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9.クリスティーヌ

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「たとえば、の話だから、そんなに深刻な顔をしなくていい」

 ロジェが目元を緩めた。
 珍しい笑顔に高鳴る胸をそっと押しとどめ、クリスティーヌは疑問を口にする。

「ヴィヴィアン殿下の生死と仰いましたが、亡くなってしまった世界では何が起こったのでしょう」

 そのが――おそらく便宜上魔女と呼んだのだと思うが、人知を超えた何かの所業だとするならば、なぜそうまでこのベツォ国に関わるのか、この国にどれほどのことがあったのかが気になる。
「これも単なる憶測だが、この国を狙って世界戦争が起こるとか、それが世界の破滅に繋がるとか、そのぐらいの規模のことが起きたのではないかと」

「世界、戦争」

「北の大国マルタレニが南を塞ぐように位置するベツォ国を手に入れれば、マルタレニはその先の南の国々を掌握しようとするだろう。そうならぬよう、現在は南の国々が我がベツォ国を最大限に支援している。その現状を考えれば、ありえない話ではない。王子がことごとく亡くなり、陛下も高齢。統治するべき者――例えば私とか。国をまわし、他国と交渉できる人物が短期間に何人も死ねば、その混乱は相当なものだろう。たとえ、アーサー様が王となりその座を継いでも間に合うかどうか。だから私はヴィヴィアン殿下の生死が一番の鍵だと考えた。私を含め、ヴィヴィアン殿下と、殿下を支持している側近が生きていれば回避できることばかりだ」

 全て憶測だよと言いながら、ロジェはクリスティーヌの頬を撫でた。
 硬い皮膚に覆われた手は節くれだち、とても文官の手には見えない。
 鍛錬を欠かさない騎士のようだと思った。

「さて。そろそろ返事を聞いてもいいだろうか」
「はい。ロジェ様との閨に拒否感はありません。ただ――」
「ただ?」

 ロジェはもう閨の序盤だというように、頬を撫でていた手でクリスティーヌの耳朶に触れた。

 閨に恐怖がないといえば嘘になるが、それよりも――

「子どもは……後継はどうしますか?」
「おそらく、私とレイモンド兄上には、期待がかかるだろうな」

 ロジェがそう言うからには、ルーカスが後継から外れるということだろう。
 子どもを産むとなると、自分だけの運命ではなくなる。
 クリスティーヌは意を決して口を開いた。

「私は、あと三年しか生きられないかもしれません」

「なぜそう思う?」
「今までそうだったからとしか」
「その問題も、私がすでに前世の年齢を超えていること、ヴィヴィアン殿下がご存命であることから、おそらくは解決したのではと思うが、心配か?」
「はい。私が死んだあと、私たちの子どもはどうなりますか?」

「子どものことは、万が一のときはよろしくと、兄上たちにも協力をお願いしておく。私もすでに三十一だからな、クリスティーヌより先に死ぬだろうと考え、元からそのつもりでいた。ということでひとまずはどうだろう? 他には?」

「契約はどうなりますか?」

 クリスティーヌは婚姻届にサインした日のことを思い出す。
 あの契約書には閨や子どもについては何も書かれていなかった。
 それを求められるのであれば、契約内容の変更が必要だと思った。

 ロジェやカヌレ伯爵家の人が、子どもを蔑ろにすることはないだろう。
 それでも念のため、クリスティーヌの死後についての記載が欲しいところだ。

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