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第四部 第一章 「民衆に供する国」に集うまで
77話 バルト①
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バナルトゥスシティの入口からバナヘイム連邦中央会議場までは馬車を使った。
ゲオルグが乗り込み、次いでシグルズが乗る。その後ろからローブを纏った男性が無言で乗り込んできたのでぎょっとした。
「ヘイムダルだ」
近衛特兵の1人。
茶色いローブを目深に被っているために顔は分からないが、シグルズよりも身長は低く、わずかに見える肌からも年齢は若いように見えた。
長い槍を袋に入れて持っている。膨らみ方から中に2本。ひとつはゲオルグのグングニル、もうひとつはヘイムダルの得物のようだ。
乗車時間はそれほど長くはなかった。白い要塞の前でヘイムダルが無言で乗車賃を払う。渡したのはバナヘイム銅貨だ。
議場の正面玄関は閉まっていたが、ゲオルグはスムーズに裏口に回った。その足取りから、彼が何度もこの議場に足を運んだことがあると推測できた。
裏口にはバナヘイム軍の衛兵が2人立っていたが、ゲオルグが「バルトと約束をしている」と言うと衛兵は軽く頷いた。門が開く。
バナヘイム連邦中央会議場の中は図書館にも似た匂いがする。
書類の匂い。剣ではなくペンの匂いだ。
「3階に護民長官の部屋がある。いくぞ」
「バルトとはどんな人なんですか」
護民長官そのものに興味があるというよりも、ゲオルグに師がいるということが驚きだった。
この男が師という人間に対してどういう認識をしているかがシグルズの興味を誘った。
「短気でつまらん男だな」
師と評した男を、ゲオルグはその一言で済ませた。
「はあ」
皇帝との会話は返事に困ることが多い。
「だが、政にはああいう男が適しているのだろう。俺には向いてない」
古びた階段を上がり終えるとそこにはアーチ型の大きな扉があった。
ヘイムダルが開けば、部屋の中には大きな執務机と山積された本。そして、ソファの上に乱暴に投げられたローブ。
お世辞にも綺麗とは言えない。
誰もいないと思ったが奥に人の気配がする。
ゲオルグが入り後からシグルズが続くと、ヘイムダルが扉を閉めた。
「バルト、いるか」
やる気なく投げられた声に返事はない。だが、しばらくして隣の部屋から雪崩のような音がした。次いでバリトンボイスが響いてくる。
「俺を呼び捨てにするのは今やお前とタンホイザーくらいだ!」
まだ顔も合わせていないのに先方はすでにキレていた。
このバルトという政治家と言いトールと言い、ゲオルグを相手にする男は皆キレている。
「本が崩れた! 手伝え」
「……皇帝に本の片付けをさせるのもお前くらいだろ」
ゲオルグは苦笑いしていたが、なんとなく嬉しそうだった。
隣の部屋に入ると壁は全て本棚に埋め尽くされていた。そのうちのひとつの棚の本が、倒れた男性の上にかさばっている。
呻きながら起き上がった男性は、後ろに撫でつけていた栗色の髪が若干乱れていた。目は小さく鋭い。眉間と目尻、口元の皺は年齢を感じさせる。
ゲオルグの一回り上といったところだろうか。義父上が生きていたら同じくらいの年齢だったかもしれない。
「本を片づけたら応対してやる」
無事に片づけを終えた一行は、入ってきた部屋で向かい合って座っていた。
バルト。
ヴァルトブルグ・デア・フォーゲルヴァイデ護民長官はしかめっ面を崩さず白い襟シャツの上に着ているロングチュニックのほこりを払っていた。
「いきなりミドガルズの皇帝から伝書が届いたと思えば、“お忍びでバナヘイムに来る”だと。その間にカドモスにでも攻められたらミドガルズの長い歴史も終わるな」
「そのあたりは問題ない。むしろ、このまま俺が死んでも国政が順調に行くよう準備した。次の皇帝の名を聞きたいか?」
「相変わらず生き方そのものが破天荒だな、ゲオルグ」
「お褒めいただき嬉しく思う」
「褒めてない」
ゲオルグは満足そうな笑みを浮かべて会話の続きを早急に要望した。
ゲオルグが乗り込み、次いでシグルズが乗る。その後ろからローブを纏った男性が無言で乗り込んできたのでぎょっとした。
「ヘイムダルだ」
近衛特兵の1人。
茶色いローブを目深に被っているために顔は分からないが、シグルズよりも身長は低く、わずかに見える肌からも年齢は若いように見えた。
長い槍を袋に入れて持っている。膨らみ方から中に2本。ひとつはゲオルグのグングニル、もうひとつはヘイムダルの得物のようだ。
乗車時間はそれほど長くはなかった。白い要塞の前でヘイムダルが無言で乗車賃を払う。渡したのはバナヘイム銅貨だ。
議場の正面玄関は閉まっていたが、ゲオルグはスムーズに裏口に回った。その足取りから、彼が何度もこの議場に足を運んだことがあると推測できた。
裏口にはバナヘイム軍の衛兵が2人立っていたが、ゲオルグが「バルトと約束をしている」と言うと衛兵は軽く頷いた。門が開く。
バナヘイム連邦中央会議場の中は図書館にも似た匂いがする。
書類の匂い。剣ではなくペンの匂いだ。
「3階に護民長官の部屋がある。いくぞ」
「バルトとはどんな人なんですか」
護民長官そのものに興味があるというよりも、ゲオルグに師がいるということが驚きだった。
この男が師という人間に対してどういう認識をしているかがシグルズの興味を誘った。
「短気でつまらん男だな」
師と評した男を、ゲオルグはその一言で済ませた。
「はあ」
皇帝との会話は返事に困ることが多い。
「だが、政にはああいう男が適しているのだろう。俺には向いてない」
古びた階段を上がり終えるとそこにはアーチ型の大きな扉があった。
ヘイムダルが開けば、部屋の中には大きな執務机と山積された本。そして、ソファの上に乱暴に投げられたローブ。
お世辞にも綺麗とは言えない。
誰もいないと思ったが奥に人の気配がする。
ゲオルグが入り後からシグルズが続くと、ヘイムダルが扉を閉めた。
「バルト、いるか」
やる気なく投げられた声に返事はない。だが、しばらくして隣の部屋から雪崩のような音がした。次いでバリトンボイスが響いてくる。
「俺を呼び捨てにするのは今やお前とタンホイザーくらいだ!」
まだ顔も合わせていないのに先方はすでにキレていた。
このバルトという政治家と言いトールと言い、ゲオルグを相手にする男は皆キレている。
「本が崩れた! 手伝え」
「……皇帝に本の片付けをさせるのもお前くらいだろ」
ゲオルグは苦笑いしていたが、なんとなく嬉しそうだった。
隣の部屋に入ると壁は全て本棚に埋め尽くされていた。そのうちのひとつの棚の本が、倒れた男性の上にかさばっている。
呻きながら起き上がった男性は、後ろに撫でつけていた栗色の髪が若干乱れていた。目は小さく鋭い。眉間と目尻、口元の皺は年齢を感じさせる。
ゲオルグの一回り上といったところだろうか。義父上が生きていたら同じくらいの年齢だったかもしれない。
「本を片づけたら応対してやる」
無事に片づけを終えた一行は、入ってきた部屋で向かい合って座っていた。
バルト。
ヴァルトブルグ・デア・フォーゲルヴァイデ護民長官はしかめっ面を崩さず白い襟シャツの上に着ているロングチュニックのほこりを払っていた。
「いきなりミドガルズの皇帝から伝書が届いたと思えば、“お忍びでバナヘイムに来る”だと。その間にカドモスにでも攻められたらミドガルズの長い歴史も終わるな」
「そのあたりは問題ない。むしろ、このまま俺が死んでも国政が順調に行くよう準備した。次の皇帝の名を聞きたいか?」
「相変わらず生き方そのものが破天荒だな、ゲオルグ」
「お褒めいただき嬉しく思う」
「褒めてない」
ゲオルグは満足そうな笑みを浮かべて会話の続きを早急に要望した。
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