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棘病

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 肩を掴まれたまま目の前で繰り広げられる信じ難い光景に、穏花は開いた口を小刻みに震わせ、呼吸を浅くした。

「僕が怖いか?」

 その質問に、穏花は必死に首を横に振った。
 ここで『怖い』と言おうものなら、きっとひどい目に遭わされるに違いないと思ったからだ。
 しかし美汪の望みはそうではなかった。

「僕は君たち人間と違って嘘が嫌いだ、本当のことを言わないなら何をするかわからないよ」

 肩を持つ手に力が込められ、鮮血のような瞳に捕らえられた穏花は、涙と汗を流し、恐怖に顔を歪めた。

「……わ、い」
「何、聞こえないよ」
「……こ……こわ……い……で、す……ッ」
「よく言えたね、いい子だ。ならもっと怖がりなよ、さあ、さあ、さあ!!」

 気が触れたように見開いた目で恫喝しながら距離を詰める美汪に、穏花は腰を抜かし、もう何も言えなくなっていた。

 やがて美汪の口が大きく開かれると、穏花の細い首筋に衝撃が走る。

 何かが突き抜けたような、少なくとも今まで生きてきた中で最も強烈な痛みに、穏花は獣の断末魔のような悲鳴を上げた。

 しかし一気に血液を吸い取られた穏花は、瞬く間にして脳内が真っ白に染まり、その場に倒れ込んだ。
 
 意識を手離す間近に感じたのは、一面に広がる甘美な薔薇の香りだった――――。
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