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第4章 魔術学園奮闘編

第163話 ジローは魔術競技会に情熱を燃やす。

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「おー!」

 平民を中心に「魔術慣れ」していない生徒から驚きのどよめきが上がった。
 もちろん魔術を使えるスタッフがタイミングを合わせて行っていることである。

 この程度のことでいちいち驚いていてはアカデミーの生活は成り立たないので、アリステアは生徒の反応を無視して話を進める。

「アカデミーの学科は魔術学科と一般学科です。一般学科の項目には政治学、薬学、技術学、軍事学があります。そのため、細かい専攻を指して政治学科、薬学科と称することもありますが、本来は一般学科の一部です」

 修了認定を受けて学位を授かるには学科の定める単位の修得が必要とされる。この評価もしたがって、魔術学科または一般学科という括りで行われるのだ。

「必要単位さえ修得していれば、講座の選択は生徒の自由です。魔術学科の生徒も一般学科の講義を受けられますし、その逆も可能です」

「アカデミーは学びの意思を尊重します」
 
 アリステアはそこで一度言葉を切り、生徒たちの顔を見回した。

 面白いもので例年ここで生徒の反応が分かれる。他学科の講義も受けられると聞いて前のめりになる生徒と、まったく関心を示さない生徒とに二分されるのだ。

「授業は1回2時間で1単位に数えます。講座は1日4枠、月曜日から土曜日まで設けられています。週いくつの講座を履修するかはそれぞれの生徒にゆだねられています」

 最大限に講座に登録すれば、1週間に24枠の授業を受けられる。

「1年は3ヵ月を1学期として3つの学期に分かれています。6月から8月までは夏季休暇として、講座はありません。よって、1年間で最大72単位の履修が可能ということになります」

 現実には各学期は2ヵ月ちょっとで終了する。終了日から次の学期までは休暇に充てられるが、場合によっては補講や追試に振り当てられることもある。

「ですが、限度いっぱいまで講座登録することはお勧めしません。授業には予習・復習・課題の提出などが伴っており、それらに対応する時間を確保できないとスケジュールが破綻してしまいます」

 普通・・は限度の半分程度、年間36単位の履修に留めるものだという。

(ドイル先生は多分上限まで履修したんだろうな……)

 ステファノは内心思っていた。もちろん自分ではそんなに頑張るつもりはない。軍事学や政治学に才能を発揮できるなどとは考えてもいなかった。薬学と技術学には興味があったが。

「修了に必要な単位は54単位です。1年で修了しようとすれば週18講座、つまり1日3講座履修すれば卒業可能ですね」

 野心的な新入生は1学期に履修講座を詰め込み、早々に破綻して履修計画を見直しすることになる。
 幸いにして各講座には「合格」「不合格」の判定しかないので、評価点で悩むことはない。

「合格、不合格の判定は各講師の判断に委ねられています。講師が優秀と認める生徒は授業終了を待たなくとも修了の認定を受けることがあります」

 最初から講座が目的とするレベルの実力があると認められれば、「1度も授業を受けずに修了する」ことも可能なのである。ドイルの場合大半の科目でこれを達成した。「万能の天才」と言われた所以である。

「学位認定にはもう1つ特殊なルートが存在します。それが6ヵ月に1度の『研究報告会』です」

(うん?)

 ステファノの耳に「研究報告会」という単語が飛び込んで来た。正に今朝スールーたちの口から聞いたばかりの言葉である。

(先輩たちはこのことを言っていたのか? 俺を引き込んで学位認定の近道をしようとしている?)

「研究報告を行った生徒にはその成果、内容に応じてポイントが与えられます。これを修了単位数と総合して学位授与に値するかどうかの判定が行われるのです」

 なるほど、これは重要な行事である。チームで行う研究報告であるならば、誰をパートナーとするかは極めて重要だ。

 ステファノにしてもあの2人が信頼できる相手であるかどうか、慎重に判断しなければ受けられる話ではなかった。

「今年度の研究報告会は、12月の初めと3月の初めに予定しております。報告会に参加するかしないかは生徒の自由に委ねられています」

 初年度の報告会にチャレンジする生徒は少ない。特に12月の報告会は入学して間もないことから、参加はせずに様子見をするのが常識化していた。

「報告会はチーム制で行われます。メンバー選びも重要な要素となります。過去にどのようなテーマの報告がなされたかは図書館で閲覧することが可能です」

 ステファノは「それは見てみたい」と思った。ドイルやネルソンがどのような報告を行ったのか? 自分の目で確かめたかった。

「年間行事についての説明は以上です。質問がある者は手を上げなさい」

 最後列から見下ろしていると、最前列中央で手を上げている生徒の姿が目に入った。後ろ姿だけでも見分けられるその姿は、ジロー・コリントのものであった。

「君、発言したまえ」
「魔術競技会について教えて頂けますか?」

 ジローは立ち上がると、朗々たる声でそう尋ねた。

「うむ。名前は?」
「ジロー・コリントです」

「うむ、コリント。当校に魔術競技会というものは存在しません」
「えっ? でも世間では……」
「世間では当校が年に1度の魔術競技会を行っていると噂している・・・・・ようです」

 アリステアはジローの発言を遮るように、魔術競技会の存在を否定した。

「どういうことでしょうか?」
「厳密に言うと、『魔術競技会』というものは存在しないが『魔術を競い合う大会』ならば、年1回行われています」
「それは魔術競技会ではないのですか?」

 ジローにとっては納得がいかないことのようだった。

「違います。『研究報告会』の『戦闘魔術の部』にそのような大会が存在するのです」
「『研究報告会』の一部なのですか」
「そういうことです。年に1度、3月の報告会でのみ実施されます」

 アリステアの説明によれば、新入生に対する配慮がその理由だという。きちんとした魔術指導を受け、訓練を積んだ上で大会に参加できるようにと考えてのことであった。

「詳しい情報は魔術科の講義および広報によって連絡されるでしょう。1つだけ言っておくと、優勝者は王国魔術コンクールへの出場権を副賞として与えられます」

 最後の言葉を聞いてジローは目を輝かせた。

 無理もなかった。王国魔術コンクールは宮廷魔術師への登竜門として全国の魔術師が競い合う、由緒ある大会である。魔術の道を志す若者であれば、胸の炎を抑えることができないのだ。

(ふーん。俺には関係ないな)

 ステファノはピクリとも反応しなかった。

 先ず、「戦闘魔術」というところで興味が湧かないし、目立ちたくない自分には縁のない世界だと考えたのだ。ジローだったら性格的にも実力的にも適任だろうと、ステファノは思った。

「他に質問がなければ、説明者を交代します」

 アリステアは壇を降り、別の職員に説明役を代わった。続けて行われた説明は図書館や工作室、運動場や魔術訓練場などの施設利用方法についてであった。
 図書館と工作室は年中無休で24時間利用可能であり、その他の施設は朝の8時から夕方の5時までの利用となっていた。

(ドイル先生は図書館に入り浸っていたんだろうなあ)

 ステファノも図書館には興味があった。魔術やギフトについて、その根源に迫る情報があるなら是非とも入手したいところだ。
 魔術訓練場の存在もありがたかったが、「魔法」の存在を隠しておきたいステファノとしては人に見せたくない練習もありそうだった。

(秘密を守るためには、あまり他人と親しくしない方が良いんだよなあ)

 ステファノはスールー達からの誘いについても良く考えなければならないと、己を戒めた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第164話 ミョウシンとの出会い。」

「あの! すいません、ちょっと良いですか?」
「はい。何でしょう?」

 小柄な少年は茶色の髪にアーモンド・アイ、あごの尖った逆三角形の顔立ちであった。

「あの、さっきのは何ですか?」

 考えがまとまらないまま、ステファノは頭の中にある疑問を少年にぶつけた。

「あれは『やわら』です」

 ふわりと笑みを浮かべた少年は誇らしげに言った。
 
 ……

◆お楽しみに。
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