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第二部

2.おやすみなさいのキス

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*誤字訂正しました*
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 「―――は?今、なんと?」
 チャリーンと金属音が響いた。

 お茶の準備をはじめていた司馬は動揺のあまりティースプーンを取り落としてしまった。普段から冷静沈着な彼が珍しく硬直している。ここまで目を瞠り思考が停止した司馬は珍しい、と白夜は満面の笑みを浮かべながらじっくりと観察した。

 「言葉の通りです。麗さんと婚約したと、一応報告しておこうかと思いまして」
 司馬にはいろいろ世話になりましたからね。

 そう続いた白夜の言葉を司馬は脳内で反芻する。確かにここ半年ほど、自分は今まで味わったことのない苦悩を体験させられてきた。幼少時から仕える白夜の無茶振りに文句も言わず、いささか強引な"お願い"を叶えてきたつもりだ。ここで重要なのは白夜の無茶振りは"命令"ではなくて彼個人の"お願い"というとこだ。仕事外のプライベートな問題に白夜は上司としての権限を使い司馬に強制することはない。(勿論仕事が関われば別だが。)断ることももちろんできたが、司馬はなるべく白夜の頼みを聞いてきた。それは初めて白夜が見せた執着心を秘書として、兄代わりとして見守って行こうと決意したからだ。

 だがさすがに今の発言には肝が冷えた。あまりにもそれは早くないだろうか。

 もしも、万が一だが、強引に相手の合意を無理やりもぎ取る形で婚約を成立させたのなら。さすがに素直に祝うことは出来ない。麗の気持ちが白夜に完全に傾いたのだろうかと、司馬は疑問符を浮かべながら推測する。もしそうだとしたら喜ばしいことだ。すぐにでも会長にお伝えしなければ。

 だがあの鈍さからすると、彼女の恋愛経験値はかなり低いように見えた。そんな初心な女性が欠点を見つけるのが難しい白夜のプロポーズに何の戸惑いもなく頷くのだろうか。交際すらしていない段階でだ。見た目や肩書きに釣られる女性ならともかく。まあ、そんな上辺しか見ない女性なら口説くのにここまで苦労はしなかっただろうが。

 司馬は落としたシルバーのスプーンを拾い上げて、喉を整えてから躊躇いがちに白夜に訊ねた。

 「白夜様。それはもちろん、一ノ瀬様からちゃんと了承を得たのでしょうね?プロポーズを受けたと解釈してもよろしいのでしょうか」
 執務机に置かれた分厚い書類の束から視線を上げた白夜は、「当然です」と不敵な笑顔を浮かべて答えた。

 「婚姻届にサインを書いて頂きました。もちろん提出するのはご両親に挨拶が終わってからですので、今は自宅の金庫に保管してありますが・・・まあ、麗さんはまだ婚約するには早いと仰っていたので、今は(仮)婚約ですがね」
 でもその(仮)もすぐに取れるだろう。

 上機嫌に微笑んだ白夜の表情から、司馬は白夜の考えを正確に読み取った。既に結婚するところまで決定事項のようだ。この様子なら明日にでもアフリカに行ってしまうかもしれない。それは何としてでも自分が見張って止めなければ。

 「あまり性急過ぎると、恋愛ごとになれていない彼女は戸惑うかと。ちゃんと女性のペースに合わせてあげる余裕も見せてくださいね」
 貴方のが年上なのですから。
 
 司馬は珍しく兄のような口調で白夜を諭した。それは一体何年ぶりだろうと、白夜は再び珍しいものを見るような目で一瞬司馬を見つめると、すぐにふわりと頬を緩めた。

 「ええ勿論です。麗さんに嫌われることを私がするはずないじゃありませんか。まあようやく彼女から愛していると嬉しい告白も聞けた事ですし、じっくりと愛を育みながら周りを固めていこうかと」
 
 そんな大胆な告白を彼女はしたのか、と司馬が驚きで固まった。
 この場に麗がもしいたら顔を真っ赤にさせて『愛しているとまでは言っていない!』と訴えるだろうが、生憎と真実を知る者は白夜以外にはいなかったのだった。


 ◆ ◆ ◆

 「響ー!お風呂いいよー!」
 「うん。ありがとー」

 トントンとお風呂場を出て二階の自室に向う。時刻は夜の10時半を過ぎたところだ。 自室へと通じる白い扉を開いて、私は少し毛先が濡れたままの髪を簡単に纏めてからベッドに寝転がった。お気に入りの花柄のベッドカバーの上にはピンクのハートクッションが置いてある。そのクッションを取り、枕代わりにして横向きになると、ほーと息を吐いた。

 何だか自分の部屋で一人ごろごろしている時は物凄く落ち着く・・・
 近くにある雑誌を手に取り、お行儀悪く寝そべったままページを捲っていると。携帯が震えてメールを知らせる着信音が響いた。

 「誰だろう・・・鷹臣君とか?」

 仕事の連絡であまり時間関係なく鷹臣君はメールをしてくる。私の携帯に仕事以外でメールしてくるのって、響とか瑠璃ちゃんとか・・・わあ、今改めて気付いたけど、私友達ほんと少ないね。仕事仲間が友達でもあるもんなぁ。

 届いたメールを開くと、それは鷹臣君からではなくて、東条さんからだった。

 思わずがばりと起き上がる。なぜかベッドの上で正座して、鼓動を落ち着かせてメールを読んだ。

 「今から外に出れますか・・・って、今?」
 思わずきょろきょろと周りを見渡す。11時ちょっと前。眠気はまだないし、少しだけでも会えるなら私も会いたい。

 速攻で返信すると、すぐに返事が返って来た。

 「自宅の前で待ってますって、嘘!東条さんが来るの!?」
 おおう、着替えなきゃ!
 
 ルームウエアのまま外に出るのは抵抗がある。上をキャミソールとパーカーに着替えて、下はデニム。髪の毛はまだ若干湿ってるけど、このままでいいや。顔もスッピンだけど、この際仕方がない。もう何度もスッピン見られているし、夜なら暗くて良く見えないだろうし、気にしない事にする。ともかく今すぐ外に出なければ!
 慌てて靴を履いて玄関を出る。響はまだお風呂だから声はかけないでおこう。きっといないことに気付いても、コンビニに出かけたんだと思うだろう。家から歩いて10分以内の距離にコンビニがある為、ちょくちょく夜でも利用するのだ。

 見慣れた黒い車が停まっているのに気付くと、私は急ぎ足で向った。運転席から東条さんがスーツ姿のまま降りてくる。どうやら今日は司馬さんじゃなくて自分で運転していたようだ。
 この時間まで仕事なのは珍しくない。忙しくて疲れているのに会いに来てくれた事が嬉しくて、穏やかな微笑を浮かべる東条さんに駆け寄った。

 「こんばんは、麗さん。お休み前の所すみません。どうしてもお顔が見たくなって」
 その言葉に体の中から火照る。心臓が嬉しさのあまりドキンと跳ねた。会いたいと思ってくれていた事が物凄く嬉しい。
 顔を横に振って全力ですみませんを否定した。全然私はそんな事思っていないですから!

 「そんなこと!むしろ会いに来てくれて嬉しいです。私も、その・・・あ、会いたかった、から・・・」
 かぁ~と顔が熱くなる。何だこれ、恥ずかしい・・・!!

 顔が直視できなくなって堪らず俯いた。自分の気持ちを素直に伝えるのって、何でこんなに勇気がいるんだろう。両想いになっても気恥ずかしさは消えないようだ。

 東条さんが笑みを深めた気配がする。そして優しく手を取られて、手の甲に口付けされた。

 「貴女の言葉で疲れが飛びました」
 唇を私の手に添えたまま上目遣いで見つめられて、私は恥ずかしさのあまり内心で悲鳴を上げた。ここが外じゃなかったらマジで叫んでいたよ!

 ご近所迷惑にならないように声は抑えないといけない。東条さんがすぐ近くの公園まで歩こうと提案してきた。私もすかさず頷く。
 手を恋人繋ぎしたまま夜の公園を散策した。必要最低限の明かりしかなくて、空には雲も見えずに星と月だけ。周りに人の気配もなければ、猫が歩くような気配もしない。あまりにも静かな空間に場違いなほど私の心臓は激しくなって。繋いでいる手からその緊張が伝わるんじゃないかと思えてしまった。

 ふいに立ち止まった東条さんを見上げる。月明かりに照らされた東条さんの横顔は呆然と見惚れるほど美しい。漆黒のさらさらな黒髪が月の光を受けてより神秘的に見えて、同じく黒い双眸は吸い込まれるような輝きだった。引力にひかれるように目が吸い込まれて、東条さんから視線が外せない。

 ふわりと優しく抱きしめられた。その暖かな腕の感触が懐かしく感じる。日曜日に別れてからたった2日しか経っていないのに、もう懐かしいと思うなんておかしな話だ。そして東条さんの温もりと匂いに包まれて、煩いほど主張していた心臓も落ち着いてきた。暖かくって優しい。この腕の中に包まれていることで心が満たされるようだ。

 目を閉じて私も東条さんの背に腕を回した。着やせするのだろうか、東条さんはなかなか鍛えられていると思う。細いけど適度な筋肉がついた体。きっと脱いだらすごいのだろう。
 ・・・って、やばいじゃん私。逆に私は脱いだらやばいんですになるよ!
 本格的に薄着になる前に少しでもぷにぷになお腹をどうにかせねば。

 「麗さんに丸一日会えないのは辛いですね・・・会いたくて抱きしめたくて、今日一日何度溜息を吐いたことでしょう」
 ぎゅうっと抱きしめながらその台詞は反則です。
 思わず私の乙女センサーがキュンと反応してしまった。

 「わ、私も会えなくて寂しかったですよ・・・?だから、今会えてとっても嬉しい」
 抱きしめられているから言える言葉もあるのかもしれない。顔が見られていないから、恥ずかしい台詞も言えるのだろう。直視しながら気持ちを伝えるのはもうちょっと修行が必要だ。

 腰に腕を回したまま東条さんが顔を離した。片手で私の頬を撫でると、上から真っ直ぐに見下ろしてくる。

 「うちに出社しない日は私が必ず会いに来ます。麗さんはいつも何時に就寝しているのですか?」
 「え?えっと・・・大体12時前位でしょうか」
 次の日の予定によって変わるけど、11時過ぎが多い。

 「そうですか。なら毎晩この時間にこうして会いに来ますね」
 「え?」
 それは流石に大変なんじゃ!
 そう言おうとして見上げた瞬間。屈んで来た東条さんの唇が私の口を塞いでしまった。


 柔らかく食むような口付けが次第に熱をもっていく。角度を変えて後頭部に手を回されて、しっかりと固定された今。私が出来るのはこの熱を逃がすことなく受け止めるだけだった。

 蕩けるような唇の感触を味わった後、私の口に侵入した東条さんの舌に翻弄される。3度目になれば自分から積極的に絡めるまでは出来なくても、流されっぱなしになる事もなくなってきた。何とか少しずつ応えようとする。熱を与えられるだけじゃなくて私も分け与えたい。いつの間にか私の両腕は東条さんの首に回っていた。
 ふっと微笑んだ気配が伝わってくる。時折零れる息が甘くて淫靡で、ぞくりと体に甘い振るえが走った。内側から熱が篭り下腹が疼くような感覚に戸惑いながらも、もっと深く繋がっていたいと本能的な感情が訴える。

 「はっ・・・っとうじょ・・・うさ、ん」
 唇が離れた瞬間に名前を呼べば、再び口が塞がれた後。耳元で艶めいた声が落ちてきた。

 「白夜、です。名前で呼んで?麗・・・」
 首筋に舌を這わされて、小さく声が零れる。

 「あっ・・・やっ」
 ちゅ、と首筋にキスをされてチクリと痺れるような痛みが走った。東条さんが触れてくる場所に全ての神経が集中したかのような錯覚に陥る。触れる箇所が熱い。

 「びゃ、白夜さん・・・?」
 初めて呼ぶ名前を確かめるように呼んでみれば、すかさず訂正が入った。

 「白夜です。さんは入りません」
 「白夜・・・」
 小さく確かめるように呟いた。首元で東条さんが笑ったのが吐息から伝わった。
 再び白夜と呼んで東条さんを抱きしめると、同じ以上の強さで抱きしめ返してくれる。そして首筋に這う唇の柔らかい感触に肌が粟立った。

 そのまま唇が私の首をなぞる状態のまま、東条さんが掠れた声で囁く。

 「貴女の初めては全て私のものです。初めて赴く場所も、初めて体験するキスも。その柔らかな体に唇を寄せるのも、かわいく感じた顔を見せる相手も。私が最初で最後の男です。他の誰にも譲りませんよ・・・?」
 
 首元で囁かれた声は艶めいた睦言のようで、掠れた声が色気を含んでいて。肌に直接息がかかって、私は立つのもやっとの状態で東条さんの腕にすがりついた。

 いつまでもその腕の中に閉じ込めて欲しい。

 甘い甘い甘美な囁きに身を委ねて、体中を蜜のような毒で侵して欲しい。感情に任せて何も考えずに、ただその暖かな腕に包んで私を逃がさないように閉じ込めて。一度嵌ったら出られない底なし沼に落ちていくかのように、私も東条さんの愛に溺れていたい。そして同じくらいの愛を貴方に与えたい。

 夜の風が頬を撫でても私の熱が冷める事はなかった。



 ◆ ◆ ◆

 家まで送り届けてもらった後、部屋に戻った私はベッドに突っ伏した。

 先ほど感じた熱が未だに体内で燻っていて、東条さんの唇の感触や腕の逞しさまで思い出して。声なく叫んではベッドの上で悶えた。

 「はっ!しまった・・・!こんなの毎晩されていたら、私確実に安眠できない・・・!!」

 睡魔なんてどこへやら。

 おやすみなさいのキスは優しい口付けだけで十分だと初めて知った。
 あんな激しいの毎晩されてたら、逆に目が覚めて眠れないじゃないか!

 一向に眠気が襲ってこずに仕方なくホラー映画を鑑賞してても、ドキドキがすぐに東条さんと味わうドキドキに変換されてしまって。ああ、私重症だなと思うと同時に、翌日の予定を思い出した。

 「明日・・・て、今日か。そういえば、東条セキュリティーに出社日だった!」

 イヤー――!どんな素知らぬ顔して会えばいいの!?「長月 都」で通っているのに、麗が出たらどうするのさ!

 「明日会えるのにあんなキスするなんて、白夜のバカ・・・!」

 恥ずかしさのあまり、私は初めて小さく東条さんを罵った。

 

 















************************************************
作者の一言:「これ何の苦行・・・!?」

まだ序章なのにこのイチャつきに、既にお腹いっぱい気味です・・・げふっ。
自分で書いているのに今からもう精神的にダメージが・・・どなたか塩下さい(=x=;)
これに耐えられなくなったら更新速度が遅くなるので、何とかがんばりたいと思いますが!途中どっかでダメージ受けたら回復するまで時間かかるので、更新遅くなったらすみません(汗)
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