上 下
133 / 265
第三部 第四章 兵器と決着をつけるまで

69話 ラインの乙女と戦乙女②

しおりを挟む
「前にも説明したはずだ。私には神通力はないんだ」
「そんなことを誰が言った?」
「母もスリュムも……兄もそう言っていた! 今更そんなことを確認してどうする!」

 当然だと思っていたことを蒸し返されてネフィリムの怒りは増す。

 神通力を備えていないことは、自分にとってあまり意識したくない事実だった。
 そのせいで実親に無価値な存在と罵られ、日々不本意な“儀式”を行い、ニーベルンゲンの民を多く犠牲にした。


「君は俺の言葉よりもそいつらの言葉を信じるのか」
「そういうことではない! 第一、私は男性なのだから戦乙女ヴァルキリーの力が宿る体では……」

 こんなタイミングではあるがお互いに語気が鋭くなり喧嘩の様相になった。
 だが、シグルズが滅多に見せない怒りを発露した次の一喝で今度は戸惑いが大きくなった。


「だから、それは誰が決めた!? 男に神通力が備わらないなどと誰が決めたんだ」


 は?


「誰……って、だってそれは」


 戦乙女ヴァルキリーはもともと神に祈りを捧げる巫女だった祖母が神通力を備えたことで始まった。
 巫女を務めるのは女性。当たり前の話だ。だが。

 シグルズは、その常識を疑えと言っているのか。


 ふわりと熱い体に抱きしめられた。
「こんなときに何を」と思ったが、ハッとする。

 シグルズの体温が異様に高い。それに、彼の心臓の音がうるさいくらいによく聞こえる。
 緊張? いや、緊張だけでこんな異常な鼓動にはならない。

「……シグルズ? お前、体調がおかしくないか?」
「ネフィリム。俺の言葉を信じろ。君には、戦乙女ヴァルキリーの力がある。それは事実なんだ」

 抱きしめたまま。言い聞かせるように、先ほどと同じ言葉が紡がれる。

「シグルズ……」
「このままだとグルヴェイグは変異体によって破壊される。多くの人が死ぬ。それを止めるのは君だ」

 戸惑いながらシグルズの顔を見上げる。
 彼の意図が分からない。その言葉の根拠も分からない。

 だが、ラインの兵器ライン・デバイスが変異体だと言うのは、薄々ネフィリムも感じていたことだった。

 スリュムと相対したときとラインの兵器(ライン・デバイス)を見たとき。
 感覚が同じだったのだ。
 そう考えれば、確かに戦乙女ヴァルキリーの力があれば変異体に対抗できるのかもしれない。


 しかし、生まれてから今日まで神通力は備わっていないと言われ続けてきたのだ。
 戦乙女ヴァルキリーとしては失格の自分。そう思っていた。

 それがいきなり「ある」と言われても、戸惑いは大きい。



「俺の言葉を信用しろ。これまでの奴らの言葉は忘れていい。俺の言葉だけを聞け」



 シグルズはネフィリムの黒髪を撫でた手を徐々に下ろしていく。頬を撫で、おとがいに指を止めた。
 ネフィリムが惚れこんだ美しい笑みを浮かべて、傲慢にすら感じる言葉を脳に直接注ぎ込む。

 ネフィリムは観念した。
 恋愛は先に恋したほうが負けという。その心境だった。

 彼の言葉を、自分は疑うことができない。


「………分かった。信じる」


 といっても、実際は半信半疑だ。どうすれば神通力が使えるのかも分からない。

「――で、私はどうすればいい?」

「決まっている。きみは命令をする者だ。そして戦うのは騎士。つまり俺の役目だ。君は自分の騎士に向かって命令をしてくれればいい。帝国語でもニーベルンゲン語でも構わない。君の命令が俺の力になる」

 聞いている人間を酔わせるような言葉の響き。

「まさか……12体全てを相手にするつもりか!?」
「ああ。もちろん」

 シグルズは口の端を上げた。

「そんな、いくらシグルズでも無謀だ……! それに長剣はさっき壊れてしまったじゃないか」
「そういえばそうだったな」

 そういうと騎士は懐から短剣を取り出した。彼がいつも肌身離さず持っている慈悲マーシだ。

「これがある」
「短剣で変異体を相手にするというのか!?」
「大丈夫だネフィル。そんな不安そうな顔をするな」

 騎士は戦乙女ヴァルキリーの額に優しくキスを贈る。

「それに、俺は。じきに分かる」
「?」


 気付けばラインの乙女ライン・ユニットはすぐそこまで迫っていた。肉眼でその姿がはっきりと見える。黒い球体に3本の足。金属のような未知の黒色の素材が鈍く輝く。

 シグルズは慈悲マーシを握りしめた。

「ネフィリム。君の思いを言葉に乗せて、俺に届けてくれ。そうすれば俺の魂は君に魅了される」


 魂の魅了。

 戦乙女ヴァルキリーの変異体としての能力。
 祖母のような力が私にあるとは到底思えない。



 だが、シグルズがそこまで言うのなら、

 私はあなたの役に立ちたい。



 ネフィリムが強く願った瞬間、シグルズの体がかすかに動いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

尻で卵育てて産む

BL / 連載中 24h.ポイント:1,428pt お気に入り:8

冷徹上司の、甘い秘密。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:340

【R18】『性処理課』に配属なんて聞いてません【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:545

間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,414pt お気に入り:310

single tear drop

BL / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:464

落ちこぼれ聖女と、眠れない伯爵。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,202pt お気に入り:469

処理中です...