眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

文字の大きさ
上 下
107 / 175
歪みの原因はそれでしたか。

4

しおりを挟む
 影雪が足を止めたのは、背が高く茂る緑陽樹に囲まれた泉の前だった。
 泉といっても、冷たい湧き水の方ではない。
 影雪に降ろされた夢穂は、ゆっくりと歩いて円形に並んだ岩の縁から中を覗いた。
 間近で見るとより青く、熱帯魚がいる海のようだ。
 しかし雲のように漂う湯気が、水ではなく温泉だと主張している。
 夢穂は叫びたくなるほど嬉しくなった。
 何を隠そう、彼女は大の温泉好きなのだから。

「はああ、来てよかった、こんな素敵なご褒美があるなんて」
「そんなにか? 向こうに温泉はないのか?」
「あるんだけど、秘境のような温泉って行きにくい場所にあって、ちょっと危ない感じがするし」

 仮に行けたとしても、夢穂は必ず零時には神社にいてご祈祷をするという責務がある。
 そのため外で泊まることができず、修学旅行も何か理由をつけて欠席するしかなかった。
 せっかくの温泉も日帰りではゆっくり楽しめない。
 そんな経緯もあり、夢穂は今とてもわくわくしていた。

「温泉なんかその辺にごろごろあるが、ここまで登ってくる奴は滅多にいないから安心して入れ」
「うん、ありがとう影雪」

 鼻歌交じりにスカートを脱ごうと腰に手を当てた夢穂は、棒立ち状態でじっと見ている影雪に気づき動きを止めた。

「何してるのよ、誰か来ないか見張りをしててよね、入ってるとこ見ないでよ」
「……こーん」
「都合よく狐にならないで」

 影雪は肩を落としながら踵を返すと、葉っぱを掻き分け茂みの外に消えていった。
 油断も隙もありゃしない。
 心の中でつぶやいて気を持ち直すと、夢穂は今度こそセーラー服を脱ぎ、生まれたままの姿になった。
 家にいる時と同じように、丁寧に服を畳んで岩肌に置くと「よしっ」と意気込みながらお湯に足をつけた。

 つま先からじーんと上がってくるあたたかさ。
 温度を確認するように徐々に身体を進めると、水位は夢穂のヘソの辺りまであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

日向はび
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない

有沢真尋
キャラ文芸
☆第七回キャラ文芸大賞奨励賞受賞☆応援ありがとうございます! 限界社畜生活を送るズボラOLの古河龍子は、ある日「自宅と会社がつながってれば通勤が楽なのに」と願望を口にしてしまう。 あろうことか願いは叶ってしまい、自宅の押入れと自社の社長室がつながってしまった。 その上、社長の本性が猫のあやかしで、近頃自分の意志とは無関係に猫化する現象に悩まされている、というトップシークレットまで知ってしまうことに。 (これは知らなかったことにしておきたい……!)と見て見ぬふりをしようとした龍子だが、【猫化を抑制する】特殊能力持ちであることが明らかになり、猫社長から「片時も俺のそばを離れないでもらいたい」と懇願される。 「人助けならぬ猫助けなら致し方ない」と半ば強引に納得させられて……。 これは、思わぬことから同居生活を送ることになった猫社長と平社員が、仕事とプライベートを密に過ごし、またたびに酔ったりご当地グルメに舌鼓を打ったりしながら少しずつ歩み寄る物語です。 ※「小説家になろう」にも公開しています。

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

キャラ文芸
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

『元』魔法少女デガラシ

SoftCareer
キャラ文芸
 ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。 そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか? 卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。  

配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥
キャラ文芸
伝えたい想いはありませんか――? その廃墟のポストに手紙を入れると、どこにでも届けてくれるという。住所のないホームレス、名前も知らない相手、ダムに沈んだ町、天国にすら…。 そんな怪しい噂を聞いた夏樹は、ある人物へと手紙を書いてそのポストへ投函する。そこに込めたのは、ただ純粋な「助けて」という願い。 これは、配達人と呼ばれる少年が巻き起こす奇跡の物語。 表紙画像は毒みるくさん(@poistmil)よりいただきましたFAの香月を使わせていただきました(*´∇`*) ありがとうございます! ※ツギクルさんにも投稿してます。 第三回ツギクル小説大賞にて優秀賞をいただきました!応援ありがとうございます(=゚ω゚=)ノシ

処理中です...