骨董商リュカと月の神子

不来方しい

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第一章 ふたりの出会い

018 結婚相手

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 月斗はテーブルを強く叩いた。静寂が訪れ、空気は張りつめる。
「なあ、優月。皆がお前を心配しとる」
 喉まででかかった言葉は呑み込む。言えない。言えるわけがない。誰も自分の心配はしていないなんて──。
「電話でも話したが、麻生さんがお前の結婚相手にどうかって話をしてたんだ。麻生さんも、お前がよければ引き受けると言っている」
「──…………いい……」
「ん?」
「もう、それでいい……」
 楽になりたかった。
 普通の家に生まれたかった。
 変えられる運命を夢見ていた。
 それができないのから、受け入れるしかない。誰も犠牲者を出したくない。
「麻生さんはよろしいですか?」
「もちろんだとも」
 麻生は満足げに頷く。酒も入り、上機嫌だ。
「やっと決まったか。これで俺も安心だ」
 久しぶりに月斗の笑顔を見た気がした。
 兄の優月が神子を降りれば、月の名を持つ月斗に降りかかる。月斗も気が気でなかっただろう。
 テーブルいっぱいに用意された豪華な食事を囲んでも、味が一切しなかった。
 優月を蚊帳の外にして、村人で結婚式の段取りを次から次へと決めていく。
 父の清一は一つ一つ確認を取るが、優月は首を縦に振ることしかできなかった。

 深夜に宴はお開きとなり、夜は静穏な村となる。車通りもほとんどなく、駅もないため人が通れば目立つ。
「兄さん、入っていいか?」
「どうぞ」
 弟の清志だ。背が伸び、大人びた。筋肉もついている。
「うわ、ひっでー顔」
「はは……おかえり。ちょっと日に焼けたな」
「外の力仕事だからな。お疲れ。大変だったな」
「いつかこうなるのは判ってたからさ。ご飯は?」
「余りのご馳走でも食べるよ」
「パイありがとうな。まだ食べてないけど」
「おう。じゃあ飯食ってくる」
 口数少ないが、弟との会話は癒しだ。自分を判ってくれる人がいるとほっとした。
 清志がいなくなると、頭が割れそうなほど耳鳴りがした。
 単に泣きすぎだが、月に住まう神からの交信に思えた。
 早く贄を差し出せと、神がそう告げている。
 本当に明日、麻生と結婚できるのか──?
 月の神は納得しそうにない風貌だ。もしかしたら失敗すら可能性は秘めている。
 儀式を終えた夜は、麻生と二人きりで過ごさなければならない。月明かりだけが照らす中、彼と過ごす時間を考えると逃げ出したい衝動に駆られる。
 優月は目を瞑った。残された時間を考えると、今は寝るのが得策だ。明日になれば、良い案が浮かんでいるかもしれない。

 一週間前の天気予報だと、今日は土砂降りのはずだった。残念ながら雲一つない快晴で、今宵は満月がよく見える。神が天候を決めているかのようだった。
 朝食を食べにリビングへ行くと、月斗は昨日に比べ機嫌が良い。
「兄さんが選ばれてほっとしたよ。俺は犠牲になりたくないし」
「こら月斗。犠牲とか言うんじゃない。おめでたいことなんだぞ」
「何がめでたいだよ。あんな汗だくのおっさんと結婚とか地獄でしかないわ。父さんは月の名前を背負わなかったから俺らの苦しみは理解できないんだよ」
 月斗の言う通りだ。
「優月、ちょっと早いが結婚おめでとう」
 優月は何も言わず、ただ頷いた。
「午後には衣装合わせがある。お前のサイズに合っているはずだが、神楽殿へ行って確認してきてくれ」
 神楽殿は境内にある建物の一つだ。普段は閉じられているが祭りなどがあると開かれる。行事や儀式があると中で準備をするのも習わしだ。
 神社へ向かうと、境内は慌ただしく村人が動き回っている。
「優月、久しぶりに帰ってきたかあ。ようやく結婚する気になったんかお前は」
「まあ………」
「中に変な外国人がいてのう。対応に困っとる。今日は儀式だから帰れ言うても、帰ろうとせん。あんまり面がええもんだから、女たちが酔っちまっとる。もしかしたら儀式をめちゃくちゃにする地獄からの使徒かもしれん」
 外国人。面が良い。重要すぎるキーワードは、優月の鼓動を早くさせる。
 無我夢中で地面を蹴った。人だかりができている神楽殿は久しぶりに見る光景だ。
「ちょっと、すみません」
 人を押し退けて前へ前へと進む。女性たちに囲まれる中、ブロンドヘアーの男性がいた。
 男性はこちらを振り返る。互いの目は互いを射抜く。
 鼻の奥に痛みが走った。
「リュカさん…………」
 思っていた以上に情けない声が出てしまった。
 リュカは恭しく頭を下げる。
「王子様みたい……」
「白馬に乗って登場すべきでしたか? ここまでタクシーで参りました」
「どうしてここに……」
「あなたと結婚するために」
 村人たちは息を呑み、瞠目している。優月自身もだ。
「何の騒ぎだ?」
 遅れて父の清志が神楽殿へ入ってきた。彼もまたリュカを見て驚きを隠せないでいる。
「父さん、あのさ……この人は、」
「初めまして。私はリュカ・リリーホワイトと申します。優月さんと親しくさせて頂いております」
 それなりの付き合いだが、彼が正真正銘の本名を名乗るのは初めて聞いた。ブリティッシュ・ジョークでもなんでもなく、彼の本気を感じた。
「儀式の話は大方彼から聞いております。結婚相手に村以外の人間を選び、一夜を共にする。合っていますか?」
「ええ……その通りですが……」
「では、相手が私だと言うことは?」
「なんだって?」
 全員からの視線が突き刺さる。優月も何を言っている、と小刻みに頭を振った。
「リュカさん、待って、本当に」
「それとも異国の人間は認められませんか?」
「書物には村人以外と書かれているので、前例はなくとも外国人であっても問題はないはずですが……。優月、そうなのか?」
 父からの視線が一番痛かった。
「優月、私を選びますよね?」
 横には麻生もいる。麻生は憎々しげにリュカを上から下まで凝視し、顔を真っ赤にさせている。
「優月、逃れられなくとも、別れ道もあります。立ち止まり、よく考えなさい」



 いつもより月光は村を照らし、神が村に繁栄をもたらしてくれているかのようだった。
「ああ……きれいだな」
「そうだな。お前も似合っているぞ」
 父は満足げに頷く。きれい、と言ったのは月に対してだが、勘違いされたようだ。
「なんで相手がいるって言わなかったんだ?」
「それは……向こうも仕事が忙しいしさ。言えなかったんだよ」
「あんな美しい人なら神様も大喜びだ。大儀だったぞ」
 リュカには何も説明できていない。本格的な準備に入れば、相手と連絡を取り合えないからだ。
「さあ、行こうか」
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