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解決編

61.

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(side切藤蓮)

『ずっと蓮に俺を見て欲しかった』

大きな瞳から溢れ落ちる涙に、堪らず一気に距離を縮める。

不用意に触らないように…なんて、もうどうでもいい。

今この瞬間、晴を抱き締められないなら…その涙を止める事ができないなら、あの事故で俺の腕が残った意味なんてないと思った。

だってこれは、苦しんだ過去の晴の叫びだ。

そして…あの頃の晴から俺への、精一杯の告白でもあったから。

「俺はずっと晴を見てた。」

いつだって俺の目に映るのは、搔き抱いた腕の中で肩を震わせるこの存在だけ。

「生まれた時からずっと、晴だけを。」

想いを込めて静かに告げた。

どうか過去の晴へ届くようにと、願いを込めて。

縋るようにぎゅっとシャツの肩を握ってくるのがいじらしくて、髪に口付ける。

「…俺、全然気付いてなくて…」

くぐもった声がして、腕の力をほんの少しだけ緩めた。

顔だけ上げられる程度の自由しか与えられなかった晴は、それでも俺を見詰める。

間近で見上げてくる涙目に、心臓がドクリと音を立てた。

長い睫毛に乗った雫が光を反射して、ブルーグレーが幻想的に煌めく。

こんなに綺麗なものをこの距離で見る事ができるのは、きっと俺だけだ。

魅入られて目を離せずにいると、本人はそれを乱暴に擦ろうとする。

腕を拘束されてるからって、俺の肩で。

「こら、どこで拭こうとしてんだ。」

猫みたいに顔をこすり付けてくる仕草が可愛くて口許が緩む。

「ほら、赤くなるから。大人しくしてろ。」

言いながら、服の袖で丁寧に目元と頬を拭った。

「あの時の俺に伝えに行けたらいいのに。『気付けよ!』って。」

されるがまま俺に身を預けていた晴が、後悔を滲ませる。

「そうだな、俺も晴に伝えに行きたい。『好きだ』って。」

伝わってない上に、遥との仲を誤解されてるなんて思いもしなかった。

それから、まさかその頃から晴が俺に思いを寄せてくれてたなんて。

「蓮~俺、鈍くてごめん。傷つけてごめん…。」

そう言って俺の左胸に手を置く。

まるで過去の傷を労わるような感触に、あの頃の俺が救われた気がした。

「晴は悪くない。俺の方こそごめんな。」

首を横に振った晴が俺の胸に顔を伏せて、その体温に幸福を感じる。

全ては言葉にしなかった自分の所為だが、もしもあの時気持ちを確認し合えていたら…。

そうしたら、もっと早く恋人になれてたかもしれないのに。

そして、もう一つ。

「高校の時のすれ違いも無かったかもしれないね。」

同じ事を考えていたらしい晴が、そう言って眉を下げた。






(side 萱島晴人)

「生まれた時からずっと、晴だけを。」

秘密を打ち明けるみたいな声音に涙が溢れた。

蓮はずっとそうしてくれてたんだって、今なら分かる。

あの時の自分に言ってやりたいって怒ってたら、蓮が少し笑って。

「そうだな、俺も晴に伝えに行きたい。『好きだ』って。」

その言葉に、苦しんだ過去の自分が救われた気がした。

古傷みたいに胸に残った痛みが、温かく癒されていくみたいに。

抱き込まれた手をそろりと動かして、蓮の左胸に添える。

蓮が俺にしてくれたみたいに、蓮の痛みは俺が治したかった。

そんな思いが伝わったのか、頭上から安心したような溜息が聞こえて。

その胸に頭を預けて思う。

何も聞かなかった俺が悪いんだって分かってるけど、もしあの時気持を確認しあえてたら…。

そしたら、もっと早く恋人になれてたかもしれないのに。

それこそ…

「高校の時のすれ違いも無かったかもしれないね。」

俺の言葉に苦笑する表情から、蓮も同じ事を考えてた事が分かった。

「それな。高校入ってクラス別れてから、俺はますます余裕無かったから。中野にお前の事見ててくれって頼んでたけど、それも気休め程度だったし。」

俺に『振られて』『幼馴染でいようって釘を刺された』蓮は、それでも諦めないでいてくれて。

啓太にそんな事まで頼んでたんだ。

だけど、一方で俺も不安に苛まれる毎日だった。

「俺は俺で、蓮の隣にいる事に引け目感じるようになってたから…」

これは小火~蓮の謹慎に関する一連の事件が解決した時にも話したけど、その時には触れられなかった事もある。

「蓮が遥の事好きなんだと思ってたから…遥みたいに完璧な人じゃないとダメなんだって思っちゃって。」

そうやって揺れてる所に姫の一件があって、さらに自信を無くして。

「その話聞くと未だに相川の事ぶっ飛ばしたくなるわ。」

「えっ!?それはダメ!色々あって今は仲良くしてるから!」

慌てる俺に、蓮は仕方ねぇなって感じで笑う。

「晴がとっくに許してるのは知ってるよ。お前の行方がわかんねえ時助けになったのアイツだし。」

ただ、気に食わないって感情は別らしい。

「俺はお前が相川の事好きなんだと思って焦ってた。アイツの事聞いてきたりしてたから。しかも、お前が相川に告ったって噂まで聞かされて。
お前が俺以外を好きになるなんて…いっそ囲って誰にも会えないようにしたいと思うくらいには嫌だった。」

その目の奥に暗さが宿ってドキリとする。

「だけど、晴はそんな事望まないって分かってたから必死で耐えて。そしたら夏祭りで…」

その先は言わなくても分かった。

俺が蓮に決別を告げた高1の夏祭り。

誤解があったんだって事は、その後話して分かってたけど…お互いが相手の事を好きだったんだって知ってから改めて思い出すと、辛くて叫びたくなる。

って言うか、俺って最低だ。

ずっと一途に思ってくれてた相手を振って、幼馴染でいたいからって精一杯の告白だったキスを無かったことにして…挙句『さよなら』って離れて。

そんなつもり無かったけど、蓮からしてみたらとんでもない奴じゃん。

「うわぁ…蓮、本当にごめん…!」

居た堪れなさに頭をゴスゴス(蓮の肩に)打ち付けると、後頭部を掴まれた。

「こら、痛ぇっての。それにあれは、俺の言い方が最悪だったって。」

そうだね、美優さんの手でイメチェンした俺に『こんなんしても無駄』って仰いましたね。

これは、俺が姫の為にしたんじゃないかって疑った蓮の勘違いだって既に謝られてるけども。

「蓮の傍にいたくて、見た目だけでもって思ってやったのに…。」

思い返すとちょっと悔しくて唇を尖らせる。

と、俺を抱きしめたままの腕の力がギュウッと強くなった。

「俺の為…マジか…罪悪感で死にそう…。ってかあの時の時分殺してぇ…」

ぶつぶつ言う蓮に、思ったよりダメージを与えてしまった事を悟る。

そ、そう言えば理由話したのって初めてだったかも。

「じょ、冗談だって!もう怒っても無いし、誉めてももらったし…!」

誤解が解けた後、蓮は俺を凄く誉めてくれた。

「いや、あの時既に俺の事好きになってくれてたのかと思うと…自分の最低っぷりがマジでやべぇわ。」

「あはっ、蓮だって俺と同じような事考えてるじゃん。」

思わず笑って、そのまま蓮を見る。

「でもね、決別した後もずっと蓮の事が好きだった。傍にいられなくても、思うだけなら許されるかなって考えてたんだ。」

「晴…」

「その後もさ、蓮は何かと俺を気にかけてくれてたじゃん。文化祭の時プールに落ちそうになったの助けてくれたし。」

「『落とされそうになった』だろ。当たり前だっつの。俺はお前を諦めるなんて不可能だったし、拒絶されても守りたいと思ってたから。」

姫の行いに噛み付きつつそう言う蓮に、向けられた想いの深さを知る。

「蓮、ありがとう。…蓮が諦めないでいてくれて良かった。」

「こっちの台詞な。」

顔を見合わせて少し笑ってから、ふと思い付いたように蓮が言う。

「ってかあの女、俺と付き合うとかパチこいてたんだよな?晴は俺と遥が付き合ってると思ってたんじゃねぇの?」

そう、あの時まではそう思ってたんだけど。

言うか迷うなぁ、これ以上姫の心象悪くしたくないんだけど…。

「えっと、遥とは別れたのかなって思って。」

そう言うと蓮の目が冷たくなる。

「ほーお?遥から相川に乗り換えたって思われてたのか俺は。」

意地悪な言い方だけど、俺を責めるって言うよりは自虐の色が濃い。

「ごめんって!ただ…姫と付き合うんだって思わないと期待しちゃいそうで…。」

完璧な女の子じゃないとダメなんだって、自分に言い聞かせてた。

「遥と別れたなら、蓮がちょっとでも俺の事見てくれるんじゃないかって期待するのが怖かったから。」

素直に言うと、蓮が頭を抱える。

「ごめん、晴が辛い思いしたってのは分かってんだけど…かなり嬉しいわ。」

葛藤する様子が可笑しくてまた笑う。

こんな風に、苦しかった記憶を笑顔で話せるなんて不思議だ。

そりゃ、申し訳ない気持ちとか、自己嫌悪とか、凹んだりとか色々あるけど。

それでも、本音を言い合えたからこそ楽になる部分は沢山あって。

「だからさ、何で俺を気にかけてくれてるのか分かんなかった。その…更衣室の事とかも。」

「更衣室?」

あ、あんな事した癖に…忘れてる!?

と思ったけど、絶対態とだって気付いた。

蓮が記憶に無い訳ないし、ほら、俺の反応見て笑ってるし!

思わず頬を膨らませると、蓮がそれを指でつつく。

「ふっ、悪かったって。機嫌治して。」

甘い声でそう言ってから、俺の耳元で話し始める。

「何であんな事したのかって事?晴の反応で、嫌われた訳じゃないって分かったから嬉しくて。
それなら、身体から堕とそうかと思って。」

「か、からだ…!?」

「ずっと話しすらできなかったお前に触れて、理性失ったのもあるけど。少しでも可能性があるなら逃さないって。もう後が無いって分かってたから。」

真っ赤になった俺の耳たぶを撫でて、蓮は続ける。

「でも、小火騒ぎとかタバコ事件はただ晴に危険が及ばないようにしたかっただけ。お前を疑う奴等も陥れようとした奴等も、全員地獄に堕としてやると思ってた。」

おおぅ、何か物騒な事言ってる。

「俺が一番懸念してたのは、霊泉家が関与してて晴が巻き込まれる可能性だった。」

ハッして蓮を見ると、その顔は険しい。

「高校入ってからは奴等の干渉がグッと減ってたから、その線は薄いと思ってた。だけど、万が一がある。」

俺を庇ってくれた一方で、霊泉家とも戦う可能性を考えてたんだ…。

「幸い、関係ねぇって直ぐに分かったけどな。相手が奴等じゃなければどうにでもなる。最悪退学になったって…」「言い訳ないだろ!」

思わず大声で遮る。

「どうでもいいみたいな、そんな言い方するなよ!」

語気を強める俺に一瞬驚いた顔をした蓮は、眉を下げてふっと息を吐く。

「俺は…多分悪い意味で諦めがいいんだと思う。別に免罪だろうが高校中退だろうが生きていけるし、周りに理解を求める必要も無いって。」

幼い頃の『何にも興味がない』片鱗をを覗かせるような言い方に胸が騒ぐ。

そんな俺の不安が伝わったのか、大きな手に頭を撫でられた。

「んな顔すんなって、続きがあるから聞いて。俺は自分の事はすぐどうでも良くなるけど、いつだって晴が俺を繋ぎとめてくれる。」

息を呑む俺に微笑む蓮。

「言っただろ?俺にとって晴は特別なんだって。だから、全力で犯人を捕まえる事にした。
高校生活をお前と過ごしたかったから。」

蓮がさっき言ってた『俺が物事を決める判断基準は、晴と一緒にいられるかだった』って言葉を改めて噛みしめる。

自分が連にとってこんなに大きい存在なんだって、始めて分かった気がした。

「まさか晴が俺の為にあんな無茶するなんて思わなかったけどな。」

「だって、俺だって蓮の事守りたくて…」

「分かってる、感謝してる。それと、それを俺に託してくれた事も。」

指さされたのは御守りだった。

「あの時車に俺もいたんだ。晴が俺の為に考えてくれた事が嬉しかった。」

「蓮・・」

「因みに、その時その中に桜守りが入ってるって陽子に気付かれた。」

あっ!

預けた時蓮母が『そういう事ね』言ったのは、やっぱり。

「竹田先輩のアパートでこれが御守りの中から出て来た時、もしかしたらって思ったんだ。」

それで、漸く気が付いた。

もしかしたら蓮は、この御守りを俺に渡した時には俺の事を好きでいてくれたんじゃないかって。

じゃあ遥は?とか、疑問を持ち始めたのもこれがきっかけで。

「桜守り、凄い…」

「ふはっ、そうだな。」

しみじみ言う俺が可笑しかったのか、蓮は噴き出しながらも同意する。

「あ、そう言えば御守りの事で思い出したんだけど、これを俺に返してくれた時『願いも叶った』って言ってたよね?あれってなんだったの?」

その疑問に、蓮は視線を逸らす。

気まずそうな、何処か不安そうな表情で。

それでも見つめてると、観念したように息を吐いた。

「『晴の隣にいられるように』って、毎日祈ってた。『俺の隣でずっと笑って欲しい』って。」

静かな声音で語られた願いは、少し震えてて。

何でもできて完璧で誰もが羨む蓮の願いがーー俺?

あまりにも一途でひたむきな想いに胸が苦しくなる。

「…蓮。腕、離して。」

やっと出した言葉がそれだったからか、蓮の瞳が揺れた。

その瞬間、蓮が何を恐れてるのか理解する。

馬鹿だなぁ、重いなんて思う訳ないじゃん。

躊躇いがちに解放された腕を、今度は自分から蓮に巻き付けた。

「俺もずっと、そう願ってたよ。」

驚く気配を頭上に感じながら…だからこそ分からなくなる。

こんなに離れたくないと思ってくれてた蓮が、俺を遠ざけた理由。

「なぁ、蓮。…俺を遠ざけたのって、霊泉家から守る為だけじゃなかったりする?」

俺の問いに、蓮の肩がビクリと跳ねた。



●●●
side蓮高校編20話『掛け違い』~33話『知らなくていい事とそれから』の前半辺りを2人で答え合わせしてます。








































高校編の後半(幸せパート)はすれ違いがほぼ無いので軽く触れる程度で、次回から核心に触れていきます。












































































































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