300 / 669
第4章 魔術学園奮闘編
第300話 自分にできることをしなさい。
しおりを挟む
「ステファノ、どうかしましたか?」
論文を書き終えた帰り、カウンターで荷物を受け取るステファノに、ハンニバルが声をかけた。
「自分の思い上がりに気づかされました」
何と言って良いかわからず、ステファノはそう答えた。
「そうですか。……良かったですね」
「えっ?」
思いがけぬ言葉にステファノは顔を上げた。
「気づかぬよりは気づいた方がましだ。そうは思いませんか?」
「……はい。そうかもしれません」
「うむ。考えることは必要だが、考えすぎるのもよろしくない。わかりますか?」
「はい」
ハンニバルはステファノを気遣ってくれていた。
「自分にできることをしなさい。それで良いのです」
「俺にできることですか? 俺には……料理くらいしかできませんが」
「ならば、余計なことを考えず、この鍋で旨い料理を作りなさい」
「旨い料理……」
そう言えばしばらく料理など作ったことがなかった。仕事以外で料理をすることなど、考えたこともない。
「ステファノ。図書館は悩みを抱えて来る場所ではない。ここは夢の国です。知識を集めた宝石箱なのです。暗い顔は似合わない」
ハンニバルは笑った。その言葉を心から信じていることが、ステファノにはわかった。
『何だその面は? 折角の料理がまずくなるぜ!』
へこたれた自分をどやしつけるバンスの声が聞こえる。
『うじうじしてねえで、こいつを食ってみろ! しみったれた気分なんぞ、ふっ飛んじまわあ!』
実際、旨い料理を頬張ればくだらない悩みなど忘れてしまうのだった。
「そうだ。少しは良い顔になったじゃないか」
「ありがとうございます。帰ります!」
「ああ。いつでもまた来なさい」
(よし! 今日の夕飯は研究室で作ろう。材料を仕入れなくちゃ)
ステファノは再び売店を訪れ、献立を考えながら必要な買い出しをするのだった。
◆◆◆
「トーマ! いるか?」
「ステファノか? 入れ」
「今日の夜なんだが、研究室で食わないか? 俺が料理を作る」
「ああん? どうした、急に? 別に構わんが」
トーマはステファノの勢いに押されて、首を縦に振った。
「よし! じゃあ、すまんがサントスさんとスールーさんにも声をかけてくれ。時間はそうだな、7時にしよう」
「おう。7時に研究室だな? 何か必要なものはあるか?」
「それじゃあ、ワインでも持って来てくれ」
「任せろ。ちょうど良い奴があるぞ」
「じゃあ頼む。またあとでな」
(さて、仕込みにかかるぞ。時間は十分にある。丁寧にやろう)
ステファノは台車を借りて、道具と材料を研究室に持ち込んだ。
途中何人かの生徒、教師とすれ違ったが、もはやステファノの奇行を気にする人はいない。台車を押し歩くくらいは日常風景であった。
荷物を運ぶステファノの足取りは軽かった。
◆◆◆
月曜日。2度目の魔術学入門は、論文の回収から始まった。
魔力がどこから来たものかというチャレンジ・テーマに対して答えをまとめよという課題であった。
蓋を開けて見ると、論文を提出したのはステファノだけであった。
他の生徒は無理をしてチャレンジに挑むよりも、きちんと学科を学んだ方がためになると判断したようだ。
審査の結果は後日連絡する、とダイアン先生は言った。もちろんそれはクラスへの建前であり、ステファノの合格は既に決定している。
「さて、それでは今日は魔力の属性について学びましょう」
(本当に基礎から教えるんだな。何も知らない俺にとっては助かる話だ)
「えー? 今更属性の講義ですかあ?」
クラスのあちこちからは失望の声が上がった。既に家庭教師や魔術教室で手ほどきを受けて来た生徒たちであろう。
同じことをまたやらされるのかと、うんざりする気持ちはわからないでもなかった。
(わかるけど、ここは我慢しようよ……)
「属性については勉強済みだという人がいるようですね? あなたもそうですか?」
ダイアン先生は先程不満の声を上げていた前列の生徒を指名した。
「……はい。やったことのある内容なので、つい」
不平を漏らしたことに気まずい気持ちはあるのだろう、口をとがらせながらも言葉では謝った。
「すみませんでした」
「気にしていませんよ。おさらいのつもりで一緒に勉強してください。さて、属性の種類を言ってみてくれますか?」
「はい? 火、水、風、雷、土、光の6種類です」
生徒は何を当たり前のことをという顔で答えた。
「間違いありませんね? 異論がある人はいますか?」
(これはどういう狙いだろう? 6属性以外の魔力が存在するのか?)
ダイアンの問いかけに応える生徒はいなかった。
「よろしい。現代の魔術学では6つの属性を唯一無二の分類方法としています。あなたのいう通りですね」
一旦言葉を切ってダイアンはクラスを見渡した。ゆっくりと短杖を取り出し、黒板に向けて一振りする。
そこに描き出されたのは「六芒星」であった。一番上の頂点に「水」、両隣に「火」と「風」、一番下に「光」、両隣に「雷」と「土」が配されていた。
「よく見られる属性図です。この図について知っていることはありますか?」
先ほどの生徒が手を挙げて答えた。
「上半分の火、水、風は『熱』に関連しており、下半分の雷、光、土は『見えない力』が関わっています」
「他の皆さんもそれでよろしいですか? はい、ありがとうございました」
ダイアン先生が口中で何事か唱え、短杖を振ると、六芒星に「熱」と「力」が書き入れられた。
(おお! 黒板は魔力で書き込み自由なんだな。今まで見た魔道具の中で、一番不思議だ。声だけではなく、考えまで読み取らせるのか?)
どうしてもステファノは魔道具に関心を寄せてしまう。どうやったら再現できるかと考えてしまうのだ。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第301話 これは『魔術円』と呼ばれ古来、魔力を象徴するシンボルとされています。」
「火、水、風の3属性と『熱』が深くかかわっているという点は理解できますか? 火は熱が起こす現象であり、自ら熱を生み出しますね。空気から熱を奪えば水が得られます。風は熱い空気と冷たい空気が存在することにより流れます」
ダイアン先生の説明を聞きながら、ステファノの考えはさまよう。
(熱とは振動であり、運動だ。火、水、風の3属性は「運動」という1つの属性と言い換えることもできるか?)
「魔術において『土』とは形のある『泥』を指したものではなく、『土』が持つ引力を象徴しているということは理解できますか? 結構です」
……
◆お楽しみに。
論文を書き終えた帰り、カウンターで荷物を受け取るステファノに、ハンニバルが声をかけた。
「自分の思い上がりに気づかされました」
何と言って良いかわからず、ステファノはそう答えた。
「そうですか。……良かったですね」
「えっ?」
思いがけぬ言葉にステファノは顔を上げた。
「気づかぬよりは気づいた方がましだ。そうは思いませんか?」
「……はい。そうかもしれません」
「うむ。考えることは必要だが、考えすぎるのもよろしくない。わかりますか?」
「はい」
ハンニバルはステファノを気遣ってくれていた。
「自分にできることをしなさい。それで良いのです」
「俺にできることですか? 俺には……料理くらいしかできませんが」
「ならば、余計なことを考えず、この鍋で旨い料理を作りなさい」
「旨い料理……」
そう言えばしばらく料理など作ったことがなかった。仕事以外で料理をすることなど、考えたこともない。
「ステファノ。図書館は悩みを抱えて来る場所ではない。ここは夢の国です。知識を集めた宝石箱なのです。暗い顔は似合わない」
ハンニバルは笑った。その言葉を心から信じていることが、ステファノにはわかった。
『何だその面は? 折角の料理がまずくなるぜ!』
へこたれた自分をどやしつけるバンスの声が聞こえる。
『うじうじしてねえで、こいつを食ってみろ! しみったれた気分なんぞ、ふっ飛んじまわあ!』
実際、旨い料理を頬張ればくだらない悩みなど忘れてしまうのだった。
「そうだ。少しは良い顔になったじゃないか」
「ありがとうございます。帰ります!」
「ああ。いつでもまた来なさい」
(よし! 今日の夕飯は研究室で作ろう。材料を仕入れなくちゃ)
ステファノは再び売店を訪れ、献立を考えながら必要な買い出しをするのだった。
◆◆◆
「トーマ! いるか?」
「ステファノか? 入れ」
「今日の夜なんだが、研究室で食わないか? 俺が料理を作る」
「ああん? どうした、急に? 別に構わんが」
トーマはステファノの勢いに押されて、首を縦に振った。
「よし! じゃあ、すまんがサントスさんとスールーさんにも声をかけてくれ。時間はそうだな、7時にしよう」
「おう。7時に研究室だな? 何か必要なものはあるか?」
「それじゃあ、ワインでも持って来てくれ」
「任せろ。ちょうど良い奴があるぞ」
「じゃあ頼む。またあとでな」
(さて、仕込みにかかるぞ。時間は十分にある。丁寧にやろう)
ステファノは台車を借りて、道具と材料を研究室に持ち込んだ。
途中何人かの生徒、教師とすれ違ったが、もはやステファノの奇行を気にする人はいない。台車を押し歩くくらいは日常風景であった。
荷物を運ぶステファノの足取りは軽かった。
◆◆◆
月曜日。2度目の魔術学入門は、論文の回収から始まった。
魔力がどこから来たものかというチャレンジ・テーマに対して答えをまとめよという課題であった。
蓋を開けて見ると、論文を提出したのはステファノだけであった。
他の生徒は無理をしてチャレンジに挑むよりも、きちんと学科を学んだ方がためになると判断したようだ。
審査の結果は後日連絡する、とダイアン先生は言った。もちろんそれはクラスへの建前であり、ステファノの合格は既に決定している。
「さて、それでは今日は魔力の属性について学びましょう」
(本当に基礎から教えるんだな。何も知らない俺にとっては助かる話だ)
「えー? 今更属性の講義ですかあ?」
クラスのあちこちからは失望の声が上がった。既に家庭教師や魔術教室で手ほどきを受けて来た生徒たちであろう。
同じことをまたやらされるのかと、うんざりする気持ちはわからないでもなかった。
(わかるけど、ここは我慢しようよ……)
「属性については勉強済みだという人がいるようですね? あなたもそうですか?」
ダイアン先生は先程不満の声を上げていた前列の生徒を指名した。
「……はい。やったことのある内容なので、つい」
不平を漏らしたことに気まずい気持ちはあるのだろう、口をとがらせながらも言葉では謝った。
「すみませんでした」
「気にしていませんよ。おさらいのつもりで一緒に勉強してください。さて、属性の種類を言ってみてくれますか?」
「はい? 火、水、風、雷、土、光の6種類です」
生徒は何を当たり前のことをという顔で答えた。
「間違いありませんね? 異論がある人はいますか?」
(これはどういう狙いだろう? 6属性以外の魔力が存在するのか?)
ダイアンの問いかけに応える生徒はいなかった。
「よろしい。現代の魔術学では6つの属性を唯一無二の分類方法としています。あなたのいう通りですね」
一旦言葉を切ってダイアンはクラスを見渡した。ゆっくりと短杖を取り出し、黒板に向けて一振りする。
そこに描き出されたのは「六芒星」であった。一番上の頂点に「水」、両隣に「火」と「風」、一番下に「光」、両隣に「雷」と「土」が配されていた。
「よく見られる属性図です。この図について知っていることはありますか?」
先ほどの生徒が手を挙げて答えた。
「上半分の火、水、風は『熱』に関連しており、下半分の雷、光、土は『見えない力』が関わっています」
「他の皆さんもそれでよろしいですか? はい、ありがとうございました」
ダイアン先生が口中で何事か唱え、短杖を振ると、六芒星に「熱」と「力」が書き入れられた。
(おお! 黒板は魔力で書き込み自由なんだな。今まで見た魔道具の中で、一番不思議だ。声だけではなく、考えまで読み取らせるのか?)
どうしてもステファノは魔道具に関心を寄せてしまう。どうやったら再現できるかと考えてしまうのだ。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第301話 これは『魔術円』と呼ばれ古来、魔力を象徴するシンボルとされています。」
「火、水、風の3属性と『熱』が深くかかわっているという点は理解できますか? 火は熱が起こす現象であり、自ら熱を生み出しますね。空気から熱を奪えば水が得られます。風は熱い空気と冷たい空気が存在することにより流れます」
ダイアン先生の説明を聞きながら、ステファノの考えはさまよう。
(熱とは振動であり、運動だ。火、水、風の3属性は「運動」という1つの属性と言い換えることもできるか?)
「魔術において『土』とは形のある『泥』を指したものではなく、『土』が持つ引力を象徴しているということは理解できますか? 結構です」
……
◆お楽しみに。
1
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ
井藤 美樹
ファンタジー
初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。
一人には勇者の証が。
もう片方には証がなかった。
人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。
しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。
それが判明したのは五歳の誕生日。
証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。
これは、俺と仲間の復讐の物語だ――
魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜
西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。
4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。
そんな彼はある日、追放される。
「よっし。やっと追放だ。」
自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。
- この話はフィクションです。
- カクヨム様でも連載しています。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!
秋田ノ介
ファンタジー
主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。
『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。
ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!!
小説家になろうにも掲載しています。



無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる