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第三部
27.不機嫌な白夜様
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白夜視点(一人称です)。
別名は、兄vs妹・・・かも?
********************************************
麗がまだ帰ってきていない。
その事実に気付いた私は、すぐに車を走らせて実家まで向かいました。
予定より大幅に仕事の予定がずれ込んだ為、帰宅が遅くなってしまいました。本来なら夕食は共にとれたはずなのですが……流石に夜の10時をまわれば、彼女はゆっくりとテレビでも見ながら寛いでいるのでしょう。
そう先ほどまでは思っていたのですけどねぇ……
おやおや、全く。私の麗を随分と独占しているようですね、彼女達は。
きっと夏姫さんが麗に泊まっていくよう強要しているのでしょう。優しい彼女の事です。断る事もできず、構い倒されているに違いありません。
気遣い屋さんの麗が疲れてしまう前に、早く回収しなければ。
逸る気持ちを抑えて安全運転で見慣れた実家に到着すれば。出迎えてくれた柳沢は、珍しく困ったように苦笑を漏らして私にこう言いました。
「お帰りなさいませ、白夜坊ちゃま。……と、言いたいところなのですが、申し訳ありません。ここから先はお通しするわけにはいきません」
初老の執事長は、恭しく腰を折って頭を下げてきましたが、言っている意味がわかりません。何故実家に帰って来たら、早速帰されなければいけないのでしょう。
でも別に構いませんね。用があるのは家にではなくて、麗になのですから。よくわかりませんが、入れないのならそれで結構。彼女を呼んでくれれば問題はありません。
「そうですか。それでしたら、麗を連れてきてください。彼女はまだこちらにいますよね?」
顔を上げた柳沢が、穏やかな笑みを浮かべながらも目尻を申し訳なさそうに下げて返答に困っていると。螺旋階段から丁度朝姫が下りてきて、彼の代わりに声をかけてきました。
「残念だけど、そうはさせないわよ」
ゆったりとしたルームウェアを着こんだ妹は、何故だか勝ち誇ったような表情で私を見下ろしてきます。
何でしょうかね、彼女のこの態度は。楽しくて仕方がないという笑みを、表面上は抑えているように見えますが。一体何を企んでいるのでしょうか。あんまりいい予感はしません。
「式までの間、麗ちゃんは私と夏姫さんで預かる事になったから。仕事は通常通りだけど、送迎はうちでやるからどうぞお兄様はお構いなく?」
「意味がわかりません。何故私の麗をあなた達に預けなければいけないのですか。そちらこそ、妙な案に彼女を巻き込まないでください」
「妙とは失礼ね!」と憤る朝姫をおいて、柳沢に視線を向ければ。頷いた彼は簡単に説明を始めます。
「奥様と朝姫お嬢様の提案通り、若奥様は責任を持って預かる事になりました。ですが、その間、白夜様が邸に立ち入る事を禁ずると、きつく申し付けられておりますので」
――どうぞお引き取りを。
すっと目が細まるのは仕方がないでしょう。
凍り付いた笑顔のまま、階段の半ばほどで立ち止まっている朝姫を見やれば。彼女は大仰に頷き、「そういうことよ」と呟きました。
「結婚式までに少しでも綺麗になりたい。そんな女の子の願いを私達が叶えてあげるのよ。むしろあんたは感謝しなさいよね? とびっきり美しくなった麗ちゃんに会わせてあげるのだから。まあ、白夜の為というよりは、麗ちゃんの為だけど!」
「それが何故、追い返される理由になるのでしょう」
「そんなの決まってるじゃない。準備期間は男子禁制だからよ。努力している姿を男共に見せたくないに決まってるじゃないの!
麗ちゃんはこれから毎日うちで特別メニューをこなして、美を磨いてもらうから。今は丁度ゆっくりお風呂でリラックスタイムよ。その後は爪の形を整えて、美容ストレッチタイムね。会えなくて残念だったわね~」
妹の高笑いの幻聴が聞こえるようです。
「お風呂中でも私は構いません」
はっきりと本音を告げたら。間髪入れずに、「構いなさいよ!」と怒りの声が返ってきました。
思うのですが、昔から妹は怒りっぽい所がありますねえ。カルシウム不足でしょうか。まったく、食にこだわったメニューを出すお店を経営しているくせに、自分の食生活をおろそかにしているとは。呆れてしまいます。
「なんだか今すっごくムカついてきたわよ……。
お風呂中でも問題なく乱入しようとするとか、何なのあんたは。どんだけ変態なの」
「変態で結構。麗の爪は私がちゃんと磨いておりますから、あまりいじる必要はありませんよ。ですので早く返しなさい」
「げっ! あんたマジで麗ちゃんの手から足の爪まで磨いてあげてるの!? 超引くんだけど!!」
人の密かな楽しみを奪うとは、許しませんよ?
盛大に顔を引きつらせる朝姫は、途端に両腕をさすり始めました。鳥肌でも立ったようです。相変わらず失礼な妹ですね。
「何か問題でも? 麗は今のままで十分魅力的で可愛いのです。これ以上可愛くしたら、心配でおちおち一人で外出もさせられません。どうしてくれるのですか」
「過保護もそこまでいくと鬱陶しいのよ! 確かに麗ちゃんは今のままでだって十分魅力的だけれども。お肌のコンディションを整えて、内面から美しさを作るには、バランスのいい食事と生活が必要なの。あんたの傍で四六時中べったりされていたら、逆に気を張ってストレスが溜まるわ!
仕事は今まで通りなんだから、問題ないでしょ。会えないわけじゃないんだから、我慢しなさいよね。むしろそこまで想われている事に感謝しろ!」
そう最後に言って、朝姫はふたたび階段を上ってしまいました。姿が見えなくなった所で、柳沢が穏やかにのんびりと声をかけてきます。
「美しくありたいと望むのは、愛ゆえですよ。愛されている証だと思って、また後日直接伺ってみたらどうですか?
今夜はもう遅いので、白夜坊ちゃまもどうぞお気を付けてお帰りください」
やんわりとした口調で諭されて、気づけば玄関扉が閉められておりました。
流石、父を陰ながら支えてきた男です。私もまだまだ見習う所がありそうです。
が、この消化不良感は一体どうしたらいいのでしょうか。
まさか本当に門前払いをされる日がこようとは。
恐らく響君まで巻き込んでいるのでしょうね、あの二人は。夏休みで良かったと言うべきか、巻き込まれてしまって哀れと同情するべきか。あの二人に遊ばれていなければいいのですけど。
「はあ……麗が足りません」
明日来てもまた今夜の二の舞になりそうですねぇ。
ここはおとなしく月曜日まで待っていた方がいいかもしれません。
今以上に可愛くなられたら、私は気が気じゃないんですけどね……。他の男の視線に晒すなど、許せなくなってきそうで困りものです。仕事が手につかなくなったら一体どう責任を取ってくれるのでしょうか。
全ては私の為だとわかっていても、ここまで徹底的にする必要があるのか疑問に思ってしまう私は、まだまだ狭量のようです。
とりあえず、月曜日。たっぷりと直接本人に彼女の意図を伺ってみる事にしましょう。
覚悟しておいてくださいね? 麗。
************************************************
柳沢さんは、昔からの癖で白夜を「坊ちゃま」(笑)と呼んでおりますが嗜める時は名前で。いずれは「(若)旦那様」になるのだと思います。
別名は、兄vs妹・・・かも?
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麗がまだ帰ってきていない。
その事実に気付いた私は、すぐに車を走らせて実家まで向かいました。
予定より大幅に仕事の予定がずれ込んだ為、帰宅が遅くなってしまいました。本来なら夕食は共にとれたはずなのですが……流石に夜の10時をまわれば、彼女はゆっくりとテレビでも見ながら寛いでいるのでしょう。
そう先ほどまでは思っていたのですけどねぇ……
おやおや、全く。私の麗を随分と独占しているようですね、彼女達は。
きっと夏姫さんが麗に泊まっていくよう強要しているのでしょう。優しい彼女の事です。断る事もできず、構い倒されているに違いありません。
気遣い屋さんの麗が疲れてしまう前に、早く回収しなければ。
逸る気持ちを抑えて安全運転で見慣れた実家に到着すれば。出迎えてくれた柳沢は、珍しく困ったように苦笑を漏らして私にこう言いました。
「お帰りなさいませ、白夜坊ちゃま。……と、言いたいところなのですが、申し訳ありません。ここから先はお通しするわけにはいきません」
初老の執事長は、恭しく腰を折って頭を下げてきましたが、言っている意味がわかりません。何故実家に帰って来たら、早速帰されなければいけないのでしょう。
でも別に構いませんね。用があるのは家にではなくて、麗になのですから。よくわかりませんが、入れないのならそれで結構。彼女を呼んでくれれば問題はありません。
「そうですか。それでしたら、麗を連れてきてください。彼女はまだこちらにいますよね?」
顔を上げた柳沢が、穏やかな笑みを浮かべながらも目尻を申し訳なさそうに下げて返答に困っていると。螺旋階段から丁度朝姫が下りてきて、彼の代わりに声をかけてきました。
「残念だけど、そうはさせないわよ」
ゆったりとしたルームウェアを着こんだ妹は、何故だか勝ち誇ったような表情で私を見下ろしてきます。
何でしょうかね、彼女のこの態度は。楽しくて仕方がないという笑みを、表面上は抑えているように見えますが。一体何を企んでいるのでしょうか。あんまりいい予感はしません。
「式までの間、麗ちゃんは私と夏姫さんで預かる事になったから。仕事は通常通りだけど、送迎はうちでやるからどうぞお兄様はお構いなく?」
「意味がわかりません。何故私の麗をあなた達に預けなければいけないのですか。そちらこそ、妙な案に彼女を巻き込まないでください」
「妙とは失礼ね!」と憤る朝姫をおいて、柳沢に視線を向ければ。頷いた彼は簡単に説明を始めます。
「奥様と朝姫お嬢様の提案通り、若奥様は責任を持って預かる事になりました。ですが、その間、白夜様が邸に立ち入る事を禁ずると、きつく申し付けられておりますので」
――どうぞお引き取りを。
すっと目が細まるのは仕方がないでしょう。
凍り付いた笑顔のまま、階段の半ばほどで立ち止まっている朝姫を見やれば。彼女は大仰に頷き、「そういうことよ」と呟きました。
「結婚式までに少しでも綺麗になりたい。そんな女の子の願いを私達が叶えてあげるのよ。むしろあんたは感謝しなさいよね? とびっきり美しくなった麗ちゃんに会わせてあげるのだから。まあ、白夜の為というよりは、麗ちゃんの為だけど!」
「それが何故、追い返される理由になるのでしょう」
「そんなの決まってるじゃない。準備期間は男子禁制だからよ。努力している姿を男共に見せたくないに決まってるじゃないの!
麗ちゃんはこれから毎日うちで特別メニューをこなして、美を磨いてもらうから。今は丁度ゆっくりお風呂でリラックスタイムよ。その後は爪の形を整えて、美容ストレッチタイムね。会えなくて残念だったわね~」
妹の高笑いの幻聴が聞こえるようです。
「お風呂中でも私は構いません」
はっきりと本音を告げたら。間髪入れずに、「構いなさいよ!」と怒りの声が返ってきました。
思うのですが、昔から妹は怒りっぽい所がありますねえ。カルシウム不足でしょうか。まったく、食にこだわったメニューを出すお店を経営しているくせに、自分の食生活をおろそかにしているとは。呆れてしまいます。
「なんだか今すっごくムカついてきたわよ……。
お風呂中でも問題なく乱入しようとするとか、何なのあんたは。どんだけ変態なの」
「変態で結構。麗の爪は私がちゃんと磨いておりますから、あまりいじる必要はありませんよ。ですので早く返しなさい」
「げっ! あんたマジで麗ちゃんの手から足の爪まで磨いてあげてるの!? 超引くんだけど!!」
人の密かな楽しみを奪うとは、許しませんよ?
盛大に顔を引きつらせる朝姫は、途端に両腕をさすり始めました。鳥肌でも立ったようです。相変わらず失礼な妹ですね。
「何か問題でも? 麗は今のままで十分魅力的で可愛いのです。これ以上可愛くしたら、心配でおちおち一人で外出もさせられません。どうしてくれるのですか」
「過保護もそこまでいくと鬱陶しいのよ! 確かに麗ちゃんは今のままでだって十分魅力的だけれども。お肌のコンディションを整えて、内面から美しさを作るには、バランスのいい食事と生活が必要なの。あんたの傍で四六時中べったりされていたら、逆に気を張ってストレスが溜まるわ!
仕事は今まで通りなんだから、問題ないでしょ。会えないわけじゃないんだから、我慢しなさいよね。むしろそこまで想われている事に感謝しろ!」
そう最後に言って、朝姫はふたたび階段を上ってしまいました。姿が見えなくなった所で、柳沢が穏やかにのんびりと声をかけてきます。
「美しくありたいと望むのは、愛ゆえですよ。愛されている証だと思って、また後日直接伺ってみたらどうですか?
今夜はもう遅いので、白夜坊ちゃまもどうぞお気を付けてお帰りください」
やんわりとした口調で諭されて、気づけば玄関扉が閉められておりました。
流石、父を陰ながら支えてきた男です。私もまだまだ見習う所がありそうです。
が、この消化不良感は一体どうしたらいいのでしょうか。
まさか本当に門前払いをされる日がこようとは。
恐らく響君まで巻き込んでいるのでしょうね、あの二人は。夏休みで良かったと言うべきか、巻き込まれてしまって哀れと同情するべきか。あの二人に遊ばれていなければいいのですけど。
「はあ……麗が足りません」
明日来てもまた今夜の二の舞になりそうですねぇ。
ここはおとなしく月曜日まで待っていた方がいいかもしれません。
今以上に可愛くなられたら、私は気が気じゃないんですけどね……。他の男の視線に晒すなど、許せなくなってきそうで困りものです。仕事が手につかなくなったら一体どう責任を取ってくれるのでしょうか。
全ては私の為だとわかっていても、ここまで徹底的にする必要があるのか疑問に思ってしまう私は、まだまだ狭量のようです。
とりあえず、月曜日。たっぷりと直接本人に彼女の意図を伺ってみる事にしましょう。
覚悟しておいてくださいね? 麗。
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柳沢さんは、昔からの癖で白夜を「坊ちゃま」(笑)と呼んでおりますが嗜める時は名前で。いずれは「(若)旦那様」になるのだと思います。
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