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解決編
62.
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(side 萱島晴人)
「どうして…そう思うんだ?」
蓮の表情は変わらないけど、さっきの反応からして図星なのかもしれない。
「なんとなく…そう思っただけ。」
蓮が話してる最中に度々感じてた違和感の正体が、何故かここにあるのかもって思った。
自嘲するような口調や苦しそうな表情、暗さを湛えた瞳の奥。
その全部が、俺への強い想いを語る時に見えてた。
加えて『ずっと隣にいたい』って言われた俺が、蓮に腕をほどくように言った時の反応。
俺は自分から蓮に抱き着きたくて言ったんだけど、蓮はそうは受け取らなかった。
哀しみと諦めが混ざったような…
『不安が現実になった』みたいな、そんな表情をしてて。
だから、もしかしたらって思ったんだ。
「蓮、俺嬉しいよ?」
好きな相手に『ずっと一緒にいたい』なんて思って貰えたら嬉しいに決まってる。
だからそう言ったんだけど、蓮は小さく首を横に振った。
「俺が晴に向けてる感情は、そんな綺麗なものじゃない。」
「…?蓮、ちゃんと話して欲しい。」
蓮がそんなに苦しんでる原因を、俺も知りたい。
そう言うと、唇を歪めて天を仰ぐ。
「俺が晴に向けてる感情は、もっと重くて暗くて…お前を怖がらせるようなものだ。」
そして、覚悟を決めたように話し出した。
「あの事件の後、俺は浮かれまくってた。晴の反応からして、俺の事意識してるって分かったから。」
高校の続きに戻る、と前置きした蓮の言葉に顔が熱くなる。
「そ、そりゃそうだろ!とっくに蓮の事好きだったんだから。」
しかもピンチの所を助けてもらって、夏祭りでの誤解も解けて。
理事長室で…その、ちょっとイチャイチャしたりもしたんだから。
「しかも、蓮が俺の事好きなのかもって思うようになって…検証したり。」
「検証?」
あ、これ別にいらないやつだったかも!
「な、何でもないっす!」
ってまぁ、蓮相手に誤魔化せる訳もなく。
スマホで見つけたコラムを参考に、蓮が本当に俺の事がを好きなのか検証してた事を吐かされた。
「お前、そんな事してたん?」
ちょっと呆れてるみたいな蓮に、恥ずか死にそうになりながら頷く。
「検証なんかするまでもなくお前にベタ惚れだったろ。」
え、呆れるポイントそこ?
因みにそのコラムの著者が大谷君(ブルボンヌ夢子先生)だって言ったら、分かりやすく顔を顰めてた。
「アイツ…マジで謎…」
万感の思いが込められたそれに、小さく溜息を吐く。
恥ずかしい思いはしたけど、さっきまでの暗い表情が少し和らいだから、結果良かったかも。
「とにかく、押すなら今だって思ってた。そしたら、お前がバ先に来て…」
そう、サッキーの提案したサプライズに乗った俺は蓮のバイト先を訪れて。
女性のお客さんと話す蓮にモヤモヤして飛び出してしまった。
偶然会った美優さんに肯定してもらって、それで気付いたんだ。
「あれが俺の生まれて初めてのヤキモチだったなぁ。」
「晴がいなくなって死ぬほど焦ったけど、理由が分かってマジで嬉しくて…。チャンスだと思って、もう一度告白した。」
その言葉通り、水族館での初デートの後蓮に告白された。
「うん…俺、本当に嬉しかったんだ。あの時、俺も好きだって言うつもりだった。」
「マジかよ…」
蓮が絶句する理由は、それを阻まれたから。
相手は竹田先輩で.…本人曰くここで俺への気持に気付いたとか何とか…。。。
それもあるから、二重の意味で蓮にとっては苦い思いなんだろう。
「あの時の俺は周りに何て思われるかとか何も考えてなくて。覚悟が足りなかったんだって気付かされた。蓮を矢面に立たせちゃったし…」
先輩の口撃から、蓮は俺を守ってくれたのに。
「それで、蓮に返事する自信がなくなっちゃって…」
でも、蓮は急かす事なく待ってくれてて。
「不安にさせてたよね?」
そう聞くと、蓮は苦笑した。
「仕方ねぇよ。晴が家族も周りも大切にしてるって事は分かってたから。」
「ごめん…自分の中で整理がついてからと思ってたんだ。そしたら、あんな事になっちゃって…返事するタイミングが分かんなくなって…」
夜道で襲われかけて学校にすら行けなくなった。
蓮がいないと不安で、ずっとくっついてて。
今こうやって話せるのは、全部蓮のお蔭だって思ってる。
だけど、蓮の表情は硬い。
「俺は何もできなかった。お前が苦しんでるのを傍で見てたのに…」
「そんな訳ない…!蓮がいてくれなかったら俺…!」
「犯人すら捕まえられなかった。あの場で動けたのは、俺だけだったのに。あの時竹田を捕まえて再起不能にしておけば、少なくとも霊泉家に利用されて晴を危険に晒す事はなかった。」
ま、待ってよ…。
あんなに献身的に支えてくれたのに、蓮はそんな風に自分を責めてたの?
驚きと焦りで言葉を探してると、蓮がポツリと言った。
「ーーだから、誓ったんだ。」
「え?」
「もう二度とお前を危険な目に合わせないって。絶対に俺が守るってーー。」
「蓮…」
「剣道できなくなった晴を見て、晴からもう何も奪わせないって…そう思ってた。」
だけど、と続ける蓮は苦しそうな表情で。
「危険性に、気付いてなかったんだ。」
危険性?
「それって、霊泉家の事?」
戸惑って聞くと、蓮は首を横に振った。
「それだけじゃない…」
そう言った蓮の瞳は、暗い翳を宿して。
「俺自身が晴から全てを奪う可能性に。」
(side 切藤蓮)
『俺を遠ざけたのって、霊泉家から守る為だけじゃなかったりする?』
晴のその言葉に俺はギクリと身を強張らせた。
鈍感な癖に、こういう時的確に本質を突いて来るのは何なんだ。
晴にはこう言う所があって、それだって俺にとっては好ましくて。
だけど、今だけは少し恨めしく思う。
全てを曝け出すつもりではいたものの、俺にとっては最も気がかりな部分だったから。
『ずっと隣にいたい』って言う願いを聞いた晴が俺から身体を離した時、俺は覚悟した。
ついに気付かれてしまったと思ったから。
俺の想いは『一途な恋』なんて綺麗なものじゃない。
生まれた時から続く、重くて暗い『執着』なんだって事に。
その後すぐに寄り添ってくれたけど、この事実を晴は知らないだけだ。
友人なんかできなければいい。
俺にだけ頼りきりになればいい。
周りから見られないように囲ってしまえばいい。
自己中心的なそんな思惑は、遥の存在によって打ち砕かれた。
いや、矯正されたと言うべきか。
晴の気持を考えなければいけないんだと、同志が教えてくれた。
それは本当にその通りで、現に暴走した俺は晴に距離をとられて。
このままではいけないんだと、本気で反省した。
それからは、晴の望みを優先するように心がけて。
中野と親しくしても、部活に夢中になっても、そこから晴を引き離す事はせずに。
普通の人間がたやすくできるそれは、俺にとっては相当忍耐が必要だったけれど。
全くもって完璧とは言えなかったが、それでも成果はあった。
その事に幸福に浮かれまくっていた俺は、忘れていた。
俺の激しい執着が、決して無くなった訳ではない事を。
「フランスで告白の返事をもらって…信じられなかいくらい嬉しかった。自分が晴の恋人だって思うだけで満たされて。」
永遠にも感じられた片思いが、ようやく実を結んだ瞬間だった。
「何でもない毎日が特別になって、幸せで…。
晴が初めて俺を受け入れてくれた時、死んでもいいって本気で思った。」
俺の部屋で初めて抱かれた時の事を思い出したんだろう。
晴が頬を染めて…だけど不安そうに見て来る。
「その頃は霊泉家の干渉も無くなってたから心置きなく晴と過ごせて…俺にとって人生で最良の時だった。」
「蓮…」
恋人として迎えたクリスマス、誕生日、ダルイと思ってた学校行事ですらも。
そのどれもが、色鮮やかに煌めいて。
「大学も一緒が良かったけど、そこは諦めた。」
「ん俺の大学、医学部無いもんね。」
「まぁ、別に医者になりたい訳じゃないんだけどな。」
驚く晴の様子を窺いながら、慎重に言葉を選ぶ。
ここで伝え方を間違えると、俺の左手の状態を知った時に晴が気に病むから。
「医師免許あった方が、何かと便利だってだけ。」
「『便利だから』で、取ろうと思えるのが凄いよなぁ…。」
呆れ半分感心半分で呟く晴に、ひとまず胸を撫で下ろす。
これは俺の本音だから嘘は言ってない。
「それに…晴と暮らしていく為には、それなりの地位があった方がいいと思ったんだ。」
男同士の関係に、誰にも文句を言わせない為に。
直ぐにそこに思い至ったらしい晴が息を呑む。
「俺の為…?」
「そう言う思いが無いって言ったら嘘になるな。俺はできれば、晴を養いたいって思ってたから。」
仕事もしなくていい。
家事もしなくていい。
ただ、家で俺の帰りを待ってて欲しい。
願望を吐露する俺に、晴が目を瞠る。
「俺、そんなに先の事まで考えた事なかった…」
「大学生でそこまで考えてる奴、そうそういねぇよ。同棲の許可を憲人さんに貰う時も『晴以外とは一生住む気ない』って言った。だから、憲人さんは俺達の関係を知ってる。」
「父さんが、知ってる…?」
愕然とする晴に罪悪感が沸く。
「勝手に話して悪かった。でも、どんな手を使ってでも晴と一緒にいたかった。」
外堀を埋めて、できる限り未来が目に見えるようにして。
「必死すぎだし…重いだろ?」
自嘲の笑みを浮かべる俺を見て、晴が口を開こうとする。
だけど、何か言う前に話しを続けた。
少しでも拒絶の言葉が聞こえたら、この先を話す事なんてできないと思ったから。
「結果的に晴と同棲できて…俺はようやく安心した。だから、この重い感情も何とか制御できてた。」
だけど、同棲して暫くして晴がバイトを始めて。
店長に頼まれた晴がバイト中心の生活になると、状況が変わった。
「俺は晴との時間が減る事が嫌で仕方なかった。
だけど…晴はそうじゃないんだって。
それで気付いたんだ。付き合えただけで奇跡だと思ってたのに…俺はいつの間にか欲をかくようになってた。
晴に、俺と同じだけの『好き』を求めるようになってたんだ。生まれてから晴しか見えなかった俺との差があるのなんて、当たり前なのにな。」
同じ重さを求めるなんてどうかしてる。
「だけど、晴が『蓮がいなくても大丈夫』って言う度に…俺はそれを思い知らされてる気がした。」
「ちがっ…」「お前に他意がなかったのは分かってる。俺が勝手にそう受け取ってただけ。」
慌てる晴を宥めて続ける。
「不安で、晴を独占したくて堪らなかった。そうしないと、俺から離れていく気がした。俺は晴がいないと生きていけないけど…晴はそうじゃないから。」
自分と同等に相手にも依存して欲しいなんて、自己中にも程があるのに。
「晴が縛られるのを望まない事は分かってた。将来の夢だってあるし、大切にしてる周りの人間から引き離すなんてできないって事も。」
そうやって何とか自分を律して、平気なふりを装って。
だけどーー。
「美優が妊娠したって報告した時、晴が『いいな』って羨ましそうにしてて。お前が子供好きなのは知ってたけど…俺と一緒にいたらその望みは叶わない。未来の話をした時に晴が曖昧な反応になるのは、そのせいなんじゃないかと思った。」
先の話になると、晴はいつも少し笑って「そうだね。」って言うだけで。
「話し合うべきだって言うのは分かってたけど、それで別れを切り出されたらと思うと怖くて言えなかった。」
そうやって逃げてる間に、時は過ぎて。
「大学の奴から、晴がバイト先にいないって聞いた。同じタイミングで、晴が女とラブホ街を歩いてたって話も。その時、白田と会ったんだよな?
…まさかと思ったけど確かめたら、もうシフトは減ってるって店長が教えてくれて。」
俺が知ってると思わなかったのか、晴が目を見開く。
「蓮、それは…!」
「相手が相川だって事はもう知ってる。
だけど、あの時の俺には何も分からなかった。
晴に聞いてもはぐらかされたし…。
信じようと思ったけど…じゃあ、何で俺は嘘つかれてんだ、って。避けられてるのは間違い無いのに、その理由すら分からなくて。」
考えた末に、最悪の結末にたどり着いた。
「晴は、俺と別れたいんじゃないかって…他に好きな奴ができたんじゃないかって…そう思ったんだ。」
ハッと息を呑んだ晴の瞳が揺れる。
「そんな最中に、お前の首に鬱血痕が付いてるのに気付いて…今まで抑えつけてきた感情が爆発した。」
そして、手酷く抱いて。
「快楽でグチャグチャにして、最奥まで俺を刻み込めば、晴を身体で繋ぎ止められると思った。
お前があんなに泣いて嫌がってたのに…俺は止まらなかった。止まる気もなかった。」
そこにあったのは、仄暗い感情で。
「晴を閉じ込める事ばかり考えてた。俺だけの世界で生きていけばいいって…」
最低だよなと呟く俺に、当然だけど言葉は返って来ない。
「結局俺は…何も変わってなかったんだ。
晴の気持ちなんか関係なく自分の想いだけを押し付けて…。俺がお前に向けてるのは、暴力的な『執着』だ。」
そんな闇に染まる思考を覚ましてくれたのは、晴の首にかかる御守りだった。
「晴にとって悪いものから守るのかもっていっただろ?…俺も、それに弾かれたんだ。竹田と同じように。」
御守りを見つめて力なく笑う。
俺自身が意識不明の時に見た夢を思うと、その後みたあの悪夢がーー晴の自死を示唆するそれが、偶然だとは思えない。
「そこで漸く俺は気付いた。お前の傍にいる事の矛盾に。」
絶対に晴を守ると約束した。
ーーその俺自身が晴を危険に晒しているのに?
晴から何も奪わせないと誓った。
ーー俺が晴から大切なものを奪おうとしてるのに?
俺こそが、晴を苦しめる要因になり得るのに?
「晴を傷付ける前に、一刻も早く離れるべきだと思った。」
それだけで頭がいっぱいだった。
「俺はもう、俺自身を信用できなかったから。」
●●●
side蓮高校編34話『戻る日常と変わる日常』~52話『予兆』、解決編『25』~『28』を2人で話してます。
蓮が初めて晴に自分の暗い一面を明かしました。
晴の反応やいかに。
「どうして…そう思うんだ?」
蓮の表情は変わらないけど、さっきの反応からして図星なのかもしれない。
「なんとなく…そう思っただけ。」
蓮が話してる最中に度々感じてた違和感の正体が、何故かここにあるのかもって思った。
自嘲するような口調や苦しそうな表情、暗さを湛えた瞳の奥。
その全部が、俺への強い想いを語る時に見えてた。
加えて『ずっと隣にいたい』って言われた俺が、蓮に腕をほどくように言った時の反応。
俺は自分から蓮に抱き着きたくて言ったんだけど、蓮はそうは受け取らなかった。
哀しみと諦めが混ざったような…
『不安が現実になった』みたいな、そんな表情をしてて。
だから、もしかしたらって思ったんだ。
「蓮、俺嬉しいよ?」
好きな相手に『ずっと一緒にいたい』なんて思って貰えたら嬉しいに決まってる。
だからそう言ったんだけど、蓮は小さく首を横に振った。
「俺が晴に向けてる感情は、そんな綺麗なものじゃない。」
「…?蓮、ちゃんと話して欲しい。」
蓮がそんなに苦しんでる原因を、俺も知りたい。
そう言うと、唇を歪めて天を仰ぐ。
「俺が晴に向けてる感情は、もっと重くて暗くて…お前を怖がらせるようなものだ。」
そして、覚悟を決めたように話し出した。
「あの事件の後、俺は浮かれまくってた。晴の反応からして、俺の事意識してるって分かったから。」
高校の続きに戻る、と前置きした蓮の言葉に顔が熱くなる。
「そ、そりゃそうだろ!とっくに蓮の事好きだったんだから。」
しかもピンチの所を助けてもらって、夏祭りでの誤解も解けて。
理事長室で…その、ちょっとイチャイチャしたりもしたんだから。
「しかも、蓮が俺の事好きなのかもって思うようになって…検証したり。」
「検証?」
あ、これ別にいらないやつだったかも!
「な、何でもないっす!」
ってまぁ、蓮相手に誤魔化せる訳もなく。
スマホで見つけたコラムを参考に、蓮が本当に俺の事がを好きなのか検証してた事を吐かされた。
「お前、そんな事してたん?」
ちょっと呆れてるみたいな蓮に、恥ずか死にそうになりながら頷く。
「検証なんかするまでもなくお前にベタ惚れだったろ。」
え、呆れるポイントそこ?
因みにそのコラムの著者が大谷君(ブルボンヌ夢子先生)だって言ったら、分かりやすく顔を顰めてた。
「アイツ…マジで謎…」
万感の思いが込められたそれに、小さく溜息を吐く。
恥ずかしい思いはしたけど、さっきまでの暗い表情が少し和らいだから、結果良かったかも。
「とにかく、押すなら今だって思ってた。そしたら、お前がバ先に来て…」
そう、サッキーの提案したサプライズに乗った俺は蓮のバイト先を訪れて。
女性のお客さんと話す蓮にモヤモヤして飛び出してしまった。
偶然会った美優さんに肯定してもらって、それで気付いたんだ。
「あれが俺の生まれて初めてのヤキモチだったなぁ。」
「晴がいなくなって死ぬほど焦ったけど、理由が分かってマジで嬉しくて…。チャンスだと思って、もう一度告白した。」
その言葉通り、水族館での初デートの後蓮に告白された。
「うん…俺、本当に嬉しかったんだ。あの時、俺も好きだって言うつもりだった。」
「マジかよ…」
蓮が絶句する理由は、それを阻まれたから。
相手は竹田先輩で.…本人曰くここで俺への気持に気付いたとか何とか…。。。
それもあるから、二重の意味で蓮にとっては苦い思いなんだろう。
「あの時の俺は周りに何て思われるかとか何も考えてなくて。覚悟が足りなかったんだって気付かされた。蓮を矢面に立たせちゃったし…」
先輩の口撃から、蓮は俺を守ってくれたのに。
「それで、蓮に返事する自信がなくなっちゃって…」
でも、蓮は急かす事なく待ってくれてて。
「不安にさせてたよね?」
そう聞くと、蓮は苦笑した。
「仕方ねぇよ。晴が家族も周りも大切にしてるって事は分かってたから。」
「ごめん…自分の中で整理がついてからと思ってたんだ。そしたら、あんな事になっちゃって…返事するタイミングが分かんなくなって…」
夜道で襲われかけて学校にすら行けなくなった。
蓮がいないと不安で、ずっとくっついてて。
今こうやって話せるのは、全部蓮のお蔭だって思ってる。
だけど、蓮の表情は硬い。
「俺は何もできなかった。お前が苦しんでるのを傍で見てたのに…」
「そんな訳ない…!蓮がいてくれなかったら俺…!」
「犯人すら捕まえられなかった。あの場で動けたのは、俺だけだったのに。あの時竹田を捕まえて再起不能にしておけば、少なくとも霊泉家に利用されて晴を危険に晒す事はなかった。」
ま、待ってよ…。
あんなに献身的に支えてくれたのに、蓮はそんな風に自分を責めてたの?
驚きと焦りで言葉を探してると、蓮がポツリと言った。
「ーーだから、誓ったんだ。」
「え?」
「もう二度とお前を危険な目に合わせないって。絶対に俺が守るってーー。」
「蓮…」
「剣道できなくなった晴を見て、晴からもう何も奪わせないって…そう思ってた。」
だけど、と続ける蓮は苦しそうな表情で。
「危険性に、気付いてなかったんだ。」
危険性?
「それって、霊泉家の事?」
戸惑って聞くと、蓮は首を横に振った。
「それだけじゃない…」
そう言った蓮の瞳は、暗い翳を宿して。
「俺自身が晴から全てを奪う可能性に。」
(side 切藤蓮)
『俺を遠ざけたのって、霊泉家から守る為だけじゃなかったりする?』
晴のその言葉に俺はギクリと身を強張らせた。
鈍感な癖に、こういう時的確に本質を突いて来るのは何なんだ。
晴にはこう言う所があって、それだって俺にとっては好ましくて。
だけど、今だけは少し恨めしく思う。
全てを曝け出すつもりではいたものの、俺にとっては最も気がかりな部分だったから。
『ずっと隣にいたい』って言う願いを聞いた晴が俺から身体を離した時、俺は覚悟した。
ついに気付かれてしまったと思ったから。
俺の想いは『一途な恋』なんて綺麗なものじゃない。
生まれた時から続く、重くて暗い『執着』なんだって事に。
その後すぐに寄り添ってくれたけど、この事実を晴は知らないだけだ。
友人なんかできなければいい。
俺にだけ頼りきりになればいい。
周りから見られないように囲ってしまえばいい。
自己中心的なそんな思惑は、遥の存在によって打ち砕かれた。
いや、矯正されたと言うべきか。
晴の気持を考えなければいけないんだと、同志が教えてくれた。
それは本当にその通りで、現に暴走した俺は晴に距離をとられて。
このままではいけないんだと、本気で反省した。
それからは、晴の望みを優先するように心がけて。
中野と親しくしても、部活に夢中になっても、そこから晴を引き離す事はせずに。
普通の人間がたやすくできるそれは、俺にとっては相当忍耐が必要だったけれど。
全くもって完璧とは言えなかったが、それでも成果はあった。
その事に幸福に浮かれまくっていた俺は、忘れていた。
俺の激しい執着が、決して無くなった訳ではない事を。
「フランスで告白の返事をもらって…信じられなかいくらい嬉しかった。自分が晴の恋人だって思うだけで満たされて。」
永遠にも感じられた片思いが、ようやく実を結んだ瞬間だった。
「何でもない毎日が特別になって、幸せで…。
晴が初めて俺を受け入れてくれた時、死んでもいいって本気で思った。」
俺の部屋で初めて抱かれた時の事を思い出したんだろう。
晴が頬を染めて…だけど不安そうに見て来る。
「その頃は霊泉家の干渉も無くなってたから心置きなく晴と過ごせて…俺にとって人生で最良の時だった。」
「蓮…」
恋人として迎えたクリスマス、誕生日、ダルイと思ってた学校行事ですらも。
そのどれもが、色鮮やかに煌めいて。
「大学も一緒が良かったけど、そこは諦めた。」
「ん俺の大学、医学部無いもんね。」
「まぁ、別に医者になりたい訳じゃないんだけどな。」
驚く晴の様子を窺いながら、慎重に言葉を選ぶ。
ここで伝え方を間違えると、俺の左手の状態を知った時に晴が気に病むから。
「医師免許あった方が、何かと便利だってだけ。」
「『便利だから』で、取ろうと思えるのが凄いよなぁ…。」
呆れ半分感心半分で呟く晴に、ひとまず胸を撫で下ろす。
これは俺の本音だから嘘は言ってない。
「それに…晴と暮らしていく為には、それなりの地位があった方がいいと思ったんだ。」
男同士の関係に、誰にも文句を言わせない為に。
直ぐにそこに思い至ったらしい晴が息を呑む。
「俺の為…?」
「そう言う思いが無いって言ったら嘘になるな。俺はできれば、晴を養いたいって思ってたから。」
仕事もしなくていい。
家事もしなくていい。
ただ、家で俺の帰りを待ってて欲しい。
願望を吐露する俺に、晴が目を瞠る。
「俺、そんなに先の事まで考えた事なかった…」
「大学生でそこまで考えてる奴、そうそういねぇよ。同棲の許可を憲人さんに貰う時も『晴以外とは一生住む気ない』って言った。だから、憲人さんは俺達の関係を知ってる。」
「父さんが、知ってる…?」
愕然とする晴に罪悪感が沸く。
「勝手に話して悪かった。でも、どんな手を使ってでも晴と一緒にいたかった。」
外堀を埋めて、できる限り未来が目に見えるようにして。
「必死すぎだし…重いだろ?」
自嘲の笑みを浮かべる俺を見て、晴が口を開こうとする。
だけど、何か言う前に話しを続けた。
少しでも拒絶の言葉が聞こえたら、この先を話す事なんてできないと思ったから。
「結果的に晴と同棲できて…俺はようやく安心した。だから、この重い感情も何とか制御できてた。」
だけど、同棲して暫くして晴がバイトを始めて。
店長に頼まれた晴がバイト中心の生活になると、状況が変わった。
「俺は晴との時間が減る事が嫌で仕方なかった。
だけど…晴はそうじゃないんだって。
それで気付いたんだ。付き合えただけで奇跡だと思ってたのに…俺はいつの間にか欲をかくようになってた。
晴に、俺と同じだけの『好き』を求めるようになってたんだ。生まれてから晴しか見えなかった俺との差があるのなんて、当たり前なのにな。」
同じ重さを求めるなんてどうかしてる。
「だけど、晴が『蓮がいなくても大丈夫』って言う度に…俺はそれを思い知らされてる気がした。」
「ちがっ…」「お前に他意がなかったのは分かってる。俺が勝手にそう受け取ってただけ。」
慌てる晴を宥めて続ける。
「不安で、晴を独占したくて堪らなかった。そうしないと、俺から離れていく気がした。俺は晴がいないと生きていけないけど…晴はそうじゃないから。」
自分と同等に相手にも依存して欲しいなんて、自己中にも程があるのに。
「晴が縛られるのを望まない事は分かってた。将来の夢だってあるし、大切にしてる周りの人間から引き離すなんてできないって事も。」
そうやって何とか自分を律して、平気なふりを装って。
だけどーー。
「美優が妊娠したって報告した時、晴が『いいな』って羨ましそうにしてて。お前が子供好きなのは知ってたけど…俺と一緒にいたらその望みは叶わない。未来の話をした時に晴が曖昧な反応になるのは、そのせいなんじゃないかと思った。」
先の話になると、晴はいつも少し笑って「そうだね。」って言うだけで。
「話し合うべきだって言うのは分かってたけど、それで別れを切り出されたらと思うと怖くて言えなかった。」
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俺が知ってると思わなかったのか、晴が目を見開く。
「蓮、それは…!」
「相手が相川だって事はもう知ってる。
だけど、あの時の俺には何も分からなかった。
晴に聞いてもはぐらかされたし…。
信じようと思ったけど…じゃあ、何で俺は嘘つかれてんだ、って。避けられてるのは間違い無いのに、その理由すら分からなくて。」
考えた末に、最悪の結末にたどり着いた。
「晴は、俺と別れたいんじゃないかって…他に好きな奴ができたんじゃないかって…そう思ったんだ。」
ハッと息を呑んだ晴の瞳が揺れる。
「そんな最中に、お前の首に鬱血痕が付いてるのに気付いて…今まで抑えつけてきた感情が爆発した。」
そして、手酷く抱いて。
「快楽でグチャグチャにして、最奥まで俺を刻み込めば、晴を身体で繋ぎ止められると思った。
お前があんなに泣いて嫌がってたのに…俺は止まらなかった。止まる気もなかった。」
そこにあったのは、仄暗い感情で。
「晴を閉じ込める事ばかり考えてた。俺だけの世界で生きていけばいいって…」
最低だよなと呟く俺に、当然だけど言葉は返って来ない。
「結局俺は…何も変わってなかったんだ。
晴の気持ちなんか関係なく自分の想いだけを押し付けて…。俺がお前に向けてるのは、暴力的な『執着』だ。」
そんな闇に染まる思考を覚ましてくれたのは、晴の首にかかる御守りだった。
「晴にとって悪いものから守るのかもっていっただろ?…俺も、それに弾かれたんだ。竹田と同じように。」
御守りを見つめて力なく笑う。
俺自身が意識不明の時に見た夢を思うと、その後みたあの悪夢がーー晴の自死を示唆するそれが、偶然だとは思えない。
「そこで漸く俺は気付いた。お前の傍にいる事の矛盾に。」
絶対に晴を守ると約束した。
ーーその俺自身が晴を危険に晒しているのに?
晴から何も奪わせないと誓った。
ーー俺が晴から大切なものを奪おうとしてるのに?
俺こそが、晴を苦しめる要因になり得るのに?
「晴を傷付ける前に、一刻も早く離れるべきだと思った。」
それだけで頭がいっぱいだった。
「俺はもう、俺自身を信用できなかったから。」
●●●
side蓮高校編34話『戻る日常と変わる日常』~52話『予兆』、解決編『25』~『28』を2人で話してます。
蓮が初めて晴に自分の暗い一面を明かしました。
晴の反応やいかに。
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モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
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初めて感想送らせていただきます!
この作品に出会ってからここ3日間、3時間睡眠の者です。面白くて切なくて続きが気になり、、やっと最新話まで追いつきました!
初めは、大好きな幼馴染執着攻めだ〜!!とライトな気持ちで読み始めたのですが、不穏なプロローグや徐々に深掘りされていく闇の部分にドキドキし始め、繰り返すすれ違いに泣き、すっかり睡眠を削り夢中になって読んでしまいました…!!まさかの展開が続き、ハピエンのタグにどれだけ励まされたことでしょう…。
どうか幸せな2人のイチャイチャがたくさん見れますようにと祈りつつ、続きをめちゃくちゃ楽しみに待ってます!素敵な作品をありがとうございます!!!
次回から核心、次回から核心…。
ゴクッ🤐
待て…が辛すぎる…。
でも、待ってる…😄
たろじろさぶ様
いつもコメントありがとうございます😊
ようやっと核心へ迫って参りました🌸
大事な所で仕事が忙しくなる呪い(←既に発動しかけ)に負けず更新頑張ります!!笑
WK様
コメントありがとうございます😊
お返事が激遅になってしまい申し訳ないです🙇♀️
そうですね、蓮はちょっとパワーダウン(それでも仰る通り超人ですが)してしまいましたね💦
ただ、晴を救えれば本人は満足なのであまり気に病んで無さそうです笑
番外編を読みたいとの嬉しいお言葉、ありがとうございます💕
蓮の身体の事で言うと本編ではカットの裏話(秘湯で療養)があるんですが…番外編で需要ありますかね?笑
ちょっと考えておきます😁
今後も桜の記憶をよろしくお願いします🌸