長命種の愛は重ため

うづき

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5-1.魔法薬

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 フィラスによって王都に向かった手紙は思ったよりも早く到着したらしく、直ぐに花がエステルの家へ届いた。
 綺麗に装飾された花を、ユーリの家へ持っていくと、ユーリはひとしきり喜んだ様子で、感謝を何度も述べてきた。エステルは首を振って、フィラスのおかげだということを伝えた。
 実際、エステルが封筒に包んだお金を考えると、届けられた花は金額に見合っていない豪華さだった。多分、フィラスが送る際に封筒へ何かしらの小細工をしたのだろう、と思う。エステルに気付かれないうちに金額を増やしたとか、もしくは何かしらの文言を書き付けた、とか。

 とにかく、花が無事に到着したことはフィラスにも伝えるべきだろう。エステルは朝にも訪れたフィラスの家を、もう一度訪れることに決めた。

「フィラス? 入っても良い?」

 扉の外から声をかけると、すぐに「いいよ」という応えがある。中に入ると、窓際の机に、フィラスが何かを並べている最中だった。星のように光るそれは、恐らく鉱石の類いだろう。透明なものから、新芽を思わせる緑色をしているもの、海辺を思わせる青色や、かと思えば鮮烈にも見える赤色のものもある。

「ごめん、邪魔しちゃったかな」
「ううん。大丈夫だよ。エステルが来てくれて、この子達も喜んでいる」

 言いながら、フィラスは笑う。この子達――というのは、鉱石のことを指すのだろう、とエステルは視線を巡らせた。時々、フィラスはこうやって物を人のように扱う。実際、フィラスにとっては、何かしらの声が聞こえているのかもしれないが。『神に愛されし隣人』に関して、人間が知っていることはとてつもなく少ない。

「……綺麗な石だね」
「うん。今日出しているのは、薬を作る時に使っていた子たちだね。最近はそういう機会も少なくなったけれど、光を浴びさせないと、壊れてしまうから。そうなったら、また使いたくなった時に大変でしょう?」
「薬……、どういう薬を作っていたの?」
「うーん。惚れ薬とか」

 フィラスが笑いながら言う。冗談なのだろうが、冗談に聞こえない。フィラスなら出来そうだ。

「フィラスが言うと本当に聞こえる。惚れ薬作れるの?」
「作れる、って言ったら、どうするつもりなの?」
「ちょっと見てみたいかも。試してもみたい」
「試すって、誰に」
「自分に……? 流石に他人には使えないよ」

 効果があるのであれば尚更。他人に使って、もし――相手に望まぬ恋心を持たせてしまったら、と思うと恐ろしいものがある。
 フィラスはころころと笑うと、「他人には使わないんだ?」と言いながら、エステルに手を伸ばしてきた。指先がすり、と頬を撫でるように触れて、そのまま輪郭を辿るように動く。

「誰でも思うままに出来るのに」

 喉の辺りを指先がくすぐる。エステルがこらえきれず小さく笑うと、フィラスの指は離れていった。

「だからこそ、じゃないかな」
「だからこそ?」
「思うままに操れるからこそ、人には使えないよ」

 エステルが言い切ると、フィラスは一度、二度と瞬いた。それから楽しげに表情を崩す。

「エステルはいいこだね。いいこいいこ」
「子ども扱い!」
「違うよ。特別扱い」

 絶対にそれはない、と思うが、フィラスがとても嬉しそうな顔をしているので、エステルの文句は喉の奥に引っ込んでしまった。
 フィラスはずるい、と思う。柔らかな笑顔を向けられて、それ以上言いつのることなんて、エステルには出来ない。――それも、もしかしたら、惚れた弱み、なのかもしれないが。
 初恋は後を引く。それが今も関わりのある相手なら、更に、である。

「でも、良かった。エステルが他人に使う、とか言い出したら、僕、違う薬を渡していたかもしれない」
「どんな薬?」
「百年眠りにつく薬、とかかな」
「なにそれ。死んじゃうよ、相手が」
「そうだね。死んじゃうね」

 フィラスは笑顔で言葉を続ける。冗談なのか、それとも本気で言っているのか、判別がつかない。まるで路傍の石を見かけて、あれは石だよ、とでも言うような声だった。見て分かる事実を、再確認するために口に出すような。
 エステルは瞬いて、それから並べられた石を見つめる。不意に、ここへ来た理由を天啓のように思い出して、エステルはフィラスに詰め寄った。

「そうだ、それよりも! 今日、花が届いたの。フィラスのおかげだよ」
「花? ――ああ、エステルの友達の結婚式に使う花、だっけ」
「そうそう。本当にもの凄く早く来て、びっくりしちゃった。ありがとう、フィラス。フィラスが居なかったら、多分、もっと大変だったと思う」

 フィラスは首を振る。爪先が、机に並べられた石を軽く撫でた。

「良かったよ。エステルの役に立てて」
「それで、――届いた花が結構豪勢で。多分、封入したお金、増やしたでしょう?」
「そうなの? それは良かったね。でも、お金を増やしたりはしていないよ。一筆書いたくらいで」
「一筆……?」
「そう。よろしくね、って。それだけ」

 エステルは瞬く。たったそれだけ、とは思いづらいが、フィラスが嘘を吐くとも思えない。エステルが納得していない顔をしていたからか、フィラスが笑った。石を撫でていた指先で、そのままエステルの首に腕を回し、ほとんど強制的に抱きしめてくる。

 引っ張られ、フィラスの体にほとんど倒れ込むようにしてエステルは体勢を崩した。柔らかなソファーの上で、窓から零れてくる陽光を浴びながら、フィラスは楽しげにする。
 金色の髪が、陽に濡れて綺麗に輝くのが見えた。白金色の瞳が、いつもより近い距離にある。長い睫毛は、髪の色と同じ金色をしている。まるで蜜を溶かしたような美しさのあるそれは、瞬きの度に硬質な音を立てるかのようで、綺麗だ。

「フィラス!」
「エステル。可愛いエステル、全部顔に出ているよ」
「……それは……っ、その……っ」
「でも本当に嘘じゃないんだ。少しだけ書いて、古い知り合いの元に出しただけ。それだけだよ」
「古い知り合い……?」
「そう。僕と同じく、『神に愛されし隣人』の元へね」

 エステルは顔を上げる。フィラスの鼓動の音が、じんわりと伝わってくるくらいの距離だ。
 なんだか、フィラスの口から同じ種族の知り合いの話が出るなんて、初めてだ。――フィラスは長い年月を生きる人だからか、家族や友人の話を聞いたことが無い。幼い頃は、エステルも口さがなくフィラスを問いただしていたが、今はそういった話題を控えるようにしている。

 語らないということは、語りたくない、ということでもあるはずだ。特に、『神に愛されし隣人』は数少ないと言われている。
 ――ただ、だからこそ、フィラスに『隣人』の友人がいることに、ほっとする。

「……フィラスの知り合い、王都にいるんだ……」
「いるよ。……どうしたの、寂しそうな顔。拗ねている? 可愛い、エステル。僕には君だけだよ」
「拗ねては無いよ。ただ、良かったなって思って……、というか、その、言ってること、矛盾していると思う」
「そんなことない。王都に居る人は知己だけど、それだけだ。僕はエステルのことが一番だから。エステル以外に優先なんて、しない。エステルだけが居たら良い」

 フィラスが優しくエステルの髪を撫でる。その一房を手に取り、そのままそっと口づけてきた。そんな様子が、とてつもなく様になっているのだから、フィラスは凄い。
 綺麗な人だ。――優しくて、穏やかで。だからこそ、エステルは――フィラスに初恋を捧げた身として、彼に幸せになってほしい、と思う。
 寿命の違うエステルではきっと、幸せには出来ないから。

 ――と言っても、フィラスからしたら、エステルがそんなことを考えているなんて、つゆほども思っていないかもしれない。彼からしたら、エステルなんて犬や猫のようなものだろう。
 人間が犬や猫に恋をしないのと同様に、フィラスもエステルを好きにはならない。かけてくれる言葉は、人間が動物たちに、無条件に、そして無責任にかける愛の言葉と同じでしかない。

 年を重ねるにつれて、そう、エステルは理解した。
 だって、エステルは少しずつ大人の女性に近づいてきているのに、フィラスは出会った時から変わらない。
 そして、多分、これから先も、ずっと。……年を重ねないフィラスにとって、短い期間に成長していくエステルはどう見えているのだろう。それを問いかけるのは少し怖くて、いつまで経っても、出来そうにない。
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