冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで

浅草ゆうひ

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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。

35、碉楼閣、美髯の劉生、お外怖いねん!

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 燦々と光が注ぐ快晴の街中を、魔教の一団が観光している。

 場所は、【黄陽こうよう】という都市。
 九山と尚山のちょうど中間地帯にある都市で、碉楼ちょうろうと呼ばれる高層の石造いしづくり楼閣ろうかくが名物だ。

 薄紗はくさを垂らす傘帽子で顔を隠す音繰オンソウは、引率の先生よろしく妖狐の兄弟を見守っていた。

「うぅ……お外怖い、正派怖い」
 兄の空燕コンイェンはぶるぶると震えて尻尾を丸め、弟の仔空シアを抱きかかえながら落ち着きなく周囲を見回している。
「兄やん、ボク自分で歩きたい」
「あかん、あかん。こんなに人が多いのに。ちっこい仔空シアは雑踏に埋まってしまう。ひょいって悪党にさらわれてしまう」
「兄やん、どっちかといえば悪党はボクたちやで。魔教やし」

 仔空シアは兄に不満そうにしながら周囲を見る。
「わあ、あの金魚の吊るし飾り綺麗やなあ。兄やん、あれ見て。お店に飾ったら綺麗やと思うねん。あっ、あの青花磁器もええなぁ! 珍しい、楽しい、あれ見ようあっちも見よう」
「あかん、あかん、寄り道なし! 余計なもんは見ないぃ……っ!」
 
 やれあの店が気になるやら、あの通りに入ってみたいやら、あどけない声をはしゃがせる仔空シア
 空燕コンイェンはその都度あかんあかんと繰り返し、音繰オンソウの後ろにぴたりとついてすがるような目を注ぐのだった。

「正派もいるから、まずは目立たないように宿に入ろう。遊ぶのは帰りがおすすめだよ、仔空シア
 音繰オンソウは出来るだけ冷たく聞こえないようにと意識しながら微笑んだ。

 ……この『冷たく聞こえないように』がなかなか難しくて、元々の印象値がマイナスの音繰オンソウはちょっと油断するとすぐ発言がマイナスに受け取られてしまうのだが。


「あれは魔人……それも高位の魔人なのは間違いない」
「『遊ぶ』と言っていたぞ。奴ら、騒ぎを起こす気だ」
 魔教一行を遠目に視る者たちが物陰でコソコソと声を交わし合う。
 道士服に身を包んだ一団は、正派道士だ。
 

「正派に目をつけられているようだが」
 大柄な体で音繰オンソウを隠す壁のように視線を遮りながら憂炎ユーエンが眉をひそめていると、博文ブォウェンが懐かしむように目を細めた。
「本来、我々はだったんですがねえ……」


「何を騒いでいるのか」
 警戒の気配を高める正派道士一行の後方から、小説主人公の雪霧シュエウーと一緒に美髯びぜんの老道士がやってくる。

「副総帥」 

 道士たちが呼ぶ称号は、特別な地位をあらわすものだ。

(へえ、あれが音洋オンヤンお爺様のご友人、劉生リュウシェン殿か)
 音繰オンソウは狼耳をぴょこりとさせて、こそりと正派道士たちの様子を窺った。
 憂炎ユーエンがちょうど壁になってくれるようなので、これ幸いとひっついて身を隠すようにすれば、ふわふわと良い匂いがする。

(ああ、好い匂いだな。ずっとこうしていたい……すりすりしたい)
 
 この肉厚で頼りがいのある厳つい背中に頬をすりすりして甘えたい。
 きっと温かいのだろうな――、
 
(……いや、落ち着け私? 正気に戻れ!?)
 音繰オンソウはハッと正気に返った。
 これはおそらく、オメガの体質による症状だ。
(それにしても好い香りだな。元々好い香りだったのが何倍にも魅力を増したような……離れがたい。これ、病みつきになってしまいそうな匂いだな)

 もはや正派道士より匂いが気になって仕方ない。
 オメガバースとは厄介なものだった。

【日常生活に支障が出てしまって、厄介な体質ですね……】
 
 鈴のみなとがりんりんと鳴って同情してくれる。 
 同時に、映画に出てきそうな武侠者の登場に興奮気味でもあるようだが。

劉生リュウシェンさんは、上品で強そう! 映画に出てきそう!】 
 劉生リュウシェンは、透徹とうてつとした瞳が印象的な獅子の獣人だった。
 
 
 柳眉をひそめる理知的な瞳は長い睫毛まつげに彩られ、育ちの良さが現れた品のよい整った顔立ちは『正派』とか『善』とかいった単語が似合う。
 

 泰然自若たいぜんじじゃくとした佇まいで、仕草は静謐せいひつながら、鋭利さも同居している。
 そこにあるのは風にも波立たぬ静かな水面のような──澄んだ正道の気。神気には及ばぬが、そこへ至る可能性も感じさせるような、清廉せいれんな気。
 
 双眸はどこまでも澄んでいて、見る者を老若男女問わず惹きこまずにいられない。

「全員荒ぶる気をおさめよ」
 声ひとつ、正派道士たちが統制の取れた様子でしずまるのをみて、音繰オンソウは感心した。
 
(ああいうのを見習いたいな、私は。ちょっと憧れるではないか)
 ほんのりと頬を染めながら無意識に目の前の背中にすりすりしていると、目の前の背中はなにやら強張ってふるふると震えている。
「せ……背中。背中に、……なんだ、この、なんだ……ぴとって。すりすりって……師が。私の師が」

 
憂炎ユーエン様、お顔が真っ赤やあ」
「こ、こら仔空シアっ、そういうのは言わんとき……」
 妖狐兄弟がほんわかとした声を響かせる。
 
 元師匠にくっつかれて情緒を乱す憂炎ユーエンに、博文ブォウェンは呆れ半分の視線を向けて「お気を確かに」と励ますのだった。
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