飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第2章 魔術都市陰謀編

第83話 困ったときは寝てしまうのが一番だよ。

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「てめえ、これで何を見張ってやがった!」

 思わず手にした遠眼鏡でステファノを殴りつけそうになった男を、エバが止めた。

「お待ち! ちょっと見せてごらん」

 もぎ取るように手にした遠眼鏡を、めつすがめつ検分する。

「こりゃあ、そこらの平民が持ち歩くような物じゃないね。お前これをどこで手に入れた?」

 精巧な上にデザインや板金処理がすっきりとこなされた遠眼鏡は、見る人が見れば貴族が持つほどの上物だとわかる。間違っても17の少年の持ち物とは思えなかった。

「黙ってちゃわからないよ。どうしてこんな物を持っているんだい?」
「旦那様から。世間をよく見ろと――うっ!」

 耳を千切られるような激痛に、ステファノは息が詰まった。

めた口を利くんじゃないよ。本当に千切ってやってもいいんだよ?」

 エバの角指かくしに耳を掴まれたステファノは、身動きひとつとれなかった。

「うう、う……」

 ようやくエバの指先から解放されたステファノは、耳を押さえてうずくまった。

「あぅ、あっ、あぁ。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 震えるステファノを虫けらを見るように見下しておいて、エバは建物の奥に進んでいった。

「そいつは手足を縛って、空き部屋に閉じ込めておきな。目を離すんじゃないよ」

 下っ端の男にそう命じ、自分は報告しようと奥に向かった。

 だが、あいにく頭目である元締めは外出している。
 下のクラスではこういう非常事態については判断できなかった。

「ガキは、元締めが帰るまで閉じ込めておこう」

 という結論になった。

 単なる下働きのガキである。大した役目を任されているはずがないし、人質の価値もないだろうと見積もられた。

「仕事」はもう終わっているのであるし、焦らずに元締めが帰ってから取り調べてもらえばよい。
 どうせ最後はどこかに「埋める」だけだ。

 子供一人の扱いなど、そんなものであった。

(クリードさんに言われたことが役に立った。大袈裟におびえたのが良かったかな?)

 さらわれた恐怖はもちろんあったが、実際以上に子供っぽく振舞ってみせたステファノであった。
 おかげで尋問されることもなく、放り出されていた。

 手と足を縛られているのは辛かったが、我慢できないほどではない。気づかれて警戒されるよりはと、ステファノは縄を解こうとジタバタせずに体力を温存することを選んだ。

(遅かれ早かれ、俺が店に戻らなかったことはマルチェルさんの耳に入る。そうすれば助けに来てくれるだろう)

 ステファノは後ろ手に縛られたまま膝を立てた三角座りの姿勢を取り、自分の膝に顔を預けて目をつぶった。

 ステファノの耳にドイルの言葉がよみがえる。

「山で道に迷った時は慌てて動き回らないほうがいい。じっとしていればお腹も空きにくいし、のども乾きにくい。迷った場所から離れずに助けを待つんだ」

「僕はそうやって何回も救出してもらったからね。困ったときは寝てしまうのが一番だよ」

 ずいぶんいい加減だなとその時は思ったが、今となってみると生き残るために最も大切なものは体力であった。
 ドイルの破天荒ぶりを思い出していたら、いつの間にかステファノは眠り込んでいた。

 ◆◆◆

「魔術ってさ、バランスがおかしいんだよね」
「だって、『力』も使わずに火を起こしたり、雷を飛ばしたり。自然の秩序に逆らってるだろ?」
「あいつら、何かっていうと『魔力』『魔力』って。馬鹿みたいに繰り返すだけじゃないか」
「魔術を使っている奴らが、魔術とは何なのかまるで理解していないんだよ」

「現象面で捉えると、『魔術とは行使者の意思によりこの世界の因果律を歪ませる行為』ということになる」
「因果律の説明かい? 原因と結果を一方的に結ぶ法則のことさ。陽が昇れば温かくなる。飯を食わなきゃ腹が減るってね」
「結果には必ず原因がある。『因』を起こせば『果』を結ぶ。法則を知ることほど楽しい物は無いね」

「だが、魔術師あいつらは因果律をかき乱す。熱も可燃物もない場所に火を起こす。おかしいだろ?」
「それを掲げて自分の力だと自慢気に言うけど、本当かい? どうやっているか説明もできないくせに?」

「くやしい。本当に悔しい。悔しいけど、まだ僕には説明ができない」
「世界はそんなちっぽけなものではない。人の気ままに動かせるようなものではないんだ。きっとからくりがある」
「ただし、予想はある。手品の種のね。魔力とは人に備わったものではないよ。人の力にしては大きすぎる」

「『どこか別の場所』にきっとある。謎を解くカギが。だが、目には見えないんだ」
「この目で見ることができれば……」

「起きろ、このガキ!」

 乱暴に背中をけ飛ばされて、ステファノは目を覚ました。
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