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第三部 第一章 経済国家グルヴェイグに赴くまで
56話 お見合い相手①
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ゴットフリートまでの道のりは口数少なく進んだ。
宿での会話以来、シグルズとネフィリムの間に微妙な空気が流れている。
見合いの件について誤解を与えたと思ったのでネフィリムにその意図を説明をしようとしたのだが、なんとなく会話を避けられている気がした。
なのでシグルズも特段口を開かなかった。
ただ、街道を進むに連れてミモザの笑顔だけが凶悪になっていった。
「若様、もう少しネフィリム様の気持ちを察してあげてくださいまし」
水飲み場で馬たちに水を飲ませていたとき、凶悪顔のミモザが話しかけてきた。
「あれでは若様のお気持ちが離れているのだと感じてしまいます」
あれとは?
「婚姻すると言ったことです」
「するとは言っていない。結婚なんて俺も嫌だよ。だがそれで同盟が結べるのであればその可能性もあると言ったまでだ」
そう。そんなことはネフィリムも理解しているはず。今更説明することもない。
「俺はネフィリムの騎士だ。今、彼を守るために必要なのは同盟を結ぶことだろう」
スリュムが戦乙女を欲したように、変異体である戦乙女の血を引くネフィリムが狙われることは想像に難くない。人間離れした戦闘技能を持った者たちに襲われた場合、シグルズだけで守り切れるかどうかも怪しいのだ。
彼の身を守り、彼が笑っていられるようにするためには軍事同盟の締結が急務だ。
そのために政略結婚が必要だというのであれば別に構わない、とシグルズは思っている。
「シグルズ様のお気持ちは分かりますが、ネフィリム様のお気持ちも聞いてみてはいかがですか」
なぜかミモザは必死に食い下がる。
「機会ができたらちゃんと話すさ」
首都に到着すれば落ち着いた時間が取れるだろうと思っていた。
この時は。
全然、そんなことはなかった。
◇
グルヴェイグの首都・ゴットフリートは港町だ。
高台からは港を行き来している多くの貿易船が見えた。グルヴェイグはこの大陸だけでなく、群島各国とも取引をしているため海路は重要な交通網なのだ。
街の規模は大きい。帝都アースガルズよりも大きいかもしれない。
とにかく建物が多かった。商いに関する行政施設、商店、ギルド、各専門業者の組合寄合所、貿易品倉庫、灯台……。
人口建造物が街のなかにぎっしりと詰まっている印象だ。
シグルズたちが街へ近づくと、正門の前にどこかの傭兵団が並んでいた。
そこにいるのは皆ガタイの良い男性たちばかり。唯一、先頭に立っているのが女性だった。
「なんでしょう、賊でもいたのでしょうか」
ミモザが首を傾げていると、シグルズが答えた。
「いや、あれは多分……俺の出迎えだ」
先頭の女性が馬に乗って近づいてきた。
短い金髪をヘアバンドでまとめた女性は凛々しい表情をしている。
全体的に女性らしく高価な服装ではあるのだが、皮でできた胸当てと腕当てを身に着けている。また、下半身はいわゆるスカートではなく動きやすいトラウザーズに巻き脚絆。
シグルズは改めて顔を見た。間違いない。
ヴェルスング家に贈られてきた肖像画の女性だった。
「シグルズ・フォン・ヴェルスング様でいらっしゃいますね」
馬を降りたシグルズに対して女性が呼びかける。人形のような造形なので高い声なのかと思えば、予想外に落ち着いた声をしていた。
「そうだ。君はカロルスフェルト家の?」
「左様でございます」
彼女も馬を降りる。胸に手を当て、深く頭を下げた。
「イゾルデ・カロルスフェルトと申します。お会いできて光栄です、シグルズ様」
イゾルデは会話をする間もほとんど表情を変えなかった。
いわゆる資本家令嬢と聞いて予想していたタイプとはだいぶ違うようだった。
「後ろの傭兵団は?」
「カロルスフェルト家の傭兵団です。私が団長をしております」
「団長。君が」
「ええ。こうして見ていただいたほうが私の人となりを早く知っていただけるかと思いました」
イゾルデがチラと目配せすると、数人の傭兵が前に出てきた。
「正門を入ってすぐのところに馬車を用意してございます。荷物と馬はこちらの傭兵たちに運ばせますので」
シグルズと離れることを察したグラムが首を振り始めたのでなだめていると、イゾルデがネフィリムを凝視しているのに気付いた。ネフィリムもそれに気付いて困った表情をしている。
「俺の連れに何か?」
「いえ……、とても美しい方なので見惚れておりました」
「えっ……えっ!?」
女性に真顔で「見惚れる」と言われてネフィリムはさらに戸惑う。
「シグルズ様の恋人ですか」
なんだか先日聞いたばかりの台詞のような……気のせいだろうか。
「いや、違う。俺が騎士の誓約を交わした主だ。それと……彼は男だ」
「―――なるほど。そうでございましたか。失礼いたしました」
「いや、私こそ名乗らず失礼した。ネフィリムと言います」
「私はヴェルスング家メイドのミモザです」
イゾルデはネフィリムとミモザをじっと見つめてから言い添えた。
「ネフィリム様、ミモザ殿。あなた方も私の客人として歓迎します。さあ、馬車へどうぞ」
宿での会話以来、シグルズとネフィリムの間に微妙な空気が流れている。
見合いの件について誤解を与えたと思ったのでネフィリムにその意図を説明をしようとしたのだが、なんとなく会話を避けられている気がした。
なのでシグルズも特段口を開かなかった。
ただ、街道を進むに連れてミモザの笑顔だけが凶悪になっていった。
「若様、もう少しネフィリム様の気持ちを察してあげてくださいまし」
水飲み場で馬たちに水を飲ませていたとき、凶悪顔のミモザが話しかけてきた。
「あれでは若様のお気持ちが離れているのだと感じてしまいます」
あれとは?
「婚姻すると言ったことです」
「するとは言っていない。結婚なんて俺も嫌だよ。だがそれで同盟が結べるのであればその可能性もあると言ったまでだ」
そう。そんなことはネフィリムも理解しているはず。今更説明することもない。
「俺はネフィリムの騎士だ。今、彼を守るために必要なのは同盟を結ぶことだろう」
スリュムが戦乙女を欲したように、変異体である戦乙女の血を引くネフィリムが狙われることは想像に難くない。人間離れした戦闘技能を持った者たちに襲われた場合、シグルズだけで守り切れるかどうかも怪しいのだ。
彼の身を守り、彼が笑っていられるようにするためには軍事同盟の締結が急務だ。
そのために政略結婚が必要だというのであれば別に構わない、とシグルズは思っている。
「シグルズ様のお気持ちは分かりますが、ネフィリム様のお気持ちも聞いてみてはいかがですか」
なぜかミモザは必死に食い下がる。
「機会ができたらちゃんと話すさ」
首都に到着すれば落ち着いた時間が取れるだろうと思っていた。
この時は。
全然、そんなことはなかった。
◇
グルヴェイグの首都・ゴットフリートは港町だ。
高台からは港を行き来している多くの貿易船が見えた。グルヴェイグはこの大陸だけでなく、群島各国とも取引をしているため海路は重要な交通網なのだ。
街の規模は大きい。帝都アースガルズよりも大きいかもしれない。
とにかく建物が多かった。商いに関する行政施設、商店、ギルド、各専門業者の組合寄合所、貿易品倉庫、灯台……。
人口建造物が街のなかにぎっしりと詰まっている印象だ。
シグルズたちが街へ近づくと、正門の前にどこかの傭兵団が並んでいた。
そこにいるのは皆ガタイの良い男性たちばかり。唯一、先頭に立っているのが女性だった。
「なんでしょう、賊でもいたのでしょうか」
ミモザが首を傾げていると、シグルズが答えた。
「いや、あれは多分……俺の出迎えだ」
先頭の女性が馬に乗って近づいてきた。
短い金髪をヘアバンドでまとめた女性は凛々しい表情をしている。
全体的に女性らしく高価な服装ではあるのだが、皮でできた胸当てと腕当てを身に着けている。また、下半身はいわゆるスカートではなく動きやすいトラウザーズに巻き脚絆。
シグルズは改めて顔を見た。間違いない。
ヴェルスング家に贈られてきた肖像画の女性だった。
「シグルズ・フォン・ヴェルスング様でいらっしゃいますね」
馬を降りたシグルズに対して女性が呼びかける。人形のような造形なので高い声なのかと思えば、予想外に落ち着いた声をしていた。
「そうだ。君はカロルスフェルト家の?」
「左様でございます」
彼女も馬を降りる。胸に手を当て、深く頭を下げた。
「イゾルデ・カロルスフェルトと申します。お会いできて光栄です、シグルズ様」
イゾルデは会話をする間もほとんど表情を変えなかった。
いわゆる資本家令嬢と聞いて予想していたタイプとはだいぶ違うようだった。
「後ろの傭兵団は?」
「カロルスフェルト家の傭兵団です。私が団長をしております」
「団長。君が」
「ええ。こうして見ていただいたほうが私の人となりを早く知っていただけるかと思いました」
イゾルデがチラと目配せすると、数人の傭兵が前に出てきた。
「正門を入ってすぐのところに馬車を用意してございます。荷物と馬はこちらの傭兵たちに運ばせますので」
シグルズと離れることを察したグラムが首を振り始めたのでなだめていると、イゾルデがネフィリムを凝視しているのに気付いた。ネフィリムもそれに気付いて困った表情をしている。
「俺の連れに何か?」
「いえ……、とても美しい方なので見惚れておりました」
「えっ……えっ!?」
女性に真顔で「見惚れる」と言われてネフィリムはさらに戸惑う。
「シグルズ様の恋人ですか」
なんだか先日聞いたばかりの台詞のような……気のせいだろうか。
「いや、違う。俺が騎士の誓約を交わした主だ。それと……彼は男だ」
「―――なるほど。そうでございましたか。失礼いたしました」
「いや、私こそ名乗らず失礼した。ネフィリムと言います」
「私はヴェルスング家メイドのミモザです」
イゾルデはネフィリムとミモザをじっと見つめてから言い添えた。
「ネフィリム様、ミモザ殿。あなた方も私の客人として歓迎します。さあ、馬車へどうぞ」
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