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第三部 第四章 兵器と決着をつけるまで
70話 ノートゥングの剣①
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ネフィリムの想いが、体に流れ込んでくる。
上腕が燃えるように熱い。焼ける様な痛み。
シグルズが利き手とは逆の左手で短剣を持ち、高く掲げた。
すると、上腕にあった黒い痣がズゾゾゾゾ……と移動を始めた。上腕から前腕を経由し、手のひらにたどり着く。
そして痣は――シグルズの手から短剣の剣身に移っていく。
「これ、は……」
シグルズも驚きを隠せなかった。
短剣の剣身は、黒い痣が移り込むに連れて黒く塗りつぶされていく。
と同時に、黒い部分が広がるに連れて、鋼でできているはずの剣身そのものも、長く太く伸びていく。
全ての痣が剣身に移り終わると、シグルズの手には黒くて禍々しい黒剣が誕生していた。以前シグルズが持っていた長剣よりも長く、重く、平たい。
「シグルズ……その剣は……」
「これも君の力だよ、ネフィル」
「これが……私の?」
「武器を持たない騎士を心配した主から、俺が賜った世界で唯一の剣」
シグルズは黒い剣をひと振りした。
以前の剣よりも重いはずなのに恐ろしく軽い。そして、握りが自分の手にこれ以上なく馴染む。
痣を通して、自分の腕と剣が繋がっている感覚。
「苦難を前にした……ノートゥング」
剣が自分の脳に直接伝えてきたかのように、浮かんだその名前。ノートゥング。
これなら変異体を切ることができる。それは根拠のない確信だった。
ラインの乙女が近づいてきた。
等間隔に前後2列6体。まさに戦時の一個分隊。
シグルズが駆け出す。
と同時に、瓦礫となった資本家の家の陰から巨大な影が飛び出した。
黒い巨体の跳躍。四つ足。
シグルズには見るまでもなく、そこに何がいるのかが分かる。
「来い! グラム!!」
「クゥイーン!!!」
全てが最初から計算されていたかのような動き。シグルズは走っているグラムに騎乗した。
「ネフィル! 命令を!!」
「我が騎士よ!!」
ネフィリムは高らかに宣言する。
戦場での戦乙女の祈りの舞い。
顔をわずかに伏せ、しなやかな動きで両手を胸元で交差させる。
左手は地面と平行に、右は顔の正面から空へと手の平を差し出す。
「人ならざる力を打ち砕いてくれ。この国に生きる人を……グルヴェイグをこれ以上蹂躙はさせない!」
ああ、これだ。
ファフニルを倒したとき。スリュムを切り付けたときの感覚。
力がみなぎる。愛する戦乙女を守る力。
「飛べ、グラム!」
グラムが大きく跳躍した。
さらに馬上からシグルズが飛ぶ。
ラインの乙女の1体を射程圏内に入れた。突然目の前に現れた人間に対し、“傘”はその鋭く尖った足を刺すように向けてくる。
が、
「ははっ!」
シグルズは笑った。気分が良かった。
兵器と同様に黒く輝くノートゥングを振り下ろすと、兵器の足はスパッと切り落とされて落下していった。シグルズは空中にいながらも黒身の剣を持ち替え、さらに傘の球体部分を刺した。
球体よりも剣身のほうが大きいため、球体部分がパキンと真っ二つに割れた。断面にはからくりのような管が密集している。
ラインの兵器の残骸は地面に転落し、しばらくすると動かなくなった。
兵器を壊すことに意識が向いていたため、背中から真っ逆さまとなったシグルズだったが、すんでのところでグラムが横から飛び込み、神がかり的な“御主人キャッチ”を披露した。
「シグルズ!」
ネフィリムはシグルズに抱きついた。
「怪我はないか!? まさか本当に変異体を倒すなんて……!」
「君の力だ。君の言葉が俺に力をくれる」
「本当に、これが、私の力なのだろうか……」
ネフィリムは若干戸惑いながらも、興奮した様子で結論付けた。
「いや、やはり私の騎士が強いのだ!」
とはいえ、まだ空には11体の傘が浮遊している。
1体を撃破したことで完全に敵として認識されたようだ。周囲を囲まれている。
「しかし、これだけの数をシグルズ一人で相手するには……」
「ネフィル、言っただろう? 一人ではないと」
そう、もう一人。ここには愛する女性を守る騎士がいる。
シグルズは大声を張り上げた。
「いつまで寝ている気だ、トリスタン!! お前の姫君が傷を負ってもいいのか!?」
ネフィリムはその名前に驚いた。
「トリスタン!?」
◆
イゾルデは傘が近寄ってくることすら気にせず、男の遺体に寄り添った。
頭が撃ち抜かれている。一目見て即死だと分かった。もう二度とこの体が動くことはない。分かっている。
「トリスタン……、どうして」
愚かだと思われても、女々しいと言われても、構わない。理解したくない気持ちを偽る余裕がない。何も隠す必要がなくなった。今更。本音しか出てこない。本当に今更だ。
「私は、あなたが、……たった一人で世界の憎しみを背負おうとするあなたが少しでも楽になればと思って……!」
あなたを守るために国を守ろうとしたのに、あなたがいなくなったなら私は何を守ればいいの。
あなたがいないなら、
「私は高潔でも何でもないんです! 利己的な女なの! ねえ、トリスタン。トリスタン!!」
遺体の傍に来たラインの兵器は、再びその黒い体をブクブクと太らせた。イゾルデの2倍ほどの影。そして、ぐちょぐちょと音をさせながらトリスタンの遺体に重なっていく。
喰っているのだ。
遺体は、黒い体の中に姿を消した。
「トリスタン!!!!」
遺体があった場所には何も残らなかった。遺体を喰ったラインの兵器は再び傘の形になる。
「トリスタンを返してください! ねえ!!」
イゾルデは恐怖を忘れて“傘”の足を掴んだ。ガタガタと揺れる傘を、胸元に抱き込んで絶叫する。
「まだ人を殺すというのなら、まずは私を食べてからにしてください! これ以上、誰かが死ぬのを見るのは嫌です!! それならいっそ彼の後を追って」
上腕が燃えるように熱い。焼ける様な痛み。
シグルズが利き手とは逆の左手で短剣を持ち、高く掲げた。
すると、上腕にあった黒い痣がズゾゾゾゾ……と移動を始めた。上腕から前腕を経由し、手のひらにたどり着く。
そして痣は――シグルズの手から短剣の剣身に移っていく。
「これ、は……」
シグルズも驚きを隠せなかった。
短剣の剣身は、黒い痣が移り込むに連れて黒く塗りつぶされていく。
と同時に、黒い部分が広がるに連れて、鋼でできているはずの剣身そのものも、長く太く伸びていく。
全ての痣が剣身に移り終わると、シグルズの手には黒くて禍々しい黒剣が誕生していた。以前シグルズが持っていた長剣よりも長く、重く、平たい。
「シグルズ……その剣は……」
「これも君の力だよ、ネフィル」
「これが……私の?」
「武器を持たない騎士を心配した主から、俺が賜った世界で唯一の剣」
シグルズは黒い剣をひと振りした。
以前の剣よりも重いはずなのに恐ろしく軽い。そして、握りが自分の手にこれ以上なく馴染む。
痣を通して、自分の腕と剣が繋がっている感覚。
「苦難を前にした……ノートゥング」
剣が自分の脳に直接伝えてきたかのように、浮かんだその名前。ノートゥング。
これなら変異体を切ることができる。それは根拠のない確信だった。
ラインの乙女が近づいてきた。
等間隔に前後2列6体。まさに戦時の一個分隊。
シグルズが駆け出す。
と同時に、瓦礫となった資本家の家の陰から巨大な影が飛び出した。
黒い巨体の跳躍。四つ足。
シグルズには見るまでもなく、そこに何がいるのかが分かる。
「来い! グラム!!」
「クゥイーン!!!」
全てが最初から計算されていたかのような動き。シグルズは走っているグラムに騎乗した。
「ネフィル! 命令を!!」
「我が騎士よ!!」
ネフィリムは高らかに宣言する。
戦場での戦乙女の祈りの舞い。
顔をわずかに伏せ、しなやかな動きで両手を胸元で交差させる。
左手は地面と平行に、右は顔の正面から空へと手の平を差し出す。
「人ならざる力を打ち砕いてくれ。この国に生きる人を……グルヴェイグをこれ以上蹂躙はさせない!」
ああ、これだ。
ファフニルを倒したとき。スリュムを切り付けたときの感覚。
力がみなぎる。愛する戦乙女を守る力。
「飛べ、グラム!」
グラムが大きく跳躍した。
さらに馬上からシグルズが飛ぶ。
ラインの乙女の1体を射程圏内に入れた。突然目の前に現れた人間に対し、“傘”はその鋭く尖った足を刺すように向けてくる。
が、
「ははっ!」
シグルズは笑った。気分が良かった。
兵器と同様に黒く輝くノートゥングを振り下ろすと、兵器の足はスパッと切り落とされて落下していった。シグルズは空中にいながらも黒身の剣を持ち替え、さらに傘の球体部分を刺した。
球体よりも剣身のほうが大きいため、球体部分がパキンと真っ二つに割れた。断面にはからくりのような管が密集している。
ラインの兵器の残骸は地面に転落し、しばらくすると動かなくなった。
兵器を壊すことに意識が向いていたため、背中から真っ逆さまとなったシグルズだったが、すんでのところでグラムが横から飛び込み、神がかり的な“御主人キャッチ”を披露した。
「シグルズ!」
ネフィリムはシグルズに抱きついた。
「怪我はないか!? まさか本当に変異体を倒すなんて……!」
「君の力だ。君の言葉が俺に力をくれる」
「本当に、これが、私の力なのだろうか……」
ネフィリムは若干戸惑いながらも、興奮した様子で結論付けた。
「いや、やはり私の騎士が強いのだ!」
とはいえ、まだ空には11体の傘が浮遊している。
1体を撃破したことで完全に敵として認識されたようだ。周囲を囲まれている。
「しかし、これだけの数をシグルズ一人で相手するには……」
「ネフィル、言っただろう? 一人ではないと」
そう、もう一人。ここには愛する女性を守る騎士がいる。
シグルズは大声を張り上げた。
「いつまで寝ている気だ、トリスタン!! お前の姫君が傷を負ってもいいのか!?」
ネフィリムはその名前に驚いた。
「トリスタン!?」
◆
イゾルデは傘が近寄ってくることすら気にせず、男の遺体に寄り添った。
頭が撃ち抜かれている。一目見て即死だと分かった。もう二度とこの体が動くことはない。分かっている。
「トリスタン……、どうして」
愚かだと思われても、女々しいと言われても、構わない。理解したくない気持ちを偽る余裕がない。何も隠す必要がなくなった。今更。本音しか出てこない。本当に今更だ。
「私は、あなたが、……たった一人で世界の憎しみを背負おうとするあなたが少しでも楽になればと思って……!」
あなたを守るために国を守ろうとしたのに、あなたがいなくなったなら私は何を守ればいいの。
あなたがいないなら、
「私は高潔でも何でもないんです! 利己的な女なの! ねえ、トリスタン。トリスタン!!」
遺体の傍に来たラインの兵器は、再びその黒い体をブクブクと太らせた。イゾルデの2倍ほどの影。そして、ぐちょぐちょと音をさせながらトリスタンの遺体に重なっていく。
喰っているのだ。
遺体は、黒い体の中に姿を消した。
「トリスタン!!!!」
遺体があった場所には何も残らなかった。遺体を喰ったラインの兵器は再び傘の形になる。
「トリスタンを返してください! ねえ!!」
イゾルデは恐怖を忘れて“傘”の足を掴んだ。ガタガタと揺れる傘を、胸元に抱き込んで絶叫する。
「まだ人を殺すというのなら、まずは私を食べてからにしてください! これ以上、誰かが死ぬのを見るのは嫌です!! それならいっそ彼の後を追って」
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