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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。
36、黄陽の宴、和音奏でて、九山派
しおりを挟む【黄陽】の宿に落ち着いてから、数日後。
祁家主催での宴の夜が訪れた。
場所は【黄陽】の中心部にある有名料理店だ。
格式張らない気楽な食事の席には、驚くべきことに九山派の道士まで呼ばれていた。
魔教の香主である音洋が簫を吹き、隣に座す九山派副総帥、劉生が琴を爪弾く。
「我らの間にはかねてより親交がある」
小説ではこの時期に引退表明をして引退式で魔教とのつながりを指摘され誅伐される劉生が自ら明かすと、道士たちは顔色を変えて剣に手を伸ばした。
殺気を物ともせず、演奏がされる。二人の奏でる音は温かで、聞く者全ての心を穏やかにさせた。
魔教勢の中から、しずしずと前に出て博文が優美に一礼をして、語る。
「我らは元を辿れば同じ門人なのです」
「お前は緋家の公子を探しに出たきり行方不明になった博文ではないか。魔教にやられたとばかり思っていたぞ」
九山派の道士の中からそんな声が上がって、知己らしき者が駆け寄っている。
「私が内部に身を置いて調べたところ……魔教が冒したといわれる罪のいくつかは冤罪であり、他派から被せられた不名誉。そして、二重余年前の変事により魔教内の黒き勢力は一掃されているようで……」
「お前は洗脳されているんだ。そうに違いない……!」
用意した言葉を響かせると、当然のように反発が返される。一朝一夕に関係改善といかないのは仕方ない。
「僕も、魔教の方々と少し心を通わせる機会がありました」
雪霧が純朴な声で同胞道士たちを宥めている。彼に恋する泰宇と泰軒は練習の成果を発揮すべく近くに寄り、文字通り尻尾をぶんぶんと振っていた。
「私の新作、精力増強剤です~、うふふ」
「『疯狂』ッ!?」
隅の方には、四角いテーブルに奇しい瓶薬や丸薬、粉薬を並べる泰然の姿が。しかも、おんぶ紐で赤ん坊を抱いている……。
「ほぎゃあー、ほぎゃあー」
「よーし、よし。こちらは開発中の術――男性同士でも子を成せる夢のような術の説明書です。この子はその術で……私が産みました」
ポッと頬を染める泰然に周囲は仰天した。
「な、なんだと」
「相手は誰……?」
「未だ復活せぬ私のダーリンの爪をちょっと頂きまして……」
「なんかヤバいこと言ってるぞ!?」
「……というのは冗談で、単に捨て子を見つけて拾ったのです。ダーリンの子だと思って育てます」
泰然は軽く眉を下げ、「さすがに無断で御子はつくる気になれなくて」と呟き、苦笑する気配をみせてから会場の全員へと呼びかけした。
「術を試してみたい方がいらっしゃいましたら、この同意書に署名をお願いいたします~」
「『疯狂』、この宴そういう研究発表会とか被験者募集会じゃないからッ……」
「あなたたちの間にもきっといるでしょう。愛しい者同士、子供が欲しいと願う方々が!」
泰然はマイペースだった。
「お、おい。俺たち子供作れるって」
「ほ、本当に……?」
道士の中には、そろそろと顔を見合わせて同意書に名を書く者や、薬をコソコソと買っていく者たちが何人もいる……。
「お前たち、そういう関係だったのか?」
「あ、いえ。違うんです。これは」
うっかり秘めていた関係が露見してしまう道士もいて、「道士も恋愛、するよなあ」「道士も子供作りたいのかぁ」「俺たちと変わらないな」と魔人勢は親近感を持つのだった。
「兄やん、ボクたちも占いして小銭稼ぎしたらええやん! ボクたちも正派と仲良くするんや」
目一杯お洒落させてもらった様子の仔空が兄の空燕の袖を引き、はしゃいでいる。
「あかんあかん、目立たないのが一番や。悪目立ちしたら何があるかわからへん……この料理美味しいなぁ……お出かけは怖いけど、勉強にはなるわ」
空燕は弟を膝に乗せ、大人しくするようにと言い聞かせている。
「兄やんはお料理のお勉強できて満足みたいやけど、兄やんと一緒におると、ボクはなーんにもできへん」
仔空がぽつりと呟く。
その声に空燕は一瞬びくりとして、動揺の気配をのぼらせた。
「だって、危ないから」
「ボクは強いから、兄やんの『危ない』もボクには危なくない……」
そんな賑やかな宴席で寛ぐ音繰の傍に憂炎が寄り、小声で知らせをもたらした。
「秘伝書を確保したようだ」
秘伝書とは、それぞれの流派に代々伝わる書。
その流派の中でも特別優秀な者しか伝えられることがない、特別な技の心訣、秘訣を伝えるもの。
「そうか」
確保したのは、小説にも出てきた緋家の秘伝書だ。
魔教は以前音繰が齎した情報をもとに、正派が揉める前に離れた都市【東営】に手勢をやり、秘伝書を確保したのだった。
――以前の自分なら、『憂炎より強くなるチャンスだ。秘伝書を自分のものにしよう』と思ったかもしれない。
(しかし、今は……)
音繰は少し考えてから言葉を選んだ。
「まずは食事を楽しもう。酒もいいね。……秘伝書は、君のものとするのが相応しいと私から祖父に進言しておくよ」
緋家は憂炎の家なのだ。
今のところ、秘されているが。
(家宝だ。血族の宝だ。さぞ欲しいことだろう……)
憂炎の顔をちらりと窺えば、とても驚いた顔をしている。音繰が『らしくない』ことを言うたびに見られるこんな顔は、悪くない――音繰は尻尾をふわふわ揺らして目を細めた。
(弟子を可愛がるというのは、良い気分だな。過去に酷くした分、たくさん優しくしてやりたいものだ……)
それで過去が無くなるわけではない、と思いつつ、音繰は機嫌良く箸をすすめる。
灯りを浴びて橙色のソースをつやつやさせている餡かけ鯉揚げ料理においては絶品だ。
蓋つきのスープ皿を両手でいそいそと目の前に置き、蓋を取るとほわりとあったかな湯気がたちのぼる。
透明度の高い薄金のスープの中、赤い海老が青みがかった大根といっしょにふやけている。
味は上品で、口の中に絶妙なバランスの取れたうまみが広がって――美味しいっ!!
「うーん、美味しい」
「お気に召されたようで」
憂炎が盃に酒を注いでくれる。
「とても良いね。憂炎にも注いであげよう……」
「師が弟子に注ぐなど……」
「おや、私を師と呼んでくれるの」
外から見ると仲の良い師弟にしか見えない二人を、宴席参加者たちは遠巻きに見て「あれが噂の?」「人が変わったと聞くが……」と囁きを交わすのだった。
囁きを耳に、音繰の狼耳がぴくっと動く。
「ほう……?」
音繰の青玉の瞳がそちらをみれば、宴会場を緊張がぴりりと走り抜けた。
「はあい。私が噂の『元冷血』です。以前とは変わりましたから、どうぞよしなに」
音繰の双眸には道士たちが想像していたような冷酷な色はなかった。
それどころか浮かべた表情は全く逆で、人間味のある温かな笑顔だった。
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