眠りの巫女と野良狐

碧野葉菜

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あやかしの世界に行ってみましょう。

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 山の背から昇る太陽が森を照らす。
 天空の青と地平に近い赤が生み出す魔法のような朝焼け。
 絶妙なコントラストを浴びた動植物たちが目を覚ませば、和室で眠るあやかしも朝の訪れを感じ取る。

 昨夜夢穂からもらった匂い袋をふところに、影雪は柔らかなシーツに横になり、薄いかけ布団をかぶっていた。
 眠っている時は蓋をするように塞がっている耳が、ひくひく震えながら持ち上がり、三角の形を作る。
 まだ重い瞼をゆっくり開くと、目の前に肌色の何かが見える。
 満月のように、いや、饅頭のようにつるりとした質感のそれは、至近距離で影雪の顔面を冷ややかに見ていた。

「……どうした夢穂、急に髪が薄くなったな」
「どこを見ているんですか、このたわけ者」

 やや高く独特な口調で話す声を聞き、影雪はしばしぼんやりとした後、氷天丸を置いた後ろの襖まで飛んでいった。
 
「おかしい、昨夜は間違いなく夢穂の布団に潜り込んだはず」

 襖に背中をつけた状態であぐらをかきながら、腕を組み首を捻って考える影雪。
 朝起きればきっと夢穂の気持ちよさそうな寝顔を見られるはずだ、と楽しみにしていたのに、期待外れもいいところだった。
 
「おかしいのはあなたの頭ですよ、こんなこともあろうかと私が途中で夢穂と入れ替わったのです」

 業華は布団から立ち上がると、影雪ににじり寄った。
 いくら熟睡していたとはいえ、影雪が同じ布団に侵入されても気づかないとは、さすが業華だ。

「嫁入り前の娘の寝所に一度とならず二度も忍び込むなど、どういうつもりですか」
「夢穂と寝たかったから」

 紋様の花火が揺らめくように、業華の瞳が燃えている……ように錯覚するほど怒っている。
 口元は笑っているが、目がつり上がったまま貼りついているようだ。

「いい加減にしないと、業華の業火で焼き狐にしてしまいますよ」
「や、焼きギツ……」

 影雪はぴんと背筋を伸ばした。
 こんがりと焼かれた自分の姿を想像すると、尻尾が縮みそうだった。
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