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0P・ランプの下の白い本
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「パスクス陛下と近衛兵リナルは副神“ゼラ”の広げた闇のヴェールに隠れ、寝所の上で主神“マルグリン”のもたらす蜜を互いに啜りあった。神宴で主神に捧げた蜂蜜酒よりも濃厚で甘い雫に2人は夜陰に溶けてしまいそうな錯覚を覚えた。互いの熱が蜜口から伝わり、共に愛し合うことを熱望しているのがわかる。もはや弁明の必要はなく、交わす言葉もなくひたすらに貪りあう。小刻みに体が震える。漏れ出る喘ぎ声を必死に抑える。しばらくしてどちらが先ともなく蜜食を終えると、パスクス陛下は口唇に残った甘露を舐め取りながら体の向きを変えた。お互いに見つめ合う形となり、淡いランプの光の下にあるリナルの紅潮した顔が御方の前にさ……ッ!?」
書き終わるか否か、突如として木製のドアが叩かれた。
危うくペン先が滑りそうになったのを抑え、慌てて万年筆を白紙の本から離す。ランプの光を照り返す紙面を閉じて音のした方を見やった。施錠された部屋へ無理やり入ってくることもないというのに、日記を見られまいとするかのように体で本を覆い隠す。
「なんだ……?」
冷静さを繕いながら重苦しい声で問いかけた。
呼吸の乱れはない。至っていつもの、近衛騎士隊長リナルド=オロッソ子爵の口調と声音のそれである。
「見回りなのですが、窓から明かりが漏れていましたので」
「そうか。ご苦労」
「いえ。こちらこそ夜分に失礼しました」
場内を見回っていた騎士隊員に労いの言葉を掛けた。明かりを灯したまま居眠りでもしていると思って、隊員は様子を伺いにきたらしい。
確かに、国家の資材を無駄遣いしたのでは国王陛下に、市井の民に申し訳が立たないというもの。リナルドは叱責することもなく静かに言葉を繋ぐ。
「明日の休暇に備えて、残りの仕事を終わらせておこうと思ってな」
「遅くまでお疲れ様です。オロッソ隊長。それと……」
扉は開けずに応対した。執務でないことが知られてしまうからだ。
「なんだ?」
見回りの隊員が妙に言い淀んだので、リナルドは僅かに額にシワを寄せてから先を促した。
「自分も明日は休暇なのですが、もしよろしければ、ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
緊張した様子が聞き取れる声で、近衛騎士隊2年目の少年は願い出てきた。しかし、リナルドは応える。
僅かの迷いもなく、既に決まっている予定のために断る。
「すまない。非常に個人的な用事を済ませなければならないので、同行は許可できない」
「……そう、ですか。出過ぎたこと申してすみませんでした」
リナルド自身、固い言葉遣いながら可能な限り穏当に伝えたつもりだった。少年も断られることを前提にしていたようで、少し気落ちこそしているものの大人しく引き下がってくれた。
頭を下げて立ち去ろうとしている姿が容易に想像できる。
リナルドは、本当に申し訳ないという気持ちを表すように眼鏡を少し押し上げて目元を抑える。
「良い休日を」
明日のことに思いを馳せながら、届いたかわからない気遣いの言葉を掛けた。
立ち去る足音は変わらないリズムを刻むも、一歩一歩のボリュームは変わることなくしばらく続いた。
気配がなくなったのを確認した後、樫の机に目を落とし再び万年筆を手に革表紙を開く。
よし、もう少しで完成だ!
頭の中にある物語の流れを思い出し、完結まで間近なことを確認する。今日まで書き綴ってきた文字は、リナルドの性格を表すように几帳面で規律正しく誇らしかった。満足げに鼻で息を吐くと執筆に取り掛かった。
春先の優しくも少し冷たい風が、サーッと肩甲骨まで伸びたブルネットの長髪を撫でた。
夜着のチュニックに染み込む涼風にちょっとばかり身を震わせる。まるで胸中の悔恨に恐怖するかのように。
「――らされた。リナルは……」
自らを主役とした散文形式の物語は、簒奪と冒涜の歴史を象徴するにふさわしい出来だった。
なにせ、こうして密かに書き進めなければならない下劣なものだからである。敬愛する国王陛下をモデルとした登場人物に、自らの分身を淫らに攻めて貰おうとしているのだから。
思わず慙悔の言葉が吐き出される。小説の題にある通りの言葉を。
「陛下、不敬をお許しください!」
書き終わるか否か、突如として木製のドアが叩かれた。
危うくペン先が滑りそうになったのを抑え、慌てて万年筆を白紙の本から離す。ランプの光を照り返す紙面を閉じて音のした方を見やった。施錠された部屋へ無理やり入ってくることもないというのに、日記を見られまいとするかのように体で本を覆い隠す。
「なんだ……?」
冷静さを繕いながら重苦しい声で問いかけた。
呼吸の乱れはない。至っていつもの、近衛騎士隊長リナルド=オロッソ子爵の口調と声音のそれである。
「見回りなのですが、窓から明かりが漏れていましたので」
「そうか。ご苦労」
「いえ。こちらこそ夜分に失礼しました」
場内を見回っていた騎士隊員に労いの言葉を掛けた。明かりを灯したまま居眠りでもしていると思って、隊員は様子を伺いにきたらしい。
確かに、国家の資材を無駄遣いしたのでは国王陛下に、市井の民に申し訳が立たないというもの。リナルドは叱責することもなく静かに言葉を繋ぐ。
「明日の休暇に備えて、残りの仕事を終わらせておこうと思ってな」
「遅くまでお疲れ様です。オロッソ隊長。それと……」
扉は開けずに応対した。執務でないことが知られてしまうからだ。
「なんだ?」
見回りの隊員が妙に言い淀んだので、リナルドは僅かに額にシワを寄せてから先を促した。
「自分も明日は休暇なのですが、もしよろしければ、ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
緊張した様子が聞き取れる声で、近衛騎士隊2年目の少年は願い出てきた。しかし、リナルドは応える。
僅かの迷いもなく、既に決まっている予定のために断る。
「すまない。非常に個人的な用事を済ませなければならないので、同行は許可できない」
「……そう、ですか。出過ぎたこと申してすみませんでした」
リナルド自身、固い言葉遣いながら可能な限り穏当に伝えたつもりだった。少年も断られることを前提にしていたようで、少し気落ちこそしているものの大人しく引き下がってくれた。
頭を下げて立ち去ろうとしている姿が容易に想像できる。
リナルドは、本当に申し訳ないという気持ちを表すように眼鏡を少し押し上げて目元を抑える。
「良い休日を」
明日のことに思いを馳せながら、届いたかわからない気遣いの言葉を掛けた。
立ち去る足音は変わらないリズムを刻むも、一歩一歩のボリュームは変わることなくしばらく続いた。
気配がなくなったのを確認した後、樫の机に目を落とし再び万年筆を手に革表紙を開く。
よし、もう少しで完成だ!
頭の中にある物語の流れを思い出し、完結まで間近なことを確認する。今日まで書き綴ってきた文字は、リナルドの性格を表すように几帳面で規律正しく誇らしかった。満足げに鼻で息を吐くと執筆に取り掛かった。
春先の優しくも少し冷たい風が、サーッと肩甲骨まで伸びたブルネットの長髪を撫でた。
夜着のチュニックに染み込む涼風にちょっとばかり身を震わせる。まるで胸中の悔恨に恐怖するかのように。
「――らされた。リナルは……」
自らを主役とした散文形式の物語は、簒奪と冒涜の歴史を象徴するにふさわしい出来だった。
なにせ、こうして密かに書き進めなければならない下劣なものだからである。敬愛する国王陛下をモデルとした登場人物に、自らの分身を淫らに攻めて貰おうとしているのだから。
思わず慙悔の言葉が吐き出される。小説の題にある通りの言葉を。
「陛下、不敬をお許しください!」
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