死に戻り令嬢は、歪愛ルートは遠慮したい

王冠

文字の大きさ
上 下
9 / 44

9

しおりを挟む
お父様に天才だと言わせる優秀なお兄様の魔法訓練が始まり、もうある程度魔法を使いこなせる私もまた天才の名を欲しいままにした。


「ミリオネアは天才だ!」


お兄様が興奮気味にそう言ってくれるけど、本当はそうじゃないの、ごめんね。
でも、もっと魔法をきちんと使いこなしたかった。
討伐に行くならそれは絶対に必要な事で。
私は燃えに燃えていた。


「ミリオネア、やり過ぎは逆に良くないから程々にね」
「今日こそはドレスを決めるわよ、明日パーティーなんだから」


両親にそう釘を刺される程に毎日へとへとになるまで訓練に明け暮れていたのだ。
そのお陰で、お兄様からベタ褒め状態となった。
18歳の理解力というズルをしているけど。


「ミリオネアは殿下より強いかも知れない…」


お兄様の呟きはみんなに無視された。
魔力量が桁違いのジャスティンは幼い頃から魔法を習い、ありとあらゆる魔法を使いこなしている。
そんな人と比べるなんて烏滸がましいにも程がある。
口が裂けても言わないでほしい、そんなバカな事。
相変わらずお兄様の説明は意味不明で、記憶があるからこそ理解出来るが当時も今も変わらない。
教職者にはならない方がいい、絶対。


「明日はもうお披露目パーティーなのね。この一週間やたらと早かったわ…」


無駄に緊張するのは、聖女としてお披露目されるから?
それとも…。


「心臓が痛いな…」


きっと自分が思ってるほどみんなは私に興味はないし、大体が取り越し苦労で終わる。
今回もきっとそうだ。
そうであってほしい。


「前とは違うんだから、大丈夫」


始まりが違えば終わりも違う。
ズキズキと痛む胸を押さえながら、深呼吸を一つ。


「お嬢様、宝石商のアンジュ様がお見えです」
「あ、はーい」


私は応接室へと急いだ。
あのネックレスに石を入れた物を、今日は持って来てくれている。
結局石は、自分の瞳の赤紫色にしたのだ。
濃紺以外を探して色々と見たけど、どれにも手は伸びなかった。
やはり、と言うべきか…長年の習慣は消えないらしい。


「ミリオネア様、ネックレスが仕上がりました。ご確認下さい」
「はい!」


金色の指輪の先に赤紫色の石がキラリと光る。
やっぱり石があった方が可愛い。
私は手に取ったネックレスをじっと見て、思わず微笑んでしまった。


「いかがですか?」
「とても気に入りました!ありがとうございます」
「それは良かったです」


にこにこと人好きの笑顔を浮かべるこの人は、お母様のお気に入りのジュエリーデザイナーだ。
アンジュさんが描く女性ならではの柔らかい線のデザインが私も好きだ。


「お母様もそろそろ来ると思います」
「はい、ジェシカ様のご注文の品も本日お持ち致しております」
「ふふふ…お母様が朝からウキウキしていたのは、アンジュさんを待っていたのね」
「まぁ!光栄ですわ!」


きゃっきゃと話をしていると、お母様も来たので更に話は盛り上がる。
そんな時、アンジュさんがこのネックレスについて色々と教えてくれた。


「ミリオネア様のそのネックレスはとても珍しいものです。指輪に彫られている模様も複雑で、繊細です」
「まぁ…そうなの?」
「はい、どこの職人が掘ったのか調べてみてもわからなかったのですが…」
「ふぅん…貴重な物なのかもね…」
「はい、大切になさって下さいね」
「わかったわ」


私はネックレスをそっと手にした。
シャランと鳴る鎖の音を聞くと、心がすっとするような清らかな音だ。
でも、そんな貴重な物を貰っても良かったのだろうか。


「こんな貴重な物をアダム様はどうして私に…?」


思わずそう口にした。
初めて会った見ず知らずの令嬢に。
彼は何者なんだろう。
純粋に興味が湧いた。


「ミリオネア、それもう求婚なんじゃない?指輪だし」
「え!?は!?」
「そうですねぇ、家宝を渡して求婚なんてロマンティックですね!」
「いやいや、そんな事言ってなかったし!!軽い感じで渡されて…」
「断られたら恥ずかしいって思ったんじゃないの?」
「えー…?いや、それは…!」


私は2人から盛大に揶揄われている。
真っ赤になった私は、とうとう思考が停止した。
だから恋愛経験0なんだってば!!
恋バナなんてした事もないし!!


「あらあら、ミリオネアはリンゴになったのかしら?」
「何てお可愛らしい…」


大人女子タチ悪い!!!
私はそそくさと自室に逃げ帰って来た。
手にはアダム様から貰ったネックレスをしっかりと握って。


「うぅ…恥ずかしかった…」


アダム様の顔を思い出してまた赤面する。
もう!!
イケメンなのが悪いのよ!!
きゅ、求婚なんて!!
もし求婚状が来たら頭から煙が出るかも知れないわ!!


「…なんて…あるわけないか…」


来るならもう来てるし、宰相様からの返事もないもの。
誰だかわからないまま、妄想だけしても虚しいだけだわ。
あぁ…疲れた…。


「お嬢様、お茶を淹れましょうか?」
「あぁ、ダリ。お願いするわ」
「さっきから百面相してましたけど、どうしたんですか?」
「ネックレスの事で揶揄われて、色んな妄想をしてしまっただけよ。あぁ、恥ずかしかった…」
「あら、奥様に揶揄われてしまったんですね」


ダリがクスクスと笑う。
私はぷぅっと頬を膨らませて、「お母様ったら酷いわ」とダリに愚痴を言う。
ダリは、楽しそうにニコニコ笑って部屋を出て行った。


「ふぅ…」


アダム様の顔を思い出すと、何故かジャスティンの事も思い出す。
色合いも違うし、イケメンって以外の共通点はないはずなのに。
はにかんだような笑顔が重なって。
他人のそら似だろうか。
どちらにせよ、私がイケメン好きなのには変わりがない事に気付いた。
見るだけならカッコいい方がいいに決まってる。


「明日…緊張するなぁ…」


聖女、といえども特に何が変わった訳でもない。
ただ、聖魔法が使える…それだけだ。
魔獣討伐や、国の安寧を祈るほか特にする事はない。
あれから神殿にも行っていないし。
なんなら魔法の訓練以外はしていない。


「あぁ…眠くなって来た…」


精神的疲労を訴えた身体が休息を要求して来た。
私はそっと目を閉じる。
このまま眠れば絶対に気持ちいい。
そうして、ダリに起こされるまで私は惰眠を貪った。
お母様とドレスを選ぶ過程で着せ替え人形にされる、という苦行を挟みながらもう寝る時間がやって来てしまった。


「お嬢様、明日はお披露目パーティーなので早めに起こします」
「わかったわ、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」


ダリに挨拶をしてゆっくりと目を閉じる。
パーティーは夕方から始まる。
私が10歳というのを考慮してくれているのだろう。
それでも朝から準備に追われる事になるのは仕方ない。
昼過ぎには王宮に出向いて段取りを聞いておかなければ、いきなり本番は流石に困る。


「陛下の段取りを聞いておかなきゃ、何をさせられるかわかったもんじゃないわ」


陛下は思い付きで無茶振りをしてくる天才だ。
誰も拒否出来ないから、その無茶振りが拒まれる事はないけれど、ある程度の段取りを聞いておけば予測は出来る。
今回ばかりは私も初めての事だから、念には念を入れておかないと…。


「聖女がどう作用するかは、箱を開けなきゃわからない…」


明日の事は、明日考えよう。
じたばたしても日は昇り、夜は明ける。
だったらちゃんと寝た方がいい。
私はそう覚悟を決め、眠りについた。


「お嬢様!起きて下さい、朝ですよ!」


ゆさゆさと身体を揺すられ、はっと目を覚ます。
ダリが笑いながら「おはようございます」と言う。
私も笑って「おはよう」と身体を伸ばした。


「よく眠れましたか?」
「ばっちり眠れたわ。まだ眠れそうよ」
「ふふ…いつもより早いですからね」
「でも、準備しなきゃね!」
「そうですね」


身支度をして、食堂に行くとお父様、お母様はいたけどお兄様がいなかった。


「おはようございます、お兄様は?」
「まだ寝てるらしいわ。でもそろそろ来るんじゃない?」
「お兄様は朝弱いものね」


クスクスとお母様と笑い合っている中、お父様の表情が硬い。
どうかしたのかとお母様に視線を送ると、呆れたように口を開いた。


「ミリオネアが殿下の婚約者候補に入れられるんじゃないかって心配なのよ」
「お父様ったら…まだわからないでしょう?」


私はお父様に視線を向けた。
お父様は、眉を下げて困り顔になる。
 

「なるよ、絶対。聖女だよ?可愛いミリオネアだよ?これでならなきゃ誰が候補になるんだ?あぁ嫌だ。ミリオネアに婚約者なんてまだ…いや、永遠に要らない…」
「え、永遠はちょっと…私だってお嫁に行きますよ…?」
「あー!止めて止めて!ミリオネアがお嫁に行くなんて考えたくない」


お父様は手で耳を塞いでしまった。
どれだけ、嫌なんだろうか。
私は吹き出しそうになるのを堪える。


「全く…諦めなさいな」


お母様の冷たい声が食堂に響き、私は笑いながら朝食を終えた。


「お嬢様、私は後で参りますので控え室でお待ちしています」
「待っててね」


陛下への謁見のために私達家族は早めに王宮に向かう。
お兄様はまだ半分寝ているが、そっとしておこう。
馬車が王宮に向かう道のりを懐かしく思う。
ずっと通った道。
愛する人に会いに行くための道だった。


私は速くなる心臓に手を当て、落ち着いて、と自分に言い聞かせた。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

処理中です...