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第六部 第一章 諸島国家との邂逅まで
109話 穴①
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にわかウンチクが多いので斜め読みで大丈夫です。
六部中盤まではこんな感じで寄り道しながら進んでいきます。
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コロンナは司令官代行に就任した後も基本的に軍服は纏わず、薄い橙色の素朴なローブを羽織っていた。背中に槍を背負い、中央会議場の建物を出たところで馬車を呼び止めた。
護民長官の部屋で「ベックメッサ―の墓はここからそう遠くはない。今から行こうか」と言い出したのはコロンナだ。散歩にでも行くような素振りを見せた司令官にバルトは慌てた。
「使いの者を出します。わざわざあなたが行かずとも……」
「司令官の仕事というのは肩が凝るものでね。これだけ膨大な業務量をこなしていたタンホイザーは立派だよ」
というと、バルトの制止を無視してスタスタと外に出てしまった。
「あの、先生。娘さんのことは……」
「うん。実はそれもあって道案内を申し出たんだ。ちょっと寄り道したくて」
コロンナの娘であり研究者だったフリッカがエインヘリヤルではなくスルトに殺されたのだという情報はすでに伝えてある。馬車に乗ってからおずおずとフリッカの話題を切り出したシグルズに対して、コロンナの返答は実務的なものだった。
「ゲオルグから聞いているかもしれないが、フリッカは神話と大陸の創生にまつわる著書を出版しようとした矢先に殺された。頭部は潰され、見世物にでもされるかのように遺体は大通りに残されていてね。……その遺体の第一発見者がゲオルグだった」
あの飄々とした黄色い目の皇帝を思い出す。他人には滅多に本音を見せない男だが、それでもそのときのゲオルグの悲嘆は察するに余りある。
「フリッカはこの大陸が形成される前、世界はもっともっと広かったんじゃないかと予測していた。数々の古代文字を解読した結果、この大陸の規模と歴史の長さでは到底説明できない多くの国家や文明が存在していた、と」
「どれくらいの数が存在していたんですか」
「国という体裁を取っていない文明もあっただろうけど、それも合わせて少なくとも3000はあったんじゃないかな」
「えっ、そんなに」
現在この大陸は、中央の堕ちた森を含めれば9つの地域に別れている。
どれほど長い年月が流れていようとも、そこに3000もの国家や文明が密集していたと考えるのは無理があった。
「けれど不思議なことに、存在したはずの無数の国家における技術や伝統、歴史はほとんどが消失している。一部の書物を除けばその片鱗すら後世に伝わっていない。あまりにも不自然だよね……、というところまでが父親の私が聞いたところだ」
「その不自然な消失が、ヘルゲの言っていたニブルヘイムやスルトの仕業だと?」
「おそらくね。僕でさえ何となく察しがついていたことだし、多分娘は分かっていたんだろうね。……ああ、着いた」
バナルトゥスシティから北上した平野は、草木も生えておらず周囲には枯れた木がわずかにあるだけ。
馬車を止めたコロンナは渇いた大地の上を早足で歩き、少しだけ盛り上がった丘陵地に向うと嬉しそうに地面を指さした。
「ほらここ」
穴が開いていた。
人一人分がギリギリで入ることができる直径の穴が暗い地下へと続いている。一見するとただの落とし穴のようだ。
「この穴は?」
「フリッカが作業員を雇って掘らせた穴だ。『穴を掘りたいから金を貸してくれ』と言われたときは私も戸惑ったね。けっこう深いところまで掘ってあるから落ちたら死ぬよ。気を付けて」
天才のすることは意味が分からないな、とシグルズは思った。
「中に梯子がかかっているから下まで降りることができるよ。さあ、入ってみて」
今までの会話からこの穴の中に入る必要性が見出せない。
シグルズがじりじりしている横で、ネフィリムが暗闇を覗き込む。
「もしかして地層を調べたのですか?」
「おっ、戦乙女は聡いね。娘はこの土地にどんな文明が存在したのかを調べるために古文書と地層に当たったんだよ」
ネフィリムが振り向いた。下がり眉かつ上目遣いでこちらを見ている。
このあざとい表情は好奇心が勝っているときの彼特有の表情だった。
「……入りたいのか」
「司令官の話が本当なら、ここの地層に様々な国家の形跡が残っているということだろう?ロマンがあるじゃないか。見てみたい」
シグルズはためらったが、思いきり目を輝かせているネフィリムを止めることは不可能だ。
そこに姿を現したジークルーネが「私が先に降ります。そうすれば姉さまが落ちたときに受け止めることができますから」と言って穴の中に落ちて行く。
ワルキューレは予想外に思考が物理的なようだ。いずれにせよネフィリムを守ってくれるのはありがたかった。
ネフィリムは片手にカンテラを持ちながらゆっくりと降りて行った。しばらくの間は梯子を順調に降りる音が響いていたが、途中で「おお~」「うわっ」などと威勢のいい叫び声が聞こえた後はほぼ無音が続いた。
そのまま10分ほどが経過する。
さすがに不安になってきたシグルズが自分も穴を降りようかと考え始めていたまさにそのとき、穴の中から大きな風の音が聞こえてきた。
そして、
「わーーーーーーっ!」
ネフィリムがものすごい勢いで空に飛び出してきた。
もう少し正確に言うと、ジークルーネに肩車されたままのネフィリムが穴の真上にスポーンと射出されたのだ。
ジークルーネは全く動じない様子で、高い空からふわりと降りてきて華麗に着地した。そして肩の上でジタバタしているネフィリムをゆっくりと降ろす。「梯子を登るのが面倒だったので空を飛びました」とワルキューレが簡潔に説明する。
ネフィリムは涙目だった。
六部中盤まではこんな感じで寄り道しながら進んでいきます。
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コロンナは司令官代行に就任した後も基本的に軍服は纏わず、薄い橙色の素朴なローブを羽織っていた。背中に槍を背負い、中央会議場の建物を出たところで馬車を呼び止めた。
護民長官の部屋で「ベックメッサ―の墓はここからそう遠くはない。今から行こうか」と言い出したのはコロンナだ。散歩にでも行くような素振りを見せた司令官にバルトは慌てた。
「使いの者を出します。わざわざあなたが行かずとも……」
「司令官の仕事というのは肩が凝るものでね。これだけ膨大な業務量をこなしていたタンホイザーは立派だよ」
というと、バルトの制止を無視してスタスタと外に出てしまった。
「あの、先生。娘さんのことは……」
「うん。実はそれもあって道案内を申し出たんだ。ちょっと寄り道したくて」
コロンナの娘であり研究者だったフリッカがエインヘリヤルではなくスルトに殺されたのだという情報はすでに伝えてある。馬車に乗ってからおずおずとフリッカの話題を切り出したシグルズに対して、コロンナの返答は実務的なものだった。
「ゲオルグから聞いているかもしれないが、フリッカは神話と大陸の創生にまつわる著書を出版しようとした矢先に殺された。頭部は潰され、見世物にでもされるかのように遺体は大通りに残されていてね。……その遺体の第一発見者がゲオルグだった」
あの飄々とした黄色い目の皇帝を思い出す。他人には滅多に本音を見せない男だが、それでもそのときのゲオルグの悲嘆は察するに余りある。
「フリッカはこの大陸が形成される前、世界はもっともっと広かったんじゃないかと予測していた。数々の古代文字を解読した結果、この大陸の規模と歴史の長さでは到底説明できない多くの国家や文明が存在していた、と」
「どれくらいの数が存在していたんですか」
「国という体裁を取っていない文明もあっただろうけど、それも合わせて少なくとも3000はあったんじゃないかな」
「えっ、そんなに」
現在この大陸は、中央の堕ちた森を含めれば9つの地域に別れている。
どれほど長い年月が流れていようとも、そこに3000もの国家や文明が密集していたと考えるのは無理があった。
「けれど不思議なことに、存在したはずの無数の国家における技術や伝統、歴史はほとんどが消失している。一部の書物を除けばその片鱗すら後世に伝わっていない。あまりにも不自然だよね……、というところまでが父親の私が聞いたところだ」
「その不自然な消失が、ヘルゲの言っていたニブルヘイムやスルトの仕業だと?」
「おそらくね。僕でさえ何となく察しがついていたことだし、多分娘は分かっていたんだろうね。……ああ、着いた」
バナルトゥスシティから北上した平野は、草木も生えておらず周囲には枯れた木がわずかにあるだけ。
馬車を止めたコロンナは渇いた大地の上を早足で歩き、少しだけ盛り上がった丘陵地に向うと嬉しそうに地面を指さした。
「ほらここ」
穴が開いていた。
人一人分がギリギリで入ることができる直径の穴が暗い地下へと続いている。一見するとただの落とし穴のようだ。
「この穴は?」
「フリッカが作業員を雇って掘らせた穴だ。『穴を掘りたいから金を貸してくれ』と言われたときは私も戸惑ったね。けっこう深いところまで掘ってあるから落ちたら死ぬよ。気を付けて」
天才のすることは意味が分からないな、とシグルズは思った。
「中に梯子がかかっているから下まで降りることができるよ。さあ、入ってみて」
今までの会話からこの穴の中に入る必要性が見出せない。
シグルズがじりじりしている横で、ネフィリムが暗闇を覗き込む。
「もしかして地層を調べたのですか?」
「おっ、戦乙女は聡いね。娘はこの土地にどんな文明が存在したのかを調べるために古文書と地層に当たったんだよ」
ネフィリムが振り向いた。下がり眉かつ上目遣いでこちらを見ている。
このあざとい表情は好奇心が勝っているときの彼特有の表情だった。
「……入りたいのか」
「司令官の話が本当なら、ここの地層に様々な国家の形跡が残っているということだろう?ロマンがあるじゃないか。見てみたい」
シグルズはためらったが、思いきり目を輝かせているネフィリムを止めることは不可能だ。
そこに姿を現したジークルーネが「私が先に降ります。そうすれば姉さまが落ちたときに受け止めることができますから」と言って穴の中に落ちて行く。
ワルキューレは予想外に思考が物理的なようだ。いずれにせよネフィリムを守ってくれるのはありがたかった。
ネフィリムは片手にカンテラを持ちながらゆっくりと降りて行った。しばらくの間は梯子を順調に降りる音が響いていたが、途中で「おお~」「うわっ」などと威勢のいい叫び声が聞こえた後はほぼ無音が続いた。
そのまま10分ほどが経過する。
さすがに不安になってきたシグルズが自分も穴を降りようかと考え始めていたまさにそのとき、穴の中から大きな風の音が聞こえてきた。
そして、
「わーーーーーーっ!」
ネフィリムがものすごい勢いで空に飛び出してきた。
もう少し正確に言うと、ジークルーネに肩車されたままのネフィリムが穴の真上にスポーンと射出されたのだ。
ジークルーネは全く動じない様子で、高い空からふわりと降りてきて華麗に着地した。そして肩の上でジタバタしているネフィリムをゆっくりと降ろす。「梯子を登るのが面倒だったので空を飛びました」とワルキューレが簡潔に説明する。
ネフィリムは涙目だった。
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