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1章、悪役は覆水を盆に返したい。
17、主人公のオメガ化を防いで逃してあげよう。そうしよう。
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「それで~、雪霧を解放せよ~と、仰るのでしたか~」
泰然が茶菓子を勧めてくれる。
柔らかな生地がキツネを象った月餅は、普洱茶とよく合った。
「うん、そうなんだ。あと、このキツネの月餅美味しいね」
「それは、ネコチャンです」
ふっと間伸びした声が普通になって、冷静な訂正が入った。
「そっか……わかった」
音繰は素直に頷いた。
「こほん……、可愛いネコチャンだね」
「ウフフ、ありがとうございます~」
【不憫系主人公の雪霧は、確か黒道魔教の禁術でオメガになるんだ】
湊の声が音繰の脳裏に蘇る。
同じく禁術の実験台になってアルファ化した憂炎は雪霧と出会う。そしてその発情にあてられて理性を失い、襲うのだ。
責任感が高くもともと魔教に反発する気持ちを内側に秘めていた憂炎は、不憫な雪霧を犯したことに責任を感じ、雪霧を守るようになる。
それが、異世界小説に出てくる二人だった。
「私は泰然がどんな実験をしていて、どんな術を編み出そうとしているのかを知っているよ」
音繰は正直に切り出した。
隣では、憂炎がキツネを象った月餅を無言で味わっている。
「『疯狂』。これは確かに美味いが猫ではない、キツネだ」
「作った私がネコチャンというのですから、ネコチャンですよ? 憂炎様?」
「小香主様がキツネと呼んだのだからキツネだ」
「音繰様はそのあとネコチャンだと認めてくださいました」
味が気に入ったのだろう、憂炎の狼耳がぴこぴことはしゃいでいる。
音繰は微笑ましい気持ちになった。
――以前ならば、そんな感情が湧くことなどなかったものだが。
(今の私は憂炎を微笑ましいと思えるのだな……)
音繰はそんな自分を面映く思いながら、真面目な話を進めるのだった。
「こほん、ネコチャンかキツネか論争は横に置いといて……人体を変容させる。自然の摂理に逆らう……溢れた水を盆に返す。無から有を産む。死者蘇生、時間遡行――」
泰然が叶えたいのは、そんな術だ。
その過程で、なぜ強制オメガバース化な術が誕生するに至ったかは知らないが。
「私はね、泰然の術に興味があるよ。協力しよう――私たちの利害は一致する」
音繰は、ずばりと自分の手札を明かしてみせた。
「実は、私は『過去に死んだ知人とその周囲の時間』を巻き戻してやり直しさせたいと思っているんだ。泰然の目指す術と、私が目指す術は近いのではないかな?」
泰然が細い目を見開き、驚いている。
隣の憂炎もまた、ぴくりと反応を示していた。
「『過去に死んだ知人とその周囲の時間』を巻き戻してやり直し……そんな、そのようなことが……」
「……それを前提として頼むけど、現在予定している実験素体は解放してほしいのだ」
泰然と敵対する必要はない。むしろ、協力すればよい。
音繰はそう考えていた。
「というか、今研究してるオメガバースな術って何の意味がある? 死者蘇生や時間遡行に通じるの?」
純然たる疑問を呈すれば、泰然とは不思議そうな顔をした。
「おめがばあす? それはなんです……?」
そんな術は研究していない、というのだ。
「私が研究してるのは、器を作る術でしたが」
泰然は一瞬、どこか遠くを見るような目をした。
「人の体液や肉片、骨、毛髪を材料にして別の人や同じ人をつくる術。そして、魂魄をそこに入れる……」
のんびり口調を装うのをやめたように、泰然が告げる。
その瞳には、狂気さえ感じさせる強烈な執着があった。
「……!」
隣の憂炎がぶわりと毛を逆立て、警戒するような気配を見せている。
「うん。そのための過程で生まれた禁術か知らないが、妙な術を作るようだね。それを私はオメガバースと呼ぶんだ」
音繰は困ったように首を振って、オメガバースの概念を語った。
泰然は興味深々で頷き、それを聞く。
そして、「面白い術ですねそれ。やってみましょう!」などと言い出すのであった。
「軽いな……」
憂炎が呟く声を耳に、音繰は「あれっ?」と困惑した。
「そのような術は構想にありませんでしたが~、さっそく取り掛かってみましょう~! あ、雪霧を解放する代わりに実験台になってくださいね~?」
泰然が何かのスイッチが入ったようにやる気に満ち溢れている。
「その術を発展させれば、器作りにも役立つかもしれませんし……男性の私が子供を産めるようになるのは夢があります」
うっとりと呟く泰然の頬が、ポッと赤く色付いた。恋人と自分との子供を夢見たのかもしれない――。
「えっ……、え?」
音繰は思った。
――あれっ、小説の禁術って私のせいで生まれた? もしかして?
けれど、ひとまず雪霧の身柄は音繰に預けてくれるようだ……。
「あれっ……い、いいのか、これでっ?」
音繰は解放された雪霧と初対面しつつ、この後の自分たちが辿る未来を想うのだった。
泰然が茶菓子を勧めてくれる。
柔らかな生地がキツネを象った月餅は、普洱茶とよく合った。
「うん、そうなんだ。あと、このキツネの月餅美味しいね」
「それは、ネコチャンです」
ふっと間伸びした声が普通になって、冷静な訂正が入った。
「そっか……わかった」
音繰は素直に頷いた。
「こほん……、可愛いネコチャンだね」
「ウフフ、ありがとうございます~」
【不憫系主人公の雪霧は、確か黒道魔教の禁術でオメガになるんだ】
湊の声が音繰の脳裏に蘇る。
同じく禁術の実験台になってアルファ化した憂炎は雪霧と出会う。そしてその発情にあてられて理性を失い、襲うのだ。
責任感が高くもともと魔教に反発する気持ちを内側に秘めていた憂炎は、不憫な雪霧を犯したことに責任を感じ、雪霧を守るようになる。
それが、異世界小説に出てくる二人だった。
「私は泰然がどんな実験をしていて、どんな術を編み出そうとしているのかを知っているよ」
音繰は正直に切り出した。
隣では、憂炎がキツネを象った月餅を無言で味わっている。
「『疯狂』。これは確かに美味いが猫ではない、キツネだ」
「作った私がネコチャンというのですから、ネコチャンですよ? 憂炎様?」
「小香主様がキツネと呼んだのだからキツネだ」
「音繰様はそのあとネコチャンだと認めてくださいました」
味が気に入ったのだろう、憂炎の狼耳がぴこぴことはしゃいでいる。
音繰は微笑ましい気持ちになった。
――以前ならば、そんな感情が湧くことなどなかったものだが。
(今の私は憂炎を微笑ましいと思えるのだな……)
音繰はそんな自分を面映く思いながら、真面目な話を進めるのだった。
「こほん、ネコチャンかキツネか論争は横に置いといて……人体を変容させる。自然の摂理に逆らう……溢れた水を盆に返す。無から有を産む。死者蘇生、時間遡行――」
泰然が叶えたいのは、そんな術だ。
その過程で、なぜ強制オメガバース化な術が誕生するに至ったかは知らないが。
「私はね、泰然の術に興味があるよ。協力しよう――私たちの利害は一致する」
音繰は、ずばりと自分の手札を明かしてみせた。
「実は、私は『過去に死んだ知人とその周囲の時間』を巻き戻してやり直しさせたいと思っているんだ。泰然の目指す術と、私が目指す術は近いのではないかな?」
泰然が細い目を見開き、驚いている。
隣の憂炎もまた、ぴくりと反応を示していた。
「『過去に死んだ知人とその周囲の時間』を巻き戻してやり直し……そんな、そのようなことが……」
「……それを前提として頼むけど、現在予定している実験素体は解放してほしいのだ」
泰然と敵対する必要はない。むしろ、協力すればよい。
音繰はそう考えていた。
「というか、今研究してるオメガバースな術って何の意味がある? 死者蘇生や時間遡行に通じるの?」
純然たる疑問を呈すれば、泰然とは不思議そうな顔をした。
「おめがばあす? それはなんです……?」
そんな術は研究していない、というのだ。
「私が研究してるのは、器を作る術でしたが」
泰然は一瞬、どこか遠くを見るような目をした。
「人の体液や肉片、骨、毛髪を材料にして別の人や同じ人をつくる術。そして、魂魄をそこに入れる……」
のんびり口調を装うのをやめたように、泰然が告げる。
その瞳には、狂気さえ感じさせる強烈な執着があった。
「……!」
隣の憂炎がぶわりと毛を逆立て、警戒するような気配を見せている。
「うん。そのための過程で生まれた禁術か知らないが、妙な術を作るようだね。それを私はオメガバースと呼ぶんだ」
音繰は困ったように首を振って、オメガバースの概念を語った。
泰然は興味深々で頷き、それを聞く。
そして、「面白い術ですねそれ。やってみましょう!」などと言い出すのであった。
「軽いな……」
憂炎が呟く声を耳に、音繰は「あれっ?」と困惑した。
「そのような術は構想にありませんでしたが~、さっそく取り掛かってみましょう~! あ、雪霧を解放する代わりに実験台になってくださいね~?」
泰然が何かのスイッチが入ったようにやる気に満ち溢れている。
「その術を発展させれば、器作りにも役立つかもしれませんし……男性の私が子供を産めるようになるのは夢があります」
うっとりと呟く泰然の頬が、ポッと赤く色付いた。恋人と自分との子供を夢見たのかもしれない――。
「えっ……、え?」
音繰は思った。
――あれっ、小説の禁術って私のせいで生まれた? もしかして?
けれど、ひとまず雪霧の身柄は音繰に預けてくれるようだ……。
「あれっ……い、いいのか、これでっ?」
音繰は解放された雪霧と初対面しつつ、この後の自分たちが辿る未来を想うのだった。
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