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第六部 第一章 諸島国家との邂逅まで

108話 未熟な告解②

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「ヘルゲ様は言っておられます、『バナヘイムの護民長官。なぜお前はもっと早く生まれなかったのか』と」

「は?」

 バルトが素っ頓狂な声を出す。ワルキューレはその声を無視して言葉を続けた。

「『今のバナヘイムが1000年前から存在していたら、僕の友達もパン屋のおばさんも死ぬことはなかった。なぜお前は僕が人間のときに国を作らなかったのだ』とお怒りです」

「は?」

 それを聞いてコロンナが大笑いする。

「買い被られたな、バルト。僕たちが大切な存在を失って傷つくように、彼も800年の間に多くのことを考えざるを得なかったのだろうね」
「それはそうかもしれん……。しかし感情的な問題だけで解決する話でもありません」
「議会をまとめるのは君の仕事だろう? 長官。 いずれにせよ両国間のトップ会談は実現せねばならんだろうね」

 バルトは頭をわしゃわしゃと掻き、ソファの背もたれに身を投げ出した。

「また面倒なことを……!」

 バナヘイムのトップは相変わらず苦労人のようだ。






「俺は、あの攻防戦の折に正気を失ってベックメッサ―議員を殺害しました」


 エインヘリヤルの話題が収束したところで、シグルズが切り出した。

「その裁きを受けたいと思っています」

 バルトとコロンナは突然の申し出を受けて動きを止めた。バルトが何か言おうとしたところで、コロンナがそれを制した。

「……その申し出は却下だ」

 コロンナの声が低くなった。頭の悪い生徒を説得する教師の目つきだ。普段温厚な人物が怒るとそれなりの威圧感を与える。

「なぜですか」
「なぜ? 君は帝国軍の軍人としてこれまで同郷の人間やニーベルンゲン兵を殺してきたのだろう。その罪は罰せられたことがあるのかい」
「それは……」

 テルラムント家の私兵やニーベルンゲンの兵士。
 そして、養父。
 その命を奪ったことを忘れたのかと糾弾されたのも同じだった。

「今回の戦いでも、エインヘリヤルの宗兵を何人も殺しただろう。それらは良しとするのにベックメッサ―を殺したことだけは裁きを受けようというのかい。そんな覚悟で従軍していたのだとしたら甘いにもほどがあるよ」

 コロンナに言われて初めて、自分には人の命を奪う覚悟が備わっていないことに気付く。
 自分に邪魔だから殺していただけだ。

 戦いに勝てば自分がヴェルスング家の当主にふさわしくなれるから。
 邪魔な奴を殺せばネフィリムを奪われる心配がないから。

「……シグルズ君。戦争時の殺生は通常時の事件と同様に扱うことはできない。特例として戦時の裁判の権限は全て、独裁官である私に移る。つまり、私が起訴しなければこの件は罪に問われることもない。当然、君の言い分を聞くことはできない」

 突き放すコロンナと違ってバルトの言葉は丁寧で優しい。だが結論は同じ。
 シグルズの独善的な告解は受け入れられることはなかった。


「ベックメッサ―氏のお墓はありますか」


 それまで口を開かなかったネフィリムが質問した。

「花を供えたいのです。私とシグルズで」

 ネフィリムは一度シグルズに黒色の瞳を向けた後、この国の護民長官と軍司令官に向かって弔いの意味を告げる。


「彼が亡くなった原因はシグルズというよりも私にあります。私は自分の騎士を信じることができず、彼の祖国を憂う心を利用した。だからこそ私も彼に謝りたい気持ちがあるのです。
 ―――シグルズの覚悟は未熟かもしれませんが、だからと言って何人も彼の贖罪の気持ちまでをも否定することはできません」


 コロンナは戦乙女ヴァルキリーをじっと見つめた。
 そして目を閉じて「シグルズ君」と呼びかける。

「君の変異痕……。黒く変色していた肌が綺麗になっているね。それに、瞳の光が安定している」

 肌の痣は堕ちた森ギヌ・ガ・カップにあった観測所で休養したことにより完全に消えていた。だが「安定している」のほうは言われても実感が湧かない。

「……そうでしょうか」
「先ほどの罪の申告もそうだけど、きっと君という人間の価値観が大きく変わったんだろうな」

 コロンナはそう言うと、ネフィリムを見てにっこり笑った。ネフィリムはよく分からず頬を染めながら戸惑っていた。

「なるほど、大神官ヘルゲやブリュンヒルデがこれまでとは違った未来を見出した理由が何となく分かったよ」


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