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第四部 第二章 思惑に翻弄されるまで

78話 冷えた命令①

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 尋問と言われて警戒したシグルズが連れていかれたのは、バナヘイム首都中心部にある高層宿泊施設ホテルだった。

 帝国で言えば侯爵邸ほどの広さと装飾。エントランス横に受付フロントがあり、奥には上階に上がるための昇降機があった。帝都アースガルズの皇宮で見たものよりはだいぶ新しくきらびやかなからくりだ。
 昇降機のに入るためのドア上部に階層番号が振ってある。この建物は10階まであるらしい。

 ゲオルグがホテルの入口に入った瞬間、それまで隠れていた近衛特兵ロイヤル・ガードの姿がどこからともなく現れた。
 ヘイムダルのほか4人。皆ローブを被っていて顔は見えない。ゲオルグとシグルズを囲むように、足音も立てずについてくる。

 ゲオルグは相変わらず飄々とした笑顔のままだが、ローブの5人がシグルズに向ける殺意は変わらなかった。いきなり危害を加えてくるとは思えないが、自国皇帝の性格の悪さを再確認するには十分だった。


「回答内容によっては俺は殺されるのでしょうか」

 冷めた表情でシグルズが問えば皇帝は否定する。

「はは、そんなことはせんよ」

 昇降機に乗る前に交わした会話はそれだけだった。



 ◇



「このホテルは以前バルトに教えてもらったんだ。宿泊客の秘密を守るのが徹底していてな、この国の政治家や軍人もよく使うらしい」
「はあ」

 入った部屋は殺風景極まりなかった。

 壁際にテーブルが1つ。部屋の真ん中に向かい合わせになった木の椅子が2つ。寝室は別のようだ。
 ゲオルグは部屋の奥側、窓を背にして座る。手を差し出してシグルズに椅子を勧める。

「座りなさい」

 それはもはや命令に近かった。ローブ5人に囲まれて無言で座る。

 いきなり拷問が始まっても驚きはない。


葡萄酒ワインか黒麦酒ビールか……何か飲むか? 頼めるぞ」
「この状況で飲む気にはなりませんな」

 嫌味のひとつでも言いたい気分だった。

「それもそうだな。さっさと本題を終わらせて気持ちよく飲むとするか」

 皇帝は渇いた笑いをこぼすと、足を組んで片腕を椅子の背に回した。





「聞きたいことはひとつ。ジークフリード・フォン・ヴェルスングの居場所だ」





 シグルズは目を瞬かせた。

 予想外すぎる質問だった。


「ジーク、さまの?」
「そうだ。を殺した後、行方不明になったヴェルスング家の嫡男だ。どこにいる?」

 15年も前の事件だ。なぜ今更ゲオルグがそんなことを聞くのか。
 それに……。


「そんなの……俺が知るわけないじゃないですか」

 分かるとしたらこちらが聞きたいくらいだ。

 自分はまだ子どもで、森の中で倒れていたところをヴェルスング家の騎士に発見された。
 そのときにはすでにジークフリードも森の竜もいなくなっていた。

「ジーク様は堕ちた森ギヌ・ガ・カップに行ったまま行方不明になったと言われています。それに……おそらくもう亡くなっている可能性だってある」
「それは本当なのか?」
「………どういう、意味ですか」

 この皇帝は何を疑っているのだ?

「8年前、俺の起こした内乱でお前の義父ジークムントは単身ヴェルスング家を離反して旧皇帝ヴォーダン派に就いた。あれはヴェルスング家が口封じのために仕組んだことだろう」

「な、にを」

 言っているのか。
 シグルズにはさっぱり分からなかった。

「ヴェルスング家というよりはレギナスの策だろうがな。……ジークムントはジークフリードむすこの居場所を知っていた。そのためにレギナスに殺害された。違うか?」

「お祖父様が義父上ちちうえを!? そんなわけあるはずがない!」

 シグルズが立ち上がった。
 背後に刃物を突きつけられた気配がする。

 チラと見れば、ローブ姿の一人が短刀ダガーを握っていた。

「怪我はさせるなよ、スレイプニル」
「御意」

 女の声だった。シグルズはわずかに驚く。
 近衛特兵ロイヤル・ガードに女性がいるとは知らなかった。

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