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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。
37、人の印象とか噂なんて、そんなものだね
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「あれが凍月の君?」
「魅月の君、と最近は呼ばれているらしい」
囁き声が穏やかな波のように宴会場を巡る。
「あまり冷たい感じはないが、美人なのは確かだな」
『音繰』は、美しい魔人だった。
冬の夜空を溶かし流したような髪は、何者にも染められぬ真なる漆黒の色。
雪を欺く白い肌によく映えて、妖しくも清かにも感じさせる。
封印されて衰えた力を象徴するようだと噂された髪の長さは確かに短く、けれど噂ほどではない――最近は少しずつ伸び始めているのだという。
伸びかけの半端な長さは、どことなく頼りなげでいたいけ。
未成熟な印象にもつながるようで、目が離せなくなる。
酒に濡れる丹花の唇は原罪の苹果を想起させるような蠱惑的な色香を漂わせている。
藍晶石の彩を魅せる瞳は、熱を宿さぬ湖水めいている。
以前は『人間らしい温かな情が覗いた試しがない』と言われていたものだが、今現在目の前にいる音繰は豊かな情動を感じさせ、活き活きとした表情で、瞳の奥には温かみが感じられるのだ。
「そういえば、人助けとかもしてるらしいぜ」
「そんな噂もあったなあ」
ちょっとした人助けエピソードなどが、噂として何倍にも膨らんで伝わっていく。
かつてはその逆で、ちょっとした印象の悪いエピソードが何倍にも膨らまされていたものだが、すっかり逆だ。
(人の印象とか噂なんて、そんなものだね)
音繰はくすくすと笑って機嫌よく酒盃を傾けた。
「音繰……あまり愛想を振り撒くな。侮られる」
憂炎が鼻に皺を寄せて厳つい眼差しを正派に向ける。
「憂炎は、あまり正派を威圧しないように。仲良くなるための宴なんだよ?」
音繰は少し驚いた。
(ほら、正派の道士たちが憂炎に怯えているじゃないか。……これでは、どちらが悪役なのやら)
「それでは語らせていただきましょう、聞くも涙、語るも涙、題するなら『博文は苦労している~師父のせいで魔人になったけど上司がワンコで困ったな』」
博文が酔っ払いながら正派の古なじみ相手に身の上話を展開している。
「そこにいるのは、妖狐か。珍しいな」
「ひ、ひぃっ!」
正派道士が声をかけると、空燕がびくびくっと飛び上がり、ぴゃっと柱の陰に隠れてしまった。
「兄やんは人見知りなんや。ごめんな、おじさん」
仔空が兄の手からひょこりと逃れて、人懐こく道士に尻尾を振って微笑んだ。
「坊主は社交的なようだな、桃をあげよう」
「わあ、おおきに。ありがとう……兄やん、桃もらったで~」
空燕は柱の陰から顔を出し、へこへこと気弱に頭を下げてお礼を告げた。
「し、仔空……離れないで……」
か細い兄の声に、仔空はウンウンと頷いて桃を差し出した。
「はい、兄やん。ボクがついてるから、お席に戻ってご飯食べような」
「う、うん。うん」
「お外、怖くないで兄やん。ボクが一緒やし」
「うん、うん。平気になってきたで……」
「兄やん、手ぷるっぷるやん」
「うぅ……」
「あそこに妖狐が」
仔空に桃をあげた道士が仲間に知らせて、「どれどれ」「ほんとうだ」と好奇の視線が注がれている。
「憂炎、あの二人が変なのに絡まれないように新興派閥から護衛を手配してやってくれるかい」
音繰はそっと憂炎に耳打ちし、それとなく二人を守るのだった。
「あの兄弟が悪い仔たちでないのは誰の目にもわかると思うけど、自分たちと異なる種族を差別的に視る輩はどこにでもいるものだから」
呟く声には、無言の了承が返される。
(ああ、私の弟子は頼りになるな。いや、『元』弟子だけど……頼りになる。うん)
妖狐兄弟の傍に集まる新興派閥の護衛たちをみて、音繰はニコニコとした。
「魅月の君、と最近は呼ばれているらしい」
囁き声が穏やかな波のように宴会場を巡る。
「あまり冷たい感じはないが、美人なのは確かだな」
『音繰』は、美しい魔人だった。
冬の夜空を溶かし流したような髪は、何者にも染められぬ真なる漆黒の色。
雪を欺く白い肌によく映えて、妖しくも清かにも感じさせる。
封印されて衰えた力を象徴するようだと噂された髪の長さは確かに短く、けれど噂ほどではない――最近は少しずつ伸び始めているのだという。
伸びかけの半端な長さは、どことなく頼りなげでいたいけ。
未成熟な印象にもつながるようで、目が離せなくなる。
酒に濡れる丹花の唇は原罪の苹果を想起させるような蠱惑的な色香を漂わせている。
藍晶石の彩を魅せる瞳は、熱を宿さぬ湖水めいている。
以前は『人間らしい温かな情が覗いた試しがない』と言われていたものだが、今現在目の前にいる音繰は豊かな情動を感じさせ、活き活きとした表情で、瞳の奥には温かみが感じられるのだ。
「そういえば、人助けとかもしてるらしいぜ」
「そんな噂もあったなあ」
ちょっとした人助けエピソードなどが、噂として何倍にも膨らんで伝わっていく。
かつてはその逆で、ちょっとした印象の悪いエピソードが何倍にも膨らまされていたものだが、すっかり逆だ。
(人の印象とか噂なんて、そんなものだね)
音繰はくすくすと笑って機嫌よく酒盃を傾けた。
「音繰……あまり愛想を振り撒くな。侮られる」
憂炎が鼻に皺を寄せて厳つい眼差しを正派に向ける。
「憂炎は、あまり正派を威圧しないように。仲良くなるための宴なんだよ?」
音繰は少し驚いた。
(ほら、正派の道士たちが憂炎に怯えているじゃないか。……これでは、どちらが悪役なのやら)
「それでは語らせていただきましょう、聞くも涙、語るも涙、題するなら『博文は苦労している~師父のせいで魔人になったけど上司がワンコで困ったな』」
博文が酔っ払いながら正派の古なじみ相手に身の上話を展開している。
「そこにいるのは、妖狐か。珍しいな」
「ひ、ひぃっ!」
正派道士が声をかけると、空燕がびくびくっと飛び上がり、ぴゃっと柱の陰に隠れてしまった。
「兄やんは人見知りなんや。ごめんな、おじさん」
仔空が兄の手からひょこりと逃れて、人懐こく道士に尻尾を振って微笑んだ。
「坊主は社交的なようだな、桃をあげよう」
「わあ、おおきに。ありがとう……兄やん、桃もらったで~」
空燕は柱の陰から顔を出し、へこへこと気弱に頭を下げてお礼を告げた。
「し、仔空……離れないで……」
か細い兄の声に、仔空はウンウンと頷いて桃を差し出した。
「はい、兄やん。ボクがついてるから、お席に戻ってご飯食べような」
「う、うん。うん」
「お外、怖くないで兄やん。ボクが一緒やし」
「うん、うん。平気になってきたで……」
「兄やん、手ぷるっぷるやん」
「うぅ……」
「あそこに妖狐が」
仔空に桃をあげた道士が仲間に知らせて、「どれどれ」「ほんとうだ」と好奇の視線が注がれている。
「憂炎、あの二人が変なのに絡まれないように新興派閥から護衛を手配してやってくれるかい」
音繰はそっと憂炎に耳打ちし、それとなく二人を守るのだった。
「あの兄弟が悪い仔たちでないのは誰の目にもわかると思うけど、自分たちと異なる種族を差別的に視る輩はどこにでもいるものだから」
呟く声には、無言の了承が返される。
(ああ、私の弟子は頼りになるな。いや、『元』弟子だけど……頼りになる。うん)
妖狐兄弟の傍に集まる新興派閥の護衛たちをみて、音繰はニコニコとした。
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