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第2章 魔術都市陰謀編
第84話 ガラスの小瓶。
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「いててて……」
眠気を払って顔を上げると、ステファノを捕えた男の姿があった。
「この野郎、図太いガキだ。グースカ寝てやがって」
見ると、男の背後に口入屋の元締め、その隣にエバが立っている。
「そいつがエバをつけていたっていう小僧か?」
成金にへいこらしていた時とは打って変わって、元締めは偉そうに尋ねた。
「へい。店を出たところからつけていたようで」
「ふん。ネルソンところの下働きなんだな?」
「その通りで。あっしが一度つけまわしたことがありやす」
元締めはステファノの顔を覗き込んだ。
「まだガキだな。物の役に立つとは思えないが……」
「そうなんですが、うちの前まで来て姉御をつけるとなると、何か知っているとしか思えねえんで」
「うーん。確かにそうだな。エバ、お前に心当たりはないのか?」
元締めは立ち上がって、エバに顔を向けた。
「ありませんよ。人目につくようなヘマはやってませんし、今日まで尾行された覚えもありません」
「だが、うちに来たってことはネルソンがうちのことに気づいているってことだろう?」
「それは……多分。この子に遠眼鏡を渡して、この店を監視させていたようですよ」
「おい。どういうつもりでここを見張ってたんだ?」
口入屋一味は何もわかっていない。こちらから情報を与えるのは悪手なので、ステファノはとにかく誤魔化して時間を稼ぐことにした。
「た、助けてください。お金は渡しました。うちに帰らせてください」
あくまでも訳がわからない振りを押し通すつもりだった。相手には遠眼鏡以外何も決め手は無いのだ。
「なぜ店を見張っていたんだ?」
「え? 見張る? ただ通りすがっただけで」
「この遠眼鏡は何だ?」
「旦那様から記念に頂いたものです。ほしければ上げますから助けてください」
口入屋はステファノの顎を掴んで、引き上げた。
「嘘を吐いたらただじゃ置かねえぞ。どうしてエバをつけた?」
「し、知り合いなんです。前に会ったことがあって、びっくりして声を掛けようと」
「すぐに声を掛けずに後をつけたのはなぜだ?」
「そ、その……恥ずかしくて。女の人に声を掛けるのが」
「ふん! うじうじした野郎だな」
元締めはステファノの顎を放り出すように手を離すと、一歩後ろに下がった。
「どうにもらちが明かんな。タイミングは怪しいんだが、言っていることの辻褄は合う。そもそもこんなガキに見張りをさせるほど、ネルソン商会は人手に困ってはいねえはずだ」
「アンタ、魔術師になりたいって言ってたけど。とうとう呪タウンまで来たんだね?」
エバはステファノの側の床に横座りになると、ベルトから煙管を取り出した。話をしながら、ゆっくり刻み煙草を詰め始めた。
「あれから魔術師には会えたのかい? まだかい? それで今は薬屋の丁稚ってわけだ」
低く呪文を唱え、煙草に火をつける。
「便利なもんだろ? 手解きしてくれって言ってたね?」
ふーっと煙をステファノに吹き掛けた。
「うっ、ごふっ、ごふ……」
「あら、ごめんよ。煙に慣れていないんだね。のどの薬を上げようか?」
そう言うと、エバはポケットからガラスの小瓶を取り出した。中には無色透明の液体が入っている。
「とってもよく効く薬だからね。これを飲めばすぐに良くなるよ」
エバの瞳は怪しい光を放っていた。
コルク栓を長い爪で器用に抜く。
「ああ。手が使えないんだね。あたしが飲ませてあげようか?」
微笑みながら、左手をそっとステファノの顎に添えた。頬を包み込むように。
エバの手はしっとりとステファノの頬に吸いついた。
「ほら。お口を開けて」
ガラス瓶をステファノの口元に近づけながら、エバは舌先でちろりと自分の唇を舐めた。
「だ、大丈夫です。もう、治りましたから」
ステファノはガラス瓶から眼が放せなかった。あの薬は――。
「遠慮しないで。とってもいいお薬だから。さあ」
「う、うぁあっ!」
口元に圧しつけられたガラス瓶を振り切ろうと、ステファノは必死で首を振った。
「ふんっ! 馬鹿だね。ただの化粧水さ」
瓶に栓をしながらエバは立ち上がると、肩で息をするステファノに唾を吐きかけた。
「やっぱりどこかで見張ってやがったね? この覗き野郎が!」
眠気を払って顔を上げると、ステファノを捕えた男の姿があった。
「この野郎、図太いガキだ。グースカ寝てやがって」
見ると、男の背後に口入屋の元締め、その隣にエバが立っている。
「そいつがエバをつけていたっていう小僧か?」
成金にへいこらしていた時とは打って変わって、元締めは偉そうに尋ねた。
「へい。店を出たところからつけていたようで」
「ふん。ネルソンところの下働きなんだな?」
「その通りで。あっしが一度つけまわしたことがありやす」
元締めはステファノの顔を覗き込んだ。
「まだガキだな。物の役に立つとは思えないが……」
「そうなんですが、うちの前まで来て姉御をつけるとなると、何か知っているとしか思えねえんで」
「うーん。確かにそうだな。エバ、お前に心当たりはないのか?」
元締めは立ち上がって、エバに顔を向けた。
「ありませんよ。人目につくようなヘマはやってませんし、今日まで尾行された覚えもありません」
「だが、うちに来たってことはネルソンがうちのことに気づいているってことだろう?」
「それは……多分。この子に遠眼鏡を渡して、この店を監視させていたようですよ」
「おい。どういうつもりでここを見張ってたんだ?」
口入屋一味は何もわかっていない。こちらから情報を与えるのは悪手なので、ステファノはとにかく誤魔化して時間を稼ぐことにした。
「た、助けてください。お金は渡しました。うちに帰らせてください」
あくまでも訳がわからない振りを押し通すつもりだった。相手には遠眼鏡以外何も決め手は無いのだ。
「なぜ店を見張っていたんだ?」
「え? 見張る? ただ通りすがっただけで」
「この遠眼鏡は何だ?」
「旦那様から記念に頂いたものです。ほしければ上げますから助けてください」
口入屋はステファノの顎を掴んで、引き上げた。
「嘘を吐いたらただじゃ置かねえぞ。どうしてエバをつけた?」
「し、知り合いなんです。前に会ったことがあって、びっくりして声を掛けようと」
「すぐに声を掛けずに後をつけたのはなぜだ?」
「そ、その……恥ずかしくて。女の人に声を掛けるのが」
「ふん! うじうじした野郎だな」
元締めはステファノの顎を放り出すように手を離すと、一歩後ろに下がった。
「どうにもらちが明かんな。タイミングは怪しいんだが、言っていることの辻褄は合う。そもそもこんなガキに見張りをさせるほど、ネルソン商会は人手に困ってはいねえはずだ」
「アンタ、魔術師になりたいって言ってたけど。とうとう呪タウンまで来たんだね?」
エバはステファノの側の床に横座りになると、ベルトから煙管を取り出した。話をしながら、ゆっくり刻み煙草を詰め始めた。
「あれから魔術師には会えたのかい? まだかい? それで今は薬屋の丁稚ってわけだ」
低く呪文を唱え、煙草に火をつける。
「便利なもんだろ? 手解きしてくれって言ってたね?」
ふーっと煙をステファノに吹き掛けた。
「うっ、ごふっ、ごふ……」
「あら、ごめんよ。煙に慣れていないんだね。のどの薬を上げようか?」
そう言うと、エバはポケットからガラスの小瓶を取り出した。中には無色透明の液体が入っている。
「とってもよく効く薬だからね。これを飲めばすぐに良くなるよ」
エバの瞳は怪しい光を放っていた。
コルク栓を長い爪で器用に抜く。
「ああ。手が使えないんだね。あたしが飲ませてあげようか?」
微笑みながら、左手をそっとステファノの顎に添えた。頬を包み込むように。
エバの手はしっとりとステファノの頬に吸いついた。
「ほら。お口を開けて」
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「だ、大丈夫です。もう、治りましたから」
ステファノはガラス瓶から眼が放せなかった。あの薬は――。
「遠慮しないで。とってもいいお薬だから。さあ」
「う、うぁあっ!」
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「ふんっ! 馬鹿だね。ただの化粧水さ」
瓶に栓をしながらエバは立ち上がると、肩で息をするステファノに唾を吐きかけた。
「やっぱりどこかで見張ってやがったね? この覗き野郎が!」
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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