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序章 狩人の孫

第3話 修業

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――翌日からレノはアルから魔法を覚えるための指導を受ける。最初に魔法を覚えるためにやるべきことは魔力と呼ばれる魔法を構成するために必要な力を感じ取ることから始まった。


「魔力とは全ての生物が身に宿す生命力だと考えろ」
「生命力?よく分からないけど、その魔力を操れるようになれば魔法が使えるの?」
「その通りだ。だが、魔力を操るといっても簡単なことではない。まずは自分の肉体に流れる魔力を感じ取る修行から始めるぞ」


アルはレノを連れて山へと昇り、最初の彼の修業は裸のまま滝を浴びせる修行を行う。季節は間もなく冬を迎えようとしている時期に裸で滝行をさせられる羽目になったレノは悲鳴を漏らす。


「ひぃいいいっ!?死ぬ、死んじゃうよ!?」
「こらっ!!我慢せんか!!そんなことで魔法を覚えらえると思ってるのか!?」
「そ、そんなぁっ!?」


体力の限界を迎えるまでレノは滝行をさせられ、その後は川原で地面に転がり込む。あまりの寒さに全身の震えが止まらず、唇も青紫へ変色していた。そんな孫の姿を見てアルは尋ねる。


「どうだ?滝に打たれてどんな気分だ?」
「さ、さ、寒い……凍え死にそうだよ……」
「ふん、この程度の滝行で弱音を吐くようでは魔法は一生覚えられんぞ」
「い、嫌だ……絶対に覚えるんだ」
「……根性だけは一人前だな」


身体が冷めて今にも気絶しそうな状態でもレノの心は折れず、そんな彼の根性だけはアルも認めていた。だが、根性があっても修行の本質を理解しなければ一生魔法を覚えることはできない。今回の修業はレノの身体の方が限界を迎えそうだったのでアルは家に連れ帰った――





――それから一か月の間、レノは毎日滝に連れ出されては裸で滝行を実行した。何度か意識を失って死にかけたが、その度にアルが助けてくれた。だが、日にちが経過するごとに寒さは増していき、このまま修行を続ければ凍死してしまう可能性もあった。


「はあっ、はあっ……風邪ひきそう」
「ふっ……諦めるなら今の内だぞ」
「それだけは絶対にやだ……」


今日の分の修行を終えて焚火で身体を乾かすレノにアルは暖かいシチューを渡す。修行の後に暖かいシチューを食べるのが日課となっており、この時が一番生きていることを実感する。


「ううっ……美味しい。生きてて良かった」
「大げさな奴だな。ただのシチューだぞ」


寒い中で暖かい食べ物を口にするだけでレノは生きていることを実感し、身体が温まっていく感覚に安心感を得る。だが、食事を行いながらレノは今行っている修行に何の意味があるのか疑問を抱く。


(爺ちゃんに言われる通りに毎日滝に打たれてるけど、これって本当に意味あるのかな……あれ?そういえば爺ちゃんは滝に打たれれば魔法が使えるようになるなんて言ってないような……)


魔法を覚えるためには魔力を感じ取れと言われた言葉を思い出し、今までは漠然と滝に打たれていれば魔法が使えるようになると思い込んでいたレノは考えを改め直す。


(魔力は生命力その物とか言ってたな……難しい言葉はよく分からないけど、滝に打たれることで魔力を感じ取れるようになるのか?でも、一か月も滝を浴びてるのに何にも感じないけど……)


祖父の言葉を思い出しながらレノは考え込み、そんな彼の様子をアルは黙って見つめた。この修行は自分で答えを見つけなければ意味はなく、レノが自力で修行の意味を理解するまで何も話さないことを決めていた――





――翌日からレノは滝を浴びながら考え込むことが多くなった。これまでは滝を浴び続けていた時は何も考えずに黙って耐え忍んでいたが、一か月も滝を浴び続けてきたお陰で考え事に集中できた。


(寒いけど耐えられないほどじゃない……爺ちゃんがこんな修行をさせるのには意味があるはずだ)


滝に打たれながらレノは祖父がこのような修行を始めた理由を真面目に考え、どうすれば自分の体内に流れる魔力とやらを感じ取れるのかを考える。だが、いくら考えても答えは思いつかない。


(駄目だ、全然思いつかない……ていうか、滝に打たれ過ぎて頭が上手く回らない)


休憩も挟まずに滝に打たれ続けたせいで体力の限界を迎え、レノの意識が薄らぎ始めた。それを見ていたアルは彼が限界が迎えるまえに助けに向かう。


「レノ!!もう戻れ!!」
「……ま、待って……あと少しだけ」
「駄目だ!!いいからこっちに来い!!」


アルはレノの言葉を無視して彼を滝の中から引きずり出し、事前に用意していた焚火に身体を温めさせる。結局は何も思いつかぬまま修行を中断したことにレノはため息を吐き出す。

修業を開始してから一か月以上も経過しているがレノは魔力を感知することもできず、その代わりに滝を浴びながらでも考え事が行えるほどの集中力を身に着けた。焚火で身体を温めながらレノは身体の震えが止まるのを待っていると、不意にあることに気が付く。


(あったかい、この時が一番幸せ……!?)


身体を温めている最中にレノは目を見開き、冷たい滝を浴びた後に焚火で身体を温めている時こそが自分がしていた。今の状態こそが生命力が高まっている時期ではないかと考える。


(まさかこの修行法って……身体をわざと弱らせるのが目的なのか!?)


一か月の時を費やしてレノはアルの課した修行法の意味を悟り、滝行を行わせるのは冷たい水を浴びせて体力を消耗させて身体の熱を奪うのが目的であり、その後に身体を温めて美味しい食事を味わわせることで体力の回復を図る。この時こそが生命力が一番高まる時だと気が付く。

滝を浴びる行為自体は何か特別な意味があるわけではなく、身体を弱らせる行為ならばどんな方法でも良かった。重要なのは疲れた身体を休ませて体力を回復させる時が一番生命力が高まることを自覚させるためだった。


「ようやく気付いたか……全く、一か月も掛かるとは出来の悪い弟子だな」
「爺ちゃん!?」
「いいか、よく覚えておけ。滝を浴びている時と身体を休ませている時の身体の感覚の違いを……それが分かればお前も魔力を感じ取れるようになるはずだ」
「感覚の違い……」


レノは自分の両手に視線を向け、いつの間にか身体の震えが止まっていた。一か月前と比べて滝行に慣れたせいか回復力も高まっており、あと少しで魔力を感じ取れる段階まで来ていた。


「身体が弱った時こそが魔力が一番高まりやすいと思え。魔力を操れるようになれば普通の人間よりも回復力も高まり、病気にも強くなれるし大怪我を負っても自力で治すこともできるようになる」
「す、凄い……もしかして爺ちゃんが一度も病気に掛かった事がないのも魔力のお陰なの!?」
「その通りだ。儂は魔力を扱えるからこそ年老いても体力は衰えることはない」


アルの実年齢は80才近くだが彼はレノが生まれてから一度も病気を患ったことはなく、それどころか未だに現役の狩人として働き続けていた。老人でありながら若者並の強靭な肉体と体力を誇る理由は魔力を操作できるからだと明かす。

魔力とは魔法の力を構成するだけではなく、完璧に使いこなせるようになれば肉体も衰えずに長生きできる。だから腕の立つ魔術師ほど長寿で100才を越える魔術師も少なくはない。


「魔力を極めれば魔法だけではなく、病気と怪我にも負けない強靭な肉体を自然と得られる。お前は気付いていなかったかもしれんが、既にお前は無意識に魔力を操っているんだぞ」
「えっ!?」
「一か月も冷たい滝を浴び続けているのに自分が風邪もひかないことに疑問を抱いたことはないのか?お前が病気にならないのは既に魔力を操っている証拠だ」


レノはアルの言葉を聞いて驚き、今まで自分が冷たい滝を浴び続けながら一度も病気にならなかった理由は魔力のお陰だと悟る。魔力を高めることでレノは無意識のうちに病気に負けない強靭な肉体を手に入れていたことを知る。
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