飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第301話 これは『魔術円』と呼ばれ古来、魔力を象徴するシンボルとされています。

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「火、水、風の3属性と『熱』が深くかかわっているという点は理解できますか? 火は熱が起こす現象であり、自ら熱を生み出しますね。空気から熱を奪えば水が得られます。風は熱い空気と冷たい空気が存在することにより流れます」

 ダイアン先生の説明を聞きながら、ステファノの考えはさまよう。

(熱とは振動であり、運動だ。火、水、風の3属性は「運動」という1つの属性と言い換えることもできるか?)

「魔術において『土』とは形のある『泥』を指したものではなく、『土』が持つ引力を象徴しているということは理解できますか? 結構です」

 ここまでは新入生とはいえ魔術科の生徒である全員が理解していた。ステファノについて言えば、つい最近知ったことであったが。

「通常、雷とは稲妻やいかづちなどの自然現象をまとめて差します。これは雷気らいきと呼ばれる力が引き起こしたものと考えられています。我々の目に見えるのは雷気そのものではなく、稲妻、つまり稲光ですね」

 ダイアン先生は短杖を振って、黒板の「光」という文字を強調した。

「つまり、雷気という『力』は光と近しい関係にあるということです。日の光に当たれば熱を生じます。光に熱を生み出す『力』があるということですね」

(どちらも「力」であるなら、「雷気」という力が「光」という力に変化したということか? 「音」や「熱」も生み出すな……)

「『土』が象徴する『引力』とは実に不思議な力です。間に何をおいても遮られることがありません。対象に触れなくても作用します」

(魔術の働きによく似ているな)

「『熱』さえも『力』が変化した状態と捉えれば、6属性はすべて『魔力』という基礎的な『力』を変換した状態と考えることができます」

 ダイアン先生は黒板の文字を消し去り、六芒星を円で囲んだ。

(あの印は……)

「これは『魔術円』と呼ばれ古来、魔力を象徴するシンボルとされています」

(魔術円か……。ヨシズミ先生なら「魔法円」と呼ぶのだろうか。だが、魔力は「フォース」ではない。因果の結びつきであり、「因力オーダー」だ)

「これが典型的な魔力象徴図ですが、はるか昔にはこれと異なる象徴が用いられていました」

 ダイアン先生は魔術円を消した。

「現代的な六芒星に対して、古代五芒星と言われるシンボル図です」

 短杖の一振りで現れたのは5つの頂点を持つ星形であった。ダイアンはさらに無音で言葉を紡ぎ、五芒星の頂点に文字を配した。

もくこんすいの五行です。かつてこれらが世界を構成する5つの元素だと信じられていました」

(なるほど、五遁の術は五行説に基づいていたのか。五行が6属性に進化したと考えればわかりやすいな)

「五行には『相生そうしょう』という思想が伴っていました。木は火を生み、火は土を生む。五行の各要素は連関して隣の要素を生み出すと考えられていたのですね」

 ダイアンは五芒星の頂点を円状に矢印で結んで行った。五芒星版の魔術円が完成した。

「同時に五行には『相剋そうこく』という関係もあると考えられていました。木は土を制し、土は水を制する。水は火を制し、火は金を、金は木を制します」

 星形の各辺は相剋を示す矢印に変わった。

「古代五行説における『土』は、現代属性魔力のような『引力』の象徴ではなく、より単純に『大地』の象徴であったと見られます」

(確かにそうだな。相生、相剋のイメージは「引力」を相手には成り立たないね)

「『金』も直接的に、大地から得られる金属類を象徴していたと予想されます。しかし、具体的にどれかの金属を指していたのか、それとも金属全般を言うのかは定かでありません」

(うーん。ひょっとして五遁の術の金遁は雷魔術ではないのかな? 「金属を生み出す・・・・魔術」は再現不可能だから、雷で良いと思うんだが……)

「もう1つ紹介しておきましょう。太極図と呼ばれる図案です」

 ダイアン先生は五行図を消し、ステファノにはおなじみの太極図を黒板に現した。

「白は陽気、黒は陰気を表わしています。生成と消滅のシンボルですね。明らかに相互作用と連環が表わされています」

(陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず。これも相生、相剋をはっきり表現している。俺は陽気をイドの本質と解釈してきたけれど、正確には「陽気と陰気のペア」と考えるべきなのか)

 陽気と陰気が不可分のペアであるからこそ、陰気が光属性魔力に転じるのかもしれない。陰気が消滅するだけの要素であれば光を発することは難しい。

(しかし、「陰極まれば」か……。そっちを追求しすぎると「紫の外」にたどりつきそうなんだよな)

「紫の外」はヨシズミから禁じられた領域である。ステファノに手を出すつもりはない。

「このように魔力や世界の本質を表わす思想は、1つではありません。今日伝えたかったのは、考え方は1つではなく、絶対の正解というものも存在しないということなのです。魔術とはイメージがすべてであると言われます。自分にとって、あるいはそのテーマにとって有用なイメージを利用することも、立派な魔術学と言えましょう」

 ◆◆◆

 月曜2限め、「薬草の基礎」でも冒頭に論文の回収が行われた。このテーマも回答が難しいものだったため、提出したのは3名だけであった。
 やはり多くの人間は図書館で調査に挑んだものの、対象の多さに圧倒されて途中放棄してしまったのだ。

 ステファノが聞き取り調査を先行させたやり方は有効な方法であった。

 ステファノの論文は、厳密に言えばチャレンジ・テーマから内容がそれている。有効な薬草の組み合わせを示せという出題に対して、病名と推定される脚気の危険性と予防策を述べることにページを割いていた。

 論文として無効と判定される可能性は高かった。しかし、ステファノはそれでも良いと考えた。
 脚気の危険を排除しない限り、発症者に治療を施したところで別の人間がまた発症する。それではいたちごっこだ。

 脚気は「社会病」なのだ。食生活とそれを生み出している産業構造を変えない限り、根絶できない。
 ステファノはそう考えた。

(これが俺の信じる「治療法」です、トクゾーさん)

 論文のタイトルを見たクランド先生は、静かに頷いてそれを受け取ってくれた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第302話 我に太極玉あり。」

(さてと。3時の情革研会合まで時間が空いたな)

 チャレンジ・テーマの論文作成は一通り終了した。

(今日は研究に集中しようかな。それなら研究室へ行こうか。そのまま会合に突入できるし)

 昨日は急遽夕食会を催して、メンバーに手料理を振舞った。スープとチャーハン、そして簡単なソテーを作っただけだが、「手料理」に飢えていた3人にはいたく好評だった。

(ケントクさんにチャーハンのレシピを教わっておいて良かった。最高の餞別だったな)

 ネルソン邸従業員一同から入学祝に何か贈ると言われた時、ステファノは迷わずケントクのレシピを望んだ。

(荷物にならないし、使ってもなくならない。餞別にはもってこいだ)

 プリシラには呆れられたが、ケントクはまんざらでもなさそうだった。
 
 ……

◆お楽しみに。
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