眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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なんだかんだ、仲良くなります。

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 ようやく床を踏みしめることができた影雪は、微笑みかける夢穂を見て胸をなで下ろした。
 ご祈祷中の夢穂は女神のように高潔で、天女のように清らかだったが、その圧倒的な力に、影雪は背筋が冷える思いだった。
 嫌悪したのではない。
 その力に、怯えたわけでもない。
 夢穂が自分の手の届かないところに行ってしまうのではないかと、本能的に感じたからだ。

「すごいわね、私のお祈りを最後まで見ることができるなんて。お兄ちゃんでも気を抜いたら連れて行かれそうだって言うのに」

 連れて行かれる……一体どこへ?
 そんな言葉が頭に浮かんだが、口には出せなかった。
 声にならず立ち尽くしたまま見つめてくる影雪に、夢穂は何かに気づいたように「そうだ」とつぶやいた。
 そして巫女服のたもとに手を入れると、あるものを取り出して影雪に見せた。

「ちょうどよかった、これを渡そうと思ってたの」

 それはほどよく膨らんだ、麻の巾着袋だった。
 夢穂に差し出されたそれに、影雪はゆっくりと手を伸ばす。
 そして受け取った瞬間、ふわりと湧き起こる匂いが影雪の鼻腔をくすぐった。

「……この、匂いは」
「影雪にはまだ言ってなかったっけ? 私が気持ちを込めて触れるとね、その人が好きな匂いに変わるのよ」

 影雪はハッと目覚めた時のような顔をした。
 みずみずしい葉のように清潔感のある、優しく、素朴な香り。
 それがなんの匂いか、気づかされた影雪は動きを止めていた。

「影雪、どうしたの?」

 夢穂は小首を傾げて不思議そうに影雪を覗き込んだ。

「いや……ありがとう」

 大切そうに匂い袋を握りしめながら目元を染める影雪に、夢穂は「変なの」と言って笑った。
 まさかそれが、自分の香りなどとは想像もつかず――。
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