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第2章 魔術都市陰謀編
第62話 王族とはすごいものだろう?
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「どうぞ殿下。そのままにてお聞き下さい」
体を起こそうとするジュリアーノ王子を押し止めて、ネルソンはステファノを跪かせた。
「この度お側仕え見習いとして連れて参ったステファノがこれでございます」
「ステファノか。こんな状態で礼儀に構っていたら疲れてしまうからね。この館にいる間は直答を許すよ」
王子はちらりとステファノに目を向けた後、砕けた口調で言った。
「はい。ステファノ、お礼申し上げなさい」
「ありがとうございます。ネルソン商会のステファノと申します」
「良い。立ちなさい」
王子の許しを得て、ステファノは立ち上がった。
「ソフィアに聞いた。この度のことで並々ならぬ知恵働きを見せたそうだな。礼を言う」
「はっ。ありがとうございます」
「ネルソンが悪い笑みを浮かべている。その顔なら解決は近いのだな?」
「これはしたり。いかにも殿下のお察し通りでございます」
「うん。お前に任せる。スターシャが傷つかぬように計らってくれ」
王子の声は思いやりに満ちていた。
「仰せの通りに。お疲れになってはいけませぬ。ごゆるりとお休み下さい」
「わかった。下がって良い」
「はっ」
ステファノはもう一度跪いて礼をした。
元の部屋に戻るまで、ステファノはふわふわとして足元が覚束なかった。
「どうだ、ステファノ?」
部屋に戻ると、ネルソンは尋ねた。
「我らが守るジュリアーノ殿下をどう見た?」
ステファノは頭を振った。
「どうもこうも。王族というものはすごいものですね」
「ほう。どうすごい?」
「殿下はまだ15歳でしょう? それであの落ちつきようはすごいと思います」
他国の王位継承争いに巻き込まれたこと。婚約者が危ういこと。刺客はまだ仕掛けて来るであろうこと。
それらを知った上で悠揚迫らぬあの態度である。
「王女殿下を気遣う余裕までおありとは……」
ステファノは舌を巻いていた。王族とは胆力に恵まれているものだと。
「そうか。そう見たか――少し、安心した」
ネルソンはうっすら微笑んだ。
「殿下はお優しいのだ」
「え?」
「不安でないはずがない。迷わぬはずがない。何もできぬ自分を、歯がゆく思わぬはずがない。だが、それを見せれば波紋が生じる」
「波紋……」
「不安、迷い、焦り。臣下は殿下の心を映し、同じように心を揺らすだろう。その結果何が起こるか?」
しなくて良い過ちを犯し、せずとも良い無理をする。
「最後には何もない所を忖度するようになる。……アナスターシャ様の取り巻きのようにな」
「病床にあってもそれを気遣っておられると?」
「王族であることに休みはない。王とは迷わず、揺るがぬ不動の標であらねばならぬ」
それは人の心にとってどれほどの重荷であろうか。ましてや15歳の少年にとって。
「余裕ではなくて、背負った重荷なのですね。王族としての」
「そうだ。殿下はお若く、力も乏しい。だから、我らを頼むのだ。任せるとは務めを免れることではない」
臣下を頼る上は、結果についてすべて自分が責任を負う。その覚悟を当然としているのだった。
「我ら臣下はその信に応えるのみ。ステファノ、手を貸してくれ」
ギルモア侯爵家の一員としてネルソンはステファノを頼んだ。それは王子の意向を過不足なく映した行動であった。
「はい。何なりとお申しつけください」
何の衒いも、躊躇いもなく、その言葉がステファノの口から出ていた。
ネルソンに取り入るためでもなく、魔術師とつながるためでもない。純粋に王子を支えたいという気持ちが湧いて来たのだ。
「うむ……。どうだ、ステファノ。王族とはすごいものだろう?」
「はい。自分が思っていた姿とは全く違いました」
そうだろう、そうだろう。ネルソンは黙って頷いた。
「あれなら、他国の王女様に懸想されるというのも良くわかります」
「おい、ステファノ! それはソフィアの前では漏らすなよ?」
話が長くなるからなと言って、ネルソンは知り合ってから始めて声を上げて大笑した。
体を起こそうとするジュリアーノ王子を押し止めて、ネルソンはステファノを跪かせた。
「この度お側仕え見習いとして連れて参ったステファノがこれでございます」
「ステファノか。こんな状態で礼儀に構っていたら疲れてしまうからね。この館にいる間は直答を許すよ」
王子はちらりとステファノに目を向けた後、砕けた口調で言った。
「はい。ステファノ、お礼申し上げなさい」
「ありがとうございます。ネルソン商会のステファノと申します」
「良い。立ちなさい」
王子の許しを得て、ステファノは立ち上がった。
「ソフィアに聞いた。この度のことで並々ならぬ知恵働きを見せたそうだな。礼を言う」
「はっ。ありがとうございます」
「ネルソンが悪い笑みを浮かべている。その顔なら解決は近いのだな?」
「これはしたり。いかにも殿下のお察し通りでございます」
「うん。お前に任せる。スターシャが傷つかぬように計らってくれ」
王子の声は思いやりに満ちていた。
「仰せの通りに。お疲れになってはいけませぬ。ごゆるりとお休み下さい」
「わかった。下がって良い」
「はっ」
ステファノはもう一度跪いて礼をした。
元の部屋に戻るまで、ステファノはふわふわとして足元が覚束なかった。
「どうだ、ステファノ?」
部屋に戻ると、ネルソンは尋ねた。
「我らが守るジュリアーノ殿下をどう見た?」
ステファノは頭を振った。
「どうもこうも。王族というものはすごいものですね」
「ほう。どうすごい?」
「殿下はまだ15歳でしょう? それであの落ちつきようはすごいと思います」
他国の王位継承争いに巻き込まれたこと。婚約者が危ういこと。刺客はまだ仕掛けて来るであろうこと。
それらを知った上で悠揚迫らぬあの態度である。
「王女殿下を気遣う余裕までおありとは……」
ステファノは舌を巻いていた。王族とは胆力に恵まれているものだと。
「そうか。そう見たか――少し、安心した」
ネルソンはうっすら微笑んだ。
「殿下はお優しいのだ」
「え?」
「不安でないはずがない。迷わぬはずがない。何もできぬ自分を、歯がゆく思わぬはずがない。だが、それを見せれば波紋が生じる」
「波紋……」
「不安、迷い、焦り。臣下は殿下の心を映し、同じように心を揺らすだろう。その結果何が起こるか?」
しなくて良い過ちを犯し、せずとも良い無理をする。
「最後には何もない所を忖度するようになる。……アナスターシャ様の取り巻きのようにな」
「病床にあってもそれを気遣っておられると?」
「王族であることに休みはない。王とは迷わず、揺るがぬ不動の標であらねばならぬ」
それは人の心にとってどれほどの重荷であろうか。ましてや15歳の少年にとって。
「余裕ではなくて、背負った重荷なのですね。王族としての」
「そうだ。殿下はお若く、力も乏しい。だから、我らを頼むのだ。任せるとは務めを免れることではない」
臣下を頼る上は、結果についてすべて自分が責任を負う。その覚悟を当然としているのだった。
「我ら臣下はその信に応えるのみ。ステファノ、手を貸してくれ」
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「あれなら、他国の王女様に懸想されるというのも良くわかります」
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話が長くなるからなと言って、ネルソンは知り合ってから始めて声を上げて大笑した。
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