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第六部 第一章 諸島国家との邂逅まで
108話 未熟な告解①
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今回から第六部(カドモス編)がスタートします。
終盤なので全40話予定とボリューム多めになりそうですができるだけサクサク進めていきたいと思ってますのでよろしくお願いします。
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エインヘリヤルの国境を横断し大陸橋を渡れば、先日までバナヘイムとエインヘリヤルが激戦を繰り広げていた平原が広がっていた。
未だ戦いの爪痕が残る。緑は禿げ、甲冑を着たまま倒れている遺体はそこここに。折れた矢が地面に突き刺さり、巨大変異体を倒すために取り入れられた長槍が半分埋まっていた。
そして、シグルズの振りかざしたノートゥングの剣が大地に多くの裂け目を作った。中を覗けば真っ暗な世界が広がる。おそらく黒の渓谷と同様、堕ちた森にまで続いているのだろう。
目を逸らす資格が自分にないことは分かっている。シグルズはその光景をじっと見つめた。
あのときはネフィリムが自分から離れようとしていると思って無我夢中だった。ネフィリムを取り戻すためなら全ての敵を殺すつもりだった。
それは結局、未だ克服しきれていない自分の心の弱さが招いた結果だ。自分のことも、ネフィリムのことさえも心から信用できていなかった。
そのために、一人の有望な政治家を殺した。
シグルズは己の足で戦場の地を踏みしめながら、グラムに騎馬しているネフィリムを振り返る。
「バルト長官とコロンナ先生に会いたいのだが、いいだろうか」
ネフィリムは無言で頷いた。
◇
バナヘイム連邦中央会議場で久しぶりに顔を合わせたバルトは、2人の姿を見ると持っていた書類を床に落とした。
「お久しぶりです、長官」
「君、生きていたのか……」
最後に要塞で見たときよりもだいぶやつれた護民長官は目を赤くしてシグルズを抱きしめた。予想していなかった行動に、今度はシグルズのほうが戸惑った。
「え、ちょ、長官」
「また……君のような前途ある若者を殺してしまったのかと思った。よかった、生きていて本当によかった」
バルトと会ったのは数回ほどしかない。まさかこんな反応をされるとは思ってもいなかった。義父ほど年齢の離れた男性に自分の命があることを喜ばれて、シグルズも胸が熱くなった。
ネフィリムは相変わらず何も言わなかったが、彼がこの光景を温かい眼差しで見ていることが伝わってくる。
「バルトは君に、息子の姿を重ねているんだろうね」
開きっぱなしのドアのほうからもう一人の声が聞こえてくる。コロンナだ。
「シグルズ君、ネフィリム君。2人とも無事で良かった。……とは言っても、私は2人とも生きていると思っていたからあんまり感慨は湧かないけど」
喰えない性格は相変わらずのようだ。
シグルズとネフィリムがエインヘリヤルで見聞きしたことやヘルゲについて話すと、コロンナは開口一番「私もヘルゲ大神官に会いたいな」と言い出した。
「バナヘイムとエインヘリヤルの溝は浅くはないが、それでもやはりこの停戦を機会にもっとお互いを知るべきだと思うよ」
一方、バルトの眉間の皺はこれでもかと言わんばかりに増えていた。
「私は反対です。今は両国とも距離を保ちながら静かにしているべき時期だ。相手は人間ではない上に、家族や友人をエインヘリヤルに殺された民の怒りを無下にもできない」
護民長官の部屋で、シグルズとネフィリム、バルトとコロンナが向かい合って話している。
「君もタンホイザーを殺されたからね」
コロンナがそう言うと、バルトの眉間の皺のうち2本が消える。何とも言えない表情だった。
「ただね、ヘルゲの言っていることは今後のバナヘイムや大陸の人間にとって示唆に富むところだ。おそらく私たちがニブルヘイムやスルトにとって“歓迎できない行い”をすれば粛清されるというわけだろうね。……娘がそうなったように」
「そうです」
突然天井から女2人の声が聞こえてきた。バルトがシグルズの後ろを指さして「わっ!」と言うので振り返ってみると、オルトリンデとジークルーネが立っていた。
エインヘリヤルから同行しているこの2人は神出鬼没で、いつも姿を現しているわけではなく気が向いたときに突然出現するので心臓に悪い。
唯一、ネフィリムだけはその気配が分かるようで「今は斜め上のほうでふわふわしている」などと幽霊の居場所を突き止めているようなことを言う。
「大神官はニブルヘイムの方針には懐疑的です」
「スルトが攻めてきたらバナヘイムも一瞬でなくなります」
オルトリンデとジークルーネが交互に話す。バルトは視線を険しくした。
「ワルキューレ……」
バルトの親友であり、バナヘイムの英雄であるタンホイザーはまさにこの部屋で、ワルキューレによって変異したヘルマンに殺された。その視線に憎しみがこもるのは必然だった。
しかしオルトリンデは全てを見透かすように言葉を続けた。
終盤なので全40話予定とボリューム多めになりそうですができるだけサクサク進めていきたいと思ってますのでよろしくお願いします。
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エインヘリヤルの国境を横断し大陸橋を渡れば、先日までバナヘイムとエインヘリヤルが激戦を繰り広げていた平原が広がっていた。
未だ戦いの爪痕が残る。緑は禿げ、甲冑を着たまま倒れている遺体はそこここに。折れた矢が地面に突き刺さり、巨大変異体を倒すために取り入れられた長槍が半分埋まっていた。
そして、シグルズの振りかざしたノートゥングの剣が大地に多くの裂け目を作った。中を覗けば真っ暗な世界が広がる。おそらく黒の渓谷と同様、堕ちた森にまで続いているのだろう。
目を逸らす資格が自分にないことは分かっている。シグルズはその光景をじっと見つめた。
あのときはネフィリムが自分から離れようとしていると思って無我夢中だった。ネフィリムを取り戻すためなら全ての敵を殺すつもりだった。
それは結局、未だ克服しきれていない自分の心の弱さが招いた結果だ。自分のことも、ネフィリムのことさえも心から信用できていなかった。
そのために、一人の有望な政治家を殺した。
シグルズは己の足で戦場の地を踏みしめながら、グラムに騎馬しているネフィリムを振り返る。
「バルト長官とコロンナ先生に会いたいのだが、いいだろうか」
ネフィリムは無言で頷いた。
◇
バナヘイム連邦中央会議場で久しぶりに顔を合わせたバルトは、2人の姿を見ると持っていた書類を床に落とした。
「お久しぶりです、長官」
「君、生きていたのか……」
最後に要塞で見たときよりもだいぶやつれた護民長官は目を赤くしてシグルズを抱きしめた。予想していなかった行動に、今度はシグルズのほうが戸惑った。
「え、ちょ、長官」
「また……君のような前途ある若者を殺してしまったのかと思った。よかった、生きていて本当によかった」
バルトと会ったのは数回ほどしかない。まさかこんな反応をされるとは思ってもいなかった。義父ほど年齢の離れた男性に自分の命があることを喜ばれて、シグルズも胸が熱くなった。
ネフィリムは相変わらず何も言わなかったが、彼がこの光景を温かい眼差しで見ていることが伝わってくる。
「バルトは君に、息子の姿を重ねているんだろうね」
開きっぱなしのドアのほうからもう一人の声が聞こえてくる。コロンナだ。
「シグルズ君、ネフィリム君。2人とも無事で良かった。……とは言っても、私は2人とも生きていると思っていたからあんまり感慨は湧かないけど」
喰えない性格は相変わらずのようだ。
シグルズとネフィリムがエインヘリヤルで見聞きしたことやヘルゲについて話すと、コロンナは開口一番「私もヘルゲ大神官に会いたいな」と言い出した。
「バナヘイムとエインヘリヤルの溝は浅くはないが、それでもやはりこの停戦を機会にもっとお互いを知るべきだと思うよ」
一方、バルトの眉間の皺はこれでもかと言わんばかりに増えていた。
「私は反対です。今は両国とも距離を保ちながら静かにしているべき時期だ。相手は人間ではない上に、家族や友人をエインヘリヤルに殺された民の怒りを無下にもできない」
護民長官の部屋で、シグルズとネフィリム、バルトとコロンナが向かい合って話している。
「君もタンホイザーを殺されたからね」
コロンナがそう言うと、バルトの眉間の皺のうち2本が消える。何とも言えない表情だった。
「ただね、ヘルゲの言っていることは今後のバナヘイムや大陸の人間にとって示唆に富むところだ。おそらく私たちがニブルヘイムやスルトにとって“歓迎できない行い”をすれば粛清されるというわけだろうね。……娘がそうなったように」
「そうです」
突然天井から女2人の声が聞こえてきた。バルトがシグルズの後ろを指さして「わっ!」と言うので振り返ってみると、オルトリンデとジークルーネが立っていた。
エインヘリヤルから同行しているこの2人は神出鬼没で、いつも姿を現しているわけではなく気が向いたときに突然出現するので心臓に悪い。
唯一、ネフィリムだけはその気配が分かるようで「今は斜め上のほうでふわふわしている」などと幽霊の居場所を突き止めているようなことを言う。
「大神官はニブルヘイムの方針には懐疑的です」
「スルトが攻めてきたらバナヘイムも一瞬でなくなります」
オルトリンデとジークルーネが交互に話す。バルトは視線を険しくした。
「ワルキューレ……」
バルトの親友であり、バナヘイムの英雄であるタンホイザーはまさにこの部屋で、ワルキューレによって変異したヘルマンに殺された。その視線に憎しみがこもるのは必然だった。
しかしオルトリンデは全てを見透かすように言葉を続けた。
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