長命種の愛は重ため

うづき

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5-2.魔法薬

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「……とにかく、ありがとう、フィラス」
「ううん。どういたしまして。また何かあったら、僕に頼んでよ。エステルの役に立てると思うから」
「それは……でも、申し訳無いから」
「もう。エステル。遠慮もされすぎると、なんだか線を引かれているように思っちゃうよ」

 フィラスがエステルの背を撫でる。すりすり、と背筋を撫でられて、エステルの息が一瞬詰まった。
 なんだか、こんな風に触れられる感覚を、ずっと前から知っているような気がする。喉の奥がひくひくと震えて、吐息が甘く濁る。

「んっ、……?」
「エステル。今日はもう一緒にずっと過ごそうか。二人でこうやって、ぎゅうって抱きしめ合って、一日を過ごすなんて、素敵じゃないかな」

 フィラスの提案に、エステルは笑う。どこまでも朗らかで、てらいの無い声だ。その提案は魅力的に見える。

「凄く嬉しい申し出だけれど、やることがあるから」
「――少しだけ。ね。駄目?」

 フィラスが首を傾げる。自分の美しさを完全に理解しているのだろう人の動作は、一つ一つの破壊力が凄い。フィラスが聞いたら、駄目なことも駄目じゃなくなってしまうようだ。
 エステルはそっと息を吐いて、それからフィラスを見つめた。

「……少しだけ、だよ」
「うん。ありがとう。エステル。大好きだよ」

 てらい無く紡がれる言葉に、鼓動がとくん、と跳ねる。――犬や猫に向けるもの。そう理解していても、やっぱり、どうしても、嬉しくなってしまうのは、もう仕方無いものだろう。

「――そういえば、少し前もこういうことがあったね」
「こういうこと?」
「そう。エステルが僕のお腹の上に乗って、眠ったこと」
「……それは少し前っていうか、結構前な気がする」

 それこそ、子どもの頃の話だ。エステルはフィラスと約束してからずっと、フィラスの朝を起こす役回りを担っているのだが、最初の内、フィラスは起こしてもすぐに二度寝してしまうことがあった。ベッドから出ても、リビングのソファーに横になって、いつのまにか眠りについてしまう。
 だから、そう言うとき、エステルはフィラスをもう一度起こすべく、奮闘したものである。

 ただ、エステルもその頃は子どもで――だから、起こそうとしているのに、陽光の温かさや、目の前ですやすやと眠るフィラスに誘われるようにして、エステル自身も眠りについてしまうことがあった。その時、フィラスのお腹や胸の辺りを枕にすることが多かったので、そのことを言っているのだろう。

「最初の頃は、ほら、子どもだったから。今は無いでしょ」
「そうだね。だから、僕がベッドに引きずり込んで、一緒に寝ようって言わないと、寝てくれなくなった」
「ベッドに引きずりこむの、本当にやめてほしいんだけど」
「どうして? 髪が乱れてしまうから?」
「……わかってるなら尚更だよ」

 フィラスが喉を鳴らすようにして笑う。指先が、優しくエステルの髪を梳くように動く。

「どんなエステルも可愛いよ。寝癖があるエステルも、寝癖がないエステルも」

 あまりにもそつの無い言葉に、エステルは少しだけ唇を尖らせる。女性の扱いに慣れすぎている。

「……フィラスって、本当に恋人とか、いたことないの?」
「どうしたの、急に。ふふ。昔は沢山聞いてきたよね、僕に、結婚しているのか、とか、恋人がいるのか、とか」

 白金色の目が細くなる。眦が朱を佩いたように赤く染まり、その表情が柔らかく綻んだ。恐らく、昔のことを思い出しているのだろう。
 昔の……子どもの頃は、恥とか外聞とか、そういったものなんて一切関係無く、自分の聞きたいことをそのまま尋ねていたが、今にしてそれを掘り返されると、なんとも言えない恥ずかしさを覚える。

「前も答えたけれど、結婚はしていないし、恋人もいないよ。作ろうと思ったことがなかったから。――だって、ほら、僕は神に愛された隣人、だからね」
「それって関係ある……?」
「あるよ。でも、どうしてだろう、最近になって、その考えが無くなってしまって。誰かが、僕と結婚したい、って言うから」

 どう考えてもエステルのことを指しているのだろう。エステルはまた、と怒ろうとして、喉の奥に言葉を押し込んでしまう。
 それはフィラスが、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていたからに他ならない。花が咲き誇る前、柔らかな花弁をそっと押し開くような――柔らかく、繊細な表情。まるで一幅の絵画のような美しい風景を前に、声を差し込むことが、エステルには出来なかった。

「だから、欲が出てしまった。付き合わされるエステルには、申し訳無いけれど」
「……私?」
「そう。ごめんね。好きになってしまって。でも、大丈夫だよ。ずっと傍に居るから」

 フィラスの言葉は抽象的だ。きっと、伝えることを目的としていないのだろう。言葉の選び方も、遠大で、エステルには上手く理解が出来ない。
 言葉を言い終えて、フィラスがエステルの目元にそっとキスをする。唐突な行動に、エステルは一瞬呆けて、それからすぐ声を上げた。

「え!? い、今、今!」
「あ。ああ、ごめん。いつもの癖で……」
「いつもの癖!?」
「ふふ。ごめん。エステル――忘れて」

 忘れて、と言われても忘れられない。こんな風に優しく触れられて、愛おしいものを見るような目で見つめられて――その上、ぎゅうっと抱きしめられている状況でキスをされて、それを忘れられることが出来る人なんて居ないだろう。
 というか、いつもの癖って、なんなのだろう。誰かにしたことがあるかのような口ぶりだ。――誰に?

 問いかけようとして、エステルはすんでのところで言葉を飲み込む。
 ただ、――沢山の言葉の代わりに、ぼす、とフィラスの胸を叩くと、くすぐったそうな笑い声が聞こえてきて、なんだかもう、それで良いような気がした。
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