眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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歪みの原因はそれでしたか。

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 影雪が足を止めたのは、背が高く茂る緑陽樹に囲まれた泉の前だった。
 泉といっても、冷たい湧き水の方ではない。
 影雪に降ろされた夢穂は、ゆっくりと歩いて円形に並んだ岩の縁から中を覗いた。
 間近で見るとより青く、熱帯魚がいる海のようだ。
 しかし雲のように漂う湯気が、水ではなく温泉だと主張している。
 夢穂は叫びたくなるほど嬉しくなった。
 何を隠そう、彼女は大の温泉好きなのだから。

「はああ、来てよかった、こんな素敵なご褒美があるなんて」
「そんなにか? 向こうに温泉はないのか?」
「あるんだけど、秘境のような温泉って行きにくい場所にあって、ちょっと危ない感じがするし」

 仮に行けたとしても、夢穂は必ず零時には神社にいてご祈祷をするという責務がある。
 そのため外で泊まることができず、修学旅行も何か理由をつけて欠席するしかなかった。
 せっかくの温泉も日帰りではゆっくり楽しめない。
 そんな経緯もあり、夢穂は今とてもわくわくしていた。

「温泉なんかその辺にごろごろあるが、ここまで登ってくる奴は滅多にいないから安心して入れ」
「うん、ありがとう影雪」

 鼻歌交じりにスカートを脱ごうと腰に手を当てた夢穂は、棒立ち状態でじっと見ている影雪に気づき動きを止めた。

「何してるのよ、誰か来ないか見張りをしててよね、入ってるとこ見ないでよ」
「……こーん」
「都合よく狐にならないで」

 影雪は肩を落としながら踵を返すと、葉っぱを掻き分け茂みの外に消えていった。
 油断も隙もありゃしない。
 心の中でつぶやいて気を持ち直すと、夢穂は今度こそセーラー服を脱ぎ、生まれたままの姿になった。
 家にいる時と同じように、丁寧に服を畳んで岩肌に置くと「よしっ」と意気込みながらお湯に足をつけた。

 つま先からじーんと上がってくるあたたかさ。
 温度を確認するように徐々に身体を進めると、水位は夢穂のヘソの辺りまであった。
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