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第三部
25.<閑話>男子禁制女子の園?
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突然ですが、閑話っぽい番外編?です。
ガールズトーク系が苦手な方は、回避してください。
(誤字脱字訂正しました)
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「「「かんぱーい!」」」
とある金曜日の夜。私と瑠璃ちゃんは、朝姫ちゃんの一人暮らし先のマンションへ遊びに来ていた。今宵は女の子達だけで飲もう! と、急遽女子会を催すことになったのだ。まあ、朝姫ちゃんのお店の試食会も兼ねているが。
「うわ、これおいしい~!」
サーモンとクリームチーズのクラッカーを食べた瑠璃ちゃんは、幸せそうな表情で出された食事を頬張っている。ビールやシャンパン、白ワインなどを次々とリビングに持ってきた朝姫ちゃんは、「そう?よかった」と微笑みを返した。
「この一口サイズの前菜っていいですよね。食べやすいし、小さいから味がたくさん楽しめて。あ、このモッツアレラチーズ、うまっ!」
オリーブオイルとバジルだろうか、何かで味付けがされており、食感がおいしい!
爪楊枝でさして、その後シュリンプカクテルに手を伸ばす。レモン汁がかかっているから、あっさりしていてこれもまた美味。何だか本当にオシャレなパーティー風だ。
まあ、会場は朝姫ちゃんのマンションですから。一人暮らしをしているとは思えない豪華さだけど、白夜の部屋で見慣れている為あまり抵抗はない。セレブのお嬢様は、インテリアにも凝っていらっしゃる。スバラシイ。
「気に入ってもらえて、嬉しいわ」
広いリビングのソファに座り、テーブルを囲んでお酒を飲み、おつまみを食べる。
「鏡花さんも来られればよかったのに~」と、隣に座った瑠璃ちゃんが残念そうに呟いた。彼女はただ今仕事の出張で、ちょっと地方に出かけているのだ。
「またいつでもやりましょう」と朝姫ちゃんがお誘いをかけてくれたから、瑠璃ちゃんは遠慮がちに微笑んで、お礼を告げた。
ここまではまあ、瑠璃ちゃんも朝姫ちゃんとそこまで親しい間柄じゃなかったから、多少の遠慮はあったのだろう。
だが、お酒の威力というのはすごいもので。
お酒が進むにつれて、二人はすっかり緊張がほぐれて、仲が深まっていった。
そして女の子が集まり男性の目がないところで花咲く話題といえば、恋バナ&ガールズトーク。
遠慮がなくなったこの二人……、おもに瑠璃ちゃんは、自分でスクリュードライバーのカクテルを作りながら、唐突に話を振った。「ところで麗さん~。そういえば初体験はどうだったんですか~?」と。
「ぶふっ!?」
思いっきり口に含んでいたシャンパンを噴き出した私は、げほげほと、数秒激しくむせた。お水を飲んで落ち着いた後、近くにおいてあったキッチンペーパーを取って、少し服にかかった水滴や、床に零したシャンパンを拭う。
って、瑠璃ちゃん、一体なんて話題を!?
「大丈夫?」と朝姫ちゃんは口では心配してくれたが、目が実に面白そうに笑っていた。
え、もしかしてもう二人とも酔い始めている? ちょっと早くない!?
「ちょ、ちょっと瑠璃ちゃん。いきなり何訊いて来るの!」
既にデザートに手を伸ばしている瑠璃ちゃんは、しれっと答えた。
「え~だってほら、そういえばまだ詳しく聞いていなかったなって思って~。もう麗さんも入籍して人妻になったんだし、式はまだでもやることは当然やってますよね~? 初体験の感想は、やっぱり気になるじゃないですか~!」
「ねー!」と、瑠璃ちゃんは朝姫ちゃんを巻き込むように笑いかけると、朝姫ちゃんもくすりと妖艶に微笑んだ。
私はまだそんなに飲んでいないはずなのに、顔が沸騰しそうなほど熱が集まり、体感温度が上がる。
何だこれ、一体何の苦行なの!
「東条さんってすっごく優しそうですし、麗さんのこと大好きですもんね~! 超大事に抱いてくれそう~」
「いいなあ~」なんてどこか遠くを見つめるように呟きながら、ポッキーをかりかりと食べる瑠璃ちゃん。え、これもしかして私、コメントしないと駄目なの? ノーコメはアリデスか。
「へえ? 白夜、ちゃんと労わってくれてる? あんま無茶させられてない?」
朝姫ちゃんが若干気を使いながら尋ねてくれた。「嫌なことは嫌ってはっきり言うのよ!」と言いながら。
目線を彷徨わせてしばらく誤魔化すように唸っていた私は、ぐいっとお酒を呷り、覚悟を決める。
ええーい、今夜は男子禁制の女子会だもの! このくらいのガールズトークは訊かれて当然の話題なのよ! と。
でもね、お二人さんも後で覚悟しておいてね? 私が答えたら、二人にも当然いろいろと話してもらうからね!
「無茶は多分、一応ないかなと思うけど……。ちゃんと私のこと気遣ってくれるし、愛されているんだな~って実感がわくし」
「キャー惚気ー!」とワイワイ騒いだ瑠璃ちゃんは、「それで?」と目を輝かせながら先を促してくる。
すかさず朝姫ちゃんが「困った事とかはない? 大丈夫?」なんて尋ねてくれた。
困った事……
一つだけ思い当った事があり、私は思わず渇いた笑いを零した。何かを感じ取った瑠璃ちゃんは、「何があったんですか! 教えてください~!」なんておねだり攻撃をしてきた。恋愛ハンターの瑠璃ちゃんは、やっぱり恋バナが大好きらしい。
「いや、実はね。この間、AddiCtのPVに出た事がバレちゃって……」
躊躇いがちにそう言ったら。瑠璃ちゃんは明らかに驚いた顔で「マジですか!?」と訊き返した。
こくり、と頷くと、朝姫ちゃんが「何があったの?」と絶妙なタイミングで促してくる。
うう、これ言うのはちょっと気が進まないなぁ……なんて思っていたのも初めだけ。
一泊旅行に行くと言われて行ってみたらどっかの別荘で、着替えとメイクをさせられて気が付いたら、PVの撮影現場とまるっきり同じセッティングの部屋。言い逃れできないようあのPVまで大きなスクリーンで見せられて、あの役を演じて自分を誘惑しろと命令されました――なんて正直に言ったら。二人はドン引いた後、予想以上に騒ぎ始めた。
「っていうか、東条さんどんだけお金かけるんですか~! セレブの考える事、わからない~……」
「うっわ、何しでかしてるのよあいつは! 麗ちゃん、あんな変態放っておいていいわよ!!」
うう、そんな風に味方になってくれるなんて……!
想像以上に食いつきがよかった二人に、私は逆にもっと話を聞いてもらいたくなった。まあ、自分が乱れまくっちゃった事なんかは言いませんが。
「もうこっちは驚いたのなんのって! いきなりプチ旅行が、お仕置き現場だよ!? メイクを担当してくれた人までご本人を連れて来ようとしていたらしいんだけど、MIKAさんは丁度撮影でどっか遠くに行ってたんだよね」
「お仕置きって、まさか麗ちゃん。本当に白夜を誘惑したの?」
朝姫ちゃんの問いに、私は恥を捨てて頷いた。誘惑っていうか、あのPVを再現しただけだけど。(あの時は)。
「自分にも同じようにって、すごい考えですねぇ~。よっぽど東条さん、嫉妬してたんですね~Kに!」
「心が狭くて小っちゃい男なのよ!」
えっと、そこは頷いてもいいものか悩むけれど。K君に嫉妬していたという所は多分そうなんだろう。嬉しくもあり、あんなドッキリは困ると思った。
新しいビールの缶を開けて、ぐびっと飲む。今夜は泊まってってもいいと言われているし、久しぶりに思いっきり飲んじゃおうかなぁ~。
「でも流石に麗さんが東条さんを襲うのは、まだ無理ですよね~? 無茶させますね……」
「ほんとだよ! もう、どんだけ恥ずかしい思いをした事か……! 仲直りした後に白夜が何かしてほしい事があったら何でも聞いてくれるって言うから、それなら白夜が切なげに顔をゆがめて色っぽく喘ぐ姿が見てみたいって言ったけど。あっさり却下された! ひどい!!」
半分飲み干したビールをコーヒーテーブルにドンっと置く。何故か瑠璃ちゃんが興奮気味に「キャー♡」と叫んだ。
「いい、それいいじゃないですかぁ~! 想像するだけで悶えそうなんですけど! 美形が喘ぐ姿、麗さんなら余裕で視られる立場じゃないですか~! ちょっとがんばってくださいよ、麗さん!」
何故か励ます瑠璃ちゃんと、「あいつ、自分の醜態は見せたくないってわけね……」なんてぼそっと呟いた朝姫ちゃんは、私を同時に見つめてきた。
ん? なんか気合い入った目していませんか?
「麗さんならやれますよ! ちょっとセクシーなランジェリーでも着て、妖艶な美女を演じるんです~。いつもとは違うギャップに東条さんもメロメロ! 胸の谷間を強調させた下着を着て、襲ってみたらどうですか~?」
「え、セクシーな下着姿で襲えって!?」
ちょ、ちょっとそれはハードル高すぎやしませんか!!
が、ちょっとだけ酔い始めているのか。瑠璃ちゃんは力説を続ける。
「いいじゃないですか、武器になる物があるんですから~! 瑠璃なんて、寄せてあげて詰めてCですよ!? 瑠璃だって鏡花さんレベルまではいかなくても、麗さんくらいは欲しいですよ~!!」
「寄せてあげて詰めてCなら十分じゃないの?」
C位が丁度いいと思うのですが。ブラだって可愛いのあるじゃん!
けれど、瑠璃ちゃんは納得がいかないようだ。まあ、確かに瑠璃ちゃんは華奢で小柄、でもスタイルのバランスはいいと思う。ようはバランスじゃないのかなあ?
そんな私達の会話を聞いていた朝姫ちゃんが、ぽんっと手を打った。
「いい助っ人がいるわ」と呟いた彼女は、携帯を取り出してどこかに電話をかけたのだった。
◆ ◆ ◆
「――こちら、うちのランジェリーデザイナーの吹雪さん。女性下着のスペシャリストよ。大丈夫よ瑠璃ちゃん。吹雪さんならぴったりの下着を見つけてくれるから。そしたら体型も変わるんだから」
「本当ですか~!?」
現れた男性を、瑠璃ちゃんは期待を込めた眼差しで見上げる。
襟足が長めの髪に、パッと見美容師っぽいオシャレさを併せ持った男性。知的なメガネが印象的だが、この人は喋るともっと特徴的だった。
「まったく、突然何事かと思ったら。いい、二人とも。適当な物を身に着けてたら将来痛い目みるわよ。ちゃんと身体に合った物を探してあげるから、覚悟してなさい」
「きゃ~! ありがとうございます~!」
これでDになれますかね!? と、無邪気に私に話しかけてくる瑠璃ちゃんに、私は曖昧に微笑み返した。
って、吹雪さん……オネエキャラ、なんですか。
残念なイケメンのカテゴリーに入ってしまうんだろうか、なんて私は余計な事に気を取られていて、自分も吹雪さんが選んでくれる対象に入っている事をすっかり聞き逃していた。
「あなたはこっちね。これも一緒に試してみて。あ、あなたはこのサイズをまずつけてみて」
パパっと渡されたブラを持って、客室に籠る。このサイズ、いつものよりワンサイズ上なんだけど、私には大きくないか?
が、予想外にピッタリとカップにお肉が収まって、びっくりした。え、いつの間にか脂肪が増えてる……? これって胸だけに肉がついたって事じゃない限り、余計な所にもお肉がついているんじゃ……!
「うわ、麗さん~! 見てみて、谷間が出来たー!」
嬉しそうに私に見せてくる瑠璃ちゃんが着用しているのは、薄いピンクの花柄のブラだ。レースが繊細でとってもキュート。先ほど吹雪さんに言われた通りに着用してみたところ、望み通りの体型に少し近づけたらしい。
「よかったね、瑠璃ちゃん!」
「はい~って、麗さん! いつの間に胸大きくなったんですかぁ! ずるいです~!!」
「えっ」
いや、そう言われても……。ぶっちゃけ食べ過ぎて太ったんじゃないだろうか。
「幸せ成分入りの女性ホルモンなの!?」なんて呟いている瑠璃ちゃんは、ぽふぽふと自分の胸に手を当てて思案に耽っている。
そこに朝姫ちゃんがドアをノックして、顔を出した。
「様子はどうかしら?」
パパっと服を着てから、リビングに出る。浮き沈みが激しい瑠璃ちゃんは、試着していたブラを大事に握りしめながら、朝姫ちゃんに擦り寄った。
「ずるいんですよ~! 麗さんのおっぱい成長してる~!!」
「ちょ、ちょっと瑠璃ちゃん!? その発言は何か違う!」
一応ここには男性の吹雪さんだっているのに……、なんて懸念は、必要がなさそうだけど。彼はどうやら朝姫ちゃん曰く、女友達というくくりらしい。恋愛対象は女性らしいが。
「まあまあ、どっかの説によると、一応28歳まで胸は成長するらしいから」
苦笑気味に笑って瑠璃ちゃんをなだめた朝姫ちゃんは、「お酒あるけど、お茶にするー?」なんて訊いてきた。
うーん、まだまだ飲めるけど、お茶も欲しいかもしれないな。
キッチンに行って勝手にお茶をお借りしようと思ったら。瑠璃ちゃんは「お酒飲みます!」と私を引き留めて、ソファへ再び座らせる。って、まだ飲めるのか! まあ、彼女はそこそこ強い子ですが。
「朝姫さん~! 海斗さんは巨乳派ですか、貧乳派ですか~!?」
「はい?」
目を丸くする朝姫ちゃんと同じく、吹雪さんまでもが目を瞬いた。
「あら何、あなた海斗狙いなの?」なんて、水を飲みながらオネエ口調で尋ねている。
そういえば、瑠璃ちゃんは結局海斗さんとはどうなったんだろうか。忙しくてあまり訊く暇がなかったな。
「彼女候補にはしてもらってますが、まだお付き合いはしていないんです~。どうしよう、吹雪さん。瑠璃も28歳まで希望がありますか~!?」
「ちゃんとした食生活と栄養バランスに生活習慣を気を付けて、下着にも気を配れば大丈夫よ。あとはホルモンバランスと睡眠にもかしら。夜更かしは美容の大敵だしね。マッサージや、リンパの流れも忘れずに」
お詳しいですね、吹雪さん。
安堵した様子の瑠璃ちゃんは、嬉しそうに微笑んだ後。喉乾いちゃったと、ウーロン茶をごくごくと飲み干して、一息ついた顔をした。
◆ ◆ ◆
「あの悪魔め……呪ってやるわ~~!」
「ダメだよ~朝姫ちゃん。”呪ってやる”じゃなくて、呪いは”呪われろ~”って言わなきゃ。自分で呪ったら、かけた本人にも返ってきちゃうんだよ~?」
「でね~、あの後失恋で落ち込んでる瑠璃を~、海斗さんはじっくりと話を聞いてくれて~」
すっかり酔っ払いの巣窟と化したこの部屋で、唯一素面のままなのは、アルコールを一滴も摂取していない吹雪だけだった。
忌々しく呪いの言葉を呟く朝姫に、けらけらと笑いながら宥める麗。そして自分に片想い中の海斗との話を延々と話し続ける、瑠璃。
辛抱強く我慢してきた吹雪は限界を感じ、酔っ払いの相手はそうそうに引き取ってもらう事にした。
携帯を取り出し、三人の保護者となりえる人物を呼び出す。
「吹雪さん~イケメンさんなのにオネエじゃ、いろいろと大変じゃありません~?」
ぷしゅ、と新たなビールを開けた瑠璃を見て、吹雪は咄嗟にそれを奪う。「何するんですかぁ~」と抗議してくる年下の瑠璃を、妹を叱るように「あんたはもう禁止よ」と止めた。
「まだ飲めます~!」
「既に絡み上戸気味なのに、これ以上飲ませて面倒臭くなるのは嫌なのよ!」
すぐ近くをチラ見すれば、何故か突然クッションを抱きしめる朝姫が、「聖水持ってきて~!」と訳の分からない事を言い出した。隣に座る麗は笑いながら、「エクソシストごっこ?」なんてズレた発言をしている。
(……頭痛いわ……)
床に転がるビール缶の山に、おつまみやお酒の空いた瓶。シャンパンやワインだけで何本あることか。お菓子の袋も散らばっているし、一体この三人だけでどんだけ食べて飲んだのかを考えると、呆れたため息が口から零れ落ちた。
保護者、まだか。
ピンポーン、と来訪を告げるベルが響き、ようやく来たかと吹雪が扉を開ける。
現れたのは、海斗以外にももう二人――白夜と、隼人だ。
「あら、御曹司のお坊ちゃままで来てくれたの? それと、そちらさんは?」
瑠璃の想い人の海斗は、朝姫のパートナーでもある。海斗一人を呼べば何とかなるだろうと思ったのだが、予想外のおまけがついてきた。思わず吹雪は目を瞠る。
「はい、私の妻もこちらにお邪魔しているので」
柔和な微笑みを浮かべる白夜が告げた「妻」という単語。それがこの場で当てはまるのは、けらけらと笑う麗だけ。
そんな麗は、白夜の声に気付いたのか。とことこと歩いてきては、玄関で佇む白夜に抱き着いた。
「びゃくや~おかえり~」
「ただいま、ではないんですよ、麗。ここは朝姫の家ですからね」
心底愛おしいと言いたげな顔で彼女を抱き留める白夜を見つめる。こんな風に蕩けた表情をする男だったかしら? と、吹雪は疑問符を浮かべた。
「あ~、ごめん吹雪さん。迷惑かけたみたいで」
海斗が気まずそうに謝ると、吹雪は道を譲ってリビングへ促した。そしてぞろぞろとリビングまで移動すると、現れた自分たちに気付いた朝姫と瑠璃は見事に真逆の反応を示した。
「ギャー悪魔ー!!」
「キャー海斗さん~!」
「麗ちゃん、聖水はー!? 聖水どこー!?」
テンパる朝姫に、隼人と呼ばれた男はまっすぐ彼女の元へ向かう。なるほど、あれが呪いをかけていた、朝姫の相手か。
そう結論づけた吹雪は、とりあえずあっちは大丈夫そうねと無理やり問題を片づけた。
「んじゃ、海斗。後は任せたわよ。もう遅いから私は帰るわ」
そうひらひらと手を振って、吹雪はこの場を後にした。
◆ ◆ ◆
ごろにゃん、という表現がぴったりなほど、麗はまるで猫のように白夜にくっつく。いや、甘えているのだ。
酔うと甘え癖が出る彼女は、明らかに今酔い始めているのだろう。ぴっとりと隙間なく抱き着いてくる麗が可愛くて仕方がない。
「びゃくや~抱っこして?」
幼子のように甘えてくる麗を横抱きに持ち上げると、彼女は嬉しそうに首元にかじりついた。柔らかな胸の感触が身体にあたり、もっと麗の柔らかさを堪能したくて抱きしめる腕に力を込める。
ソファにでもとりあえず座るか、それともこのまま帰るか。
そう思案に耽った所で、白夜の意識は強制的に引き戻された。それは麗の予想外の発言によって。
「がんばってたくさん悩殺するから、白夜はいっぱいいっぱい喘いでね!」
「……はい?」
――一体あの二人のうち、誰が彼女に余計な事を言ったんだ。
びしっと硬化したように動きを止めた白夜に、麗は構わずコアラのように白夜に抱き着いていたのだった。
一方、海斗の姿を見つけた瑠璃は、満面の笑顔で海斗の傍に近寄った。
「海斗さんだ~♡」
酔って赤みがかった頬を綻ばせた彼女は、一拍後。途端に落ち込んだ顔で、海斗を見上げる。
「瑠璃ちゃん? えっと、そろそろ帰って寝た方が……」
いきなりテンションが変わり、その急激な変化に海斗はうろたえる。そんな彼をよそに、瑠璃は実に突飛な質問を投げつけた。
「海斗さん! 海斗さんはやっぱり巨乳が好きなんですか~!? それとも貧乳派ですか~?」
「はっ?」
何でやっぱりなんだ。
いや違う。そこじゃない。
一体何だこの質問は。
咄嗟に言葉に詰まった海斗に、瑠璃は何か誤解したのか、不満そうに顔をゆがめて、涙目になった。
ぎょっとする自分をおいて、瑠璃はとんでもない宣言をする。
「やっぱり男なんて皆巨乳が好きなんじゃない~! BやCがいいだなんて男の建前なんだ~! それなら瑠璃も豊胸手術受けます~!!」
「え、ええ!? ちょ、ちょっと待って! 一体何でそんな話になってるの!?」
まだ自分は何も答えていないのに。
どうやら彼女は勝手に回答を見つけてしまったらしい。が、何故いきなり手術……。突拍子もなさすぎる。
「男なんて口ではB位で丁度いいなんて言ってても、本心じゃDかEは欲しいと思ってるんですよ~! 瑠璃なんて寄せてあげて詰めてCなのにぃ。やっぱりパッドなんて邪魔者扱いする麗さんレベルが海斗さんもいいんだぁあ~!」
「え、ええっ!?」
――邪魔者扱いしているのか、麗ちゃん。
じゃなかった。違う、そうじゃない。
ちらりと白夜を窺えば、石化から戻った彼と目が合った。目線のみで語られるのは、「何とか宥めろ」の一言のみ。とりあえず、海斗は泣き始めた瑠璃の涙を止める方法を考える。いや、まずは誤解を解くのが先か。
「ちょっと待って、瑠璃ちゃん。別に俺は胸のサイズなんて気にしないけど」
ぴくりと反応して自分を見上げてくる、黒目がちの目を見下ろす。涙で潤っている彼女の瞳を見つめて、海斗は安心させるように微笑んだ。
が、瑠璃は一言「嘘です」と反論した。
「え?」
「そんなの、嘘です~! だって室長も言ってたもん。”胸はないよりあった方が楽しめるよな”ってぇ~!」
何てことを吹き込んでやがる。
唖然としたが、すぐに背後から冷やかな視線を感じて、海斗は気を引き締めた。麗の同僚を泣かせ続けたら、白夜の怒りを買うだろう。麗が心配するという意味で。
海斗は咄嗟に弁明を紡いだ。
「そうかもしれないけど、俺は違うよ。大きさなんて問題じゃない。重要なのはそう、感度だ!」
「…………。」
(って、俺は何セクハラ発言しているんだーー!?)
白夜の冷やかな視線が威力を増した。
慌ててフォローをしようとするが、涙を止めた瑠璃は「感度……」と呟いている。
あ、まずい。
そう身構えた時。海斗はがしっと瑠璃に手を握られていた。
「へ?」
思わず間抜けな声が零れる。
「大きさでも形でもない、感度……。よくわかりました。それなら、瑠璃の感度は海斗さん好みか、実験検証してみる必要がありますね」
「……は?」
呆然としている間にするりと腕を絡ませた瑠璃が、涙をひっこめた顔でにっこりと微笑む。
「さあ、海斗さん♡ 行きましょうか~」
「え、え!? いや、ちょっと待って瑠璃ちゃん……!」
ずるずると引きずるように玄関に向かう二人を見送り、白夜は腕の中に閉じ込めている麗に話しかける。
「さて、私達もそろそろ帰りましょうか」
安心しきった顔で眠りに落ちている麗の額にキスを落として、白夜は軽々と麗を横抱きしたまま歩きだすと、朝姫の姿を確認してからこの場を立ち去った。
(まあ、このまま居座ったら確実に部屋の片づけを要求されそうですし。ここは気づかれないうちにとっとと帰りますか)
明日の朝は余計に部屋が荒れていそうだが。
そんな事を考えて、白夜は愛車の助手席に麗をそっと寝かせたのだった。
ガールズトーク系が苦手な方は、回避してください。
(誤字脱字訂正しました)
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「「「かんぱーい!」」」
とある金曜日の夜。私と瑠璃ちゃんは、朝姫ちゃんの一人暮らし先のマンションへ遊びに来ていた。今宵は女の子達だけで飲もう! と、急遽女子会を催すことになったのだ。まあ、朝姫ちゃんのお店の試食会も兼ねているが。
「うわ、これおいしい~!」
サーモンとクリームチーズのクラッカーを食べた瑠璃ちゃんは、幸せそうな表情で出された食事を頬張っている。ビールやシャンパン、白ワインなどを次々とリビングに持ってきた朝姫ちゃんは、「そう?よかった」と微笑みを返した。
「この一口サイズの前菜っていいですよね。食べやすいし、小さいから味がたくさん楽しめて。あ、このモッツアレラチーズ、うまっ!」
オリーブオイルとバジルだろうか、何かで味付けがされており、食感がおいしい!
爪楊枝でさして、その後シュリンプカクテルに手を伸ばす。レモン汁がかかっているから、あっさりしていてこれもまた美味。何だか本当にオシャレなパーティー風だ。
まあ、会場は朝姫ちゃんのマンションですから。一人暮らしをしているとは思えない豪華さだけど、白夜の部屋で見慣れている為あまり抵抗はない。セレブのお嬢様は、インテリアにも凝っていらっしゃる。スバラシイ。
「気に入ってもらえて、嬉しいわ」
広いリビングのソファに座り、テーブルを囲んでお酒を飲み、おつまみを食べる。
「鏡花さんも来られればよかったのに~」と、隣に座った瑠璃ちゃんが残念そうに呟いた。彼女はただ今仕事の出張で、ちょっと地方に出かけているのだ。
「またいつでもやりましょう」と朝姫ちゃんがお誘いをかけてくれたから、瑠璃ちゃんは遠慮がちに微笑んで、お礼を告げた。
ここまではまあ、瑠璃ちゃんも朝姫ちゃんとそこまで親しい間柄じゃなかったから、多少の遠慮はあったのだろう。
だが、お酒の威力というのはすごいもので。
お酒が進むにつれて、二人はすっかり緊張がほぐれて、仲が深まっていった。
そして女の子が集まり男性の目がないところで花咲く話題といえば、恋バナ&ガールズトーク。
遠慮がなくなったこの二人……、おもに瑠璃ちゃんは、自分でスクリュードライバーのカクテルを作りながら、唐突に話を振った。「ところで麗さん~。そういえば初体験はどうだったんですか~?」と。
「ぶふっ!?」
思いっきり口に含んでいたシャンパンを噴き出した私は、げほげほと、数秒激しくむせた。お水を飲んで落ち着いた後、近くにおいてあったキッチンペーパーを取って、少し服にかかった水滴や、床に零したシャンパンを拭う。
って、瑠璃ちゃん、一体なんて話題を!?
「大丈夫?」と朝姫ちゃんは口では心配してくれたが、目が実に面白そうに笑っていた。
え、もしかしてもう二人とも酔い始めている? ちょっと早くない!?
「ちょ、ちょっと瑠璃ちゃん。いきなり何訊いて来るの!」
既にデザートに手を伸ばしている瑠璃ちゃんは、しれっと答えた。
「え~だってほら、そういえばまだ詳しく聞いていなかったなって思って~。もう麗さんも入籍して人妻になったんだし、式はまだでもやることは当然やってますよね~? 初体験の感想は、やっぱり気になるじゃないですか~!」
「ねー!」と、瑠璃ちゃんは朝姫ちゃんを巻き込むように笑いかけると、朝姫ちゃんもくすりと妖艶に微笑んだ。
私はまだそんなに飲んでいないはずなのに、顔が沸騰しそうなほど熱が集まり、体感温度が上がる。
何だこれ、一体何の苦行なの!
「東条さんってすっごく優しそうですし、麗さんのこと大好きですもんね~! 超大事に抱いてくれそう~」
「いいなあ~」なんてどこか遠くを見つめるように呟きながら、ポッキーをかりかりと食べる瑠璃ちゃん。え、これもしかして私、コメントしないと駄目なの? ノーコメはアリデスか。
「へえ? 白夜、ちゃんと労わってくれてる? あんま無茶させられてない?」
朝姫ちゃんが若干気を使いながら尋ねてくれた。「嫌なことは嫌ってはっきり言うのよ!」と言いながら。
目線を彷徨わせてしばらく誤魔化すように唸っていた私は、ぐいっとお酒を呷り、覚悟を決める。
ええーい、今夜は男子禁制の女子会だもの! このくらいのガールズトークは訊かれて当然の話題なのよ! と。
でもね、お二人さんも後で覚悟しておいてね? 私が答えたら、二人にも当然いろいろと話してもらうからね!
「無茶は多分、一応ないかなと思うけど……。ちゃんと私のこと気遣ってくれるし、愛されているんだな~って実感がわくし」
「キャー惚気ー!」とワイワイ騒いだ瑠璃ちゃんは、「それで?」と目を輝かせながら先を促してくる。
すかさず朝姫ちゃんが「困った事とかはない? 大丈夫?」なんて尋ねてくれた。
困った事……
一つだけ思い当った事があり、私は思わず渇いた笑いを零した。何かを感じ取った瑠璃ちゃんは、「何があったんですか! 教えてください~!」なんておねだり攻撃をしてきた。恋愛ハンターの瑠璃ちゃんは、やっぱり恋バナが大好きらしい。
「いや、実はね。この間、AddiCtのPVに出た事がバレちゃって……」
躊躇いがちにそう言ったら。瑠璃ちゃんは明らかに驚いた顔で「マジですか!?」と訊き返した。
こくり、と頷くと、朝姫ちゃんが「何があったの?」と絶妙なタイミングで促してくる。
うう、これ言うのはちょっと気が進まないなぁ……なんて思っていたのも初めだけ。
一泊旅行に行くと言われて行ってみたらどっかの別荘で、着替えとメイクをさせられて気が付いたら、PVの撮影現場とまるっきり同じセッティングの部屋。言い逃れできないようあのPVまで大きなスクリーンで見せられて、あの役を演じて自分を誘惑しろと命令されました――なんて正直に言ったら。二人はドン引いた後、予想以上に騒ぎ始めた。
「っていうか、東条さんどんだけお金かけるんですか~! セレブの考える事、わからない~……」
「うっわ、何しでかしてるのよあいつは! 麗ちゃん、あんな変態放っておいていいわよ!!」
うう、そんな風に味方になってくれるなんて……!
想像以上に食いつきがよかった二人に、私は逆にもっと話を聞いてもらいたくなった。まあ、自分が乱れまくっちゃった事なんかは言いませんが。
「もうこっちは驚いたのなんのって! いきなりプチ旅行が、お仕置き現場だよ!? メイクを担当してくれた人までご本人を連れて来ようとしていたらしいんだけど、MIKAさんは丁度撮影でどっか遠くに行ってたんだよね」
「お仕置きって、まさか麗ちゃん。本当に白夜を誘惑したの?」
朝姫ちゃんの問いに、私は恥を捨てて頷いた。誘惑っていうか、あのPVを再現しただけだけど。(あの時は)。
「自分にも同じようにって、すごい考えですねぇ~。よっぽど東条さん、嫉妬してたんですね~Kに!」
「心が狭くて小っちゃい男なのよ!」
えっと、そこは頷いてもいいものか悩むけれど。K君に嫉妬していたという所は多分そうなんだろう。嬉しくもあり、あんなドッキリは困ると思った。
新しいビールの缶を開けて、ぐびっと飲む。今夜は泊まってってもいいと言われているし、久しぶりに思いっきり飲んじゃおうかなぁ~。
「でも流石に麗さんが東条さんを襲うのは、まだ無理ですよね~? 無茶させますね……」
「ほんとだよ! もう、どんだけ恥ずかしい思いをした事か……! 仲直りした後に白夜が何かしてほしい事があったら何でも聞いてくれるって言うから、それなら白夜が切なげに顔をゆがめて色っぽく喘ぐ姿が見てみたいって言ったけど。あっさり却下された! ひどい!!」
半分飲み干したビールをコーヒーテーブルにドンっと置く。何故か瑠璃ちゃんが興奮気味に「キャー♡」と叫んだ。
「いい、それいいじゃないですかぁ~! 想像するだけで悶えそうなんですけど! 美形が喘ぐ姿、麗さんなら余裕で視られる立場じゃないですか~! ちょっとがんばってくださいよ、麗さん!」
何故か励ます瑠璃ちゃんと、「あいつ、自分の醜態は見せたくないってわけね……」なんてぼそっと呟いた朝姫ちゃんは、私を同時に見つめてきた。
ん? なんか気合い入った目していませんか?
「麗さんならやれますよ! ちょっとセクシーなランジェリーでも着て、妖艶な美女を演じるんです~。いつもとは違うギャップに東条さんもメロメロ! 胸の谷間を強調させた下着を着て、襲ってみたらどうですか~?」
「え、セクシーな下着姿で襲えって!?」
ちょ、ちょっとそれはハードル高すぎやしませんか!!
が、ちょっとだけ酔い始めているのか。瑠璃ちゃんは力説を続ける。
「いいじゃないですか、武器になる物があるんですから~! 瑠璃なんて、寄せてあげて詰めてCですよ!? 瑠璃だって鏡花さんレベルまではいかなくても、麗さんくらいは欲しいですよ~!!」
「寄せてあげて詰めてCなら十分じゃないの?」
C位が丁度いいと思うのですが。ブラだって可愛いのあるじゃん!
けれど、瑠璃ちゃんは納得がいかないようだ。まあ、確かに瑠璃ちゃんは華奢で小柄、でもスタイルのバランスはいいと思う。ようはバランスじゃないのかなあ?
そんな私達の会話を聞いていた朝姫ちゃんが、ぽんっと手を打った。
「いい助っ人がいるわ」と呟いた彼女は、携帯を取り出してどこかに電話をかけたのだった。
◆ ◆ ◆
「――こちら、うちのランジェリーデザイナーの吹雪さん。女性下着のスペシャリストよ。大丈夫よ瑠璃ちゃん。吹雪さんならぴったりの下着を見つけてくれるから。そしたら体型も変わるんだから」
「本当ですか~!?」
現れた男性を、瑠璃ちゃんは期待を込めた眼差しで見上げる。
襟足が長めの髪に、パッと見美容師っぽいオシャレさを併せ持った男性。知的なメガネが印象的だが、この人は喋るともっと特徴的だった。
「まったく、突然何事かと思ったら。いい、二人とも。適当な物を身に着けてたら将来痛い目みるわよ。ちゃんと身体に合った物を探してあげるから、覚悟してなさい」
「きゃ~! ありがとうございます~!」
これでDになれますかね!? と、無邪気に私に話しかけてくる瑠璃ちゃんに、私は曖昧に微笑み返した。
って、吹雪さん……オネエキャラ、なんですか。
残念なイケメンのカテゴリーに入ってしまうんだろうか、なんて私は余計な事に気を取られていて、自分も吹雪さんが選んでくれる対象に入っている事をすっかり聞き逃していた。
「あなたはこっちね。これも一緒に試してみて。あ、あなたはこのサイズをまずつけてみて」
パパっと渡されたブラを持って、客室に籠る。このサイズ、いつものよりワンサイズ上なんだけど、私には大きくないか?
が、予想外にピッタリとカップにお肉が収まって、びっくりした。え、いつの間にか脂肪が増えてる……? これって胸だけに肉がついたって事じゃない限り、余計な所にもお肉がついているんじゃ……!
「うわ、麗さん~! 見てみて、谷間が出来たー!」
嬉しそうに私に見せてくる瑠璃ちゃんが着用しているのは、薄いピンクの花柄のブラだ。レースが繊細でとってもキュート。先ほど吹雪さんに言われた通りに着用してみたところ、望み通りの体型に少し近づけたらしい。
「よかったね、瑠璃ちゃん!」
「はい~って、麗さん! いつの間に胸大きくなったんですかぁ! ずるいです~!!」
「えっ」
いや、そう言われても……。ぶっちゃけ食べ過ぎて太ったんじゃないだろうか。
「幸せ成分入りの女性ホルモンなの!?」なんて呟いている瑠璃ちゃんは、ぽふぽふと自分の胸に手を当てて思案に耽っている。
そこに朝姫ちゃんがドアをノックして、顔を出した。
「様子はどうかしら?」
パパっと服を着てから、リビングに出る。浮き沈みが激しい瑠璃ちゃんは、試着していたブラを大事に握りしめながら、朝姫ちゃんに擦り寄った。
「ずるいんですよ~! 麗さんのおっぱい成長してる~!!」
「ちょ、ちょっと瑠璃ちゃん!? その発言は何か違う!」
一応ここには男性の吹雪さんだっているのに……、なんて懸念は、必要がなさそうだけど。彼はどうやら朝姫ちゃん曰く、女友達というくくりらしい。恋愛対象は女性らしいが。
「まあまあ、どっかの説によると、一応28歳まで胸は成長するらしいから」
苦笑気味に笑って瑠璃ちゃんをなだめた朝姫ちゃんは、「お酒あるけど、お茶にするー?」なんて訊いてきた。
うーん、まだまだ飲めるけど、お茶も欲しいかもしれないな。
キッチンに行って勝手にお茶をお借りしようと思ったら。瑠璃ちゃんは「お酒飲みます!」と私を引き留めて、ソファへ再び座らせる。って、まだ飲めるのか! まあ、彼女はそこそこ強い子ですが。
「朝姫さん~! 海斗さんは巨乳派ですか、貧乳派ですか~!?」
「はい?」
目を丸くする朝姫ちゃんと同じく、吹雪さんまでもが目を瞬いた。
「あら何、あなた海斗狙いなの?」なんて、水を飲みながらオネエ口調で尋ねている。
そういえば、瑠璃ちゃんは結局海斗さんとはどうなったんだろうか。忙しくてあまり訊く暇がなかったな。
「彼女候補にはしてもらってますが、まだお付き合いはしていないんです~。どうしよう、吹雪さん。瑠璃も28歳まで希望がありますか~!?」
「ちゃんとした食生活と栄養バランスに生活習慣を気を付けて、下着にも気を配れば大丈夫よ。あとはホルモンバランスと睡眠にもかしら。夜更かしは美容の大敵だしね。マッサージや、リンパの流れも忘れずに」
お詳しいですね、吹雪さん。
安堵した様子の瑠璃ちゃんは、嬉しそうに微笑んだ後。喉乾いちゃったと、ウーロン茶をごくごくと飲み干して、一息ついた顔をした。
◆ ◆ ◆
「あの悪魔め……呪ってやるわ~~!」
「ダメだよ~朝姫ちゃん。”呪ってやる”じゃなくて、呪いは”呪われろ~”って言わなきゃ。自分で呪ったら、かけた本人にも返ってきちゃうんだよ~?」
「でね~、あの後失恋で落ち込んでる瑠璃を~、海斗さんはじっくりと話を聞いてくれて~」
すっかり酔っ払いの巣窟と化したこの部屋で、唯一素面のままなのは、アルコールを一滴も摂取していない吹雪だけだった。
忌々しく呪いの言葉を呟く朝姫に、けらけらと笑いながら宥める麗。そして自分に片想い中の海斗との話を延々と話し続ける、瑠璃。
辛抱強く我慢してきた吹雪は限界を感じ、酔っ払いの相手はそうそうに引き取ってもらう事にした。
携帯を取り出し、三人の保護者となりえる人物を呼び出す。
「吹雪さん~イケメンさんなのにオネエじゃ、いろいろと大変じゃありません~?」
ぷしゅ、と新たなビールを開けた瑠璃を見て、吹雪は咄嗟にそれを奪う。「何するんですかぁ~」と抗議してくる年下の瑠璃を、妹を叱るように「あんたはもう禁止よ」と止めた。
「まだ飲めます~!」
「既に絡み上戸気味なのに、これ以上飲ませて面倒臭くなるのは嫌なのよ!」
すぐ近くをチラ見すれば、何故か突然クッションを抱きしめる朝姫が、「聖水持ってきて~!」と訳の分からない事を言い出した。隣に座る麗は笑いながら、「エクソシストごっこ?」なんてズレた発言をしている。
(……頭痛いわ……)
床に転がるビール缶の山に、おつまみやお酒の空いた瓶。シャンパンやワインだけで何本あることか。お菓子の袋も散らばっているし、一体この三人だけでどんだけ食べて飲んだのかを考えると、呆れたため息が口から零れ落ちた。
保護者、まだか。
ピンポーン、と来訪を告げるベルが響き、ようやく来たかと吹雪が扉を開ける。
現れたのは、海斗以外にももう二人――白夜と、隼人だ。
「あら、御曹司のお坊ちゃままで来てくれたの? それと、そちらさんは?」
瑠璃の想い人の海斗は、朝姫のパートナーでもある。海斗一人を呼べば何とかなるだろうと思ったのだが、予想外のおまけがついてきた。思わず吹雪は目を瞠る。
「はい、私の妻もこちらにお邪魔しているので」
柔和な微笑みを浮かべる白夜が告げた「妻」という単語。それがこの場で当てはまるのは、けらけらと笑う麗だけ。
そんな麗は、白夜の声に気付いたのか。とことこと歩いてきては、玄関で佇む白夜に抱き着いた。
「びゃくや~おかえり~」
「ただいま、ではないんですよ、麗。ここは朝姫の家ですからね」
心底愛おしいと言いたげな顔で彼女を抱き留める白夜を見つめる。こんな風に蕩けた表情をする男だったかしら? と、吹雪は疑問符を浮かべた。
「あ~、ごめん吹雪さん。迷惑かけたみたいで」
海斗が気まずそうに謝ると、吹雪は道を譲ってリビングへ促した。そしてぞろぞろとリビングまで移動すると、現れた自分たちに気付いた朝姫と瑠璃は見事に真逆の反応を示した。
「ギャー悪魔ー!!」
「キャー海斗さん~!」
「麗ちゃん、聖水はー!? 聖水どこー!?」
テンパる朝姫に、隼人と呼ばれた男はまっすぐ彼女の元へ向かう。なるほど、あれが呪いをかけていた、朝姫の相手か。
そう結論づけた吹雪は、とりあえずあっちは大丈夫そうねと無理やり問題を片づけた。
「んじゃ、海斗。後は任せたわよ。もう遅いから私は帰るわ」
そうひらひらと手を振って、吹雪はこの場を後にした。
◆ ◆ ◆
ごろにゃん、という表現がぴったりなほど、麗はまるで猫のように白夜にくっつく。いや、甘えているのだ。
酔うと甘え癖が出る彼女は、明らかに今酔い始めているのだろう。ぴっとりと隙間なく抱き着いてくる麗が可愛くて仕方がない。
「びゃくや~抱っこして?」
幼子のように甘えてくる麗を横抱きに持ち上げると、彼女は嬉しそうに首元にかじりついた。柔らかな胸の感触が身体にあたり、もっと麗の柔らかさを堪能したくて抱きしめる腕に力を込める。
ソファにでもとりあえず座るか、それともこのまま帰るか。
そう思案に耽った所で、白夜の意識は強制的に引き戻された。それは麗の予想外の発言によって。
「がんばってたくさん悩殺するから、白夜はいっぱいいっぱい喘いでね!」
「……はい?」
――一体あの二人のうち、誰が彼女に余計な事を言ったんだ。
びしっと硬化したように動きを止めた白夜に、麗は構わずコアラのように白夜に抱き着いていたのだった。
一方、海斗の姿を見つけた瑠璃は、満面の笑顔で海斗の傍に近寄った。
「海斗さんだ~♡」
酔って赤みがかった頬を綻ばせた彼女は、一拍後。途端に落ち込んだ顔で、海斗を見上げる。
「瑠璃ちゃん? えっと、そろそろ帰って寝た方が……」
いきなりテンションが変わり、その急激な変化に海斗はうろたえる。そんな彼をよそに、瑠璃は実に突飛な質問を投げつけた。
「海斗さん! 海斗さんはやっぱり巨乳が好きなんですか~!? それとも貧乳派ですか~?」
「はっ?」
何でやっぱりなんだ。
いや違う。そこじゃない。
一体何だこの質問は。
咄嗟に言葉に詰まった海斗に、瑠璃は何か誤解したのか、不満そうに顔をゆがめて、涙目になった。
ぎょっとする自分をおいて、瑠璃はとんでもない宣言をする。
「やっぱり男なんて皆巨乳が好きなんじゃない~! BやCがいいだなんて男の建前なんだ~! それなら瑠璃も豊胸手術受けます~!!」
「え、ええ!? ちょ、ちょっと待って! 一体何でそんな話になってるの!?」
まだ自分は何も答えていないのに。
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「え、ええっ!?」
――邪魔者扱いしているのか、麗ちゃん。
じゃなかった。違う、そうじゃない。
ちらりと白夜を窺えば、石化から戻った彼と目が合った。目線のみで語られるのは、「何とか宥めろ」の一言のみ。とりあえず、海斗は泣き始めた瑠璃の涙を止める方法を考える。いや、まずは誤解を解くのが先か。
「ちょっと待って、瑠璃ちゃん。別に俺は胸のサイズなんて気にしないけど」
ぴくりと反応して自分を見上げてくる、黒目がちの目を見下ろす。涙で潤っている彼女の瞳を見つめて、海斗は安心させるように微笑んだ。
が、瑠璃は一言「嘘です」と反論した。
「え?」
「そんなの、嘘です~! だって室長も言ってたもん。”胸はないよりあった方が楽しめるよな”ってぇ~!」
何てことを吹き込んでやがる。
唖然としたが、すぐに背後から冷やかな視線を感じて、海斗は気を引き締めた。麗の同僚を泣かせ続けたら、白夜の怒りを買うだろう。麗が心配するという意味で。
海斗は咄嗟に弁明を紡いだ。
「そうかもしれないけど、俺は違うよ。大きさなんて問題じゃない。重要なのはそう、感度だ!」
「…………。」
(って、俺は何セクハラ発言しているんだーー!?)
白夜の冷やかな視線が威力を増した。
慌ててフォローをしようとするが、涙を止めた瑠璃は「感度……」と呟いている。
あ、まずい。
そう身構えた時。海斗はがしっと瑠璃に手を握られていた。
「へ?」
思わず間抜けな声が零れる。
「大きさでも形でもない、感度……。よくわかりました。それなら、瑠璃の感度は海斗さん好みか、実験検証してみる必要がありますね」
「……は?」
呆然としている間にするりと腕を絡ませた瑠璃が、涙をひっこめた顔でにっこりと微笑む。
「さあ、海斗さん♡ 行きましょうか~」
「え、え!? いや、ちょっと待って瑠璃ちゃん……!」
ずるずると引きずるように玄関に向かう二人を見送り、白夜は腕の中に閉じ込めている麗に話しかける。
「さて、私達もそろそろ帰りましょうか」
安心しきった顔で眠りに落ちている麗の額にキスを落として、白夜は軽々と麗を横抱きしたまま歩きだすと、朝姫の姿を確認してからこの場を立ち去った。
(まあ、このまま居座ったら確実に部屋の片づけを要求されそうですし。ここは気づかれないうちにとっとと帰りますか)
明日の朝は余計に部屋が荒れていそうだが。
そんな事を考えて、白夜は愛車の助手席に麗をそっと寝かせたのだった。
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