飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
83 / 670
第2章 魔術都市陰謀編

第83話 困ったときは寝てしまうのが一番だよ。

しおりを挟む
「てめえ、これで何を見張ってやがった!」

 思わず手にした遠眼鏡でステファノを殴りつけそうになった男を、エバが止めた。

「お待ち! ちょっと見せてごらん」

 もぎ取るように手にした遠眼鏡を、めつすがめつ検分する。

「こりゃあ、そこらの平民が持ち歩くような物じゃないね。お前これをどこで手に入れた?」

 精巧な上にデザインや板金処理がすっきりとこなされた遠眼鏡は、見る人が見れば貴族が持つほどの上物だとわかる。間違っても17の少年の持ち物とは思えなかった。

「黙ってちゃわからないよ。どうしてこんな物を持っているんだい?」
「旦那様から。世間をよく見ろと――うっ!」

 耳を千切られるような激痛に、ステファノは息が詰まった。

めた口を利くんじゃないよ。本当に千切ってやってもいいんだよ?」

 エバの角指かくしに耳を掴まれたステファノは、身動きひとつとれなかった。

「うう、う……」

 ようやくエバの指先から解放されたステファノは、耳を押さえてうずくまった。

「あぅ、あっ、あぁ。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 震えるステファノを虫けらを見るように見下しておいて、エバは建物の奥に進んでいった。

「そいつは手足を縛って、空き部屋に閉じ込めておきな。目を離すんじゃないよ」

 下っ端の男にそう命じ、自分は報告しようと奥に向かった。

 だが、あいにく頭目である元締めは外出している。
 下のクラスではこういう非常事態については判断できなかった。

「ガキは、元締めが帰るまで閉じ込めておこう」

 という結論になった。

 単なる下働きのガキである。大した役目を任されているはずがないし、人質の価値もないだろうと見積もられた。

「仕事」はもう終わっているのであるし、焦らずに元締めが帰ってから取り調べてもらえばよい。
 どうせ最後はどこかに「埋める」だけだ。

 子供一人の扱いなど、そんなものであった。

(クリードさんに言われたことが役に立った。大袈裟におびえたのが良かったかな?)

 さらわれた恐怖はもちろんあったが、実際以上に子供っぽく振舞ってみせたステファノであった。
 おかげで尋問されることもなく、放り出されていた。

 手と足を縛られているのは辛かったが、我慢できないほどではない。気づかれて警戒されるよりはと、ステファノは縄を解こうとジタバタせずに体力を温存することを選んだ。

(遅かれ早かれ、俺が店に戻らなかったことはマルチェルさんの耳に入る。そうすれば助けに来てくれるだろう)

 ステファノは後ろ手に縛られたまま膝を立てた三角座りの姿勢を取り、自分の膝に顔を預けて目をつぶった。

 ステファノの耳にドイルの言葉がよみがえる。

「山で道に迷った時は慌てて動き回らないほうがいい。じっとしていればお腹も空きにくいし、のども乾きにくい。迷った場所から離れずに助けを待つんだ」

「僕はそうやって何回も救出してもらったからね。困ったときは寝てしまうのが一番だよ」

 ずいぶんいい加減だなとその時は思ったが、今となってみると生き残るために最も大切なものは体力であった。
 ドイルの破天荒ぶりを思い出していたら、いつの間にかステファノは眠り込んでいた。

 ◆◆◆

「魔術ってさ、バランスがおかしいんだよね」
「だって、『力』も使わずに火を起こしたり、雷を飛ばしたり。自然の秩序に逆らってるだろ?」
「あいつら、何かっていうと『魔力』『魔力』って。馬鹿みたいに繰り返すだけじゃないか」
「魔術を使っている奴らが、魔術とは何なのかまるで理解していないんだよ」

「現象面で捉えると、『魔術とは行使者の意思によりこの世界の因果律を歪ませる行為』ということになる」
「因果律の説明かい? 原因と結果を一方的に結ぶ法則のことさ。陽が昇れば温かくなる。飯を食わなきゃ腹が減るってね」
「結果には必ず原因がある。『因』を起こせば『果』を結ぶ。法則を知ることほど楽しい物は無いね」

「だが、魔術師あいつらは因果律をかき乱す。熱も可燃物もない場所に火を起こす。おかしいだろ?」
「それを掲げて自分の力だと自慢気に言うけど、本当かい? どうやっているか説明もできないくせに?」

「くやしい。本当に悔しい。悔しいけど、まだ僕には説明ができない」
「世界はそんなちっぽけなものではない。人の気ままに動かせるようなものではないんだ。きっとからくりがある」
「ただし、予想はある。手品の種のね。魔力とは人に備わったものではないよ。人の力にしては大きすぎる」

「『どこか別の場所』にきっとある。謎を解くカギが。だが、目には見えないんだ」
「この目で見ることができれば……」

「起きろ、このガキ!」

 乱暴に背中をけ飛ばされて、ステファノは目を覚ました。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...