氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第74話 真逆

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「バルトの奴がそんなに凄い奴だったとはね……それならバルトを倒したコオリも天才というわけかい」
「そうね、確かにそれは否定しないけれど……コオリ君の場合はバルト君とは真逆の存在ね」
「真逆?」
「どういう意味?」


マリアの言葉にコオリは不思議に思うと、彼女は少し考えた様子で腕を組み、机の中から硝子瓶を取り出す。どちらも青色の液体が入っており、前にコオリも飲んだ事がある「魔力回復薬《マナポーション》」と呼ばれる薬だった。


「この瓶をよく見て頂戴」
「それは……魔力回復薬かい?」
「ええ、この大きい方の瓶がバルト君、そして小さい方がコオリ君だと思って見なさい」
「……ちっちゃい」


机の上にマリアは二つの硝子瓶を置くと、片方は飲み物の瓶のように大きく、もう片方は掌にも収まり切れる程の小さな丸い瓶だった。こちらの小さい方がコオリの魔力量を示し、大きい方がバルトの魔力量を現わしている。

こうしてみ比べるとコオリの魔力量はバルトと比べて小さく、実際に先ほどの説明によればコオリの魔力量は彼の十分の一にも満たない。それにも関わらずにコオリがバルトに勝てたのは条件が揃っていたからだとマリアは答えた。


「魔力量が少ないと言っても、必ずしも不利になるとは限らないわ。どれほど大きな魔力を持ち合わせていようと、相手の隙を突いて先に魔法を当てる事ができれば勝つ事は不可能じゃない」
「それもそうだね、どれだけ魔力を持て余そうと大抵の人間なら魔法一発でぶっ倒せるからね。魔物を相手にするよりはずっと楽な相手だよ」


マリアの言葉にバルルも賛同し、いくら魔力量に優れていようとそれを扱うのは非力な人間である。強靭な肉体を持つ魔物ならばともかく、人間の場合はいくら身体を鍛えようと限界があり、魔法を受ければ無事では済まない。


「魔力量が大きい相手でも戦い方を工夫すれば十分に勝ち目はあるし、それに少ない魔力を補う方法もある。それはコオリ君も既に知ってるはずよ」
「あっ……まさか、魔石の事ですか?」
「その通りよ。魔石を使えば少ない魔力を補う事もできる、場合によっては自分の限界以上を越える魔法だって生み出せるわ」


小さな硝子瓶の傍にマリアは他の小瓶を置くと、この小瓶が魔石を示している事を察した。だが、マリアの話を聞いていてコオリはある疑問を抱く。


「でも、魔石ならバルト先輩も使っていたんじゃ……」
「いいえ、彼の場合はあくまでも魔石をとしての機能しか使いこなせていなかった。自分の魔法を強化するのではなく、身体の負担を減らすためだけにしか扱っていなかったのよ」
「ど、どういう意味ですか?」
「要するに自分が使用する魔力を魔石に肩代わりしてもらっていたのさ。だけど、あんたの場合は自分の魔力と魔石の魔力を組み合わせた上で魔法を強化していた。それだけの話さ」


バルルによればバルトは戦闘中に魔石を使用した際、彼は自分の魔法を強化するのではなく、魔法を使用する際に消費する魔力を魔石に肩代わりしてもらったという。試合の際に彼が披露した魔法はあくまでも彼が引き出せる限界の威力の魔法でしかなく、魔石を利用して強化したとは一概には言えない。

一方でコオリの場合は魔石の力で魔力消費を抑えるだけではなく、自分の作り出した氷塊に風の魔石から引き出した風の魔力を利用し、最大限に回転を高めて威力を強化した。そういう意味ではコオリはバルトよりも魔石を使いこなしていたと言えるらしい。


「あの試合でもしもバルト君が魔石の力を使いこなせていれば……勝敗は違ったかもしれないわね」
「そんな事はない、コオリだって氷弾を使ってたら一発で勝てた」
「まあ、あの魔法を使えば大抵の魔術師は倒せるだろうけど……死人が出るね」
「こ、怖い事を言わないでください」


マリアの見立てではバルトがもしも魔石をもっと上手く使いこなせれば最後の勝負はバルトが勝っていたかもしれないと予想するが、そもそもコオリが氷弾を躊躇なく使用していれば試合は一瞬で終わっていた可能性も十分に有り得た。

彼の扱う氷弾は獣人族以外の存在には対処しきれない攻撃速度を誇り、仮にバルトに使用していれば人間である彼では反応できず、一発で致命傷を与えられた。試合という形式ではなく、実戦であったとしたらコオリは確実に勝利していた(コオリの性格的に悪人ではない人間に魔法を使えるかどうかは別問題として)。


「説明が長くなってしまったけど、必ずしも魔力量が少ない人間が魔力量が多い人間に劣るというわけではない事は分かってくれたかしら?」
「ああ、よく分かったよ。けど、先生……」
「話はまだ終わっていないわ。もう少しだけ聞いていなさい」


バルルが質問する前にマリアは彼女を制すると、今度は彼女が少し前に告げた「魔力量が少ない才能」という言葉の真の意味を説明する。


「コオリ君は間違いなく、この学園の生徒の中で一番魔力量が低いわ」
「うっ……やっぱりそうなんですか」
「ちょっと先生!!いくらなんでもずばっと言い過ぎじゃないかい!?」
「コオリを泣かせたらいくら学園長でも許さない」
「流石に今の言い方はどうかと……」
「……いいから最後まで話を聞きなさい」


マリアの言葉にコオリは落胆すると、他の者たちが彼を庇うようにマリアに抗議した。そんな彼女達にマリアはため息を吐き出し、改めて説明を行う。


「さっきも言ったけれど、コオリ君の魔力量が低いというのは立派ななのよ。決して恥ずかしく思う必要はないし、むしろ誇りに思うべきよ」
「魔力量が少ない事が……才能?」
「さっきの話を思い出してちょうだい。魔力量が大きい人間ほど魔力を操作する技術が困難を極める。それなら逆に言えば……魔力量が少ない人間なら魔力を操作する技術の難易度が下がるという事よ」
「え?」
「……ああ、なるほど!!そういう事かい!!」


コオリはマリアの言葉に呆気に取られるが、ここでバルルが合点がいくように大声を上げた。彼女はコオリの肩を掴み、今まで抱いていた疑問が解消されて嬉しそうな表情を浮かべる。


「ずっと前にあたしも同じ事を考えたのを思い出したんだよ。あんたがどうしてこんなに早く魔力操作の技術を身に着ける事ができたのか……あんたは魔力が少ない。でも、だからこそ魔力を制御する術を他の奴等よりもずっと早く覚える事ができたんじゃないかってね」
「え、えっ!?」
「なるほど、納得した」
「そういう考え方もありますか……盲点でした」


魔法学園に入学してからコオリは瞬く間に魔力操作の技術を身に着けた理由、それは彼が魔力量が少ないお陰で魔力の制御が他の生徒ほど難しくはなく、短期間で魔力操作を完璧に覚える事ができた。

彼の魔力は確かに他の生徒と比べると少ないが、それは決して欠点とは言い切れず、むしろ長所と言えた。普通であれば魔力操作の技術を完璧に身に着けるには相当な時間を労するが、コオリの場合は最初の一か月程度で身に着けたのも魔力量が少ない彼だからこそ可能な芸当だと判明する。


「コオリ君は魔力量が少ない分、他の魔術師よりも魔力を制御しやすいという事よ。だから他の一年生と比べて成長が早いと言えるわ」
「なるほど、納得したよ」
「先ほど先生が魔力量が少ない生徒ほど成績優秀な人間が多いと言っていたのはこの事だったんですね」
「ええ、そうよ。魔力量が少ない人間ほど、魔力を制御しやすい体質だと言えば分かりやすい頭」


先ほど生徒の魔力数値を記した羊皮紙を見たリンダは成績優秀な生徒の多くが魔力量が少ない事を知り、マリアの説明を聞いて納得した。魔力の制御が上手い人間ほど好成績を残すのは当たり前であり、そういう意味ではコオリは落ちこぼれなどではなく、魔力量が少ないという才能を持つ生徒の一人と言える。


「コオリ君、貴方は魔力量が少ない事を気にしているようだけど落ち込む必要はないわ。貴方は決して
「あっ……」
「それにあの試合で見せた貴方の魔力操作の技術、あれは才能だけで到達できる領域じゃない。相当に努力を積み重ねたのね……よく頑張ったわ」


マリアはコオリの頭に手を伸ばして頭を撫でると、これまでに自分の魔力量の少なさを欠点だと思い込んでいたコオリは彼女の言葉を聞いて感動する。今まで自分が魔術師として欠陥を持っていると思っていた彼だったが、まさか自分の魔力量の低さを褒められる日が来るとは思いもしなかった。


「あ、ありがとうございます……ううっ」
「コオリ、泣いてる?」
「悪かったね、あたしがもっと早く気付けば良かったよ……」
「遠慮する事はありません、私の胸で泣いていいですよ」


涙を流すコオリを見てバルルは申し訳なさそうな表情を浮かべ、彼女は師としてコオリが抱えていた不安に気付く事ができなかった事を恥じる。ミイナはコオリを心配し、リンダはそんな彼を優しく抱き寄せる。それを見ていたマリアは微笑ましい光景に笑みを浮かべるが、彼女は――





――しばらくの間はコオリが泣き止むまで待つ事になり、彼が落ち着くと学園長は子供達を先に退室させた。残ったのはマリアとバルルだけであり、バルルは神妙な表情を浮かべて自分だけを残したマリアに話しかける。


「先生……さっきの話、まだ続きがあるんだろう?」
「…………」


バルルはマリアに対して質問すると、彼女は黙って後ろを向いたまま振り返ろうとしない。しかし、そんな彼女にバルルは率直に尋ねた。


「バルトの奴が努力して自分の魔力を使いこなせるようになったという事は……他の奴等も時間は掛かるけど努力し続ければいつかは完全に魔力を扱えるようになる。その場合、魔力量が低い人間は唯一のを失う」
「……その通りよ」


振り向かずにマリアはバルトの言葉を肯定し、彼女はコオリにとって残酷な事実を伝える事ができずにいた。魔力量が少ない事は確かに才能だが、になるためにはどうしても魔力量が少ない事は欠陥になりかねない。
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