微笑む似非紳士と純情娘

月城うさぎ

文字の大きさ
10 / 106
第二部

1.(仮)婚約の始まり

しおりを挟む
ようやく第二部の始まりです。
********************************************

 今朝届いたばかりの瑞々しい花を生けている雪花は、ふいに茎を切る手を止めた。

 目線を襖に向けると、小さく「誰じゃ?」と問いかけた。

 「失礼します」と告げて現れた人物は長男であり現当主の十夜だ。普段から和服姿の雪花と同じく十夜もまた着物を愛用している。滑るような足取りで畳を歩き、雪花の前に腰を下ろした。

 十夜は届いたばかりの書類を雪花に渡す。生け花を一端中断して雪花は分厚い報告書に目を通した。
 鋭い光を放つ目元がふいに柔らかなものに変わる。目じりを下げた分だけ深く刻まれる皺は、確実に彼女が生きてきた年月をあらわしていた。例え見た目が実年齢より確実に20歳は若く見えようとも、雪花の表情からは生きてきた年月以上の膨大な知識と経験が覗いて見える。若い者は雪花の前では5分も座っていられない。緊張を孕む威圧感に耐えられなくなり逃げるように去っていく者が大半の中で、実の息子の十夜は堂々と当主としての貫禄を身につけて、雪花が読み終わるのをじっと待った。

 報告書を折りたたんだ雪花は、面白そうに目元を細めて口角を上げた。

 「聖の件は警察側に任せるとするか。今更既に片付いた昔の事が表沙汰になることはないだろう。それよりも、麗の件じゃな」
 忽然と現れた熱いお茶を当然のように掴んだ雪花は、一度喉を潤わせた。軽く息を吐いてから十夜を見据える。

 「どうやら麗は東条の息子と恋仲になったそうじゃ。ふふ、まさか隼人が見合いしたあの娘の兄と既に縁が結ばれていたとはの・・・まこと、人の縁とは面白い物よ」
 くすくすと愉快に微笑む雪花をじっと十夜は黙って見つめる。その視線を受け止めた雪花は、すっと目元を細めた。

 「隼人も一度断った見合い相手に興味を持ったようじゃな?人に関心も執着もないあの隼人にもようやく春が訪れたか。まあ、お主の息子じゃ。自分から関心を惹いた女子おなごの手を手放す事はしないとは思うが・・・年寄りは楽しく見守らせてもらうかの」
 その言葉に十夜は軽く頭を下げた。

 「これでようやく鷹臣も動き出せるか・・・全く、あの孫がまさかこれほど用心深いとは。とっとと動けばよいものを。わらわがここまでお膳立てして動かなければ、自分の恋路は後回しとは情けないぞ」
 全く誰に似たのじゃろうな?と呟かれて、十夜は深々とお辞儀した。

 「申し訳ありません。あれを必要以上に慎重深く育てたのは私の責かと」
 「なに。悪いとは申しておらぬ。ただ動くならもっと早く動くと目論んでおっただけじゃ。まあ、物事のタイミングもあるがな・・・ようやく噂のエニシギリの巫女にも会えるのなら、これ以上文句は言わぬが」
 その言葉に十夜は探るような瞳で雪花を見つめた。

 「よろしいのですか?あの2人の仲を認めると」
 「直接会わなければわからぬが・・・貴重な巫女と縁を結ぶのも悪くはない。煩い古狸どもを黙らせる為に孫達には早々に動いてもらわねばな・・・」

 まるでこれから何が起こるのかわかっているように、ふいに雪花が開け放たれた外の景色に視線を移した。遠い未来を見据えるかのような眼差しを見て、十夜は一礼してからその場を離れた。

 「麗の直感に響の拒絶とは・・・力が顕現されなければ争いの火種が増えることもなかったが」
 厄介ごとに巻き込まれる前に何とかせねば。

 眉を顰めて雪花は澄み渡るような青空を見上げて小さく呟いた。


 ◆ ◆ ◆

 「「いきなりプロポーズ!?」」

 あの事件が明けた火曜日。事務所に行った私を待ち構えていたかのように、鏡花さんと瑠璃ちゃんが私をソファへ引っ張って行った。そして詳細はほとんど鷹臣君から聞いていたようだけど、気になるのは東条さんとの関係だそうで。洗いざらい白状させられた私は、相談も兼ねて恋愛のエキスパートである2人に話せるところまで話した。

 「うっわ、すごいわね東条さん・・・やるわ~」
 驚きを見せた後、素直に感激した鏡花さんは長い脚を組み替えながら一人で頷いていた。

 「ってかその二択って初めから麗さんに選択肢与えてませんよね~?同棲を断るなんて分かりきってるし」
 春色のワンピに身を包んだ瑠璃ちゃんが含み笑いをしながら淹れ立てのコーヒーを一口飲んだ。
 私は2人に囲まれて、つるし上げ状態だ。

 「でも自分の気持ちに気付いたんでしょ?良かったじゃない麗。ようやく念願の初恋&初彼ゲットで、室長との賭けも勝ったも同然ね」
 そうだ、賭けだよ賭け!
 期間以内に好きな人を作れなんて無茶だって思ってたけど、考えてみたら鷹臣君が提示した期間よりも1ヶ月ちょい早く恋人が出来た。賭けに勝つために東条さんと付き合い始めたわけじゃないけど、結果的にはそうなったわけで。何だかダブルで嬉しいかも。

 「あ、ほらまだテレビでやってますよ~この事件。やっぱり芸能人もいたからすごい騒ぎですよね~」

 瑠璃ちゃんが事務所のテレビをつけた。何だかすごい騒ぎに巻き込まれていたんだと今頃になってから実感する。確かに芸能人も著名人も経済界の人間も大勢いたし、騒ぐなと言う方が無理だけど。

 「K君もどうしてるかなー」
 協力をお願いした着物姿の老婦人やあの場にいたK君に、響に協力してくれた森田さん。運悪く加担してしまった人達の処罰も気になる。そして犯人の本当の目的も、暴かれてしまうのだろうか。

 テレビで報道されていた中では古紫の話はまるで出てこなかった。ただ珍しい青い薔薇を他国に売る為といった表の動機のみを伝えている。きっと報道規制を警察側がしたのだろう。警察だけじゃなくて、うちの一族が都合の悪い事実を隠しているのかもしれないが。
 
 「派手にやってるな」
 後ろから鷹臣君がひょっこり現れて、テレビの画面を見つめて呟いた。

 「ねえ、聖君とかどうなったの?」
 気になっていた内容を尋ねると、鷹臣君は頭をぼりぼりと掻いてからあっさりとした口調で呟いた。

 「特に怪我はしてないんだがな。あいつあの後一人で全てのデータを抹消して、薔薇も一つ残らず燃やしたそうだ」
 「え!マジで!?」
 何て大胆な!!
 さすがに仰天した。何て豪快な行動をするんだろう。

 「あ~だよな。そのことで薔薇の証拠も全部消えただろう?一応薬の禁断症状が出ている奴らの為に研究所が大手製薬会社の協力を求めて麻薬の症状を抑える薬は作り始めるそうだが。警察がな、さすがに証拠が消えて調べようがないから怒ってなぁ・・・。メディアも世界で初の青い薔薇が消滅したことで、また違う意味で大騒ぎだぜ」
 「うわぁ~・・・すごいね、それは」
 
 もしかしなくても青い薔薇を生で見れたのはすっごく貴重な体験だったのかもしれない。警察には悪いけど、聖君の決断力と潔さはすごいと思う。自分の研究結果をそう簡単に処分する決断は出来ない。よっぽど今回の事件を招いた事が堪えたのだろうか。

 「それで麗さん~!初めてのお泊りは、どうだったんですか~?」

 話を戻した瑠璃ちゃんが、聞きたくてうずうずしているといった顔で覗いてくる。その言葉に反応した鏡花さんまでもがニヤリと微笑んだ。思わず逃げたくなるんですけど・・・!

 「どうって、別にいつの間にか気絶して寝ちゃってたし・・・」
 「え?やる事やってから寝たんですよね~!?」
 ちょっと待った。やる事って何だ。何だか一気に答えにくい質問を投げられた気がするんだけど!?

 「流石にいきなりそこまではいかないでしょ。ファーストキスもようやくの今時珍しい純情娘よ?両想いになったその日に結ばれてたら驚きだわ」
 「え~?普通はその勢いで最後までいっちゃいません~?むしろ気持ちが盛り上がってる時だから初めてでも勢いで出来るのに~」
 「まあそうかもしれないけど。確かに東条さんにとっては生殺しよね。同じベッドで寝ながら手が出せないなんて」

 チラリ、と2人の視線が私に向いた。
 何、何なのその同情の眼差しと興味津々って顔は!

 「あーもう何もしてませんよ!気絶しちゃって悪かったですね!!いろいろあってキャパオーバーで倒れちゃったんだから仕方がないでしょ!!」
 あれで気絶するなという方が無理だと思う。
 告白されるわ、プロポーズされるわ、最後に靴は返ってくるわ。全てバレてたんだよ!?自分がやってた事が空回ってただなんて気付けば脳もフリーズするわ。

 「何だ、赤飯はまだ当分先か」

 近くで聞いていた鷹臣君がさらりと言った。このオヤジ発言をどうにかしてくれ・・・!

 
 「あんま悠長なことを言っていられるのも今のうちかもしれんがな・・・」
 コーヒーを飲みながら小さく呟いた鷹臣君の言葉は隣で騒ぐ瑠璃ちゃんの声にかき消されて、私に届くことはなかった。
 


















************************************************
誤字脱字見つけましたら報告お願いします!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...