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2P・王は不敵に微笑む
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王城、最奥の2つか3つほど手前。いわゆる王座の間や謁見の間と呼ばれる場所に、何人かの男達が出揃っていた。いくつも部屋を用意するほど、この国の王は己の暮らしに真面目ではない。
さておき、玉座の下に控えるのは5人である。王座に1人、計6人だった。
絢爛さなどない10メトー四方の歩いて何十ほどを数えれば一周できそうな室内には、それで十分だとばかりの空気が漂っていた。
その遠因となっているのは、王座に腰を下ろして肘掛けで頬杖をつく男である。
角のある顔立ちに、つい近年まで戦場に出ていたことを示す目を横断する傷が、余裕のある笑みを浮かべている。
年は20の頃と若そうだが、美丈夫と呼ぶにふさわしく漂う貫禄はその場の誰をも上回る。
「宗主国イータット国より、汝らが属国ハイドロメル国に下知する。直ちに従属の意思を示せ」
重圧のある室内に静かな声音が響いた。
「だっけか?」
緊張を割いたのは、そのようなからかうような軽いノリのセリフ。
玉座の下に佇んだ勅使の男が肩を小さく震わせた。使者がへりくだっていないことについて、怯えの色を表すほどと威圧感であるという証明である。
「……そうだッ」
男は震える声で答えた。
「検討しておくよ。貴国の王にはそう伝えておいてくれ」
反してハイドロメルの王は、筋骨ついた腕を小さく振ってそう返すと勅使をあしらう。男はそれ以上何も言えなくなって、すごすごと後ろ向きに下がっていった。
残る5人はその様子を見送った。代わりに還暦にはなろうかという翁が、白髪と長く蓄えた顎髭が前に躍り出る。
両脇に控えていた近衛の兵隊達は、老人の姿に国王パスクアーレ=ロ=テレ=ハイドロメルがうんざりした顔を浮かべたのを見逃さなかっただろう。
「陛下、続きましてわたくしめからの具申にございます」
「宰相……。あぁ、手短に頼む」
ハイドロメル王国が宰相マキシ=トリニアの言葉に微かに何かを言いかけるものの、何かを悟ったかのように先を促した。
「では。もう陛下も20を数えるように相成りました。そろそろ、お世継ぎのために身を固めてはいかがでしょう」
上申などといった物言いではなく、それは完全に父母が孫を求める様相であった。パスクの軍で長年の指揮と参謀を努めてきたマキシだが、いわゆる人の気も知らずに正論を申し出るような老人である。
建国3年とは言え、今の状況ともなると次代の王が望まれるのもわかる。確かに、国が存続できないとなれば宗主国に呑まれる。
「そうは言ってもなぁ。姫はつい最近に子の為せる適齢に達したんだぞ?」
この場には居ない自由人のことを思えば、そのようなことはまだ難しいと暗に伝えた。
成人にも至らないうちに和平の人質として、政略のために蛮族の帝王から送られた姫である。命がけの戦いに身を投じていただけに、心身こそ出来ていてもそれとこれとは別というものだ。
最たる懸念もあった。
「あー、ほれ、その……俺のモノを受け止められるか、とか」
それっぽいことを言って誤魔化して引き伸ばす。
「えっと、それはですな……。しかし、どうせいずれは契を交わさねばなりません」
やはり人の気も知らずに食い下がってくるマキシ。ここ数年、繰り返しているやり取りにパスクも辟易しているのだった。それを言えば、いつまでも先送りにするパスクに呆れていることだろう。
「最悪、姫を王座に座らせておけ。どうせ一代でなった国だ」
「な、何をおっしゃいます!? 蛮族の娘に、あ、いえ……若い姫に国政など」
つい老齢らしい固い思考が漏れかかったが、即座に修正した。賢い。
寝室への階段に隠れてこそいるが、件の姫が傍に戻ってきているのである。
「なぁに、アレは奔放に見えて聡い。お主の火計から1人だけ逃れたのを忘れてはいないだろ?」
パスクは少しでもマキシをフォローしてやろうと、姫はこの程度で怒るたまではないが、あれやこれやと褒める言葉を並べてみた。
決してお世辞やおべっかではなく、本心からの言葉をさらに続ける。
「幼くして現近衛騎士隊長と何度も渡り合い、俺とも数十度と打ち合ったんだ。戦王を継ぐにふさわしい武勇の持ち主だろうに」
階段に置かれた姫の薄褐色の足しか見えないが、上下に振られていることからパスクに褒められて悦んでいるのがわかる。根は単純だ。
「むぐぐ……」
「さて、もう良いだろう。次だ」
「ハッ。お待ち下さい。陛下!」
パスクは二の句が告げなくなったマキシを下がらせ、次の陳述を促した。
近衛兵達に下がらされる宰相の代わりに進み出たのは、銀に輝く鎧を身に着けた男だった。金の刺繍で剣と星が描かれたマントやサーコートとは対局のその格好は、憲兵隊のものだとわかる。
「陛下、先程、城下にて不届きな輩を捕縛いたしました」
憲兵隊の男はかしずいたまま述べた。
「そうか。それは、わざわざ俺に報告するほどのことなのか?」
「はい。不敬を働いており、このような本まで執筆している始末」
「ほほぅ」
内容如何によっては聞く必要もなしと打ち切るつもりだったが、続く男の言葉に俄然興味が湧いた。銀の篭手で差し出された本を近衛兵が取り上げ、パスクの前へと持ってくる。
パスクも本を受け取り数ページを黙読していく。内容は、自身と近衛隊長リナルドを模した男達の衆道というもの。
パスクの口元がニヤリとつり上がった。
さておき、玉座の下に控えるのは5人である。王座に1人、計6人だった。
絢爛さなどない10メトー四方の歩いて何十ほどを数えれば一周できそうな室内には、それで十分だとばかりの空気が漂っていた。
その遠因となっているのは、王座に腰を下ろして肘掛けで頬杖をつく男である。
角のある顔立ちに、つい近年まで戦場に出ていたことを示す目を横断する傷が、余裕のある笑みを浮かべている。
年は20の頃と若そうだが、美丈夫と呼ぶにふさわしく漂う貫禄はその場の誰をも上回る。
「宗主国イータット国より、汝らが属国ハイドロメル国に下知する。直ちに従属の意思を示せ」
重圧のある室内に静かな声音が響いた。
「だっけか?」
緊張を割いたのは、そのようなからかうような軽いノリのセリフ。
玉座の下に佇んだ勅使の男が肩を小さく震わせた。使者がへりくだっていないことについて、怯えの色を表すほどと威圧感であるという証明である。
「……そうだッ」
男は震える声で答えた。
「検討しておくよ。貴国の王にはそう伝えておいてくれ」
反してハイドロメルの王は、筋骨ついた腕を小さく振ってそう返すと勅使をあしらう。男はそれ以上何も言えなくなって、すごすごと後ろ向きに下がっていった。
残る5人はその様子を見送った。代わりに還暦にはなろうかという翁が、白髪と長く蓄えた顎髭が前に躍り出る。
両脇に控えていた近衛の兵隊達は、老人の姿に国王パスクアーレ=ロ=テレ=ハイドロメルがうんざりした顔を浮かべたのを見逃さなかっただろう。
「陛下、続きましてわたくしめからの具申にございます」
「宰相……。あぁ、手短に頼む」
ハイドロメル王国が宰相マキシ=トリニアの言葉に微かに何かを言いかけるものの、何かを悟ったかのように先を促した。
「では。もう陛下も20を数えるように相成りました。そろそろ、お世継ぎのために身を固めてはいかがでしょう」
上申などといった物言いではなく、それは完全に父母が孫を求める様相であった。パスクの軍で長年の指揮と参謀を努めてきたマキシだが、いわゆる人の気も知らずに正論を申し出るような老人である。
建国3年とは言え、今の状況ともなると次代の王が望まれるのもわかる。確かに、国が存続できないとなれば宗主国に呑まれる。
「そうは言ってもなぁ。姫はつい最近に子の為せる適齢に達したんだぞ?」
この場には居ない自由人のことを思えば、そのようなことはまだ難しいと暗に伝えた。
成人にも至らないうちに和平の人質として、政略のために蛮族の帝王から送られた姫である。命がけの戦いに身を投じていただけに、心身こそ出来ていてもそれとこれとは別というものだ。
最たる懸念もあった。
「あー、ほれ、その……俺のモノを受け止められるか、とか」
それっぽいことを言って誤魔化して引き伸ばす。
「えっと、それはですな……。しかし、どうせいずれは契を交わさねばなりません」
やはり人の気も知らずに食い下がってくるマキシ。ここ数年、繰り返しているやり取りにパスクも辟易しているのだった。それを言えば、いつまでも先送りにするパスクに呆れていることだろう。
「最悪、姫を王座に座らせておけ。どうせ一代でなった国だ」
「な、何をおっしゃいます!? 蛮族の娘に、あ、いえ……若い姫に国政など」
つい老齢らしい固い思考が漏れかかったが、即座に修正した。賢い。
寝室への階段に隠れてこそいるが、件の姫が傍に戻ってきているのである。
「なぁに、アレは奔放に見えて聡い。お主の火計から1人だけ逃れたのを忘れてはいないだろ?」
パスクは少しでもマキシをフォローしてやろうと、姫はこの程度で怒るたまではないが、あれやこれやと褒める言葉を並べてみた。
決してお世辞やおべっかではなく、本心からの言葉をさらに続ける。
「幼くして現近衛騎士隊長と何度も渡り合い、俺とも数十度と打ち合ったんだ。戦王を継ぐにふさわしい武勇の持ち主だろうに」
階段に置かれた姫の薄褐色の足しか見えないが、上下に振られていることからパスクに褒められて悦んでいるのがわかる。根は単純だ。
「むぐぐ……」
「さて、もう良いだろう。次だ」
「ハッ。お待ち下さい。陛下!」
パスクは二の句が告げなくなったマキシを下がらせ、次の陳述を促した。
近衛兵達に下がらされる宰相の代わりに進み出たのは、銀に輝く鎧を身に着けた男だった。金の刺繍で剣と星が描かれたマントやサーコートとは対局のその格好は、憲兵隊のものだとわかる。
「陛下、先程、城下にて不届きな輩を捕縛いたしました」
憲兵隊の男はかしずいたまま述べた。
「そうか。それは、わざわざ俺に報告するほどのことなのか?」
「はい。不敬を働いており、このような本まで執筆している始末」
「ほほぅ」
内容如何によっては聞く必要もなしと打ち切るつもりだったが、続く男の言葉に俄然興味が湧いた。銀の篭手で差し出された本を近衛兵が取り上げ、パスクの前へと持ってくる。
パスクも本を受け取り数ページを黙読していく。内容は、自身と近衛隊長リナルドを模した男達の衆道というもの。
パスクの口元がニヤリとつり上がった。
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