「危険だからって理由だけで置いて行こうとしたけど…今まであいつがして来た努力を思うとな…。今頃、何も出来ない自分なんて必要ないって泣いてそうで…」
「彼女に何かあったら…」
無意識に手が震える。
言い様のない不安が全身を覆っていく。
繰り返し見ていた夢を思い出して、背筋が凍りつきそうになった。
黒髪の女が目の前で血を吐いて死ぬ夢を、俺は小さい頃からよく見ていた。
あれは誰なんだろうとずっとあの当時は不思議に思っていたけど。
「殿下、明日はミリオネアも連れて行く。ただ、今のあいつは意固地になって絶対にうんとは言わない。それを、うんと言わせる事が出来るか…?」
「……少し、考えを纏めてから彼女に会いに行きます…」
「…悪いな。こういう時、あいつは俺を徹底的に無視するんだよ。殿下なら…何とかなるかも知れない」
「はい。やってみます」
俺は、一人で考えを纏めるために近くの川へと足を向けた。
草の生えた木の根元にゴロンと横になり、空を見上げる。
魔獣の気配はないし、ゆっくりと考えるには丁度いい。
「…君に何かあったら……」
俺は正気じゃいられない。
あの夢を見るたびに、それが現実に思えてくるほど鮮明になって来て。
起きたら汗はびっしょりかいてるし、涙で顔はぐちゃぐちゃになってるしで俺は自分がおかしくなったのかと眠る事に恐怖すら覚えていた。
彼女と初めて会ったのは、彼女の10歳の誕生日パーティーだ。
庭園が見事だと聞いていたハーヴェスト家に、宰相が行くというから変装してついて行った。
誰も俺を気にしない、媚びて来る事もないこの空間が俺にとってゆっくりと息ができる一時となった。
加えて気合いの入った庭園が、手招きをしていた。
流石にハーヴェスト侯爵が挨拶をしているのは聞かないと失礼にあたるだろうと顔バレを恐れて下を向いて聞いていたが、声が透き通った少女の声に変わった途端に、周囲が騒めく。
国の防衛の要のハーヴェスト侯爵と、剣と魔法が抜群に秀でているリチャード小侯爵が溺愛していて、滅多に公の場に出て来ないというミリオネア嬢が落ち着いた挨拶をしている。
他の人達も同じ思いだったようで、彼女の婚約者を狙う家と、その息子達が浮き足立っているのがわかった。
少し興味が湧いた俺は、一目彼女を見てやろうとそっと顔を上げて…そのまま固まった。
俺を恐怖に震えさせている夢の女が、そこにいたのだ。
黒い髪に赤紫色の瞳…口から血を吐き死んでいく女に瓜二つな少女。
背中にゾッとした物が走る。
現実にいたのだと、彼女はこの先ああなるのかと。
可愛い顔は美人になり、髪も伸びて大人びた未来の彼女が目に浮かんだ。
でも、薄幸というよりは活発で勝気な印象を受ける。
そんな彼女があんな状況下で死んでいくとは考えにくかった。
…夢はただの夢だ…、彼女が似ているからって当てはまらない。
漠然とした不安や、夢の話を彼女にする訳にもいかない。
無駄に嫌な事を言う必要もない。
あんなに可愛らしく、くるくると変わって行く表情を曇らせたくないと思った。
彼女が気になりしばらく見ていたが、ネオダール公爵令息と仲良さげに話をしだしたのを何処か面白くないと思ってしまった自分に驚いて、俺は庭園を見に行く事にした。
噂通り、ハーヴェスト家の庭園は素晴らしく庭師の情熱を感じる。
さっきのモヤッとした思いは無かった事にして、俺は随分と奥まで来てしまっていたが、座れる所を見つけてゆっくりと庭園を眺めていた時。
ふいに声を掛けられて、変装がバレたと身構えたがそこにいたのはミリオネア嬢で。
楽しんでいるか、と招待客に配慮した発言から優しい子だなと判断したものの、モヤついた気持ちを悟られまいと口から出たのはいい庭園だという言葉だった。
俺は盛大に間違ったのだ。
普通はお誕生日おめでとうだろうと心の中で自分にダメ出しをする。
驚いた表情をした彼女だったが庭師を褒めるその笑顔に、心臓をきゅうっと掴まれた気分になった。
後で思い返せば、俺はこの時に彼女に恋をしたんだと思う。
好感を持った彼女が誕生日で、しかもあの夢に出てくる女に似ていたからか、俺はポケットにあるネックレスを彼女にプレゼントしていた。
母上が悪い事から護ってくれるまじないを掛けてあると言っていた形見のネックレス。
母上に彼女を護って欲しいと願って、また会いたいと願いを込めて彼女の名を呼んだ。
俺の名は明かせないから、読んでいた本の主人公の名を告げて。
緩みそうになる頬が限界を訴える前にその場を後にした。
待たせていた馬車に乗り込み、慌てた表情の彼女を思い出したら、もう会いたくなった。
その日はずっと幸せで、置き去りにして来た宰相に盛大に揶揄われたけどそんな事すら楽しかった。
あの夢を見るまでは。
その日の夜またあの夢を見た。
でもそれはいつもと違っていて。
彼女に似た女が死んだ後、彼女を腕に抱き寄せて狂ったように叫ぶ男の声がする。
俺の目線はどうやらその男と同じらしく彼女に似た女の顔がすぐそこにあった。
突如として巻き上がる火柱があちらこちらで燃え上がる。
ごうごうと音を立てて黒い煙を上げながら、周囲が燃えている景色を俺は知っている。
これは…神殿なのか…。
ドォン!ドォン!と遠くの方で聞こえる爆発音と、恐怖を孕んだ悲鳴があちらこちらから聞こえた。
男の手からはゆらゆらと魔力が吹き出し、これは魔力暴走だと知る。
『ミリオネア…嘘だ…何で…嫌だ…ミリオネア…ミリオネア…約束…しただろ…』
…ミリオネアと男が口にした瞬間に、女の顔がミリオネア嬢に変わる。
『愛してる…ミリオネア…お前だけ…ずっと…ごめん…ミリオネア…』
涙声で男は何度も彼女を呼び、彼女の頬に口付けをする。
俺は何を見ているんだ?
これは未来の出来事なのか?
この男は誰だ?俺なのか?
後味の悪い芝居を見せられている最悪の気分だ。
お願いだから、彼女の名を呼ばないでくれ!
嫌だ!見たくない!これ以上はやめてくれ!
そう強く願った瞬間、ぶつりと視界は真っ黒になった。
飛び起きた俺は自分の部屋で、ぐっしょりと濡れて張り付く夜着を慌てて脱いだ。
怖い、気持ち悪いという思いと同時に、彼女の安否が酷く気になりその日はもう眠れなかった。
翌日、特に城内が騒がしくなる事もなく、宰相にそれとなく彼女の事を尋ねてみたが揶揄われるだけだったので何も無かったんだとほっとした。
しばらく時が経ち、父上に呼ばれて彼女が婚約者候補筆頭になった事を聞かされた。
彼女は聖魔力があるらしく、聖女として認定されたらしい。
そして、母上の黒くなっていた結婚指輪を浄化してくれたのだとか。
父上は俺にその指輪を渡して、すまなかったと言った。
母上に嫌な思いをさせてしまった事、俺から母を奪ってしまった事を謝りたいと、父上は深々と俺に頭を下げた。
母上が父上を恨みながら死んだと知ったのは、継母と父上が夫婦になった時だった。
侍女達が噂をしていたのを偶然に聞いて、父上は母上以外を好きになったのだ、と子供ながらにショックを受けた。
その後ジュエルも生まれて、きっと好いた女との子を次期国王にしたいと思っているに決まってる。
だから、あの継母は俺の命を狙ってくるのだろう。
そう思っていた俺は驚いて、自分も母上と死んだ方が良かったのではないか?と口にしていた。
父上は涙を目に溜め、母上を今でも愛していると、俺は母上が残してくれた宝なんだとそう言った。
ならあの女は何だ?と聞きたい所だが、それは口にするべきではないと思った。
父上は聖女は呪いなどから俺を護ってくれる存在で、国としても大切にしていかなければならないと言う。
でも俺は、聖女じゃなくても彼女を大切にしたかった。
いっそ候補じゃなく、婚約者にしてくれとさえ思った。
父上は、ハーヴェスト侯爵は彼女を王家に嫁がせる気はないと教えてくれた。
俺の気持ちを知らない父上は、聖女としての価値がどれだけあるかを説明してくるがそんな事はどうでもいいし、彼女を物みたいに言う事が不快だったが、結局彼女を婚約者にという結論は父上と同じだった。
聖女お披露目パーティーで再会した時は思わず彼女を見つめてしまって慌てて目を逸らす。
父上の無茶振りにもすんなり応えられる彼女に、純粋に凄いと思った。
胸元でシャラリと揺れるネックレスに安心して、母上の指輪のお礼と魔法の話になった。
生きていてくれて良かったと彼女の口から聞いた瞬間、不覚にも泣きそうになってしまって。
命を狙われ続けてもう何年だかわからない俺は、彼女の何気ない一言に救われたんだ。
それから後は冗談を言い合えるようになっていたが、俺にはどうしても出来ない事がある。
彼女の名を呼ぶのが怖い。
俺が、ミリオネアと呼んだら。
彼女はあの夢の通りになるような気がして。
心の中でしかミリオネアと呼べない事に何とも言えない気持ちになった。
リチャード殿が悔しげに表情を歪ませている。
俺は、目の前で起きている事を整理出来ないまま呆然としていた。
渡されたローブ、外されたネックレス。
彼女の悲しげな背中をただ見送ることしか出来なかった。
触れてはいけない…そんな気がして。
「…聖女殿と…話をして来ます…」
微動だにしないリチャード殿は、彼女を心から溺愛している。
そんな彼女に今さっき拒絶されてしまった。
その心痛はいかほどだろうか、と考えると自分の胸もジクジクと痛くなる。
「…殿下…ミリオネアは、明日一人でも行くつもりだと思う。だったらまだ…近くにいた方が安心かも知れない…」
「でも…キングスネークはかなり厄介ですよ…」
「危険だからって理由だけで置いて行こうとしたけど…今まであいつがして来た努力を思うとな…。今頃、何も出来ない自分なんて必要ないって泣いてそうで…」
「彼女に何かあったら…」
無意識に手が震える。
言い様のない不安が全身を覆っていく。
繰り返し見ていた夢を思い出して、背筋が凍りつきそうになった。
黒髪の女が目の前で血を吐いて死ぬ夢を、俺は小さい頃からよく見ていた。
あれは誰なんだろうとずっとあの当時は不思議に思っていたけど。
「殿下、明日はミリオネアも連れて行く。ただ、今のあいつは意固地になって絶対にうんとは言わない。それを、うんと言わせる事が出来るか…?」
「……少し、考えを纏めてから彼女に会いに行きます…」
「…悪いな。こういう時、あいつは俺を徹底的に無視するんだよ。殿下なら…何とかなるかも知れない」
「はい。やってみます」
俺は、一人で考えを纏めるために近くの川へと足を向けた。
草の生えた木の根元にゴロンと横になり、空を見上げる。
魔獣の気配はないし、ゆっくりと考えるには丁度いい。
「…君に何かあったら……」
俺は正気じゃいられない。
あの夢を見るたびに、それが現実に思えてくるほど鮮明になって来て。
起きたら汗はびっしょりかいてるし、涙で顔はぐちゃぐちゃになってるしで俺は自分がおかしくなったのかと眠る事に恐怖すら覚えていた。
彼女と初めて会ったのは、彼女の10歳の誕生日パーティーだ。
庭園が見事だと聞いていたハーヴェスト家に、宰相が行くというから変装してついて行った。
誰も俺を気にしない、媚びて来る事もないこの空間が俺にとってゆっくりと息ができる一時となった。
加えて気合いの入った庭園が、手招きをしていた。
流石にハーヴェスト侯爵が挨拶をしているのは聞かないと失礼にあたるだろうと顔バレを恐れて下を向いて聞いていたが、声が透き通った少女の声に変わった途端に、周囲が騒めく。
国の防衛の要のハーヴェスト侯爵と、剣と魔法が抜群に秀でているリチャード小侯爵が溺愛していて、滅多に公の場に出て来ないというミリオネア嬢が落ち着いた挨拶をしている。
他の人達も同じ思いだったようで、彼女の婚約者を狙う家と、その息子達が浮き足立っているのがわかった。
少し興味が湧いた俺は、一目彼女を見てやろうとそっと顔を上げて…そのまま固まった。
俺を恐怖に震えさせている夢の女が、そこにいたのだ。
黒い髪に赤紫色の瞳…口から血を吐き死んでいく女に瓜二つな少女。
背中にゾッとした物が走る。
現実にいたのだと、彼女はこの先ああなるのかと。
可愛い顔は美人になり、髪も伸びて大人びた未来の彼女が目に浮かんだ。
でも、薄幸というよりは活発で勝気な印象を受ける。
そんな彼女があんな状況下で死んでいくとは考えにくかった。
…夢はただの夢だ…、彼女が似ているからって当てはまらない。
漠然とした不安や、夢の話を彼女にする訳にもいかない。
無駄に嫌な事を言う必要もない。
あんなに可愛らしく、くるくると変わって行く表情を曇らせたくないと思った。
彼女が気になりしばらく見ていたが、ネオダール公爵令息と仲良さげに話をしだしたのを何処か面白くないと思ってしまった自分に驚いて、俺は庭園を見に行く事にした。
噂通り、ハーヴェスト家の庭園は素晴らしく庭師の情熱を感じる。
さっきのモヤッとした思いは無かった事にして、俺は随分と奥まで来てしまっていたが、座れる所を見つけてゆっくりと庭園を眺めていた時。
ふいに声を掛けられて、変装がバレたと身構えたがそこにいたのはミリオネア嬢で。
楽しんでいるか、と招待客に配慮した発言から優しい子だなと判断したものの、モヤついた気持ちを悟られまいと口から出たのはいい庭園だという言葉だった。
俺は盛大に間違ったのだ。
普通はお誕生日おめでとうだろうと心の中で自分にダメ出しをする。
驚いた表情をした彼女だったが庭師を褒めるその笑顔に、心臓をきゅうっと掴まれた気分になった。
後で思い返せば、俺はこの時に彼女に恋をしたんだと思う。
好感を持った彼女が誕生日で、しかもあの夢に出てくる女に似ていたからか、俺はポケットにあるネックレスを彼女にプレゼントしていた。
母上が悪い事から護ってくれるまじないを掛けてあると言っていた形見のネックレス。
母上に彼女を護って欲しいと願って、また会いたいと願いを込めて彼女の名を呼んだ。
俺の名は明かせないから、読んでいた本の主人公の名を告げて。
緩みそうになる頬が限界を訴える前にその場を後にした。
待たせていた馬車に乗り込み、慌てた表情の彼女を思い出したら、もう会いたくなった。
その日はずっと幸せで、置き去りにして来た宰相に盛大に揶揄われたけどそんな事すら楽しかった。
あの夢を見るまでは。
その日の夜またあの夢を見た。
でもそれはいつもと違っていて。
彼女に似た女が死んだ後、彼女を腕に抱き寄せて狂ったように叫ぶ男の声がする。
俺の目線はどうやらその男と同じらしく彼女に似た女の顔がすぐそこにあった。
突如として巻き上がる火柱があちらこちらで燃え上がる。
ごうごうと音を立てて黒い煙を上げながら、周囲が燃えている景色を俺は知っている。
これは…神殿なのか…。
ドォン!ドォン!と遠くの方で聞こえる爆発音と、恐怖を孕んだ悲鳴があちらこちらから聞こえた。
男の手からはゆらゆらと魔力が吹き出し、これは魔力暴走だと知る。
『ミリオネア…嘘だ…何で…嫌だ…ミリオネア…ミリオネア…約束…しただろ…』
…ミリオネアと男が口にした瞬間に、女の顔がミリオネア嬢に変わる。
『愛してる…ミリオネア…お前だけ…ずっと…ごめん…ミリオネア…』
涙声で男は何度も彼女を呼び、彼女の頬に口付けをする。
俺は何を見ているんだ?
これは未来の出来事なのか?
この男は誰だ?俺なのか?
後味の悪い芝居を見せられている最悪の気分だ。
お願いだから、彼女の名を呼ばないでくれ!
嫌だ!見たくない!これ以上はやめてくれ!
そう強く願った瞬間、ぶつりと視界は真っ黒になった。
飛び起きた俺は自分の部屋で、ぐっしょりと濡れて張り付く夜着を慌てて脱いだ。
怖い、気持ち悪いという思いと同時に、彼女の安否が酷く気になりその日はもう眠れなかった。
翌日、特に城内が騒がしくなる事もなく、宰相にそれとなく彼女の事を尋ねてみたが揶揄われるだけだったので何も無かったんだとほっとした。
しばらく時が経ち、父上に呼ばれて彼女が婚約者候補筆頭になった事を聞かされた。
彼女は聖魔力があるらしく、聖女として認定されたらしい。
そして、母上の黒くなっていた結婚指輪を浄化してくれたのだとか。
父上は俺にその指輪を渡して、すまなかったと言った。
母上に嫌な思いをさせてしまった事、俺から母を奪ってしまった事を謝りたいと、父上は深々と俺に頭を下げた。
母上が父上を恨みながら死んだと知ったのは、継母と父上が夫婦になった時だった。
侍女達が噂をしていたのを偶然に聞いて、父上は母上以外を好きになったのだ、と子供ながらにショックを受けた。
その後ジュエルも生まれて、きっと好いた女との子を次期国王にしたいと思っているに決まってる。
だから、あの継母は俺の命を狙ってくるのだろう。
そう思っていた俺は驚いて、自分も母上と死んだ方が良かったのではないか?と口にしていた。
父上は涙を目に溜め、母上を今でも愛していると、俺は母上が残してくれた宝なんだとそう言った。
ならあの女は何だ?と聞きたい所だが、それは口にするべきではないと思った。
父上は聖女は呪いなどから俺を護ってくれる存在で、国としても大切にしていかなければならないと言う。
でも俺は、聖女じゃなくても彼女を大切にしたかった。
いっそ候補じゃなく、婚約者にしてくれとさえ思った。
父上は、ハーヴェスト侯爵は彼女を王家に嫁がせる気はないと教えてくれた。
俺の気持ちを知らない父上は、聖女としての価値がどれだけあるかを説明してくるがそんな事はどうでもいいし、彼女を物みたいに言う事が不快だったが、結局彼女を婚約者にという結論は父上と同じだった。
聖女お披露目パーティーで再会した時は思わず彼女を見つめてしまって慌てて目を逸らす。
父上の無茶振りにもすんなり応えられる彼女に、純粋に凄いと思った。
胸元でシャラリと揺れるネックレスに安心して、母上の指輪のお礼と魔法の話になった。
生きていてくれて良かったと彼女の口から聞いた瞬間、不覚にも泣きそうになってしまって。
命を狙われ続けてもう何年だかわからない俺は、彼女の何気ない一言に救われたんだ。
それから後は冗談を言い合えるようになっていたが、俺にはどうしても出来ない事がある。
彼女の名を呼ぶのが怖い。
俺が、ミリオネアと呼んだら。
彼女はあの夢の通りになるような気がして。
心の中でしかミリオネアと呼べない事に何とも言えない気持ちになった。
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