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第三部
26.頼もしい味方
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お待たせしました。
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京都の古紫家に結婚の挨拶に行ってから早一週間が経過した。
日々めまぐるしく時間が過ぎていく中で、空いた僅かな時間を何とか結婚式の準備にあてる。式場候補を3箇所に絞った後、まだどこで挙げるかは決めていない。おばあちゃんは、「そなたが気に入ったところを選べばよいわ」と言っていたけど。念のため、海外でも大丈夫? って訊いたら、問題ないと頼もしい返事が返ってきた。
80過ぎても若々しいおばあちゃんは、なかなか行動的でもある。あまり外に出ないイメージがあるんだけどねー。飛行機が嫌いなわけではないそうだ。
式場のパンフレットを見て一人で呻り声をあげていると、朝姫ちゃんから電話がかかってきた。ウェディングドレスの仮縫いが終わったらしく、早速だけど調整したいとの話だった。すぐに「OK」と返事を出す。休日土曜でも、白夜は夕方まで出勤しているので、私は一人で東条邸にまで赴くことになった。
うう、緊張するなあ……。朝姫ちゃんもいてくれるっていうし、夏姫さんは気さくでフレンドリーな方だから話しやすいんだけども。
二人ともパワフルでたまに圧倒されてしまうが、多分受け入れられている方ではあるんだろう。嫁姑問題を小耳に挟んでいた私は、今のところ敵視されていない分、運がいいというか、ありがたいというか。夏姫さんとならうまくやっていけそうだと思い始めていた。
それでもやっぱりお邸に到着すると、豪邸すぎて緊張する。古紫家もかなり広大な敷地に大きな純和風のお邸を構えているが、和と洋ではやっぱり違うというか、本物の執事さんがいることに慣れないというか。やっぱり世界が違うなと実感させられるのだ。
一応世間一般的には私も外交官のお嬢様と思われるらしいけど、父が総領事の位になったのだって私が高校生の時だし、お母さんはきっちりした金銭感覚をしていたからなぁ。おかしい、古紫家のお姫様だったはずなのに。ばりばり普通の庶民だと思う。
出迎えてくれた柳沢さんは今日もピシっとした格好で、朗らかな笑みを称えていた。
「お帰りなさいませ、若奥様」
「えっ? た、ただいま?」
違うだろ! と誰かに突っ込んでもらいたい……
突然の挨拶に狼狽しまくりで、めっちゃ挙動不審になっていても、さすがは有能執事さん。柳沢さんは表情を変えることなく、「こちらでございます」と案内を始めた。わ、私恥ずかしくて、顔が上げられないんですが……!
いつかドレスの試着会で通された応接間に案内されれば、朝姫ちゃんと夏姫さんが既に私を待ち構えていてくれた。
「いらっしゃーい、麗ちゃん!」
「久しぶりね、麗さん。さあさあ、こちらよ! 今回はお茶は後でにして、まずはぱぱっと調整しちゃいましょうか」
どうやら前回、散々お茶菓子を食べた後に試着会が催されてショックを受けていたのを、覚えていてくれたらしい。魅惑的すぎるお菓子の数々につい全種類制覇してしまった後、ドレスを試着すると聞いて「キャー!?」と叫んだのだ。身体の隅々を採寸する前にあんなおいしいお菓子を出すとか、なんてことを! と。涙目になって落ち込んだ私を、二人は気にしていたようだった。
「お、お邪魔します~」
中央に飾られているトルソーとドレスに目が奪われる。
マネキンのボディーに着せられているのは、純白のドレス。そして隣には桜色のかわいらしいミニ丈ドレス。そして背後にもカラー付きのがもう2着……あれ、一体何回お色直しする予定で!?
「まだウェディングドレスは刺繍などが入る予定だけど、どうかしら? 私のデザインは」
夏姫さんがデザイナーとしての顔で私の意見と訊ねた。
目の前の純白のドレスを見つめる。胸のラインに合わせてカットされたビスチェ風の胸元と、足首までなだらかなカーブを描くA-ラインのドレス。正面はシンプルなのに、後ろは背中がなかなか大胆に開いており、腰には派手になりすぎない大きめのリボンが。その下から三角形に足元までレースやたっぷりとしたフリルが長めのトレーンを作っていた。一見クラシカルなのに、後姿がすっごく可愛い。一目で気に入ったこのドレスに見惚れてしまい、「すごくキレイです」と月並な感想しか述べることができなかった。
「気に入ってくれたかしら? よかったわ! 麗さんは肌が白いからね、アイボリーやオフホワイトじゃなくて、青みのあるホワイトで大丈夫だと思ったの。胸元にはちょっと銀糸の刺繍を主張しない程度にいれて、あとは何かリクエストがあったら遠慮なく言って頂戴!」
リクエスト……。もう素人視点から見たら、これで完成形な気がするのですが。むしろ、これを着こなせる自信がないことが不安なんですけど!
とりあえず試着してから調整を始めるという話で落ち着いて、私は着せ替え人形に徹する羽目になった。
◆ ◆ ◆
結局あの場にあったドレスに全て袖を通し、こんなにお色直し用のドレスを着るつもりじゃないですよね~? なんて笑いながら訊ねたら、あっさり「「え?もちろん着せるつもりよ?」」と肯定されてしまい笑顔が引きつった。
キレイにハモった台詞に母娘だと納得せざるを得ない。
この中から選ぶつもりで冗談だと思って言ったのに、素で固まってしまった。
「でもこれじゃ足りないくらいよねえ?」
「本当は全種類制覇したいわよね~。ミニとベルは外せないわ!」
と、何だか恐ろしいことを言ってましたが。
ミニ丈は外でガーデンパーティーをやる時にもいいわよねえ、なんて話を聞いて、一体どんな式を二人は予想しているのか、若干不安になった。うん、後でちゃんと確認しておこう。
そしてただ今休憩時間中。何とか調整が終わり、夏姫さんの中で方向性が決まった模様。適度にクーラーがきいたこの部屋の隣で、お茶の用意がされた。暖かい紅茶を啜って一息ついた。ふう、落ち着く……
おいしいフルーツタルトをフォークでさして食べる。さくさくのタルトと甘酸っぱいベリーがおいしい! ああ、疲れが癒されるようだ。
目の前の長椅子に座った夏姫さんと朝姫ちゃんは、コーヒーを飲みながら「これもおいしいわよ?」「こっちはうちの新作なの」と次々と薦めてくる。う、嬉しいけど、カロリーが……! いや、もう試着は終わったんだし、食べちゃってもいいよね!
笑顔でパクパク食べる私に、朝姫ちゃんが微妙に答えにくい質問を投げた。
「ねえ、麗ちゃん。最近白夜どう?」
「えっ?」
どうとは……どう答えればいいんだろう。
夏姫さんには、「何か言いたいことや訊きたいことがあったら遠慮なく言ってね」なんて言われてしまいましたが。
「一体どういう育て方をしたらあのような息子さんができるのでしょうか?」とは、流石に訊けない。
いろんな意味でハイスペックすぎる旦那様は、隙がなさすぎて完璧なのが欠点だ。あ、でもちょっと低血圧で朝に弱いところは、唯一私が勝てる所でもあるけど。
「う~ん、そうですね……。京都の祖母の家にこの間行って、結婚の報告をしてきたんですけど。なぜか帰ってきてから、私に対する過保護っぷりが上がったような……」
例えば? と促されて、言葉に詰まる。これ、言ったら軽く引かれそうじゃない?
いや、でも母親と妹なら、何かしら対策がわかるかもしれない。
私はとりあえず、やや行き過ぎに感じる過保護っぷりを暴露することにした。
「例えば、何かが欲しいと思ったら先に気を回して手元に置いてくれたり、事務所への行き帰りも車で送ってくれたり、白夜が無理な時は司馬さんが迎えに来たり。それに響がいない日は台所に立っちゃダメだとか」
「何で?」と朝姫ちゃんが合間に尋ねた。
「包丁で指を切ったり火傷をしたら大変だから、だそう」
その後も延々と、エスカレートしていく過保護っぷりを披露していく。護身用に自社製品の防犯ブザーやGPSを持たされたり、軽めのスタンガンや小型の催涙スプレーを携帯するよう約束してきたり。いつの間にか自宅は強固なセキュリティが張り巡らされており、不審者が近所をうろついていたらすぐにチェックされるようになっている。
「送り迎えを拒否したら、無事に事務所に着いて、帰宅する度にメールか電話を入れてほしいとか……。あの、何だか私、ものすっごい手のかかる子供みたいな気が……」
ちょっと困り気味なのですが。
可愛い可愛いと頭を撫でられて愛でられるペットと同類だったりして!
外に出る時は必ず手を繋ぐか、腕を組むかはまだ許せるけれども。響の目がない所では料理しちゃダメって、どんだけ危険視されてるの、私!
「うわ……、うざっ」
朝姫ちゃんはばっさりと斬った。
呆れたため息を吐いた夏姫さんは、「何やってるのかしら、あの子は……」とどこか同情を含む眼差しで私を見つめてくる。
「重い、その愛は鬱陶しいわよ。ね? 麗ちゃん」
「えっ、えっと~……」
なんとも答えにくい質問だ。
嬉しいんだけど困るというのが本音かも。心配されて愛されている実感は湧くけれど、何をするのも私が動くんじゃなくて、自分が動くからというのはちょっと、ねぇ? マメマメ動く旦那様には大変感謝しておりますが、完璧すぎて疲れてしまう。彼ももう少し休んでいて欲しい。私だって白夜に何かしてあげたいのに。
「ああ、そうだわ。それなら麗さんにはうちで花嫁修業をするというのはどうかしら?」
名案を思い付いた! と言いたげな顔で、夏姫さんは軽やかに笑った。
「忙しくて忘れていたけど、結婚式までの日にはエステやネイル、マッサージなどやる事盛りだくさんなのよ! 招待客リストは大体絞れているんだけどね、まあ最低限引き出物とかハネムーン先は自分達で決めるとして。まずは花嫁の準備よ!」
「え、準備、ですか……?」
「当然、人生で一番特別な日には、とびっきり美しい自分でいたいじゃないの。エステの招待券をプレゼントしようかと思っていたけれど、やめたわ。うちで特別ヘルシーで美肌を心掛けた食事をこれから1ヶ月半、出すことにしましょう。
仕事以外の時間を、エステやマッサージ、脱毛にヘッドスパ。過度な運動は体型が変わっちゃう可能性があるから困るけど、美しく身体を引き締めるのは賛成だわ。ドレスを綺麗に着こなす為に、リンパの流れを整えてデコルテをすっきりさせて、顔周りも小顔でむくみ知らず。脚も美脚で肌ももっちもちのツルツル美肌コースよ!」
「お、おおっ……!」
思わず拳を握ってしまった。
お肌ツルツルに小顔とデコルテすっきり……! なんとも魅惑的なお誘いだ。
いや、でもそこまで甘えてしまうのはどうなのかな……。ただでさえ今だって良くしてもらっているのに。迷惑になる事はちょっと……
「遠慮なんてしちゃダメよ、麗ちゃん。私達は綺麗になりたい女の子の味方なのよ?」
「朝姫ちゃん……!」
その言葉を聞いて、思案すること数秒。私は意を決して頭を下げた。
「是非、よろしくお願いします!」
小顔に美肌、マッサージにエステ。
その誘惑から、私は逃れられなかった。
「決まりね。丁度いいから弟君も連れて来ちゃいなさいな。一人で住まわせるのはまだ心配でしょ?」
「え、いいんですか?」
「部屋は余っているんだから、問題ないわよ」と優しく告げられて、夏休み中の響も東条邸に来る事がほぼ決まってしまった。
「それじゃあ、麗さん。今夜迎えに行くから、支度しておいてね」
あっさりと告げられた日程に、私は唖然とする。
「今夜ですか!?」
こっくりと笑顔で頷かれて、思い立ったらすぐ行動を体現したかのような人物に初めて出会った気がした。
くすりと笑った朝姫ちゃんは、「安心して」と伝えてくる。
「結婚式までは、白夜をこの邸に帰って来させないから。仕事以外で会う事はなくなるけれど、修業中の準備期間は男子禁制の乙女の時間よ。がんばって綺麗になる努力を、男共に見せる必要はないわ」
そんな朝姫ちゃんの発言に、夏姫さんも同意する。
「そうね、白夜が来ても居間まで通さずに追い返しちゃいましょう」
「え、ええ!?」
息子さんにいいんですか、それは!
どこか楽しげに笑った朝姫ちゃんは、小さく「ざまぁ」と呟いた。
そしてその日のうちに、本当に私は響と共に東条邸でお世話をされる羽目になり、何も知らない白夜が不機嫌顔で乗り込んできたのは日付が変わる少し前の事だった。
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京都の古紫家に結婚の挨拶に行ってから早一週間が経過した。
日々めまぐるしく時間が過ぎていく中で、空いた僅かな時間を何とか結婚式の準備にあてる。式場候補を3箇所に絞った後、まだどこで挙げるかは決めていない。おばあちゃんは、「そなたが気に入ったところを選べばよいわ」と言っていたけど。念のため、海外でも大丈夫? って訊いたら、問題ないと頼もしい返事が返ってきた。
80過ぎても若々しいおばあちゃんは、なかなか行動的でもある。あまり外に出ないイメージがあるんだけどねー。飛行機が嫌いなわけではないそうだ。
式場のパンフレットを見て一人で呻り声をあげていると、朝姫ちゃんから電話がかかってきた。ウェディングドレスの仮縫いが終わったらしく、早速だけど調整したいとの話だった。すぐに「OK」と返事を出す。休日土曜でも、白夜は夕方まで出勤しているので、私は一人で東条邸にまで赴くことになった。
うう、緊張するなあ……。朝姫ちゃんもいてくれるっていうし、夏姫さんは気さくでフレンドリーな方だから話しやすいんだけども。
二人ともパワフルでたまに圧倒されてしまうが、多分受け入れられている方ではあるんだろう。嫁姑問題を小耳に挟んでいた私は、今のところ敵視されていない分、運がいいというか、ありがたいというか。夏姫さんとならうまくやっていけそうだと思い始めていた。
それでもやっぱりお邸に到着すると、豪邸すぎて緊張する。古紫家もかなり広大な敷地に大きな純和風のお邸を構えているが、和と洋ではやっぱり違うというか、本物の執事さんがいることに慣れないというか。やっぱり世界が違うなと実感させられるのだ。
一応世間一般的には私も外交官のお嬢様と思われるらしいけど、父が総領事の位になったのだって私が高校生の時だし、お母さんはきっちりした金銭感覚をしていたからなぁ。おかしい、古紫家のお姫様だったはずなのに。ばりばり普通の庶民だと思う。
出迎えてくれた柳沢さんは今日もピシっとした格好で、朗らかな笑みを称えていた。
「お帰りなさいませ、若奥様」
「えっ? た、ただいま?」
違うだろ! と誰かに突っ込んでもらいたい……
突然の挨拶に狼狽しまくりで、めっちゃ挙動不審になっていても、さすがは有能執事さん。柳沢さんは表情を変えることなく、「こちらでございます」と案内を始めた。わ、私恥ずかしくて、顔が上げられないんですが……!
いつかドレスの試着会で通された応接間に案内されれば、朝姫ちゃんと夏姫さんが既に私を待ち構えていてくれた。
「いらっしゃーい、麗ちゃん!」
「久しぶりね、麗さん。さあさあ、こちらよ! 今回はお茶は後でにして、まずはぱぱっと調整しちゃいましょうか」
どうやら前回、散々お茶菓子を食べた後に試着会が催されてショックを受けていたのを、覚えていてくれたらしい。魅惑的すぎるお菓子の数々につい全種類制覇してしまった後、ドレスを試着すると聞いて「キャー!?」と叫んだのだ。身体の隅々を採寸する前にあんなおいしいお菓子を出すとか、なんてことを! と。涙目になって落ち込んだ私を、二人は気にしていたようだった。
「お、お邪魔します~」
中央に飾られているトルソーとドレスに目が奪われる。
マネキンのボディーに着せられているのは、純白のドレス。そして隣には桜色のかわいらしいミニ丈ドレス。そして背後にもカラー付きのがもう2着……あれ、一体何回お色直しする予定で!?
「まだウェディングドレスは刺繍などが入る予定だけど、どうかしら? 私のデザインは」
夏姫さんがデザイナーとしての顔で私の意見と訊ねた。
目の前の純白のドレスを見つめる。胸のラインに合わせてカットされたビスチェ風の胸元と、足首までなだらかなカーブを描くA-ラインのドレス。正面はシンプルなのに、後ろは背中がなかなか大胆に開いており、腰には派手になりすぎない大きめのリボンが。その下から三角形に足元までレースやたっぷりとしたフリルが長めのトレーンを作っていた。一見クラシカルなのに、後姿がすっごく可愛い。一目で気に入ったこのドレスに見惚れてしまい、「すごくキレイです」と月並な感想しか述べることができなかった。
「気に入ってくれたかしら? よかったわ! 麗さんは肌が白いからね、アイボリーやオフホワイトじゃなくて、青みのあるホワイトで大丈夫だと思ったの。胸元にはちょっと銀糸の刺繍を主張しない程度にいれて、あとは何かリクエストがあったら遠慮なく言って頂戴!」
リクエスト……。もう素人視点から見たら、これで完成形な気がするのですが。むしろ、これを着こなせる自信がないことが不安なんですけど!
とりあえず試着してから調整を始めるという話で落ち着いて、私は着せ替え人形に徹する羽目になった。
◆ ◆ ◆
結局あの場にあったドレスに全て袖を通し、こんなにお色直し用のドレスを着るつもりじゃないですよね~? なんて笑いながら訊ねたら、あっさり「「え?もちろん着せるつもりよ?」」と肯定されてしまい笑顔が引きつった。
キレイにハモった台詞に母娘だと納得せざるを得ない。
この中から選ぶつもりで冗談だと思って言ったのに、素で固まってしまった。
「でもこれじゃ足りないくらいよねえ?」
「本当は全種類制覇したいわよね~。ミニとベルは外せないわ!」
と、何だか恐ろしいことを言ってましたが。
ミニ丈は外でガーデンパーティーをやる時にもいいわよねえ、なんて話を聞いて、一体どんな式を二人は予想しているのか、若干不安になった。うん、後でちゃんと確認しておこう。
そしてただ今休憩時間中。何とか調整が終わり、夏姫さんの中で方向性が決まった模様。適度にクーラーがきいたこの部屋の隣で、お茶の用意がされた。暖かい紅茶を啜って一息ついた。ふう、落ち着く……
おいしいフルーツタルトをフォークでさして食べる。さくさくのタルトと甘酸っぱいベリーがおいしい! ああ、疲れが癒されるようだ。
目の前の長椅子に座った夏姫さんと朝姫ちゃんは、コーヒーを飲みながら「これもおいしいわよ?」「こっちはうちの新作なの」と次々と薦めてくる。う、嬉しいけど、カロリーが……! いや、もう試着は終わったんだし、食べちゃってもいいよね!
笑顔でパクパク食べる私に、朝姫ちゃんが微妙に答えにくい質問を投げた。
「ねえ、麗ちゃん。最近白夜どう?」
「えっ?」
どうとは……どう答えればいいんだろう。
夏姫さんには、「何か言いたいことや訊きたいことがあったら遠慮なく言ってね」なんて言われてしまいましたが。
「一体どういう育て方をしたらあのような息子さんができるのでしょうか?」とは、流石に訊けない。
いろんな意味でハイスペックすぎる旦那様は、隙がなさすぎて完璧なのが欠点だ。あ、でもちょっと低血圧で朝に弱いところは、唯一私が勝てる所でもあるけど。
「う~ん、そうですね……。京都の祖母の家にこの間行って、結婚の報告をしてきたんですけど。なぜか帰ってきてから、私に対する過保護っぷりが上がったような……」
例えば? と促されて、言葉に詰まる。これ、言ったら軽く引かれそうじゃない?
いや、でも母親と妹なら、何かしら対策がわかるかもしれない。
私はとりあえず、やや行き過ぎに感じる過保護っぷりを暴露することにした。
「例えば、何かが欲しいと思ったら先に気を回して手元に置いてくれたり、事務所への行き帰りも車で送ってくれたり、白夜が無理な時は司馬さんが迎えに来たり。それに響がいない日は台所に立っちゃダメだとか」
「何で?」と朝姫ちゃんが合間に尋ねた。
「包丁で指を切ったり火傷をしたら大変だから、だそう」
その後も延々と、エスカレートしていく過保護っぷりを披露していく。護身用に自社製品の防犯ブザーやGPSを持たされたり、軽めのスタンガンや小型の催涙スプレーを携帯するよう約束してきたり。いつの間にか自宅は強固なセキュリティが張り巡らされており、不審者が近所をうろついていたらすぐにチェックされるようになっている。
「送り迎えを拒否したら、無事に事務所に着いて、帰宅する度にメールか電話を入れてほしいとか……。あの、何だか私、ものすっごい手のかかる子供みたいな気が……」
ちょっと困り気味なのですが。
可愛い可愛いと頭を撫でられて愛でられるペットと同類だったりして!
外に出る時は必ず手を繋ぐか、腕を組むかはまだ許せるけれども。響の目がない所では料理しちゃダメって、どんだけ危険視されてるの、私!
「うわ……、うざっ」
朝姫ちゃんはばっさりと斬った。
呆れたため息を吐いた夏姫さんは、「何やってるのかしら、あの子は……」とどこか同情を含む眼差しで私を見つめてくる。
「重い、その愛は鬱陶しいわよ。ね? 麗ちゃん」
「えっ、えっと~……」
なんとも答えにくい質問だ。
嬉しいんだけど困るというのが本音かも。心配されて愛されている実感は湧くけれど、何をするのも私が動くんじゃなくて、自分が動くからというのはちょっと、ねぇ? マメマメ動く旦那様には大変感謝しておりますが、完璧すぎて疲れてしまう。彼ももう少し休んでいて欲しい。私だって白夜に何かしてあげたいのに。
「ああ、そうだわ。それなら麗さんにはうちで花嫁修業をするというのはどうかしら?」
名案を思い付いた! と言いたげな顔で、夏姫さんは軽やかに笑った。
「忙しくて忘れていたけど、結婚式までの日にはエステやネイル、マッサージなどやる事盛りだくさんなのよ! 招待客リストは大体絞れているんだけどね、まあ最低限引き出物とかハネムーン先は自分達で決めるとして。まずは花嫁の準備よ!」
「え、準備、ですか……?」
「当然、人生で一番特別な日には、とびっきり美しい自分でいたいじゃないの。エステの招待券をプレゼントしようかと思っていたけれど、やめたわ。うちで特別ヘルシーで美肌を心掛けた食事をこれから1ヶ月半、出すことにしましょう。
仕事以外の時間を、エステやマッサージ、脱毛にヘッドスパ。過度な運動は体型が変わっちゃう可能性があるから困るけど、美しく身体を引き締めるのは賛成だわ。ドレスを綺麗に着こなす為に、リンパの流れを整えてデコルテをすっきりさせて、顔周りも小顔でむくみ知らず。脚も美脚で肌ももっちもちのツルツル美肌コースよ!」
「お、おおっ……!」
思わず拳を握ってしまった。
お肌ツルツルに小顔とデコルテすっきり……! なんとも魅惑的なお誘いだ。
いや、でもそこまで甘えてしまうのはどうなのかな……。ただでさえ今だって良くしてもらっているのに。迷惑になる事はちょっと……
「遠慮なんてしちゃダメよ、麗ちゃん。私達は綺麗になりたい女の子の味方なのよ?」
「朝姫ちゃん……!」
その言葉を聞いて、思案すること数秒。私は意を決して頭を下げた。
「是非、よろしくお願いします!」
小顔に美肌、マッサージにエステ。
その誘惑から、私は逃れられなかった。
「決まりね。丁度いいから弟君も連れて来ちゃいなさいな。一人で住まわせるのはまだ心配でしょ?」
「え、いいんですか?」
「部屋は余っているんだから、問題ないわよ」と優しく告げられて、夏休み中の響も東条邸に来る事がほぼ決まってしまった。
「それじゃあ、麗さん。今夜迎えに行くから、支度しておいてね」
あっさりと告げられた日程に、私は唖然とする。
「今夜ですか!?」
こっくりと笑顔で頷かれて、思い立ったらすぐ行動を体現したかのような人物に初めて出会った気がした。
くすりと笑った朝姫ちゃんは、「安心して」と伝えてくる。
「結婚式までは、白夜をこの邸に帰って来させないから。仕事以外で会う事はなくなるけれど、修業中の準備期間は男子禁制の乙女の時間よ。がんばって綺麗になる努力を、男共に見せる必要はないわ」
そんな朝姫ちゃんの発言に、夏姫さんも同意する。
「そうね、白夜が来ても居間まで通さずに追い返しちゃいましょう」
「え、ええ!?」
息子さんにいいんですか、それは!
どこか楽しげに笑った朝姫ちゃんは、小さく「ざまぁ」と呟いた。
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