眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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歪みの原因はそれでしたか。

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 座るとちょうど肩まで浸かることができ、夢穂は全身に染み渡る熱に恍惚の表情を浮かべた。

「ああ~いい気持ちいいっ、たまらんなあ、生き返る~」

 リラックスのあまり普段と違う口調が現れる。
 
「こんなに素敵な露天風呂が毎日入りたい放題なんて、すごい贅沢じゃない? 最高!」

 うっかり本来の目的を忘れてしまいそうなほど、温泉を満喫する。
 足を伸ばしながら目の前の水面すいめんからお湯を掬えば、形のない透明のそれはあっという間に夢穂の手のひらから滑り落ちてゆく。

「手で掬うとやっぱり青じゃなく透明に見えるのね、不思議……ん?」

 不意に、さわさわ、と草が揺れるような音がし、夢穂は顔を左右に動かした。
 すると斜め前の緑葉樹の下に生えた草村から、ひょこっと顔を覗かせた動物に気がついた。
 それを見た夢穂は「きゃあっ」と黄色い声を上げた。驚きよりも喜びが勝っている反応だ。
 地上には夕闇が下りてきている。
 そんな薄暗さをもろともしない、清廉な輝きを放つ銀色の狐が、そこにはいた。
 夢穂はその光に負けないほど瞳をきらきらさせ「ちちち」と言いながら手のひらを差し伸べた。
 それは恐らく野良猫を誘う時によく使う手法だが、狐用の誘《おび》き寄せ方を知らないので仕方がない。
 
「おいで狐ちゃん、狐くんかな? 怖くないわよ~」

 いつもより二割り増しに高い声になる夢穂の元に、銀狐は怯える様子もなく歩いてきた。
 大きさは柴犬くらいだろうか。近くで見ると一層美しいのがわかる。

「わあ~、あなたすっごく綺麗な毛並みね、銀色の狐なんて本当にいるんだ、びっくりした」

 岩の縁に前足を乗せる銀狐の頭や背中を、夢穂は感激しながら優しく撫でた。
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