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大帝動乱

4、義父を討て②

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 森の竜が現れてから7年。
 ジークフリード様が行方不明になってから、7年。

 俺がどれだけ剣技を磨いても、ジーク様にはかなわない。
 あの人は本物の騎士であり英雄だったから。

 もしもここにいたのが俺でなくてジーク様だったなら。
 義父上はジーク様を連れて行ったのだろうか。


「俺では義父上の役には立てませんか!? 俺がジーク様に及ばないから」


 自分が本当の子どもではないから。


「シグルズ。いい加減にしろ!」

 義父の声には怒りがこもっていた。

「此度の反乱には未だ不明点が多く、ヴェルスングの領地をがら空きにすることに不安が残る。大家令もまだ皇宮にいらっしゃる。騎士団も一度に出撃するよりも、第一陣と二陣を分けたほうが柔軟な戦法が採れるだろう」

 淡々と続けられる説明は全てもっともな内容だった。話を聞けば、留守を預かるシグルズの立場がいかに重要なのかが分かる。


「お前はそれでヴェルスング家の次代当主となるつもりか。いっときの感情に支配される未熟者なぞ、騎士とは呼べん」

 義父に失望される。
 シグルズにとってはそれがもっとも恐かった。たった一言「申し訳ありませんでした」と返すのがやっとだった。

「……すまん、私も少し言葉を強くしすぎた。だが、お前に後陣を任せられるとあれば私も安心して出撃できる。分かってくれるな」
「はい。―――御武運をお祈りしております」


 ジークムントは副騎士団長のハイメ以下ヴェルスング騎士団の7割の兵力を率いてアースガルズへと出陣した。
 見送るシグルズに、ヴィテゲが並ぶ。

「ジークムント様が帝都に到着なされば、反乱なんぞ簡単に鎮圧されてしまうかもしれません。そうしたら私たちの出番もなくなってしまいますね」
「……ああ、そうだな」

 そうだ。自分の感情などどうでもいい。義父が無事に帰ってくれば全て笑い話で済む。
 騎士団が見えなくなった後もずっと街道を見つめていたシグルズには、ヴィテゲが優しい笑顔で見守ってくれていることにも気付かなかった。

「実はこの前、若に秘密で質の良い珈琲豆を買ってきたんですよ」
「……そうなのか」
「教えたらすぐに飲んでしまうでしょう? ……さっそくメイドに用意させましょうか」










 そして、その手紙がシグルズに届いたのは騎士団員同士の騎馬戦を監督していたとき。
 義父の出陣から5日後のことだった。

 ヴィテゲから受け取った手紙の差出人は祖父のレギナス。名前は明記されていないが、シグルズがその流麗な文字を見間違えることはなかった。
 溶かした蝋にヴェルスング家紋の型。レギナスがシグルズ本人に宛てた親展の手紙だ。



「親愛なるシグルズ


 帝都で反乱が起き、皇帝ヴォーダンが凶刃に倒れた。
 ミドガルズの騎士たちが帝都に集結し、怠惰な貴族たちの圧制に鉄槌を下したのだ。
 新しい皇帝の時代が来る。

 他の貴族はほとんど抵抗を止めているが、唯一、先代皇帝に忠誠を尽くすことを是として皇宮にこもり、抵抗を続けているのがジークムントである。

 私は先代皇帝の大家令という複雑な立場であり、未だ皇宮を離れることが許されていない。


 シグルズよ。
 新たな皇帝に命を受けた者として、そしてヴェルスング家の前当主として命じる。

 ヴェルスング家から離反したジークムントに代わり、今日からお前が当主となれ。
 そして、領地にいる騎士たちを引き連れて皇宮ドラウプニルに赴き、新皇帝の敵となったジークムントを討つのだ。

 新たな騎士の時代の幕開けに、ヴェルスング家の名を汚さぬような働きを期待する。


 レギナス・フォン・ヴェルスング」




 何度も何度も文面に目を通した。
 けれどもそれは偽造されたものではなく、お祖父様直筆の手紙であることは間違いがなかった。
 声を出さぬシグルズの横からヴィテゲが手紙に目を通す。瞠目していたが、やはり何も言わなかった。


 シグルズは踵を返す。


「鐘を鳴らせ」


 何も分からなかった。何が起きているのかも、何が真実なのかも。

 それでも、自分が選択できる行動はひとつ。
 手紙を強く握りしめて、邸に向かう。


「出陣の準備だ」
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