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第2章 魔術都市陰謀編
第82話 ステファノ囚わる。
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男は、先日ダールの住処からネルソン商会までステファノをつけ回した監視役だった。
「何だってあの女のことをつけてたんだ? てめえ、何を探ってやがる?」
ステファノがエバを尾行していたことに気づいて、男は追って来たらしい。本来目立たぬはずのステファノだったが、この男には顔を覚えられていた。
「な、何のことですか……? 金目のものはこれだけです」
ステファノはポケットを探って、財布を放り出した。
「動くんじゃねえ! 騒げば刺すぞ!」
じりじりと後ずさりするステファノに飛びつくように近寄ると、男はナイフを抜いてステファノに突きつけた。
「うう、あ、あ、あ……」
ステファノは腰を抜かして、路地にぺたりと座り込んだ。
「けっ! だらしのねえやつだ。おとなしくしてりゃあ取って食いはしねえよ。黙ってついてきてもらおうか」
鼻で笑った男はステファノを立たせようと手を伸ばした。
「待ちな! その子に近づくんじゃないよ」
声を掛けて路地に入って来たのは、立ち去ったはずのエバであった。
「姉御。どうしたんですかい? 何だって戻って来たんで?」
「ふん。へたくそな尾行がつけば、後ろが気になるってもんさ。ついて来ないから何かあったかと様子を見に戻ってみれば、お前さんがしてやられる瀬戸際じゃないか」
「してやられるも何も、こんなへなちょこ小僧一匹……」
「あら、勇ましいのね……」
つかつかと歩み寄ると、妖艶な笑みを浮かべてエバは男の胸に手を置いた。
「――っ!」
鎖骨に走った激痛に耐えかねて、男は思わず道に膝をついた。
「ふん。うすのろが一端の口を利くんじゃないよ。あの子はこういうことをしてやろうと、隙を窺ってたんだよ」
吐き捨てるようなエバの言葉に、男は肩を押さえたままステファノを睨みつけた。
「てめえ、俺に一杯食わせようってのか!」
「食わせるところだったんだよねえ? ステファノ……だったっけ?」
男に背を向けてエバがステファノに近づいてきた。
ステファノは悪びれもせず、立ち上がってエバに目を合わせた。
「お久しぶりです、エバさん」
「珍しいところであったもんだ。……運の悪い子だね。こうなったらこのまま返す訳にはいかないよ」
エバはようやく痛みから立ち直った男に声を掛けた。
「ほら、しっかりおし。この子を親方のところまで連れていくんだよ。今度は油断するんじゃないよ」
顔を赤黒くした男はナイフをしっかり握りしめてステファノを引っ立てた。
「その子の指を調べな。指輪をしていないかい? そいつを取り上げとくんだ」
ナイフで脅され、ステファノは右手から「角指」を外して男に渡した。暗器使いであるエバの前では、ステファノの小細工は通用しなかった。
指輪の突起を使ってツボや痛点を押さえれば、ステファノでも大男を組み伏せることができたのだが。
「こんなもんで俺をはめようとしやがったのか! ふてえガキだ。おとなしく歩きやがれ」
上着の陰でナイフを突きつけて来る男に引き立てられ、ステファノは口入屋まで連れていかれた。
大声を出せば男はためらわずにステファノを刺しただろう。頭に血を登らせた男の顔色を見て、ステファノは抵抗をあきらめた。
(ここはおとなしく捕まって、マルチェルさんの助けを待とう)
入り口から口入屋の建物に押し込まれると、ステファノは身につけていた道具袋やベルトなど、衣服以外の一切を奪われた。
(背嚢を置いてきてよかった。それからノートも……)
ステファノがジュリアーノ王子のつき人として今日まで泊まり込んでいたことは、一味に知られていると考えた方が良い。商会から歩いて行くところを見張られていた可能性が高い。
だが、さすがに17歳の少年が毒殺の手口を暴き、反撃のきっかけを作ったとは想像していまい。証拠が無ければ疑われることもないはずだった。
「おい。これは何だ!」
ステファノの道具袋を調べていた男が、遠眼鏡をつかみ出して大声を出した。
「何だってあの女のことをつけてたんだ? てめえ、何を探ってやがる?」
ステファノがエバを尾行していたことに気づいて、男は追って来たらしい。本来目立たぬはずのステファノだったが、この男には顔を覚えられていた。
「な、何のことですか……? 金目のものはこれだけです」
ステファノはポケットを探って、財布を放り出した。
「動くんじゃねえ! 騒げば刺すぞ!」
じりじりと後ずさりするステファノに飛びつくように近寄ると、男はナイフを抜いてステファノに突きつけた。
「うう、あ、あ、あ……」
ステファノは腰を抜かして、路地にぺたりと座り込んだ。
「けっ! だらしのねえやつだ。おとなしくしてりゃあ取って食いはしねえよ。黙ってついてきてもらおうか」
鼻で笑った男はステファノを立たせようと手を伸ばした。
「待ちな! その子に近づくんじゃないよ」
声を掛けて路地に入って来たのは、立ち去ったはずのエバであった。
「姉御。どうしたんですかい? 何だって戻って来たんで?」
「ふん。へたくそな尾行がつけば、後ろが気になるってもんさ。ついて来ないから何かあったかと様子を見に戻ってみれば、お前さんがしてやられる瀬戸際じゃないか」
「してやられるも何も、こんなへなちょこ小僧一匹……」
「あら、勇ましいのね……」
つかつかと歩み寄ると、妖艶な笑みを浮かべてエバは男の胸に手を置いた。
「――っ!」
鎖骨に走った激痛に耐えかねて、男は思わず道に膝をついた。
「ふん。うすのろが一端の口を利くんじゃないよ。あの子はこういうことをしてやろうと、隙を窺ってたんだよ」
吐き捨てるようなエバの言葉に、男は肩を押さえたままステファノを睨みつけた。
「てめえ、俺に一杯食わせようってのか!」
「食わせるところだったんだよねえ? ステファノ……だったっけ?」
男に背を向けてエバがステファノに近づいてきた。
ステファノは悪びれもせず、立ち上がってエバに目を合わせた。
「お久しぶりです、エバさん」
「珍しいところであったもんだ。……運の悪い子だね。こうなったらこのまま返す訳にはいかないよ」
エバはようやく痛みから立ち直った男に声を掛けた。
「ほら、しっかりおし。この子を親方のところまで連れていくんだよ。今度は油断するんじゃないよ」
顔を赤黒くした男はナイフをしっかり握りしめてステファノを引っ立てた。
「その子の指を調べな。指輪をしていないかい? そいつを取り上げとくんだ」
ナイフで脅され、ステファノは右手から「角指」を外して男に渡した。暗器使いであるエバの前では、ステファノの小細工は通用しなかった。
指輪の突起を使ってツボや痛点を押さえれば、ステファノでも大男を組み伏せることができたのだが。
「こんなもんで俺をはめようとしやがったのか! ふてえガキだ。おとなしく歩きやがれ」
上着の陰でナイフを突きつけて来る男に引き立てられ、ステファノは口入屋まで連れていかれた。
大声を出せば男はためらわずにステファノを刺しただろう。頭に血を登らせた男の顔色を見て、ステファノは抵抗をあきらめた。
(ここはおとなしく捕まって、マルチェルさんの助けを待とう)
入り口から口入屋の建物に押し込まれると、ステファノは身につけていた道具袋やベルトなど、衣服以外の一切を奪われた。
(背嚢を置いてきてよかった。それからノートも……)
ステファノがジュリアーノ王子のつき人として今日まで泊まり込んでいたことは、一味に知られていると考えた方が良い。商会から歩いて行くところを見張られていた可能性が高い。
だが、さすがに17歳の少年が毒殺の手口を暴き、反撃のきっかけを作ったとは想像していまい。証拠が無ければ疑われることもないはずだった。
「おい。これは何だ!」
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