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1P・露見する秘密
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リナルドの朝は早かった。
絢爛ともボロとも違う、柔軟ながら薄いマットの敷かれた寝台から起き上がる。夜着を脱いで下着姿の細く引き締まった体を昇り始めた朝日に晒し、少し寝不足で鈍いその身を活性化させる。
市民の私服としては一般的な、春季用の長袖シャツとズボンに手足を通す。リネンの荒くも風通しの良い感触。革製のベストを身に着け、懐に護身用の短剣を忍ばせる。最後に、普段はつけない分厚い眼鏡を装着する。
着替え終わると、昨夜の内に用意していた布袋を肩に掛ける。リナルドがあてがわれた個室を出て上階への段差を見やる。
「……」
流石に合わせる顔がございません……。
敬愛する陛下の寝室に挨拶へ赴こうと考えるも、今朝なそんな心境ではなく渋々と身を翻した。気持ちに反して歩調は軽快だった。
逆に階段を降りて、通路の先にある扉を1つ越えたら玉座が見える。段上になった王座を降りて謁見の間を通り過ぎれば、今度は左右に伸びる通路。
左に歩けば外へ続く扉、右へ向かって扉をくぐれば食堂だ。いつもならば朝食を貰いに行くところだが、休暇の時に限ってはそれをしない。あまり人に会いたくない上に、いずれにしても準備中だろうからだ。
外てへ出ると玄関ポーチを降り、貴族の別荘かというほど小さな王城を背に城下への門を通り抜けた。
行き先は、正面の大通りを直進して3キュロメトーも進んだ先にある古びた書店である。
「皆、まだ来ていないだろうし……」
人に見つからないよう城を出るためとは言え、流石に時間が早すぎた。自作の小説を見せあい自費出版する同好の士が集まる本屋も、開いていないだろうと予想して朝食を適当な屋台で済ませることにした。
赤レンガの壁に囲まれた目抜き通りを歩き、石畳に敷かれた蒸気機関車用のレールを跨ぐ。労働者のために早くから開かれているみすぼらしい露店へと近づく。
見た目は綺麗な店で、近くに置かれたブリキのバケツからゴミが氾濫しているだけなら良い方だ。夕方には、蓋も閉まりきらないようになっているだろう。
十分なようだが大通りでもその有様と言える。裏通りなどハリボテのような建物ぐらいしかなく、治安維持に近衛騎士隊まで借り出すこともあるほど。
しかし、これでも大国の地方都市ほどの発展を3年で成し遂げたのだ。
露店で商売ができるだけの衛生状態を確保できたのも、住民達の努力合ってのことである。
「すまない。店主、『吸い飯』を一杯頼む」
「はいな。2ドゥルですだ」
その功労者たる奴隷。いや、盟友のヴァイマン人の店主に、米粉を練って小さく千切ったものを鶏ガラ出汁のスープで炊いた料理を注文した。
こうしてこの国ハイドロメルが存在するのは、一重に国王陛下と蛮族とされた彼らヴァイマン人があってのことだ。
人種を越えて皆が育ててきた紙幣を、布の鞄から取り出して渡す。
「む、5ドゥルしかない。大丈夫だろうか?」
「へいよ。吸い飯と3ドゥルでさ」
店主は訛りのあるイータット語で接客を端的に終わらせ、リナルドも金属器と釣り銭を受け取った。
王城の料理には劣るものの、上手い具合に出汁は取れているし練り物の大きさや食感も調整が利いている。モチモチとした歯ごたえを楽しみ、温かいスープで胃へと流し込む。
「ごちそうさま。悪くなかった」
「どーも」
少しばかり名残惜しささえ感じさせる味に礼を言って、食器を返しまた道を歩き始めた。
疎らにハッチング帽とボロの背広を着た労働者が、すれ違ったり並んで歩いたりしだす。書店にたどり着く頃にはちょうど良いぐらいの時間となった。
もう直だと、鞄の中身を確かめるように抱きしめる。
「なんだ……? 憲兵隊だと?」
しかし、いつもとは様相が違うことに気づいた。
店の前には人だかりが出来ており、辛うじて覗ける人波の隙間から銀色の鎧姿が見えた。治安維持を主に担当する部隊の鎧である。
なぜこんなところにいるのかと考えれば、答えなど直ぐに出てくる。本の入った袋を抱きかかえながらも、人混みに紛れて中の様子を伺う。
「この本を書いたのは誰だ? 作者ドルナリンには不敬罪の容疑がかかっている!」
憲兵隊の1人が、老齢の店主に対して尋問するのが見えた。
「し、知らねぇですよ! 本屋が作家全員とお友達だとでも思ってんですかいッ?」
偏屈なところはあるものの会場として店のスペースを貸してくれる店主は、このような扱いを受けて良い人物ではない。
それに、憲兵隊の持っている本や著者の名前には明らかに聞き覚えがあった。作者はリナルドの名を利用したものであり、自作を小冊子として印刷し直したものだからだ。
平たく言えば、この騒ぎの原因はリナルドなのである。本の内容が不味かったのだと言うこともわかっている。
「…………ま、待ってくれ!」
リナルドは僅かな逡巡を置いて、騒ぎの中へと飛び込んでいった。咄嗟に口の中に詰め物をする程度の余裕はあったが。
何だ何者だと言わんばかりの憲兵隊達の視線、そして訴えるような店主の表情が三点の中心で混じり合った。
このままでは店主の身が危ないと割って入ったものの、その逆リナルドが不敬罪で裁かれることを意味している。だが、今更遅い。
義を見てせざるほどリナルドは不義理な人間ではない。黙っていることなどできず、ついには口を開く。
「その本を書いたのは、私だ!」
絢爛ともボロとも違う、柔軟ながら薄いマットの敷かれた寝台から起き上がる。夜着を脱いで下着姿の細く引き締まった体を昇り始めた朝日に晒し、少し寝不足で鈍いその身を活性化させる。
市民の私服としては一般的な、春季用の長袖シャツとズボンに手足を通す。リネンの荒くも風通しの良い感触。革製のベストを身に着け、懐に護身用の短剣を忍ばせる。最後に、普段はつけない分厚い眼鏡を装着する。
着替え終わると、昨夜の内に用意していた布袋を肩に掛ける。リナルドがあてがわれた個室を出て上階への段差を見やる。
「……」
流石に合わせる顔がございません……。
敬愛する陛下の寝室に挨拶へ赴こうと考えるも、今朝なそんな心境ではなく渋々と身を翻した。気持ちに反して歩調は軽快だった。
逆に階段を降りて、通路の先にある扉を1つ越えたら玉座が見える。段上になった王座を降りて謁見の間を通り過ぎれば、今度は左右に伸びる通路。
左に歩けば外へ続く扉、右へ向かって扉をくぐれば食堂だ。いつもならば朝食を貰いに行くところだが、休暇の時に限ってはそれをしない。あまり人に会いたくない上に、いずれにしても準備中だろうからだ。
外てへ出ると玄関ポーチを降り、貴族の別荘かというほど小さな王城を背に城下への門を通り抜けた。
行き先は、正面の大通りを直進して3キュロメトーも進んだ先にある古びた書店である。
「皆、まだ来ていないだろうし……」
人に見つからないよう城を出るためとは言え、流石に時間が早すぎた。自作の小説を見せあい自費出版する同好の士が集まる本屋も、開いていないだろうと予想して朝食を適当な屋台で済ませることにした。
赤レンガの壁に囲まれた目抜き通りを歩き、石畳に敷かれた蒸気機関車用のレールを跨ぐ。労働者のために早くから開かれているみすぼらしい露店へと近づく。
見た目は綺麗な店で、近くに置かれたブリキのバケツからゴミが氾濫しているだけなら良い方だ。夕方には、蓋も閉まりきらないようになっているだろう。
十分なようだが大通りでもその有様と言える。裏通りなどハリボテのような建物ぐらいしかなく、治安維持に近衛騎士隊まで借り出すこともあるほど。
しかし、これでも大国の地方都市ほどの発展を3年で成し遂げたのだ。
露店で商売ができるだけの衛生状態を確保できたのも、住民達の努力合ってのことである。
「すまない。店主、『吸い飯』を一杯頼む」
「はいな。2ドゥルですだ」
その功労者たる奴隷。いや、盟友のヴァイマン人の店主に、米粉を練って小さく千切ったものを鶏ガラ出汁のスープで炊いた料理を注文した。
こうしてこの国ハイドロメルが存在するのは、一重に国王陛下と蛮族とされた彼らヴァイマン人があってのことだ。
人種を越えて皆が育ててきた紙幣を、布の鞄から取り出して渡す。
「む、5ドゥルしかない。大丈夫だろうか?」
「へいよ。吸い飯と3ドゥルでさ」
店主は訛りのあるイータット語で接客を端的に終わらせ、リナルドも金属器と釣り銭を受け取った。
王城の料理には劣るものの、上手い具合に出汁は取れているし練り物の大きさや食感も調整が利いている。モチモチとした歯ごたえを楽しみ、温かいスープで胃へと流し込む。
「ごちそうさま。悪くなかった」
「どーも」
少しばかり名残惜しささえ感じさせる味に礼を言って、食器を返しまた道を歩き始めた。
疎らにハッチング帽とボロの背広を着た労働者が、すれ違ったり並んで歩いたりしだす。書店にたどり着く頃にはちょうど良いぐらいの時間となった。
もう直だと、鞄の中身を確かめるように抱きしめる。
「なんだ……? 憲兵隊だと?」
しかし、いつもとは様相が違うことに気づいた。
店の前には人だかりが出来ており、辛うじて覗ける人波の隙間から銀色の鎧姿が見えた。治安維持を主に担当する部隊の鎧である。
なぜこんなところにいるのかと考えれば、答えなど直ぐに出てくる。本の入った袋を抱きかかえながらも、人混みに紛れて中の様子を伺う。
「この本を書いたのは誰だ? 作者ドルナリンには不敬罪の容疑がかかっている!」
憲兵隊の1人が、老齢の店主に対して尋問するのが見えた。
「し、知らねぇですよ! 本屋が作家全員とお友達だとでも思ってんですかいッ?」
偏屈なところはあるものの会場として店のスペースを貸してくれる店主は、このような扱いを受けて良い人物ではない。
それに、憲兵隊の持っている本や著者の名前には明らかに聞き覚えがあった。作者はリナルドの名を利用したものであり、自作を小冊子として印刷し直したものだからだ。
平たく言えば、この騒ぎの原因はリナルドなのである。本の内容が不味かったのだと言うこともわかっている。
「…………ま、待ってくれ!」
リナルドは僅かな逡巡を置いて、騒ぎの中へと飛び込んでいった。咄嗟に口の中に詰め物をする程度の余裕はあったが。
何だ何者だと言わんばかりの憲兵隊達の視線、そして訴えるような店主の表情が三点の中心で混じり合った。
このままでは店主の身が危ないと割って入ったものの、その逆リナルドが不敬罪で裁かれることを意味している。だが、今更遅い。
義を見てせざるほどリナルドは不義理な人間ではない。黙っていることなどできず、ついには口を開く。
「その本を書いたのは、私だ!」
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