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第四部 第一章 「民衆に供する国」に集うまで

77話 バルト②

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「さっそくだが」
「エインヘリヤルの件だろう。タイミングが悪すぎる」

 ゲオルグの早急すぎる本題の入り方に対し、その師とされる男も早すぎる結論を出した。会話の流れが全体的に早い。
 バルトは額に手を当てて首を横に振った。

「先日のグルヴェイグ暴動と戦争兵器の暴走があって以来、グルヴェイグに何ら対応してこなかったバナヘイムの弱腰外交が批判されている。兵器がエインヘリヤルやニブルヘイムのものだと言うことも知られつつある。今はむしろエインヘリヤルとの友好関係を促進すべきという意見が多数派だ」

 バルトの解説は的確で分かりやすいがとにかく早口だった。立て板に水で言葉が流れていく。

「今日はエインヘリヤルとの国境にある要塞の軍備を薄くして、その分をグルヴェイグ側に回すべきという議題の話し合いがあった。そういうわけだから今の時期に軍事同盟の提案などしたら一笑に付されて終わる」
「そこを何とかするのが政治家だろう。そうだな……一週間以内に同盟加盟の法案を通してくれ」

 この師あってこの弟子、といったコミュニケーション。しかも弟子の要求はかなり高難度だった。

「無茶に決まってるだろう! 他人事ひとごとだと思いおって」

 バルトは机を叩いた。護民長官はトールよりもキレやすい性格のようだ。

「エインヘリヤルとの関係はバナヘイムの南北問題も絡んでいる。グルヴェイグとも隣接する南側はエインヘリヤルとの友好関係が強い。南出身の政治家や参議会員はエインヘリヤルの司祭たちとも交流がある。そこに軍事同盟を持ち出せば国が割れるぞ」
「無茶でも何とか急いでほしい。俺が滞在できるのは一週間まで。情報は可能な限り渡す。また明日来るから再考してくれ」

 ゲオルグの言っていることは無茶苦茶だ。
 バルトの眉間の皺が芸術的なまでに深く刻まれた。見ているほうが不憫になる皺の深さだった。
 ため息を吐き、バナヘイムの政治家は立ち上がる。

「………明日も同じ時間帯の予定は空けておく。お前が来るのは勝手だ。だが情勢は変わらんぞ」

 ゲオルグは肩肘をついてニヤニヤするだけだった。

「まったく。―――『大帝動乱』などと大それたことをしたお前の身を案じていたこちらのことも考慮せんで。死んだかと思ったらいつの間にか皇帝に即位か」
「すいません、先生」
「お前、俺を先生なんて呼んだこと今まで一度もないだろう……気持ち悪いことは言わんでよい。せめてここに滞在している間に黒麦酒ビールでも味わっていけ」


 と、そこで視線はようやくシグルズに向かった。

「で、君は?」
「『白銀の騎士』。帝国の英雄ですよ」

 自分の名前を名乗ろうと口を開いたがゲオルグに先を越された。

「白銀の騎士? 君が、か……。こんな若者に国の期待を背負わせるとはな」

 その言葉の意味を考えているシグルズの横にバルトが近づいてきた。
 護民長官に座ったままで応対するのは礼を失する。シグルズは慌てて立ち上がり、帝国流の挨拶をした。

「ミドガルズ大帝国男爵家当主、シグルズ・フォン・ヴェルスングと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません、閣下」

 バルトは眉間の皺を幾分浅くして口の端を上げた。
「かまわんよ」と言う声にはさきほどまで生えていた棘がなかった。

「立ってくれ、ヴェルスング卿。君のような若者を英雄として祀り上げなければいけないほど帝国の国力は衰退しているわけではあるまいて」

 バルトはシグルズの肩をそっと撫でた。労りが感じられる。
 義父上や祖父レギナスの手を思い出す、落ち着く大きな手だった。

「そいつはニーベルンゲンの内乱やグルヴェイグ暴動を解決した男だ。もはや帝国に限らない、大陸の英雄だ」

 ゲオルグに褒められることなど滅多にないので、シグルズは無意識にその真意を探ってしまう。
 
 一方、バルトはそんなゲオルグを強く睨みつけていた。
 敵意を感じさせる眼差しではなかったが何かを危ぶんでいるような目の光。
 バルトは首を振って懸念を払拭したようで、もう一度シグルズに向き合った。


「バナヘイムにあるものはいろいろと吸収して帰るといい。君のような若者には未来がある。決して命を粗末にしてはいかんぞ。いいな」


 その日のバルトとの会談はそこで終了した。



 ◇



「バルトの印象はどうだった」

 ゲオルグに聞かれたので、正直に話す。

「精力的な政治家という印象でした。それと、もっと厳しい方だと思っていました」

 心底おかしそうにゲオルグが笑うのを見て、この人はバルトという政治家のことを気に入っているんだなと理解した。

「バルトは軍人だった息子を失っている。お前を息子に重ねたんだろう」
「―――そうだったんですか」

 自分も義父と重ねそうになったことは言わなかった。


「では陛……ゲイン殿。宿へ戻るのですか?」

 シグルズは他愛なく質問したつもりだったが、その直後に周囲の空気が変わった。
 正確にはゲオルグを取り囲む近衛特兵ロイヤル・ガードの、だ。

 すぐ傍に控えるヘイムダルのほか、姿の見えない4人の気配が強くなる。



 なんだ?



「いや、」


 ゲオルグは少しだけ振り返りシグルズを見る。瞼の奥の目が黄色く輝いている。


「申し訳ないが、今日はニーベルンゲンの奴らの宿とは別だ」
「……あまり面白くなさそうな風向きのようですね」


 近衛特兵ロイヤル・ガードから向けられているのは、殺意。

 下手に動けば殺される。

 おそらく近衛特兵ロイヤル・ガード5人を相手にしたところで負けるのはシグルズだ。
 今はおとなしくゲオルグの指示に従うほうがよさそうだ。


「ああ。疲れているところ済まないが、少々尋問の時間をいただきたくてね」


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