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第2章 魔術都市陰謀編
第63話 慢心。
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控え部屋に戻って来たのはネルソン、マルチェル、ステファノの3人だけであった。ソフィアたちは王子の寝室の内外に控えている。
陰謀の構図が見えてきたお陰で、館内の警備体制も通常シフトに戻りつつあった。
「ステファノ。この機会に私とギルモア家とのことを話しておくべきだろう」
秘密という程のことではないが、表立って語ることでもないのだ。そう言って、ネルソンは過去の出来事を語り始めた。
ギルモア侯爵家はスノーデン王国の中核を支えて来た家柄であった。武門でありつつも学問を尊び、優れた戦略家や施政家を輩出していた。
ネルソンは次男として生まれ、ご多聞に漏れず戦術論において頭角を現す英俊であった。王立アカデミー入学までは。
軍事の参考になればと受けた薬学の講義。それに嵌ってしまった。
学問的な価値がどうの、社会に対する意義がどうのという面倒くさい話ではない。面白いと思ってしまったのだ。
簡単に壊れる人体の脆さ。それなのに立ち直ろうとする精妙な自己回復力。
この薬とこの薬を合わせると効き目が増す。これとこれとは相性が悪い。
「なぜ?」
そう問おうとも、往々にして答えはない。
「まだ知られていない」
講師は平然と知識のないことを認める。そういう世界なのだと。
「面白い」と、思ってしまった。
答えが無いなら自分が見つけてやろうではないか。――30年前のことであった。
「成績は、自分で言うのも何だが、優秀だったよ」
性に合っていたのだろう。神童だの、天才だのともて囃された。
「15の歳だったからな。自分でもその気になっていた」
同級生の1人が風邪をこじらせた。喉の痛みが消えないという。
それならこれを飲むと良いと、薬を処方してやった。
「その日の夜に、その生徒は亡くなった」
処方に間違いはなかった。残された薬包にもおかしな成分は含まれていなかった。
原因不明の事故としてその一件は処理された。
「亡くなったのは第二王女レイチェル様であった」
◆◆◆
「何でしょう? 肌が痒い」
夕食後に喉の炎症と痛みを抑える薬を飲ませた。
しばらく様子を見ましょうと、30分程談笑している最中であった。
見れば、のどの周りが赤くなり、胸まで発疹が広がっていた。
「食材かな? それとも薬が合わなかったか?」
掻かずに冷やしておけばそのうち収まるだろうと、濡らしたタオルで抑えてみた。しかし、発疹は腕にまで広がり、かゆみも収まらなかった。
「い……や、だわ。は……し、か、だった……の、か……し、ら……」
王女の息が荒くなり、ぜぇぜぇと喉が鳴った。目元や口元が腫れぼったくなり、眩暈がするという。
「こ、これはいけない――。先生を呼びましょう!」
王女を自室に休ませると、若きネルソンは薬科の講師を呼びに走った。レイチェル王女の症状を説明し、講師を伴って王女の部屋に戻った時には嘔吐物まみれになった王女はベッドから落ちて痙攣していた。
「いかん! 窒息している! 体を横にして、喉の中の物を吐かせなさい!」
「殿下! 殿下! お気をしっかり!」
ネルソンは震える手で王女の口から吐しゃ物を掻き出した。
「息を……。息をしてくれ――っ!」
◆◆◆
現代で言えば薬物アレルギーからのアナフィラキシーショックであろう。ある種の成分に過敏な反応を示す人間がいる。
たまたまそれがレイチェル殿下であった。不幸な事故だと、ネルソンを責める者はいなかった。
「だが、私は医師でも薬師でもなかった。一介の学生だった。薬を処方したのは私の慢心だ」
症状のみを診て、患者の体質のことを考慮しなかった。
「防げる事故だった。死ななくて良い方だった。私がいたから殿下は命を落とした」
膝に置いたネルソンの両手が、目に見える程に震えていた。
陰謀の構図が見えてきたお陰で、館内の警備体制も通常シフトに戻りつつあった。
「ステファノ。この機会に私とギルモア家とのことを話しておくべきだろう」
秘密という程のことではないが、表立って語ることでもないのだ。そう言って、ネルソンは過去の出来事を語り始めた。
ギルモア侯爵家はスノーデン王国の中核を支えて来た家柄であった。武門でありつつも学問を尊び、優れた戦略家や施政家を輩出していた。
ネルソンは次男として生まれ、ご多聞に漏れず戦術論において頭角を現す英俊であった。王立アカデミー入学までは。
軍事の参考になればと受けた薬学の講義。それに嵌ってしまった。
学問的な価値がどうの、社会に対する意義がどうのという面倒くさい話ではない。面白いと思ってしまったのだ。
簡単に壊れる人体の脆さ。それなのに立ち直ろうとする精妙な自己回復力。
この薬とこの薬を合わせると効き目が増す。これとこれとは相性が悪い。
「なぜ?」
そう問おうとも、往々にして答えはない。
「まだ知られていない」
講師は平然と知識のないことを認める。そういう世界なのだと。
「面白い」と、思ってしまった。
答えが無いなら自分が見つけてやろうではないか。――30年前のことであった。
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性に合っていたのだろう。神童だの、天才だのともて囃された。
「15の歳だったからな。自分でもその気になっていた」
同級生の1人が風邪をこじらせた。喉の痛みが消えないという。
それならこれを飲むと良いと、薬を処方してやった。
「その日の夜に、その生徒は亡くなった」
処方に間違いはなかった。残された薬包にもおかしな成分は含まれていなかった。
原因不明の事故としてその一件は処理された。
「亡くなったのは第二王女レイチェル様であった」
◆◆◆
「何でしょう? 肌が痒い」
夕食後に喉の炎症と痛みを抑える薬を飲ませた。
しばらく様子を見ましょうと、30分程談笑している最中であった。
見れば、のどの周りが赤くなり、胸まで発疹が広がっていた。
「食材かな? それとも薬が合わなかったか?」
掻かずに冷やしておけばそのうち収まるだろうと、濡らしたタオルで抑えてみた。しかし、発疹は腕にまで広がり、かゆみも収まらなかった。
「い……や、だわ。は……し、か、だった……の、か……し、ら……」
王女の息が荒くなり、ぜぇぜぇと喉が鳴った。目元や口元が腫れぼったくなり、眩暈がするという。
「こ、これはいけない――。先生を呼びましょう!」
王女を自室に休ませると、若きネルソンは薬科の講師を呼びに走った。レイチェル王女の症状を説明し、講師を伴って王女の部屋に戻った時には嘔吐物まみれになった王女はベッドから落ちて痙攣していた。
「いかん! 窒息している! 体を横にして、喉の中の物を吐かせなさい!」
「殿下! 殿下! お気をしっかり!」
ネルソンは震える手で王女の口から吐しゃ物を掻き出した。
「息を……。息をしてくれ――っ!」
◆◆◆
現代で言えば薬物アレルギーからのアナフィラキシーショックであろう。ある種の成分に過敏な反応を示す人間がいる。
たまたまそれがレイチェル殿下であった。不幸な事故だと、ネルソンを責める者はいなかった。
「だが、私は医師でも薬師でもなかった。一介の学生だった。薬を処方したのは私の慢心だ」
症状のみを診て、患者の体質のことを考慮しなかった。
「防げる事故だった。死ななくて良い方だった。私がいたから殿下は命を落とした」
膝に置いたネルソンの両手が、目に見える程に震えていた。
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