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第四部 第一章 「民衆に供する国」に集うまで

76話 共に和す政治、人に供する国②

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「……当たり前だ。そのために俺はここにある」


 鞘に納められたノートゥングの剣身ブレードを撫でる。
 この剣だって、そのために生まれたのだ。

 トールはなぜかシグルズの手をじっと見ていた。視線が気になったので「何だ?」と返すと、

「―――いや。弟を守るのは当然だが、」

 切れ味抜群の言葉ばかり吐き出す印象の彼が詰まるのは珍しい。

「自分を大切にできない奴は、他人を大切にすることもできない。その、何か困ったことがあったら抱え込むんじゃないぞ。俺も、ネフィも……ベヌウも…………いちおうクソ丸眼鏡も、いるんだからな」


「……………」


 シグルズがその言葉の意味を捉えられずに戸惑っていると、トールは困った表情をした。
 そして、その肩の上からネフィリムが顔半分を覗かせている。大きく黒い瞳はじっとシグルズを見る。
 眼光が強い。

 昨日、宿でネフィリムが何か相談をしたのかもしれない。


 兄弟揃って――すごく分かりにくいが――俺を心配しているのか……。


「分かったのか」

 兄に念押しされた。笑ってしまう。

「ああ、分かった」

 返事をしたシグルズは、乗り合い馬車の隅っこでじっとしていたベヌウがこちらを見ながらそっと慈愛の手を広げていたことを確認した。



 ◇



 行路には特に大きな問題はなく、空が暗くなるころには目的地に着いた。
 乗り合い馬車を降りると、目の前には都市連邦バナヘイムの首都・バナルトゥスシティの入口がある。

 首都を囲む頑丈な作りの城壁は、エインヘリヤルとの国境沿いである東側がもっとも高く作られていた。
 シティの入口から首都の北側までメインの大通りが貫通している。その左右を碁盤目上に街路が交じり合う。
 グルヴェイグの首都・ゴットフリートはとにかく建物が密集しているイメージだったが、バナルトゥスシティは機能性を考慮して街全体が整備されている印象を持った。

 低階層の店舗や家屋は白壁に漆塗りの木組みがメインで、帝国の建築様式とさほど変わらない。
 だが、街中の至るところにある灰色の高階層建築は初めて見るものだった。
 白壁と比べると無機質で冷たい感じがする。

「あれはコンクリート・インスラ(コンクリート建築のアパート)だ。バナヘイムでは軍人の住居も無償貸与される。アパートの上階に軍人が住むことで、都市中心部にいつでも出動できる兵士を常駐させておける仕組みだ。効率的でなんとも残酷な制度だと思わないか」

 馬車の中では一言も話さなかったゲオルグが話しかけてきた。

「さてと。この後、特に予定がないのであれば俺に付き合ってもらおう」

 初めて来訪した国で予定などあるわけがない。
 この男に振り回されるのはあらかじめ予想していたので、シグルズは素直に応じた。

「……宿には行かないのですか」
「おいおい、これでも俺は忙しいんだ。すでに会合の予定も取ってある。兄弟は兄弟で別の予定があるそうだ」
「ネフィル、そうなのか?」

 それは初耳だった。
 ネフィリムもつい先ほど聞いたようで少し戸惑っていたが「ああ、兄さんと一緒に人に会う予定だ」と答えた。


 帝国を出発してから今日まで常にネフィリムと一緒にいた。
 いざ離れるとなると、なぜかシグルズのほうが不安に駆られる。


 自分がネフィリムの傍にいない間、彼に何かあったら―――……。


 が、半ば強制的にネフィリムとの会話は中断させられた。ゲオルグがシグルズの肩を掴む。

「ずっと一緒にいたんだろう? たまには離れるのも大事だぞ束縛男」
「………! シグルズ、貴様ネフィルを束縛しているのか!? 後で徹底的に兄が問い質してやるから覚悟していろ」

 ゲオルグが無責任なことを言い、トールがこちらの弁明も聞かずにキレ出した。迷惑な男たちである。シグルズはため息を吐いて「はいはい、行きますよ」と疲れた声を出した。


「じゃあネフィル、また後でな」
「……ああ、シグルズも」


 ネフィリムは笑ってシグルズに手を振った。






 皇帝と2人きりになったシグルズ。こちらはこちらで何を言われるか分かったものではないのでまた別の不安が膨らむ。

「で、目的地は」

 問えば、ゲオルグは楽しそうに前方を指さした。

「あれだ。バナヘイム連邦中央会議場」

 バナルトゥスシティの中心にそびえる、要塞と見紛うほどの堅牢な建物。
 そんなところに会いに行く人間など要人に決まっている。

「………誰に会うんですか」
「昼間、馬車の中でトールが政治講義をしていただろう。護民長官だ」

 政治家のトップ。
 つまりこの国の最高権力者である。


「俺には師が2人いる。政治の師と精神の師。そのうち政治の師が現・護民長官のバルトだ。あまり待たせるのも良くないからさっさと出発しよう」


 エインヘリヤルとの不可侵条約を結ぶ国に対して提案する軍事同盟。
 頭のおかしい案だと思われるに違いないが、それがいきなり国のトップ会談で持ち出されることになった。


 長い夜になりそうだなとシグルズは覚悟した。

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