眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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なんだかんだ、仲良くなります。

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 あたたかな液体に包まれるように浮かんだ影雪は、遺伝子に刻まれた母の記憶に懐かしさを覚えた。
 ぼんやりとまどろむ中、遥か彼方に光のようなものが見える。
 産声を上げる時の、あの現実へと巣立ってゆくための小さな扉。
 影雪はこぼれ落ちるような光に、導かれるように手を伸ばした。
 そして瞼を閉じた次の瞬間、目の前には、夢穂がいた。

 影雪は数秒、それが夢穂だとは理解できなかった。
 粒のような明かりを纏いながら頂に君臨する彼女は、赤の袴に真っ白な千早ちはやと呼ばれる丈の長い羽織りを身につけていた。
 艶のある黒髪は左右の耳の下で二つに束ねられ、普段宝石のように透明感のある瞳は、濃い漆黒一色になり見開かれていた。
 合わせた手のひらから透けて見える胸元の丸い輝き。
 夢穂の心臓を核に伸びた鋭い遮光は全身に至り、着用した布越しでも十分わかるほど黄金おうごんを発している。
 顔にまで及んだきんの線、固く結ばれた口と、影雪よりずっと先のどこかを見つめているような遠い眼差しは、何かの術にでもかかっているようだった。
 太陽の紋様を張り巡らした夢穂。
 太陽と眠り、それは命あるものに欠かせない存在として通じていた。

 影雪はどうすることもできず、祈りを捧げる夢穂を見ていた。
 やがてその眩しさに目がくらみ、腕で視界を遮る。
 閉じた瞼の裏側が、黄金色こがねいろから徐々に静かな夕暮れ色へと変化した頃。

「もう終わったわよ」

 聞き覚えのある声が耳に入り、影雪は目の前にあった腕を退けた。
 するとそこには何事もなかったかのように、落ち着きを取り戻した夢穂がいた。
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