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第4章 魔術学園奮闘編

第164話 ミョウシンとの出会い。

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 教務課によるオリエンテーションの後、上級生による課外活動のプレゼンテーションが行われた。
 課外活動は公序良俗に反しない限り生徒の自由に任されていた。

 そうは言っても伝統的におおよそ4つの分類に活動は分かれていた。

 1つめは文科系である。魔術と薬学を中心に、研究活動や訓練を目的とするサークルが存在した。
 2つめは実業系である。技術学の生徒が中心になって、校外の社会を相手に実際の商売を運営するというサークルが許されていた。
 3つめは武術系である。軍事学の生徒を中心に、体を鍛え武術を練るサークルが存在していた。
 4つめが自由系と呼ばれるジャンルであった。これは上記3つに含まれない雑多な活動をまとめたものだ。

 貴族出身生徒のほとんどは文科系か武術系のサークルに所属し、実業系と自由系のサークルはほぼ全員が平民出身生徒であった。

 貴族と平民の違いは壇上に立つ生徒の服装と挙措動作を見ていれば区別がついた。一言で高級な服と言っても、貴族が着る服と平民が着る服とではスタイルが異なる。そこには厳然とした区別が存在したのだ。

 ひだつきの襟や金糸銀糸による華美な装飾は貴族の服にしか見られないものであり、平民の服は体にぴったりした動きやすいものになっていた。
 もちろん一部の金持ちや貴族の流れを汲む平民の間には「貴族風」のファッションも取り入れられていたが、それにも限度がある。やり過ぎれば「貴族を僭称する者」とみなされ、厳しく罰せられることもあるのだ。

(お貴族様に睨まれる危険を冒してまで着飾りたいという気持ちがわからないよ)

 これまたステファノにはまったく関心のない世界であった。田舎者丸出しの身形みなりをしたステファノであったが、実は社会的には極めて「安全な」服を選んでいたことになる。

(うーん。内容を考えると文科系か武術系のサークルに入りたいんだけどなあ)

 それらには貴族の比率が高い。特に武術系はほとんど貴族のためのサークルとなっていた。

(剣術、槍術、弓術、馬術は無理だなあ。庶民が入り込む隙がないよ)

 杖術、捕り縄術、徒手武術のどれかがあれば入りたいと思ったのだが、どれもない。

(そうだよねえ。騎士として戦うのが花形だもんなあ)

 つくづくマルチェルはよくも騎士として通用したものである。剣も鎧も身につけず、乗馬も嫌いで通したとは信じられなかった。

 ステファノが勝手な妄想にふけっている間に、壇上には小柄な男子生徒が現れた。
 ほとんど聞こえない声で何かを語っていたが、しばらくして「演舞」のようなものを始めた。

(これは……何だろう?)

 少年は相手もいないのに一人でころころと転んだり、バタンと倒れたりを繰り返していた。

(ジュージツ? 受け身? 何のことだろう。変わった体操だな)

 服装も独特であった。短くてゆったりした袖の上着、足首までのすかすかしたズボン。ベルトではなくて、布の帯で胴を締めつけているらしい。

(ちょっとヨシズミ師匠の服に似ているかな? ボロボロになっているところも似ているし)

 また聞こえない声で何かをしゃべって、少年のデモンストレーションは終わりとなった。おどおどと左右をうかがい、階段のある舞台袖から壇を降りようとしていた。

 その時、近くにいた大柄な生徒が少年に気づかずに身をかがめて靴ひもを直そうとした。はずみで大柄な生徒の尻が少年を壇上から突き飛ばす形になってしまった。

(危ないっ!)

 50センチほどの段差ではあったが、落ち方によっては大怪我をする。そう思った瞬間、少年の体が「羽毛」になった。

 空中で身を丸めると、まるで重さがないもののようにふわりとその場で回転し、音もたてずに足から着地した。あまりにも何でもないような身ごなしだったため、誰も異常に気がつかない。

 壇上から彼を突き飛ばした生徒でさえ、異変に気づかずにいた。

(あの身ごなしは何だ? 何かの術なのか? 魔術には見えなかったが……)

 もっと良くあの少年の動きを見たい。ステファノは魅入られたようにその横顔を見詰めていた。

 気がつけば少年の姿を追っていた。講堂を出たところにある廊下、そこに少年は佇んでいた。

「あの! すいません、ちょっと良いですか?」
「はい。何でしょう?」

 小柄な少年は茶色の髪にアーモンド・アイ、あごの尖った逆三角形の顔立ちであった。

「あの、さっきのは何ですか?」

 考えがまとまらないまま、ステファノは頭の中にある疑問を少年にぶつけた。

「あれは『やわら』です」

 ふわりと笑みを浮かべた少年は誇らしげに言った。

「それは武術ですか?」
「そうでもあり、そうではありません。柔は護身の術です」
「護身とは何ですか?」

 少年はステファノに真っ直ぐ向き直った。

「護身とは我が身を守り生き残るための技です」
「それは――」

 ステファノは我知らず尋ねていた。

「それは自分でも学べますか?」
「もちろんです」

 少年はにっこりと笑った。

「わたくしの名はミョウシン。午後は大体運動場にいます。興味があるなら、訪ねて来てください」
「ステファノです。きっと行きます」

 ステファノが大講堂に戻ると、ちょうど課外活動の紹介が終わったところだった。立ち上がり会場を後にする生徒に押されて、ステファノも表に出た。

 ミョウシンの姿はすでになくなっていた。

 不思議な空気を纏った少年であった。「演舞」の際、魔力の動きを感じなかった。あれは純粋な体術なのであろう。
 転がり、倒れるだけの動きではどのような「術」であるのか不明であったが、マルチェルやヨシズミの「術」とはまた異なるものに思えた。

 どうやら徒手で行う武術であるところが、マルチェルの術に共通していようか。

 午後を運動場で過ごせるとは、ミョウシンは優秀な学生なのかもしれない。そうでなければ、課題の消化などに忙殺されているであろうから。

 1人でデモンストレーションを行っていたこと、生徒たち観衆の反応などを想い合わせると、ミョウシンのサークルは人気があるとは思えなかった。ステファノにとっては人気サークルで大勢の生徒の間に入るよりは、少人数のサークルの方が都合がよい。

 今日はまだ授業がないので、午後余裕があれば運動場に顔を出してみようかと思った。

 その他にも図書館や魔術訓練場など、学校施設の下見がしたい。
 施設はすべて無料で利用できると言われたが、ステファノにとってただで好きなだけ本が読めるなど信じられないことであった。

 下見が済んだら、自室で学科の履修計画を立てるつもりだった。1年で終了することを期待されているステファノではあったが、最初から詰め込んで無理をする気はなかった。
 最初の学期は学校というものに慣れる必要がある。履修科目数を抑えめにして、破綻しないようにしたいと考えていた。

 昼まであと2時間、何をするかと考えたステファノの足は食堂のある建物に向かった。ここには、生徒や職員を相手とした「売店」が存在した。その品ぞろえを確認しておきたかったのだ。

 気に入ったものがあれば、ノートやインク、ペン用の羽根などを補充したいとも思っていた。
 
 ◆◆◆

「いらっしゃい」
「こんにちは」

 中年の女性店員に迎えられ、ステファノは食堂の一角を利用した商店スペースに立ち入った。思ったよりも雑多な品ぞろえがステファノの目に飛び込んできた。

 ちらりと見えた文具コーナーは後で覗くことにしよう。先ずは壁に沿ってぐるりと店内を見て歩く。

 入ってすぐのエリアには食料品が置いてあった。すぐ食べられるパンやお菓子の類。それに保存食もあった。
 食堂に行けない夜中などに食べるためであろうか?

 雑貨のコーナーには食器や、ナイフ、ハンマーなどちょっとした生活道具が並べてあった。つい包丁に目を引かれるが、アカデミーで使うことはないだろう。

 奥の方には意外なことに衣料品コーナーまであった。どうやら運動や武術を行う時の服や、作業用の衣服が置いてあるらしい。マルチェルに渡されたものとは違うが、「道着」のようなものもあった。

 その他、せっけんや灯油などの消耗品、クッションやマットなどちょっとしたインテリア用品も置いてある。

 何かの時に便利なお店であった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第165話 いざ、図書館へ。」

「それではどうぞごゆっくり」
「あの、ちょっと伺ってよろしいですか?」
「はい。何でしょう?」

 聞かれることに慣れているのであろう。司書は作り笑いを浮かべてステファノの言葉を待った。

「ええと、『研究報告会』について知りたいのですが、過去の報告内容とかどんなポイントが与えられたとかを調べるには何を見たらよいでしょうか?」
「ああ、それなら専門のコーナーがありますのでそちらで記録を見て下さい。場所はフロアのこの辺になります」
 
 ……

◆お楽しみに。
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