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森で出会った女の子

第31話 基礎からのやり直し

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「――じゃあ、これからは私のことは先生と呼んで」
「何か本格的だな……なにそのチョビ髭、どこから取ってきた」


付け髭を装着したコトミンの前でレノは生座を行い、彼女は人に物を教えるのが楽しいのか普段よりも偉そうな態度を取る。


「先生と話す時はちゃんと敬語を使って」
「ええっ……今更?」
「いいからちゃんと言うことを聞いて」


チョビ髭を付けたままコトミンは右手を伸ばすと、掌を上に構えた状態で魔力を集中させる。1秒も満たない間に彼女は魔力を球体状に変化させ、まるで水晶玉を思わせる「魔球」を作り出す。


「まずはこれを作れるように頑張って」
「何だ、それぐらいなら俺もできるよ」


何をやらされるのかと思っていたレノは自信満々に掌を構え、コトミンと同じように魔力を集中させて球体状へと変化させる。どんなもんだとばかりにレノはコトミンに振り返ると、彼女はため息を吐く。


「それじゃあ駄目、魔力が雑過ぎる」
「雑!?」
「ほら、私のと見比べて」


コトミンとレノの魔球を比べると、コトミンのは水晶玉のように美しいがレノのは濁っていた。この二つの違いが両者の魔操術の技術の差を示していた。


「レノのは魔力を丸くしただけ、私のは魔力を練り固めた」
「練り固めたって……」
「この魔球は形状変化や魔力を練る技術がおざなりだと作り出すことはできない。分離を教える前にまずは今までの技術を見直した方が良い」
「くそっ……まだまだか」


螺旋刃を作り出すためにレノは魔操術を一層磨いたつもりだが、コトミンにはまだ遠く及ばない。まずは彼女に追いつくために魔操術の練習を行う必要があり、もうしばらく世話になりそうだった。


「先生、俺ができるようになるまで森で暮らさせてください」
「分かった。でも、これからはお客さんとしては扱わない。私の弟子として色々と手伝いをして貰う」
「手伝い?」
「最近になって赤毛熊以外の魔物がこの森に棲みついたみたい。そいつらの討伐を手伝ってもらう」
「魔物か……いいよ、魔力の足しにしてやる」


レノはコトミンの手伝いを承諾し、森を魔物から守るついでに自分の魔力の糧にすることにした――





――それから数か月の時が立ち、毎日のようにレノは魔操術の練習と森の見回りを行い、森に棲み付いた魔物の討伐を行う。


「ギュイイッ!?」
「待てこら!!逃がすかっ!!」


逃げ回る一角兎を森の中で追い掛け回し、柔魔を利用して石ころをパチンコの要領で撃ち込む。


「おらっ!!」
「ギャンッ!?」


一角兎の頭に石を当てたレノは追いつくと、即座に角を切り裂くために指先に魔力を集中させる。前よりも魔操術の技術が向上したお陰で瞬時に魔力を刃のように鋭く尖らせ、躊躇なく額の角を切断する。

角を失った一角兎は糸が切れた人形のように動けなくなり、切断した角からレノは血晶を取り出して破壊した。この数か月の修業のお陰でレノは魔力だけではなく肉体面も鍛えられていた。毎日森の中で魔物を追い掛け回していたお陰で足も速くなり、タケルの手帳に記されていた「魔刃」の技術も習得した。


「魔刃は便利だな。これさえあれば刃物もいらないし……って、ここ何処だ!?」


一角兎を追いかけるのに夢中でレノは森の中で迷ってしまい、自分が何処をどうやって走ったのかも覚えていない。しかし、焦らずに目を閉じて魔力感知を行う。


(コトミンの魔力は……あっちだな)


三か月前と比べて魔力感知の範囲も大幅に伸び、森の中ならば何処に居ようとコトミンの魔力を探り当てることができた。この魔力感知のお陰で魔物の位置も特定して取り逃がすことはない。


「よし、今日はこいつの丸焼きをコトミンにご馳走してやるか」


一角兎の死骸を肩に担いだレノは強化を発動させ、森の中を颯爽と移動する。障害物だらけの森を巧みに動き回れるようになるまで一か月はかかったが、そのお陰で危機管理能力も向上した。


(ん?あっちの方に何かいるな……狼か!!)


魔力感知を発動せずとも気配だけでレノはどんな動物が隠れているのかも判別し、木陰に隠れている狼を察知して立ち止まる。野生の狼はレノを餌だと判断して襲い掛かってきた。


「ガアアッ!!」
「ぎゃああっ!?」


飛び出してきた狼に右腕に噛みつかれたレノはわざとらしい悲鳴を上げる。しかし、すぐに噛みついた狼は口を放す。


「アガァッ!?」
「なんてね……お前の牙じゃ俺の硬魔は破れないよ」


噛みつかれる寸前にレノは右腕に硬魔をまとい、狼の牙が逆に砕かれた。三か月前よりもが向上したお陰で硬度も増しており、今では鋼鉄並の硬さを誇る硬魔を作り上げることもできた。

牙が砕けた狼は苦しそうにもがき、そんな狼を哀れに思ったレノは止めを刺すために一角兎から奪った角を掴む。角を魔力で包み込むと「魔装」で鋭い刃物のように魔力を変化させ、狼に目掛けて振り下ろす。


「ごめんな」
「ッ――――!?」


森の中に狼の断末魔の悲鳴が響き渡った――





――コトミンが居た場所は大樹の家ではなく、小さな滝が流れている場所だった。彼女は服を脱いで水浴びをしており、その様子をレノは木陰から覗き込む。


(やばっ、水浴びしてたのか……それにしても普段は子供っぽいけど、こうしてみると色々とデカいな)


悪いとは思いながらもレノはこっそりと滝を浴びるコトミンの様子を伺い、自分よりも身長が低いために普段は年上だということを忘れてしまうが、裸の彼女を見て明らかに子供離れした体型だった。

村に居た頃は女の子と接する事もあったが、年齢を重ねていくうちに疎遠となってしまった。だからレノにとってはコトミンは初めて自分を差別しない女友達だと言えるが、裸を見て女性だと意識する。


(なんか悪いことをしている気分だ……バレる前に逃げよう)


覗きに罪悪感を抱いたレノはコトミンに気付かれる前に立ち去ろうとすると、後方から強い魔力を感じて咄嗟に頭を下げる。その直後、三日月の形をした斬撃が頭上を通り過ぎ、髪の毛が何本か舞う。


「うわぁっ!?」
「……やっぱり覗いていた。レノのエッチ」


魔法で風の斬撃を生み出したのはコトミンらしく、彼女は恥ずかしそうに胸元を隠しながら掌を向けていた。レノは危うく切られかけたことに文句を告げる。


「な、何すんだよ!?危うく首が吹き飛ぶところだったぞ!!」
「女の子の水浴びを覗き見するような悪い男の子に手加減する必要なんてない」
「うっ……ごめんなさい」


コトミンの言葉にレノは言い返せず、素直に頭を下げて謝る。するとコトミンはため息を吐きながらも身体を拭いて着替えを行う。そしてレノの元に近付くと頭を下げるように促す。


「拳骨するから頭を下げて」
「ええっ……分かったよ」
「素直でよろしい……ていっ」
「あいてっ!?」


レノが頭を下げるとコトミンは本当に拳骨を喰らわせるが、それで満足したのか彼女は鼻を鳴らす。


「むふ~……お仕置きはやっぱり拳骨が一番」
「いててっ……これで許してくれる?」
「今日のおかずも獲ってきたなら許す」
「それなら大丈夫だよ」


コトミンの言葉にレノは自信ありげに自分が仕留めた一角兎と途中で見つけた果物を採った籠を見せる。それを見てコトミンは頷き、裸を見たことは許してくれた。


「なら、ボア子が戻ってくるまで修行を付けてあげる」
「お、久しぶりだな……よろしくお願いします、先生」


修業の際はレノは約束通りにコトミンを先生と呼んで敬語を使う。それに対してコトミンは満足そうに頷き、まずは「魔球」の生成を行う。
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